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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
薄ぺらい紙の表と裏

千秋志庵

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

 端的に言って、人間は莫迦だ。莫迦以外の何者でもない。莫迦であると同時に、考えていることがよく分からない。善意かと思う悪意もあるし、はたまた悪意にしか見えない善意も存在していたりする。兎角、他人に分類される存在の感情とやらを把握するのは困難に等しく、しかしだからと言って杯を交わした相手がいつ自分の命を狙うかの予想も困難な世の中だ。信じられるのは自分だけ、といった無駄に哀しい思想も持ち合わせていない。それでは一体どうするべきか、というのが今の最大の課題であり、下手をしたら生涯の疑問にもなりうる可能性だってなくもない。
「ごめんんさい、わざとじゃなくてたまたまで……」
 一体、自分は何をしているのだろうという錯覚にも陥る。偶然を必然のように口走る姿に内心冷たいものを感じながら、クリスティーナは平に頭を下げ続ける。恥も何もかも捨てた態度に気を良くしたのか、いつの間にか四人は見慣れた大通りから外れた裏道にいる。別にそれだって、ある一線を越えれば全てがクリスティーナへと傾く。それは両者にとって快い結果ではないが、肩が軽く触れたことを必然というのなら、今日この日に死ぬ、或いは重傷を負うというのもまた必然なのだろう。
 きっかけというものは、およそつまらないものだった。ビジター登録を終え、家を出て行った姉に会えるかもしれないという微かな希望を携えて訪れた通りで、クリスティーナ・クロスフォードは見知らぬ数人の男にぶつかってしまった。今思えば、正面からかもしれないし、肩だけだったのかもしれない。それをいいことに、彼らは妙な因縁を吹っかけてクリスティーナを路地裏へと移動させていた。本意が何かを知ろうとは思わないが、ろくでもないことは確かだ。
 クリスティーナの中に、再び冷たいものを感じる。
 言い換えるのなら、目的のない殺意。虫殺しが罪にすら、道徳にも触れられないほどの小さいことであるかのような、そんな殺意。
 ……莫迦な方が、悪い。
 幾度目かの謝罪の言葉を述べたあと、クリスティーナは“色の名”を口にした。
「出来れば、目立つ行動は避けたいんだが……」
 クリスティーナの背後にふいに姿を見せた仮面に、クリスティーナを除く全員が驚愕の色を見せる。
「なら僕もやるよ、そうすれば半分じゃない?」
 屈託なく笑うも、その手には切っ先の鋭い小型ナイフが握られている。サバイバルで使うような刃がギザギザのやつで、肉を裂くには打ってつけのエモノだ。BLUE・MOONはクリスティーナの前へ出、庇うような形をとる。前衛と後衛とに分けるとしたら、後衛のクリスティーナのエモノはあまりにも意味を持たない。狭い場所ではあるが、遠距離攻撃や援護射撃といった方がまだ役に立ちがいがある。そのことを口にして前衛へと赴こうとすると、
「瀕死の奴らから順に手当を頼む。殺す行為の方が結果的に余計目立つからな」
「……役割ってそれだけ? つまらない」
「そう言うな。それを言ったら俺だって雑魚の相手は“つまらない”よ」
 クリスティーナは笑いながら、武器の代わりにと薬箱を抱えた。
 軽い足取りで地を蹴り間合いを一瞬で詰めると、BLUEは軽く腕を突き出した。掌の放つ“気”のようなものを直接ぶつけ、一番近くにいた男は一方の壁に背を思い切り叩きつけられる。気を直に送り込む行為は、相手を殺しもするし生かしもする。針を通すかのようにその加減は難しく、彼のように生かすことを目的としている場合には適した手段とはいえない。それでもBLUEは直線的な攻撃を腕で軽く払いのけて懐に潜り込み、とんっと触れるように男を吹っ飛ばして昏倒させていく。流石、と呼ぶべきなのだろうか。致命傷に至らないが故に男は何度も立ち上がってくる。小さく息の乱れを整えて、BLUEは体の前に両の手を軽く握って構える。
「これでも“つまらない”の?」
 クリスティーナの問いに、BLUEは苦笑交じりに肯定した。
「単調な動作だからな」
 再び間合いへと身を滑らそうとし、だが行動に移る数コンマ前に彼は一切の動作を中断させた。背中を仰け反るようにして、男が一斉にうつ伏せに倒れたのだ。受身も一切なく、顔面着地は痛い以外の言葉が見つからない。クリスティーナが訝しそうにBLUEの服を掴む。
「殺すなよ」
 BLUEの台詞に、クリスティーナとは別の女性の声が聞こえる。
「分かってる」
「本当だろうな……。それは事後処理の面倒を考えての行動か?」
「だから殺してないよ、お兄さん」
 短い黒髪の少女は両手の剣を鞘に収めながら、自身の手で地に伏せさせた男を蹴っては息があるのをわざわざ確認させてみせる。
 助っ人、と呼ぶべきなのだろうか。確かにこのままBLUEの気で対処するのは確かに面倒ではあるが、よくてあと一発で普通の人間なら意識を失っていただろう。それでも充分に「確実に相手をぶちのめす」方法ではあったのだが。
 兵藤レオナと名乗った女性はクリスティーナへと近付くと、小さく挨拶をした。簡易な自己紹介と、自分がどうして助けたのか、など。聞いていないことを勝手に話すのは迷惑ではあったが、不思議と喋り方は気に障らないし、厭きない。いわゆる話上手なのだろうか、と思考の端で思いながら、お礼にと喫茶店でお茶をしようと愉しそうに考え始めた。ここまで来る道程の間に何件か気になる店があったので、寄ってみるのも悪くない。提案をしようとしたところに、レオナは「そこで相談なんだけど」と話を別のものへと切り替え始めた。
「助っ人代と服とかのクリーニング代……締めてこれくらいで」
 さらさらとペンを走らせ、レオナは数字を書いた紙をクリスティーナに手渡した。突如、空気が冷たいものを帯び始める。
 BLUEはといえば、「ターゲットはまだ見つからない」とだけ言い残し、既に姿を消してしまっていた。
 折角の好意が無にされたことに軽い怒りをおぼえつつも、どうしたものかと対処しかねたクリスティーナは手を出しているレオナへと微笑を浮かべてやる。
「……一人くらい、平気だよね」
 手にはいつの間にか、先程片付けた小型のナイフが握られていた。レオナの顔が引き攣る前に、交渉へと入るための先手を、クリスティーナは静かに打った。
 小さな叫びが、路地裏から聞こえてきたのは、恐らく気のせいではないだろう。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0656】クリスティーナ・クロスフォード
【0536】兵藤レオナ
【0635】BLUE・MOON

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

助っ人として金銭を要求することは、貸し借りの面ではすっぱりしているので好感を持てる面もあるという一方、お気に入りの喫茶店へ一緒にお茶をと考えている人間にとってはこの上ない悪意でもあり。
同じ事柄でも捉え方によって善にも悪にもなりうることもあり、相手の立場や思考の不一致によって書き分けるということもまた必要なんだなと改めて実感してしまいました。
三人のやり取りの噛み合わせの悪さも、一パーティとして私個人がとても気にいってしまったこともあり、機会があれば再び筆を走らせてみたく思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝