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サヴァイ・ハイスクール施設見学〜初めてのセフィロト〜
色々なところから人は流れ流れて、このセフィロトに行き着く。それはこのアマゾンの近隣からだけとは限らない。暗黒期が過ぎると、旅人も現れ始めたからだ。故郷を追われた流れ者もいるし、正規の手段と理由で国を出てきた者もいるが。
どこへ行くという目的がなければ、行き先は自然と偏るだろう。復興の速い地を目指すか、宝の眠る場所を目指すか……祖国に還元するにせよ、自らの財産にするにせよ、セフィロトは魅力のある場所だ。
ディアーナ・ファインハルト、彼女もまた、そんな旅人であったのかもしれない。
「さて、こんなところにも医院があって助かった。サイバーは便利ではあるが、メンテナンスは不可欠だからな……」
いつもは組織に所属していることもあって、定期的に余裕をみてメンテナンスをしていたディアーナだったが、旅の空で日付の感覚が狂っていた。不調が出て、はっと気がつくと定期メンテナンスのサイクルを過ぎていたというわけだ。頭の中身までは機械じゃないので、油断をすることもある。
運悪くセフィロトのゲートをくぐった後の話で、どうしようかと思っているところで医院の看板に行き当たった。しかも産婦人科だ。一瞬何故こんなところに、と目を疑ったが、中に人がいることを主張するかのように、表には灯りも点っている。
人がいて、本当に病院ならば、専門は違っていても充電器か燃料電池のストックくらいはあるだろうかと、その扉を叩いた。
それが、ディアーナと一天……サヴァイ・ハイスクールのファーストコンタクトであった。
中に入ってみれば、別に産婆がいるわけでもなく、事情を話してみたら普通にメンテナンスを受けられた。オーバーホールの月ではないので、そう手間はかからない。
その間には、ちらほらと世間話のように話をして、なんだってこんな所に医院を置いているのかという話を聞いていた。すると、メンテナンスをしてくれた医師の一天は、自分はセフィロトの中の技術学校の校医なのだという話をディアーナに語った。
サバイバル技術を教える学校の施設の多くが、危険と安全を区切る門の危険な側にあるというのは実利なのかなんなのか、と、ディアーナは少し苦笑する。単に色々と不法占拠しやすいからかもしれないが。
珍しいと言えば珍しい、その学校に、ディアーナはふと興味を惹かれ……
「少し、見て回ってもよろしいか?」
そう、申し出ていた。
「構わないよ。ただ、そのまま行っても入れないところも多いから、私が案内しようか」
「それは助かるが、ここを空けてよいのか?」
「まあ、こんなところにある病院だからね……普通の客は来ないからなあ」
たまに、ディアーナのような飛び込みの患者が来る以外には、ほとんどスクールの生徒たちだけだ。そして、スクールの生徒たちも元々多数ではなく、ずっとセフィロトの中にいるわけでもない。今は試験も何もないから、塔に踏み込んでいる者も多くはないはずだと。
「問題ないのならば、お願いしたい」
そう改めて言って……さて、どこから行こうかということになるが。一天にそう問われて、ディアーナは考え込んだ。
「どこへでも……まったく知識がないので、どこへと言われても、すまないが答えかねるな」
「ごめん、そりゃそうだね。じゃあ、ひとまずカフェにでも行こう。一応地図はあるから、お茶でも飲みながら行き先を決めよう」
あと、と、一天はふと思い出したように付け足す。
「メンテを忘れてたんなら、栄養ブロックも摂っといたほうがいいだろう。ブロックが嫌いなら、バランス食もあるよ」
ディアーナのようなオールサイバーは普通の食事を楽しむこともできるが、実際に必要なのは分解消化吸収する他の肉体部分がなくても脳の機能を維持できる栄養食だ。好みと都合に応じて、ブロック状の手軽な固形栄養食から、フルコースの体裁を取ったバランス食まで、様々ある。
そういえば、とディアーナは思い出した。食べなくてもいられるというのは、便利なようで、少し不便だ。
「では」
まずはそこから……と、ディアーナもうなずいた。
そのカフェは、少しは安全なマルクトの外れにあった。ヘブンズゲートが、もうすぐ近くに見えている。
ディアーナとしては、入ってすぐに漂ってきた天然物のコーヒーの強い香りがなんとも刺激的だった。なかなか流通が成り立たないので、地元以外ではこういう嗜好品は合成物が主流だ。合成物とはこんなに違うものだったかと、改めて少し驚く。
惹かれるままにコーヒーと、栄養ブロックを注文する。一緒に来た一天の注文もコーヒーとクッキーだったので、並んだ皿に見た目の差はなかった。
見た目は普通の焼き菓子のように上手く作られた栄養ブロックを口に運びつつ、ディアーナは軽く辺りを見回した。
外に出れば危険な雰囲気も漂わせるマルクトの片隅ながら、清潔感のある小綺麗なカフェだ。サヴァイ・ハイスクールに縁を持った者しか入れない会員制で、メニューは相場よりも安い。ここにいる間は、このカフェに通うためだけにスクールに名を連ねてもいいかもしれないと思うくらいには、雰囲気の良い店だった。
「このスクールというのは、互助会みたいなものなのか?」
「近いかもね。でも、ギルドとは別だよ。睨まれないように、地味にやってる……お節介焼きの創始者が始めた私塾に、世話になった者が世話焼く立場に変わって残ったり、拾ってきたものの一部を寄付したりして続いてるんだな」
セフィロトの大元締めはビジターズギルドだ。ギルドはセフィロトから上がる利益の独占を目指しているので、サヴァイ・ハイスクールみたいな互助組織は好かれないかもしれない。
サヴァイ・ハイスクールは施設として占拠している場所は多いが、入れ替わりが激しいので人的な規模は大きくはない。また、施設を入手し続け、その範囲を広げるというのはセフィロト制圧を進めることを意味しているので……ギルドとしては痛し痒しで。排除するには、まだ及ばないというところなのか。
なのでスクール側もギルドを刺激しないように、色々な施設も物品も門から外へは持ち出さず、門の中に留め置いているという事情もあるようだった。
「なるほど、色々と難しそうだな。塔で手に入れた物は、外に持ち出すのは難しいのか?」
その話を聞いていたディアーナにも、手に入れたなら、いくらか祖国に持って帰りたいと思うものもある。連邦は他所ではロストしたようなテクノロジーには恵まれているが、その原料は無尽蔵ではない。
「その辺は……まあ、上手くやれば良いだけさ」
「ふむ」
コーヒーカップを口に運び、ディアーナはいくらか考えていた。
その後、適当に携帯端末の地図を眺めながら見学に巡る順路を定めたが……地図を見ていると、気になるものもいくらかあった。
「倉庫が多いな。何が納めてあるんだ?」
「色々だね。ガラクタも多いよ」
一天は、何をと具体的に口にするのは避けたようだ。倉庫の半分ほどは立ち入り禁止区域にあって、またその近くにはブランクゾーンも多い。
ブランクゾーン……空白地域。確かに施設として示されながら、地図上には何があるのか表示されない場所だ。
おそらくいくつかは位置的に考えて、武器類や工作機器類があるのだろうとディアーナは思う。先ほどの話からも、仮にこのセフィロトの中で大物を回収したとしても、あえて外には持ち出さない選択をしている節もある。
ディアーナがこんな施設地図を見るときに、軍事的な配置が気になってしまうのは、戦闘と守護を職とする騎士としての哀しい性なのかもしれない。
そのとき、そんなことを気にしていたからか……
さて、カフェを出てから一時間も経たぬうちに、ディアーナはそんな倉庫に迷い込んでいた。ディアーナがそこに入ったとき、鍵が開いていたのはミスか……よくはわからなかったが、その直前になにやら緊急の事情もあったようなので、そのためかもしれなかったが。
「ここは」
踏み込んだ瞬間には、ディアーナも目的地と違うだろうことは察していた。
戸が開く前には、そこは訓練施設のつもりだったのだ。
だが、踏み込んだ中に灯りはなく、コンテナがある場所には雑然と、また壁際には整然と、置かれている。ごく普通に訓練施設でないことは、どう見ても明らかだった。
一天は、今は一緒にいない。
事情を説明するには、時間は少し遡って……
ディアーナはまず、訓練施設、シミュレーション室と順に案内されていた。
訓練施設は今更……というか、むしろディアーナには懐かしい感じがした。そのすべてではないが、いくつかは昔触れたことのあるものだったからだ。場所が変わっても、こういったものは変わりないと見える。
さて、最初のハプニングはシミュレーション室を見学しているときだった。
大したことではないと言えば、大したことではない。一天が呼び出されたのだ。まあ医者が呼び出される背景には、大したことが潜んでいるのかもしれなかったが。
済んだら戻ってくるからと言って、一天は迎えの教官と医院のほうへ戻っていった。
そうしてシミュレーション室には、ディアーナ一人が残されたのである。ある意味当然ながら、退屈な待ち時間の始まりだった。時間潰しのプレイも一通り試すと、やることがなくなる。ただ待つ時間は長い。やはり時間潰しに、ふとこれから向かうはずだった地図をあらためて……
次の予定の場所は、それほど離れていないと気がついた。
「ふむ」
中に入れないまでも先に見に行ってみようかと思い立って、ディアーナはシミュレーション室を出たのである。
地図の記憶を頼りに歩いてきたが、少し迷ったようだった。それでも、到着して。
触れたら扉は開いた。自動になっているのは驚くことでもないが、鍵が開いているのはおかしいかとは思う。
だが……中を覗き込むまで、ディアーナは場所が間違っているとは思わなかった。扉にはスクールの施設であることを示すステッカーが貼られていたので。
なので、踏み入れた後に考えた。何を間違えたのだろうかと……思い返して、はっと気がつく。確かこの練施設に隣接して、倉庫があったはずだと。
「しまったな」
背後の扉はもう閉まってしまって、光はない。誰もいない倉庫に長居する意味はなく、ディアーナは踵を返した。
そのときだった。
背後に動くものの気配が急に現れた。生き物ではない、機械だ、と咄嗟に判断する。
その鉤爪が伸ばされるのと、振り返りざまに愛剣で薙ぎ払うのは同時だった。
オールサイバーがスピードで負けることは、なかなかない。だが、頬の人工皮膚が一筋もっていかれる。
それでも、紅の刃はディアーナを襲った物のボディを切り裂いていた。一発で駆動部を仕留めたようで、あがくように震えながらも、それはそれ以上動かなくなり……
「ディアーナさん」
そこで、再び扉が開いた。廊下に申し訳程度にともった灯りが、中に差し込む。
駆け込んできた一天は、ディアーナの前でうずくまるものを見て。
「大丈夫かい?」
「ん? ああ、これか……?」
もちろん、自分の安否を問われているのだということはわかる。
「私は、この程度ではどうにもなりはしない。大丈夫だ」
自分が待っているはずの場所からいなくなっていて、更に次の行き先にもおらず、迷子になったと慌てて戻ってきた一天が探し回っていたのだということがわかったのは、この後説明を聞いてからだった。
「それにしても……物騒な泥棒避けだな。私などは良いが、貴公などは非戦闘員だろう。気をつけねば、怪我ではすまないのではないかな」
「ああ、いや」
苦笑を見せる一天の顔を見て、はっとディアーナは緊張した。
「そうだ。壊してしまったのはまずかったか。弁償と言っても、さして持ち合わせは」
「違う、これは入り込んだけだよ。さっき呼ばれたのは、こいつに不意に遭遇して怪我人が出たからで」
倉庫に化け物を飼っているわけではないと説明されて、ディアーナはなんだそうかと緊張を解いた。壊してしまって正解だったのなら、問題ない。
「まあ、無事でよかった。君には、スクールの訓練などは必要ないかもしれないね」
「そうか……? まあ、オールサイバーというのは悲しいかな、こんなときには便利だ……一人でも大概十分だしな」
助けも協力も要らない、というのは少し寂しいことかもしれなかったが……そう思ったのが、表情には出ただろうか。オールサイバーは無表情ではない。
「でも、今のあなたに私は必要そうだ。その頬の皮膚、貼り治さないと綺麗な顔が台無しだよ」
一天がくすりと微笑い、ディアーナはそう言われてはっとして頬を撫でた。
「……そのようだ」
表面だけだが、鉤裂きの傷が手に触れる。
こんな些細なことでも、一人では十分ではないと思うのは……逆に心地よい気がした。
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□□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□
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【0185 / ディアーナ・ファインハルト / 女 / 22歳 / 騎士】
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□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□□
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お待たせしました&発注、ありがとうございました。
ちょっとさっぱり目になってしまいましたが……またご縁がありましたら、よろしくお願いします〜。
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