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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


サヴァイ・ハイスクール施設見学〜知識の入口〜

「サイバーの資料が見たいって?」
 リュイ・ユウがサヴァイハイスクールの医務室とされている部屋の扉を叩いたのは、外には嵐が吹き荒れていた日のことだった。
 だがセフィロトの中には、まったくそんなことは関係ない。嵐が来ていようが雪が降っていようが豹が降っていようが……いや、豹は降らないが。とにかく、外がどんな天気であろうともセフィロトの中には影響はない。だから、アマゾンで洪水でも起こりそうな日には、審判の日を乗り越えてきた頑丈なことは間違いのないセフィロトの中にいたほうが安全だったりするかもしれない。
 リュイが一天のところを訪ねたのは、そういう理由でもなかったが……さて、一天医院は割りと門から近くなのが救いだ。門の向こうで産婦人科の看板を出しているのは、冗談のつもりなのかもしれない。
「私、大して持ってないんだよ。故郷を出るとき、何も持ち出せなかったし」
 リュイの話を最後まで聞かずに、一天はごそごそと引き出しを探り始める。
「……違います、天。あなたのではなくて」
 スクールの資料室のです、とリュイはゆっくり訂正した。
「なんだい、それなら早く言ってくれよ」
 顔を上げた一天は、恥ずかしさを誤魔化すように恨みがましい目をリュイに向ける。
「言う暇もなかったですよ」
 そうだったかな、と、一天はとぼけて、身を起こした。
「でも、残念ではありますね。天医師の蔵書も、あれば見せていただきたかった」
「故郷を出るときに持ち出せたのは、手荷物一つだったからね……まあ、でも資料室の資料で十分だから、今まで困ったことはないな」
 行くかい? と一天は立ち上がる。
「色々ご案内いただけると助かりますが、今日の診察はもういいので?」
「風邪ひいて、ここに来る人はあまりいないしね。資料室なら、すぐ近くだから、何かあれば呼ぶだろう」
 そう言って、一天は電話を胸ポケットに挿す。
 ここの利用者の半分は、スクールでの訓練中の怪我や不調だ。後の半分は、ビジターが怪我をして運び込まれる。それは緊急を要することもあるが……
 一天が立ったのは、行き先が呼ばれてすぐ戻れる距離だからだろうと、リュイは思い。そして、資料室はそんなに近かっただろうかと考え直した。
「もしかして、また移転したんですか?」
「もしかしなくても、そうだね」
 訊ねるリュイに、一天は苦笑いを見せる。
 扉を出て、二人はセフィロトの廊下に出た。場所によっては暗いところもあるが、このあたりは電力をどこかから引いているのか、廊下にも灯りが点っている。
 そのまま、一天は廊下を右奥に進み始めた。なので、リュイもそれについて歩き始める。
 そこで、気になるかつて資料室だった場所のことについて、リュイは訊ねてみた。
「前のところ、どうしたんですか?」
「壊れたんだよ」
「壊れたって……壊れるようなところじゃなかったでしょう?」
 一天は肩をすくめる。
「壊れたんだよ。ほとんどの資料は持ち出したけどね……まだ、少し向こうにも残ってる」
 まだ向こうに残っている、と言う言葉にリュイはわずかに顔を顰めた。どうやら、完全な形を堪能とはいかないようだ。
「元の資料室には……」
「今はちょっと無理かな。まあ、大分持ち出してきているはずだし……あと、データクリスタルのほうは全部サルベージしたって、作戦チームの者が言っていたよ」
 資料室にあった、コンピューターの中身のバックアップを取った大容量記憶媒体のことだ。あまりに量が多いので、中味をすべて理解している者はいないと囁かれている。ただし、役に立つ物ばかりではなく、95%はくだらない屑データらしい。
「電子情報をハードなしで一気読みする特技はないもので……では、地道に書籍になっている物を探しますよ」
 そう言っている間に、もう仮資料室には着いたようだ。少しまっすぐ行けば教官室。一天が医院を開く区画の隣という位置の、ごく短い移動だった。
「ここですか?」
 リュイはしげしげと入口を見た。手入れの行き届いていない、居住区画の放置された一軒のように見える。
「そうだよ、表に手を入れてる暇はなくてね。戻さないなら、もう少し整備するだろうけど」
 この辺りはマルクトの最奥の外壁近くで、元は居住区画である。確かに物置として、一軒占拠するのは手軽だ。
 もちろん見知らぬビジターが入り込んで、置いてあるものを奪っていかないようにセキュリティに気をつける必要はあるが……最低限のそれは、施されているのだろう。スクールは技術屋の集まりでもある。
 それでも門の向こうなのだから……そもそも日常的に、この辺りにいるというのは狂気の沙汰なのかもしれないが。
 一天は持っていたアナログのマスターキーを使い、それから電子キーを解除して入口を開けた。
「うわ」
 思わずリュイは声をあげる。
「まだ整理がついてないんですね」
 入口の前に、小型のコンテナが積みあがっていたのだ。入る者を威圧するかのように、非常灯の影を落としている。
「今もまだ、サルベージに行っているくらいだからね。運んでくる連中は持ち出してきた物を置いて行くだけだし。奥のほうは、少しは整理できているはずだよ」
 コンテナを迂回して、奥に回りこむ。すると、多少整理された棚の列に出会えた。
「サイバー関係のものは……まだ運ばれていない中にもあるのでしょうか?」
 棚を見回して、リュイはタイトルにサイバー技術の文字のあるものを探す。
「どうかなあ……ほとんどは持って来てる気がするけど、全部は来てないかもしれない。……この辺がそうだね」
 一棚の半分程度が、リュイの求めたジャンルであるようだった。もちろんこの中で、有用な物は何割かということになるが。 
 本の並ぶ棚の横には、小さめのセルケースも置かれていた。そこにはクリスタルではない、通常の記憶媒体が大小様々並んでいる。電子書籍と言うものだ。ただ、見渡した限りではやはり、この仮の資料室にはそれを読むハードがない。
 元の資料室には大きなコンピューターがあって、その中のデータにリュイは興味があった。データ自体はクリスタルにバックアップされた物が持ち出されてきてはいるわけだが。
 ここにあるものは媒体の小さい物は携帯端末でも読めそうだが、画面が小さいと読みにくいだろうか。
「この辺りを読ませていただくとなると……」
「ああ、教官室に行くのが近そうだね。行くかい?」
「いえ、まだ結構です。軽く普通の書籍から見させていただきますよ」
 もっとも、すべてを読める時間があるとは言えなかった。如何に速読でも限りはある。
 リュイは三冊ほど選び出すと、二冊を棚の空いたところに置き、順に開いていった。
 その間、一天は小型コンテナを開けてクリスタルと本を整理することにしたようだった。
「そういえば……この本や、スクールのコンピューターにあるデータなどは、どこから……?」
 ふと思い立って、リュイは訊ねた。目は本の上をなぞったままで。
「中には教官がどこかから持ってきて入れたものもあるし、誰かの自作プログラムとかもあるけど……多くはセフィロトの中から見つけたり、引っ張り出してきたりしたものだよ」
 かつて、この巨大な塔には一つや二つの巨大都市程度の機能くらいは楽々納まっていた。今は最下層の一層しか出入りできないが、それでも普通の町と同じ程度の機能を持ったマルクトを内包して、かつ未制圧地域がその数倍は十分にある。
 複数でその中から拾い集めてきた物だという情報は、それなりの量にもなるだろう。その95%は屑でも、残り5%は有用に使える物だったなら……元の量が大きいなら十分だ。
「一層分ですか?」
 一層分で、やっぱりこの量ならば大したものだと、リュイは思う。
「一層分だね。一応、そういうことになっているね」
「一応?」
 一天が気になる言い方をするので、リュイはオウム返しのように聞き返した。
「集められた物はここにあるけど、それがどこから持ってこられたものかは、本当のところはわからないってことさ」
 今は上層は堅くシャットアウトされているが、塔の上は別の世界ではない。今までにも数多く……挑戦するというだけならば本当に数多く、物理的にも電子的にも様々な方法で上層を目指すことに挑んだ者はいた。ただ、誰も成功しなかったと言うだけだ。
「でも、成功しても正直に言わない者だって、そりゃあいると思うからね」
「なるほど」
 たった一層上でも、最初の到達者には手付かずの宝の山だ。それを、誰に教えるだろう。誰かに教えて、宝を分け合うメリットなんかあるだろうか。よほど親しい者ならともかくとして……
「でも、上層階へのルートが開かれたのなら、やはりどこかでわかるのではないでしょうか」
 しかしビジターたちも、だらだらとセフィロトを探索している者ばかりでもないだろう。ビジターを登録して管理している機関もある。情報漏れを防ぐには、本当に一人で秘密を抱え込んでおく必要があるだろうが……
 このセフィロトは、一人でうろつくのはなかなか辛い場所だ。
「道が開いたら、上に大量発生していたタクトニムやらビジターキラーやらがわっと押し寄せてくるかもしれませんし」
 リュイは少しにやりとした。
「それで慌てて扉を閉めて、黙っている者とかはいるかもしれませんね」
「ありそうだ」
 一天も笑っている。
 笑っているが、あまり笑いごとでもない。
 セフィロトの防衛機構のようにも思われる機械と化け物たちは、狩りつくせばいなくなるとは思えないほどに数は尽きない。今日も今日とて、どこかで異分子たるビジターを排除しようとしているだろう。あれがどこかから無限に供給されているとしても、何も不思議なことはなかった。
 ならば、人の手の入っていない一層上の階には、みっしりとそれが詰まっている可能性だってあるということで……
 今はブラックジョークだが、ジョークでなかったときには絶望的な話である。ペシミストには聞かせたくないくらいには。
「まあ、そうだね。まだ上に繋がる道は開かれていないんだろう」
「俺も興味はありますので、早く上のことがわかると良いのですが」
「上はどうなっているやら」
 閉鎖されてから、ずっと残っているような生者はいるはずもないが……
 リュイは話のついでに、以前から疑問に思っていたことを続けて口にした。素朴な疑問、というものだが。リュイは結構、真面目な顔で視線を本から上げた。
「一番上まで、何層くらいあるんでしょうね?」
 セフィロトは巨大だ。外から見たなら、残るその中に百層くらいあっても、納得できるほどには。
「上は外から見てもかなり壊れてるからなあ……実際に上がれるのは途中までだろうね。それでも、危険をおして行く者はいるだろうが」
 そして途中に大きなシステム配置やプラント区画などがあれば、外から見て予測できる階数は変わってくる。大きなプラント――それこそタクトニムを生み出しているような――がいくつかあると仮定して、二十層くらいではないかと一天は答えた。
「私は建築家じゃないんで、本当に見当だけどね」
 プロが見たら、また違うことを言うかもしれないと注釈しつつ。
 そこからまた、四方山話を続ける。
 一天がコンテナの中身を軽く仕分けを終えて、その作業に飽きたころ……
「そろそろ教官室に行ってみるかい? あっちじゃないと読めない物もあるだろう」
 そう、声をかけてきた。
「そうですね」
 ちょうど手にしていた本を見終わったところで、リュイはその本を閉じた。
 それから電子書籍の媒体を持って、二人は資料室を出た。教官室へはやはり一区画ほどの移動で、程なくその前に差しかかる。
「おや」
 すると教官室の扉が開け放されて、中にコンテナを運び込んでいる者がいる。
「回収してきたんだね」
 そのまま近づくと、教官の一人が手をあげた。
「こりゃ、いいところに。ドクター、こいつ診てやってくださいよ」
「怪我人が出たかい。どれ」
 二人が小走りに寄ると、腕をやられたらしい男が教官の向こうにいる。よく見ると、サイバーボディのようだ。
「かすり傷ですけどね。後で寄らせるつもりでしたが」
 一天は剥がれかけた皮膚をそっくり剥がして、応急処置を始める。切れた擬似筋繊維を繋げて、他にダメージがないかを確認し。
 リュイはそれを横から眺めていた。
「ここではここまでだね。後で、医院においで」
 一天の処置の実演を見終わったところで、リュイは開け放された扉の奥の教官室の中を見回した。
 また、資料室と同じようにコンテナが積みあがっている……その影から影を、ふっと小さな影がよぎったような気がした。
 なんだろうと思って、一歩近づくと……
「うわ!」
 その小さな影は、リュイに飛び掛ってきた。
「……やばい、紛れ込んでやがった……!」
 そんな教官の声が、背中から聞こえた。


「びっくりしましたよ」
 リュイはカフェで息をついた。かなり数の施設を門の向こう持つサヴァイハイスクールだが、学食とカフェはマルクトにある。
「私もびっくりしたよ」
 教官室でリュイに飛び掛ったのは、小型のタクトニム……という風情のものだった。細部は違うし、名前はよくわからない。
 あれの混ざったタクトニムの群れに、元の資料室は襲われたようだった。駆除しながら荷を運んできていたわけだが、小さいので一匹ついてきてしまったらしいということだ。
 もちろんそれは大事に至る前に倒されて、二人とも無事にカフェで一服しているわけである。だが、ほっとしたからこそ苦笑いも漏れるというものだった。
「前の訓練と、今日と、本当にお世話になりました」
 改めてリュイは礼を述べる。そして、疲れを払うかのように、首を振った。
「ですが、本当にまだまだですね。上よりも前に、この層を極めるのにも、どれだけかかるか」
「まあ、でもセフィロトが初めて開かれてから、まだいくらも経ってないんだからね」
 まだ人は、その宝と知識の入口に立ったばかりだとしても。
 貪欲なビジターたちは、その短い期間でマルクトの分は平らげたのだ。
「……そうですね、そうかもしれません」
 きっと、この先も人は貪欲にセフィロトの奥へと進んでいくことだろう……


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□□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□
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【0487 / リュイ・ユウ / 男 / 28歳 / 医者】
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□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□□
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 お待たせしました&再度の御発注ありがとうございました。
 楽しく書かせていただきました♪ 一天もアジア系の流れ者の元闇医者なので、リュイさんには非常に親近感がわきます(笑)。