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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【ショッピングセンター】救援
破滅の示唆

千秋志庵

 ラジオビジターを聴取中の皆さん、番組の途中ですけど、ここでレアに緊急通信が来てますよ〜
 報告者はラジオネーム『恋するビジター』さん。えーと‥‥ショッピングセンターで偶然、救難信号をキャッチ? 救援に行きたいけど、弾薬がもう少ないから自分は行けないと。
 ふみふみ、リスナーの皆さん、ショッピングセンターから救難信号の発振を確認しました。
 余裕のある方は、救援に向かってくれると、レアは嬉しいです。
 敵の罠って事もあるし、助けに行ったら大戦力がって事も有り得るから、十分に注意してね?
 では、救援に向かう皆さんへ、レア一押しの曲をプレゼント。
 と、その前に、救援に向かう皆さんは、今から言う周波数に通信機をあわせてね? それで、救難信号をキャッチできるはず。

「救難信号……?」
 死に瀕しているパーティの最後の綱は、不特定多数へと向けられたものだった。場所は、ここからそう遠くもないことを聞き取ると、現在地との最短ルートのサーチを開始する。一秒にも満たない時間で終わったそれは、幾度か訪れたことのある場所であった。
「お姉さま、どうかしました?」
 壁に手をやったまま硬直し続けているジェミリアス・ボナパルトへと、レイカ・久遠は問う。ジェミリアスの口にした周波数にレイカも合わせ、彼女は対処に困惑したかのように眉根を寄せた。
「助けに、行きます?」
 問いに、肯定の意が返される。聞けば、信号を送っているのは有名なグループの一つだという。中央エレベーターとレイカの父親の情報を持ちえている可能性は――それでも微々たるものではあるのだが、存在し、加えて生来の「困っている人を放ってはおけない」といった気質も幾分か作用したのだろう。
 ただし、戦闘準備だけは抜かりなく行うこと。それを条件とし、各々が配置に付き進んでいく。他のパーティも赴いていることだから戦闘は連携が一番の問題だろうが、それにしても屈強の人物ばかりの揃ったパーティが救援信号を送ること自体が事態の深刻さを示している。気は抜けない。少しでも見くびったら、死ぬ。
 それでも得るものに微かな期待を抱き、二人は信号の示す地点へと足を向けた。

 そこは、死の臭いで満ちていた。

 臭覚をコントロール出来なければ、腐敗臭に誰もが意識を失うだろう場に、二人は直面していた。場所は救難信号の送られた、丁度その場所。間違いないか確認するも、現実は無残な事実を押し付ける。
「手遅れだった、の……?」
 救援信号が出されたのは十数分前。信号を送る余裕が残されていたということは、全ての希望が潰えていたという訳でもないのだろう。肉塊へと視線をやると、見知らぬパーティのものが何体も横たわっている。応援部隊は確かに来た。だがそれも意味を為さなくなるほどの強い何かが現れ、全てを破壊し尽した、という結論にジェミリアスは辿り着く。
 レイカの乗るMS・リッパーの足元には、それ以上の数のタクトニウムの屍骸が転がっていた。彼女は目を逸らすことなく、事実から逃れることなく直視していた。
 当初求めていた救援の目的は、恐らく達せられていたのだろう。それでもここにいた全員が死んでいるという現実は、また別の一つの事実でさえも浮かび上がらせている。
「ねえ、どう思います?」
 死体の前に直立不動のまま立ち尽くしているレイカは、ジェミリアスの声にはっと我に返る。MSの上から飛び降りると、噛んでいた唇の端から流れる血を手の甲で拭いながら彼女の傍へと走り寄った。
「……あの救援信号の目的は既に果たされている。それは周囲に転がっている大量のタクトニウムの屍骸から判別できます。中には高位のタクトニウムも何体もいますから、彼らが救援を要した必要も頷けます。問題は、それでもなぜ死んだのか」
「仮説を検証してみましょうか」
 笑顔でジェミリアスは言うと、死体の一つに近付く。まだ暖かい。最後まで抵抗した一人なのだろう。静かに、一つ黙祷を捧げ、ジェミリアスは彼に触れた。

 恐れたことが、現実になってしまった。
 予期はしていたし、殺すことに躊躇いがない訳でもない。
 だが、思った。
 力だけではどうしようもない壁と、脆弱な人間の脳ではより最適な答えでさえ適わないのだということに。
 逃げる、という選択肢もあったのかもしれない。
 選ぶ余地は与えられず、皆死んだ。
 否、殺された。
 生きるために殺すのではなく、殺すために殺す存在。
 覚悟が足りないのだと自覚した直後、二度と会えない妻の顔が脳裏を過ぎった。
 それが、全てだった。

「お姉さま」
 声に、ジェミリアスは汗の垂れる顔を上げて、レイカを見た。彼女は既に、MSの中で戦闘態勢に入っていた。
「……逃げてください」
 それはどういうつもりか問おうとし、だが目の前の人物を見て意を得た。
 パーティを全滅させたバケモノが、そこに立っていた。
「名前は聞くべきかな」
 バケモノは人間の形をし、人間の言葉を話した。
「あいつらは聞きそびれちゃったけど、聞くくらいは時間あるよね」
 声はおどけたものであったが、二人の中の本能的な何かが戦闘態勢を自然に取らせる。
 パーティを全滅に追いやった犯人は、大仰な仕草でそれらの行為を揶揄すると、自身も戦闘の構えを取った。それは独特の構えであった。武器は何も持っていない。操り糸を動かすように指先が忙しなく動いていたが、周囲に対する変化は全く見られない。その指先の動きは或いはプログラムを打ち込むようにも見え、変質化を図っているようにも見える。例えるなら、そしてそれは存在すればの話ではあるが、神様が“全ての世界”を創造しているかのようにも見えた。
 レイカのMSがジェミリアスの前に立ち塞がり、青年との攻撃にジェミリアスが入らないようにする。
「君も敵?」
 愉しそうな青年の声は、間髪入れずに響く爆音によって遮られる。辛うじて避けるレイカの着地地点を図るかのように、幾度となくリッパーの外装を焦がしていく。爆発の原理は不明だ。空気中でいきなり発火物が創られたかのような錯覚さえおぼえる。
 ジェミリアスが青年へと襲い掛かるも、軽い後方への跳躍で難なく避けられてしまう。向けた銃口から発射される銃弾は尽く宙を舞うだけで、傷一つ与えることはできない。残る最終手段を用いようとするも、どこからかの干渉によって上手く作用しない。
 ……一体、何が起こったのだろう。
 レイカのMSが、丁度ジェミリアスを背を向けあう格好となる。
 その途端、ぴたりと青年の攻撃が止む。
「今回は見逃してあげるよ」
 呆気ない程に、飽きたかのように、青年は指の動きを止めた。
「あなたは何者なんですか?」
 ジェミリアスの問いに、青年はくつくつと陰険な笑みを浮かべる。
「“境目の曖昧な存在”、とでもいうべきかな。人は皆が人の味方であるという訳ではなく、“神様の児戯”でこういった定義の不完全な存在もいるんだよ。それが、俺」
「……どうして、彼らを殺したんですか?」
「だって、仲間を殺したんだもん。だから。君達は殺してないから、見逃してあげる」
 二人の背を厭な汗が再び伝う。青年にとってはタクトニウムこそが仲間で、人が敵であるという。その言葉の示す意味は、この場では人間ですら信じることを許されないという事実であった。
 青年は笑った。
「また、ここで会いましょう」
 耳に残る言葉を最後に、青年は砂塵の中に姿を消した。
 事件が呆気なく、そして厭な幕切れを迎えたことにひどい寒気をおぼえながら、ジェミリアスはリッパーから降りてきたレイカの元に寄り添う。言葉もなく、ただ見せ付けられた事象を理解するのは到底理解出来ないことだ、と視線で語り合う。
 血生臭さはまだ残る。もはや死体は人間、タクトニウム問わず個の判別はつかない。
 例えば、これが最終的に人間とタクトニウムらの戦争を引き起こすとしたら――。
「ひどく厭な光景ですね」
 ジェミリアスの呟きに、
「それでも、後戻りはする気はないですけど」
 レイカが継ぐ。
 人間と、タクトニウム――。
 両者とも、このときには既に戻れぬ場所へやってきてしまったのかもしれない。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0657】レイカ・久遠

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

敵と味方の判別は、とても難しいことだと思います。
オセロのような単純な白と黒だけで構成された世界でないからこそ愉しい、という意見も尤もですが、同時に灰色の世界というのも不安の多い世界ではないか、と。
今回の話では、“灰色”の青年が登場します。
彼は一体誰の味方であって、敵であるのか。
それも含めて、セフィロトの世界にはまだまだアンノウンの部分が多く、故にこれからどれだけの情報が公開されていくか愉しみなところでもあります。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝