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第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー
『マリオネットマザー』
ライター:MA
おい、死にに行く気か?
あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
それにあそこには奴らが‥‥ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
知ってて行くのか? 止められないんだな?
無理だ。勝てるはずがない‥‥いや、お前なら大丈夫かも知れない‥‥
わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。
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――暗闇の奥。より深い場所に『彼女』がいる。
後ろ手でドアを閉めた。
「レオナ……」
すぐにレイカ・久遠(れいか・くおん)が駆け寄って来る。憂いの目が自分を見上げる様を横目に、兵藤・レオナ(ひょうどう・れおな)はじっと床を睨んでいた。
「どうだったの? あの人の容態は」
「……」
「……レオナ?」
レイカに応えぬまま歩き出す。彼女の前を通り過ぎ、無言で通路の先を急いだ。
「レオナ!?」
背後にレイカの焦りの声と足音を聞く。
けれど、振り返る気も、振り返る余裕も、振り返るだけの時間すら今のレオナにはなかった。
それでもレイカは質問を繰り返した。この切迫した状況の中、少しでも今を把握するために。
ドクターはなんと言ったのか。
あの人は目を覚ましたのか。
容態は。回復の見込みは。――自分たちはどうすればいいのか。
そのどれもにレオナは答えなかった。その長い足を素早く動かし、歩いているといえるギリギリのスピードで迷いなく先を目指す。
結局、レオナが答えた質問はたったひとつだ。
「レオナ、お願い教えて。一体どこに行くつもりなの?」
「――ヘブンズドア」
天国の門はいつも喧騒に包まれている。
昼夜を問わず多くのビジターが出入りし、酒と会話に興じ、様々な情報が飛び交う酒場、ヘブンズドア。今日もビジターたちはそれぞれに卓を囲み、戦いの合間、短い休息に身をゆだねていた。
「んー、次はウォッカにするかな」
「……剣人、少し飲みすぎじゃないか?」
空になった大量のグラスを前に、呂・白玲(りょ・はくれい)は呆れ顔で伊達・剣人(だて・けんと)を見上げた。
「なんだよ、酔ってるように見えるか?」
剣人の表情はいつもと同じだ。頬を赤らめているようにも見えない。
「だからこそだ。これだけ飲んでそう見えないことが恐ろしいと思っている」
「言うねぇ。まあいいや、座れよ。どうせレオナを待ってんだろ?」
「どうせって……まあ、そうだが」
小さく唇を尖らしながらも、剣人が示す席に素直に座る。
「レオナは今日、仕事だっけ?」
「ああ。アマネを手伝うと言っていた」
「はぁん、なるほど」
白玲の口から出た名前は、彼らのよき友人であり信頼できる情報屋でもある少女だ。
彼女とレオナはここ数日ずっと組んで行動している様子だった。それを知っている剣人は納得顔でつまみのピスタチオに手を伸ばした。
「レオナのやつ、また無茶してなきゃいいけどな」
「それは……どうだろう」
戸惑いがちに目を伏せる白玲に、つい「フォローしてやれよ、親友」とつっこみたくなったが、少女相手に強く出る気にもなれず、代わりに口に運んだ豆を思い切り噛み砕く。
「……あ」
剣人がピスタチオを飲み込むタイミングで、白玲は店の奥へ目をなげかけた。
「ん? どうした」
「あれは……」
白玲が指し示す方向に、ちょっとした人だかりができていた。その一角だけ、ざわめきの絶えない店内でも一際にぎわっているようだ。
「ああ、手品がどうとか言ってたぜ。盛り上がってんなー」
「…………」
白玲は何も言わない。言わないが、目をきらきらと輝かせて人だかりをみつめていた。
「…………」
剣人も何も言わない。ただ不自然なほどの無表情でいくつもの豆を噛み砕いた。
――二人が好奇心に負けて、見に行こうかと誘い合うまで、ものの十秒もかからなかった。
「さ、この中から一枚選んでみてください」
「そうねぇ……じゃあ、これを」
机に伏せたまま広げられたカードの一枚を美女――ジェミリアス・ボナパルト(じぇみりあす・ぼなぱると)が指差すのを、ビジターたちは固唾を呑んで見守った。
「なるほど。ではこのカードの絵柄を私には見えないように皆さんで確認してください」
私は向こうを向いていますから、とキリル・アブラハム(きりる・あぶらはむ)がくるりと椅子を回してジェミリアスに背を向ける。
それを確認してから、ジェミリアスはカードを裏返し、周囲にも見えるよう頭上に掲げた。
彼女が選んだカードはハートのエース。
「へえ、悪くないチョイスだね」
ジェミリアスの隣で興味深そうに状況を見守っていたアルベルト・ルール(あるべると・るーる)が小さく笑う。それを軽く叱るように「こら」と、ジェミリアスがアルベルトの額を指でつついた。
「よろしいですか? 皆さん確認できましたら、そのままカードを元に戻してください」
「OK……戻したわ」
「では」
キリルが元の姿勢に戻ると、今度はアルベルトに向き直った。
「アルベルトさん、このカードたちを山にしてシャッフルしていただけますか?」
「ああ、いいよ」
言うが早いか、アルベルトは広げられたカードを集め山にして、馴れた手つきできりはじめた。十数回ほど混ぜ合わせたところで手をとめ、次の支持を促すようにキリルを見返す。
「ありがとうございます。では、それをこちらに」
「うん」
「それでは皆様、ご注目くださ――」
――ばんっ!
キリルの声をかき消すように、大きな音が店内を貫いた。
客と店員の目が一斉に音がした方向、出入り口へと集まる。
「……」
そこにいたのは、レオナだった。常連客が入ってきただけかと安心しかけた一同だったが、すぐに彼女の沈鬱な表情に気付いて沈黙する。
「……みんな、聞いてほしい」
シンと静まり返った店内を見渡すレオナの視線はどこか危うく、焦りの色がひどく濃かった。
「レオナ……」
いつも気丈で表情豊かなレオナらしからぬ様子に一体何があったのかと白玲が問いかけようとする。だがそれを実際口にするより先に、レオナが口火を切った。
「アマネが誘拐された」
――店内に、これまでとは別種のざわめきが広がる。
「アマネが持ってきた情報を確かめに行った先で、敵に襲われたんだ。とにかく相手の数が多くて……一緒にいた人にも、酷い怪我をさせてしまった」
「行った先って?」
「警察署」
「じゃあ、アマネをさらった敵って、まさか」
「ああ。……ビジターキラーだ」
レオナの返答に、再び店内にざわめきが広がる。それは先刻よりも幾分か悲壮なささやきを含んでいた。
都市中央警察署。
現段階でビジターたちが侵入できる第一階層の中でも、おそらく最も危険な区域だ。タクトニムの要塞とも言われる堅牢なその施設には、ビジターキラーと呼ばれる屈強なタクトニムも存在するという。
そこを死に場所と定め、露と果てたビジターもいるほどだ。
そんな場所で敵にかどわかされたということは、既に絶望的な状況にあると言っても過言ではないだろう。
「一刻も早くアマネを取り返さなきゃならない。だけど、あれだけの数の敵じゃ……」
一度、小さく唇をかむ。戸惑いと焦り、そして屈辱にレオナの表情がわずかに歪んだ。
「……多分、ボク一人じゃ無理だ」
だから、と今一度店内を見渡す。熱のこもった、強い目だった。
「みんなの力を貸してほしい」
床に膝をつき、戸惑うことなく上半身を伏せる。
「無茶を言ってるのは分かってる。多分、無事じゃ済まないのも覚悟してる。だけどボクはどうしてもアマネを助けたいんだ。このままあの子を見捨てるようなことしたくない……ううん、ボクはボクのために、アマネに無事でいて欲しいだけだ」
店内に残っていたざわめきが完全に静まり、レオナの悲痛な声だけが響いた。
「お礼はきっとする。何ができるかわからないけど……ボクにできることならなんだってするから。だからお願い。誰でもいい。どんな形でもいい。ボクに、力を貸してくれ……!」
レオナの声が途絶えた後には、悲壮な静寂が残されているだけだった。
レオナは床に額をつけそうなほどに頭を下げている。その表情を伺い知ることはできないが、背中がかすかに震えていることだけは一同にも見て取れた。
「……顔を上げてくれ、レオナ」
静寂の中、まず最初に口を開いたのは白玲だった。
「そんな頼み方、しなくていい。アマネもレオナも私の友人だ。二人に力を貸すのにそれ以上の理由がいるものか」
「白玲……」
「そうそう、まず俺らに打診すりゃいいだろうに。水臭ぇな」
続いて剣人が、グラスに半分は残っていた琥珀色の酒を飲み下して立ち上がる。
「要するに遠慮しすぎだよね」
アルベルトも若草色の瞳をわずかに細め、まっすぐレオナを見た。
「ずっと二人には世話になってるし、場所がどこだろうと俺たちが臆するわけがない。となると、行かない理由が思いつかないな。ね?」
「そうね、私も思い浮かばないわ」
アルベルトの問いかけに応えるように、ジェミリアスもサングラスの奥に艶然とした微笑みを浮かべて小さく頷く。
「レオナ、私は何度か警察署に足を運んだことがあるの。力になれると思うわ」
「みんな……」
驚きと喜びと焦りが交わった複雑な表情で、レオナは立ち上がってくれた面々を見返した。
皆が皆、さもそうすることが当たり前のようにレオナに手を貸そうとしていた。そこに代償を求めようとする者はいない。
「あ、ありがとう。ボク、なんて言っていいか……」
「礼はいい。それよりも立ち上がってくれ、レオナ。今は一刻とて惜しいのだろう?」
「……うん」
白玲に促されるまま立ち上がり、レオナはゆっくりと背筋を伸ばした。
「――話はまとまったようですね」
その瞬間を見計らったように、キリルが低い声を上げる。
「では、手早く準備を済ませて警察署に向かうとしましょうか」
言うが早いか、なんの迷いもなく荷物をまとめはじめた。え、と一同が彼に注目したところで、何かに気付いたように「おっと」と小さくつぶやく。
「これを片付けるのを忘れていました」
レオナの前まで歩を進め、彼女のすぐ目前で何もない宙に指を差し出し、軽く何かをつまむようなしぐさをする。
「っ!」
驚きに、レオナは目を丸くした。
さっきまで何もなかったキリルの手の中に、今は一枚のカードがある。空中から突然カードが現れたようにしか見えなかった。
戦士である自分の動体視力でもってしても見破れないマジックなど、レオナは見たことがない。
「お、これはいいカードですよ」
ほら、とキリルはレオナにカードを手渡す。
「ハートのエース……」
「ある地方の占いによると、それは成功や祝福を象徴するカードなんだそうです。きっと良いことの前触れでしょう。たとえば……無事にアマネさんを取り戻せるだとか」
「…………」
占いを頭から信じようとは思わない。それはきっとキリルも同じだろう。
状況はどうしようもなく絶望的で、こんなカード一枚でどうにかできるような簡単なものじゃない。
だけど。
「…………そうだね」
レオナは頷く。
心遣いが嬉しかったから。優しさが心地よかったから。――ほんの少しでも、希望を失いたくなかったから。
「うん、きっとそうだ」
きっと助けられると信じること。それが今の彼女に必要な強さだった。
蠢く闇。
その深遠に、『彼女』がいる。
――なぜ そんなことをきくの
(なんでって、そら知りたいからやけど)
――しりたい
(うん。それに……うちに必要やから)
――……わからないわ
「来たわね」
ヘブンズドアを出たところで、レオナたちを出迎えるように一人の美女が影から姿を現した。
「レイカ……」
ヘブンズドアを示すネオンがまぶしいのか、レイカはわずかに目を細め一同を見渡す。
「これだけのメンバーを集めたってことは……行くのね、もう一度」
「うん」
「今から?」
「アマネが待ってる。……急がなきゃ」
「……そうよね」
レイカはレオナの目を見つめたまま小さく頷いた。同時に彼女は人目もはばからずジャケットを脱ぐ。
「ちょ、レイカ!?」
驚く一同の前であらわになる、彼女のインナー。
――マスタースレイブ用のアンダースーツだ。
戦いの準備は済んでいると、彼女の決意の笑みが物語っている。
「急ぎましょう。こうしてる時間ももったいないわ」
レイカは出てきたばかりの影に潜る。代わりにそこかから現れたのは一体のマスタースレイブだ。ペンキを全身にぶちまけられたような、べたりと張り付く赤い色が印象的だった。
「あれは……なるほど、重機動型ですか。いい武装ですね」
同じMS乗りであるキリルには、一目である程度の性能が見ぬけるものらしい。
「ありがとう、キリル。この機体……リッパーなら、皆さんの役にたてると思うわ」
「ほう、リッパーと呼ぶのですか。いい名前だ」
感心したように笑顔で頷き、キリルは改めて赤い機体を見上げる。
「そうですね……警察署となれば、それくらいの武装が必要かも知れません」
なら、と小さくつぶやいて、キリルは瞳を鋭くさせた。
蠢く闇と深い闇。
その狭間に、『彼女』がいる。
(分からん? どういう意味や)
――わたしは なにも しらないから
(は?)
――あなたのことも あなたがしりたいことも
(…………)
――わたしが ここにいる りゆうも
(マザー、それは)
――わたしは なにも しらないから
堅牢な要塞。立ちはだかる、高い壁。
レオナたちは、ようやく警察署正門前までたどり着いた。そう長い距離を歩いたわけではないのに、ここまで来るのに随分と時間がかかった気がする。
「久しぶりだわ、この空気……」
ジェミリアスの目にも緊張が浮かび上がる。
この壁の向こうで多くの戦いがあり、多くのビジターたちが散っていったのだ。ここから先に、油断していい場所などない。
「……それで? どういう段取りで行く?」
くわえていたタバコを地面に落とし、かかとでその火をもみ消しながら、剣人はレオナを顧みた。
「大まかに、ではあるけど、アマネの位置は分かるんだ。ほら」
レオナは懐からモバイルを取り出す。それは手のひらに収まるほど小さく簡易的な端末だった。
「これはね、受信機なんだ。これに対応する発信機の位置座標を特定することができる……って、これ全部アマネの受け売りなんだけど」
「なるほど。その発信機をアマネがつけているわけか」
「そういうこと」
白玲の声にうなずきながら受信機を起動する。
端末のモニターに青白い光が浮かび上がり、関数グラフのような画像がうつしだされた。
「へえ、結構地味な画面だね」
「この白い点が発信機の位置ね? 中央が私たちの現在地だとして……レオナ、このメモリって単位はメートル?」
レイカの細く長い指が、グラフのように刻まれた線をなぞる。
「うんと、これの単位は設定で変えられるはずなんだけど、今は……うん、そう」
「ってことは、X軸が10、Y軸が6だから、直線距離で……」
「ルート136か。北東に11メートル強だね」
脳裏に三平方の定理を描きはじめた段階で、隣で覗いていたアルベルトがさらりと距離をはじき出してしまった。反射的に恨めしげな目をアルベルトに向けたレイカだったが、彼は彼女の視線に気づきもしない。
「意外に近いな」
「直線距離は、の話でしょう。屋内はそれなりに入り組んでるわよ」
署内侵入の経験があるジェミリアスの言葉に、うぇ、と剣人は苦々しげに表情をゆがめた。
「面倒だな。壁でも壊しながら一直線に行くか?」
「いい案ですね。そんな余裕を奴さんがくれるというなら、の話ですが」
「だよなぁ」
キリルの指摘は正論すぎて、頷くほかは何もできない。
「ジェミリアス、この位置って行ったことありそう?」
「んー……方角が違うわね。道案内ができるとしても途中までだと思うわ」
「そっか……」
「なら、私が」
肩を落とすレオナを見て、白玲が弓を引き絞った。わずかに目を細め、一階の天井近くに開いた通気孔を狙う。
いつもどおり、矢を通して行った遠隔視を利用して中の様子を確認してくれるのだろう。
そう思って一同は信頼の目で彼女の行動を見守り――次の瞬間、我が目を疑った。
弓矢は放たれ、不自然な軌道を描きながらも通気孔に吸い込まれる。
――スタンっ
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
獣の断末魔と同時に、どろりとした緑色の液体が通気孔から溢れた。
「な、なんだあれ!?」
「気持ち悪……」
「……タクトニムだ」
異様な光景に皆が驚きや不快感を示す中、白玲は報告のために口を開く。ほんのわずか、その頬が青ざめていた。
「タクトニムが、埋まってる」
「――え?」
埋まる、という言葉があまりにも意外で、一同は意味を捉えきれず眉をひそめる。
「どういうことだ? 白玲。タクトニムが埋まるってお前――」
「言葉通りだ。小さな……タクトニムらしき生き物で通気孔の中が埋まってる」
「じゃ、じゃああの緑色って……」
「通気孔の中のタクトニムに矢が突き刺さった。その結果出てきた体液だ」
「う……」
体液は今もこぷこぷとだらしなく通気孔から溢れ続けている。白玲の報告から想像される状況と目にうつる光景の異様さがあいまって、不快感は強まる一方だ。
「通気孔に連中が埋まるってのは、どういうシチュでそうなんだよ」
「それは……分からない。タクトニムに阻まれて、署内を見ることは全くできなかった。……役に立てず、すまない」
「ああ、そうしょげんな。別に責めたわけじゃねぇから」
「それに、役にたたずということはないわ。今の情報でここの異様さが実感できたもの」
「警察署という舞台……聞いてはいましたが、相当油断ならない戦場のようですね」
「うん……それでも、行かなきゃ」
これだけの異様さを目の当たりにしてなお、レオナの意思が揺らぐことはなかった。
否、これだけ異様な状況だからこそ、この奥で閉じ込められてしまったアマネをいち早く助けなければと焦る。
「中を確かめられない以上、正面突破しかないと思う。とにかく発信機の位置を確認しながら先に進み、できるだけ早くアマネの所へ行こう」
「レオナらしい選択ね。いいわ、行きましょう」
彼女の言葉を突撃準備合図と見たのだろう。レイカは短く頷いて、颯爽とリッパーに飛び乗った。
「みんなも、準備はいい?」
「ああ、問題ない」
「いつでも大丈夫だよ」
白玲は緊張の面持ちで、アルベルトはリラックスした表情で、それぞれレオナに応える。
ジェミリアスは無言でサングラスをただし、剣人もただ黙ってネクタイを緩めるだけだ。だが二人は共に真剣な表情で、じっとレオナの合図を待っている。
キリルだけは皆に道を譲るように足を引いた。殿を務める、という意図の表れだろう。
「――じゃあ、行くよ。遅れないで」
そんな平易な言葉が、激戦の合図だった。
闇の向こうから聞こえるのは、静寂にも似た獣のざわめき。
日々の喧騒からは遠く離れた深みに、『彼女』がいる。
――きこえる
(え……)
ざわめきの向こうから聞こえるもの、それは。
――わたしのこどもが きえるおと
ざうんっ!
タクトニムの断末魔を薙ぐように、レオナの剣が踊る。
赤、緑、あるいは白濁。
様々な色の体液を浴び、濡れた剣が宙を踊る。
「く……っ!」
ぐい、と目にかかる液体を素早くぬぐう。手についたそれが自分の汗か敵の血か、その判別もつかない。
「邪魔だっ!」
剣人が放つ炎がはじける。
断続的に、戦士たちとタクトニムの肌が赤く煽られる。
焦げた匂いが鼻をつく。
――なのに、視界はタクトニムで塗りつぶされたまま。
「はは、これはちょっと凄い、ね!」
アルベルトの顔に張り付く笑みが凄絶なものになる。
絹糸のような少年の髪が頬にはりついている。彼が示す方向へ空気がつきぬけタクトニムらを吹き飛ばし風穴を開けるが、すぐに別のタクトニムがそこを埋めなおしてしまう。
「異様ね……ここまで物量で押してくることなんて、今までなかったのだけど」
髪をかきあげながらつぶやくジェミリアスの呼吸も既に乱れている。
自分に襲い掛かってくるタクトニムを狂わせ、操っても、この壁を崩すきっかけにはならない。
弓矢を持つ白玲などは、十分な距離をとるに取れず、混戦の中で弓を番えては体当たりを受けてバランスを崩す。
(近すぎる……!)
汚れた床に膝をつき、なんとか素早い動きで矢を放ち狙い通りに突き刺すも、十分な威力は得られない。
崩れた体勢から同時にいくつもの矢を放っても、屠ることができるのは片手に数えられる程度。この壁の前では、小さな反抗と言っても過言ではないだろう。
「くそっ!」
レオナの口から、らしからぬ悪態が漏れる。
(ダメだ、これじゃ進むこともできないよ)
何度剣をふるい、いくら襲い来る敵をさばいても前に出られそうになかった。
まだ警察署に入ったばかり、一階のロビーフロアだというのに……そのはずなのに。
壁という壁、床という床、激戦の中残った受付の跡、それに天井すらも、タクトニムで覆われきってしまっている。
(このままじゃ皆の体力がどんどん削られるだけ。一体どうしたら……)
「――みんな、道をあけてっ!」
後方から飛んだ指示に、戦士たちは反射的に左右に飛ぶ。
その横を赤い突風が通り過ぎた。
「え……」
一同は驚いて、思わず風の行く先を目で追いかけてしまう。
彼らが見たものは、タクトニムの壁に向かって大きく長い腕を振り下ろす、MS――リッパーの姿だった。
「すっげぇ」
その圧倒的な腕の体積と爪の鋭さで、タクトニムの群れが割れる。さらにリッパーは隙間を割って奥へ進み、肉薄するタクトニムに爪を振り下ろしては山を崩していく。
「今のうちに、早く!」
「分かってる!」
レイカの声に急かされる間でもない。
レオナたちは一斉に、レイカが作った隙間に身を滑らせた。
リッパーの影に隠れるようにして先を急ぐ。もちろん何匹かはレオナたちまで攻撃の手を届かせようとするのだが、それは今度こそ十分な距離をもって放たれた白玲の矢と剣人の炎が討ち取った。
「さすがリッパー、いい仕事をなさる」
一同がなんとかフロアを脱出した瞬間、バルカンのけたたましい音が鳴り響く。
「この音……」
ジェミリアスが後方を振り返ると、銀色の巨体がロビー中央に陣取っているのが屍の向こうに見えた。
「――Katze」
そのMSの名を彼女が呼べたのは、長年の付き合いゆえだろう。
猫と呼ばれる銀のそれは、キリルの愛機だ。モーニングスターを手に、次々とロビーに残るタクトニムたちを屠っていく。
「屋内戦でMSが二体となれば、あなた方の邪魔になる。私はここにとどまります。そして、あなた方の無事を祈り、退路を死守しましょう!」
「あ――」
共に行こうと、この数の前では例えMSに載っていても危険だと、そう叫びかけて――ジェミリアスはくっと唇を引き結ぶ。
彼の強さはよく知っている。彼の気性も、経験に裏打ちされた自信も。
「ご武運を!」
その声を最後に、キリルの姿がタクトニムの山の向こうに消える。
再びけたたましい音と煙がロビーを包んだ。
蠢く闇が少しずつ削られていく。
徐々に光が差し込み、静かな闇にまでたどり着こうとしている。
光と闇が溶け込みはじめるその場所に、『彼女』はいた。
ざわめきはいまや完全な悲鳴と怒号と、そして断末魔に変化している。
(……やっぱり、悲しいもんか?)
――かなしい?
(子供が殺……じゃない、おらんくなるの。悲しいねやろ?)
――……わからないわ
(わからんって、あんた――)
――でも これはあたりまえのことだから
(当たり前?)
――わたしも あなたも わたしのこも あなたたちも いつかかならず きえるのだから
(……だから?)
――だから わからないわ
無数のタクトニムで構成された山をレイカが崩しては、その隙間へとレオナたちが躊躇なく飛び込む。このパターンを繰り返して、もう何度目になるだろうか。
レイカが駆るMSが繰り出す攻撃の手を逃れた敵には弓矢や超能力が飛び、それを乗り越えた敵もレオナの大きな剣で皆なぎ払われる。
一同は見事なコンビネーションを駆使し、ほんの数秒前には考えられなかったスピードで奥へ奥へと進んでいった。
戦いながらの移動を続けているうちに、レオナらはあることにそれぞれ気づいていく。
少しずつ、タクトニムの数が減ってきているのだ。
「どういうことだ、これ……」
「さあ。楽観的に考えれば、向こうの補充が間に合わなくなるくらい倒すことができたってことじゃない?」
「悲観的に考えた場合は?」
「とんでもない罠でもこの先に待ってる、とかかなぁ。ビジターキラーの大群がこの先にいるとかさ。適当な想像だけど」
「……適当な想像に嫌なリアリティをしこむなよ」
軽く肩をすくめるアルベルトの言葉に絶望的な未来を想像して、剣人は不快そうに表情をゆがめた。
だが次の瞬間、視界の端に、凶暴な歯をむいて突進してくるタクトニムを認める。
彼が炎を放つのとアルベルトが風を放つのは、ほぼ同時。風が炎を煽り、炎が風を絡め、より大きな火の玉となって敵に直撃した。
――こんな風に、敵一体の動きを冷静に見て攻撃を仕掛けられるほどの余裕が出てきている。
レイカが崩す山はもとより、他の面々があけた穴も埋まらなくなってきた。
「さぁて、この先何が待ち受けてるやら――」
「――あ」
剣人の声にかぶるように、レイカの戸惑うようなうめきが聞こえた。
一体どうしたのかと思って前方に注意を向けた瞬間、リッパーの足が止まる。見れば、リッパーが立ち止まる先の通路は、MSの身長よりも天井が低く、幅も狭くなっていた。
搭乗するレイカの顔は見られないが、立ち尽くす背中から彼女の焦りが感じられる。
「ここまでね」
静かにジェミリアスが宣言する。
これで、ここまで繰り返してきた連携も終わりだ。レイカは無念でもそれに頷かざるを得なかった。
これでは戦うどころか、廊下に入り込み先へ進むこともできそうもない。――かといって、ここでリッパーを乗り捨てる気には勿論なれなくて。
リッパーの体を振り返らせて、爪を構える。今度の狙いは、後方に残るタクトニムたちだ。
「……レオナ、先に進んで。私はここで奴らがあなたたちの邪魔をしないよう食い止めているから」
「――分かった」
レオナは一瞬の躊躇の後、短くも深く頷いて、リッパーの体をすべるようにして脇を潜り駆け抜けていった。
一同も黙ってそれに続く。この状況で迷っている暇や余裕など、誰にもないのだ。
「どうか無事で! ――アマネの元気な顔、楽しみにしてるから!!」
長身の背中にかけた言葉は、届いただろうか。
レオナは頷いてくれただろうか。皆、応えてくれただろうか。
それを確認することはできなかった。
ここに留まると決めたレイカに誰も異論を唱えることができなかったように、今のレイカにも自分の言葉に返ってくるものを拾いに行く暇や余裕はなかったのだ。
蠢く闇は今まさに光に侵食されようとしている。
けれど静かな闇にまでそれが及ぶことはなく、ただただ蠢く闇を絡め取るまでしか至らない。
その光と闇の狭間に、『彼女』がいる。
(ほな、うちはそろそろ居ぬわ)
――い ぬ?
(帰る言うたんや)
――かえり たい?
(うん。仲間の声、聞こえてきたし――もう、そろそろ限界やから)
――げんかい……
(もっと長いこと話したかってんけど、これ以上は無理みたいや。もう、頭が痛ぅて……)
――わからないわ
(はは……うちって案外、ひ弱いねんなぁ)
光と闇が交差する瞬間。
ゆらりと少女の影が揺れて――倒れた。
狭い通路に入った途端、ますます敵の数が減少した。
あれほど壁や天井を覆い尽くしていたタクトニムの群れも、今では床を這うものばかりだ。
敵を屠りながら先へ進んでいるのに、ほんの数秒で二つ角を曲がり、目標まであと5メートルの位置にまで差し迫れている。
フロアでの足踏み状態やレイカとの連携で時間がかかった状態からは考えられないスピードだった。
「ちょっとこれは……あからさまだね」
「なんかあるのはあるな、こりゃ」
「――そういえば、まだだな」
剣人たちのつぶやきを聞きつけた白玲が声を投げかける。
「あ? 何の話だ?」
「ビジターキラー。まだだろう」
簡潔な返事に、剣人の表情がまともに凍った。
そう。突入してからこっち、敵の数こそ異常だったものの、一、二撃で倒してしまえる弱いタクトニムしか現れていないのだ。
「レオナ、アマネをさらったのはビジターキラーだったんだよな?」
固い表情のまま、剣人は前を走るレオナに視線を移す。
「おい、レオナ?」
「――動いた」
突如、剣人の目前でレオナが踵を返した。
「は? ……お、おいっ!」
「うわ、なんだよ急に」
剣人と、さらに後ろにいたアルベルトを押しのけて、元来た道をさかのぼろうとする。
「レオナ!?」
「待ちなさい、レオナ! どこに行くつもり!?」
「動いてるんだ!」
「動いてる?」
驚きの声に、レオナは強い声音で応えた。
「だから、動いてるんだよ。アマネの、発信機の場所が!」
「な……!」
最初に感知した時から微動だにしなかった、発信機の位置を示す受信機の白点が動いている。それも、レオナたちが一度通り過ぎた方向へだ。
「こっちだ、早く!」
元来た道には倒した敵の躯があるだけで、障害らしい障害はない。一同は背後から追いすがってくるタクトニムたちを振り払うだけで、すぐにさっき曲がったばかりの角まで達することができた。
「もうすぐだ。近い――っ!」
曲がりかけたところで、先頭を走るレオナの足が、止まる。
遅れてジェミリアスたちも、次々と立ち止まり息を飲んだ。
いくつもの異形の躯が並ぶ凄然とした光景の中、一体だけ二本足で立つ化け物がそこにいた。
「……ビジターキラー」
どこかの誰かがそう呼んで、瞬く間に広まった呼び名をジェミリアスが口にする。
紫色の皮膚。醜く隆起する筋肉質の体。頭部に顔らしい顔はなく、肩だけでなく背中からも骨ばった腕を垂らしている。
その腕に、くたりと体の力を抜いた状態で抱きとめられている、人間の少女。それは。
アマネ・ヨシノ(あまね・よしの)だ。
「――アマネ!」
気を失っているのだろうか。レオナの呼びかけにも彼女は応えない。
目を閉じ、身じろぎすらせず、ただただ異形の腕の中にいるだけだ。
「この……アマネを離せ、化け物っ!!」
レオナは素早く腰を落とし、大剣を構える。刀身はとっくにタクトニムたちの血と油でどろどろになってはいるが、この重みで脳天を叩き割ってやることくらいはできるはずだ。
(……絶対に、ここでアマネを取り戻さなきゃ)
ビジターキラーの筋肉がぴくりと動く。奴は腕を動かすつもりだと、戦士としての経験と勘がそう告げた。
(――例え刺し違えてでも)
悲壮な覚悟を胸に剣を振り上げ、半歩踏み込む。
「待てレオナ! 今は――!」
「え――」
振り上げた腕が引きつった。背後から引き止める声にではなく、目の前にある光景に愕然とし、動きが止まる。
「そんな、なんで……」
レオナたちの目の前で、ビジターキラーはアマネをそっと床に下ろしたのだ。
さらに、すべての武装を閉じたまま無防備にも一同に背中を向ける。
「……どういう、ことだ?」
剣人の疑問に答えられる者はいない。
罠か、策略か、それとももっと悲劇的な何かが待ち受けているのか。疑いながらじっと異形の動きを観察するが、ビジターキラーはゆっくりゆっくり歩いてアマネから離れていくだけだ。
全身に秘めた武装をすべて閉じたまま、あくまで無防備に。
皆の視線が集まる中、ビジターキラーはそっと壁に手ぶらの腕一本を触れさせる。それが何か攻撃の初手になるのかと改めて身構えたが、異形はそのまま壁の中に溶け込むように姿を消した。
「…………」
「…………」
きっかり5秒、一同は沈黙を保ったまま辺りを見回す。
そこまで待っても尚、攻撃の手が襲い掛かってくる気配はなかった。
「気配が、消えた」
静寂の中にぽつりとした白玲の声があがる。
ビジターキラーはもとより、他のタクトニムたちの気配までもが完全に消えている。一体これはどういうことだとお互いに顔を見合わせるも、それでなんらかの回答が得られるはずもない。
「そうだ、アマネ!」
結局なにもわからないまま、レオナたちはアマネに駆け寄り、その容態を確認しはじめた。
「大丈夫かな、アマネ。傷は――」
アマネの首に触れてから鼻の上に手をかざした後、頬に手をあてて、ジェミリアスは言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「傷らしい傷はないわね。呼吸も脈もあるわ。ただ、少し顔色が悪い。衰弱しているというか……」
「え、何? 何かあるの!?」
「ああ、ごめんなさい。大丈夫、体に異常があるわけじゃないわ。ESPを発揮しすぎて精神力が尽きてしまった時と症状が同じように思っただけ」
「ESPを?」
「使ったんでしょうね、限界まで。何を何のためにかまでは分からないけど……とにかく、極限の疲労状態ではあるけど、安静にしていれば明日には目を覚ますでしょう。安心していいわ、レオナ」
「ありがとう、ジェミリアス。じゃあ、今度は急いで戻らなきゃね。またタクトニムが集まってくるかも知れないし……」
「確かに、ここを出るなら今のうちかもね」
アルベルトは出口方向に目を向けたまま、軽い口調でレオナに応じた。
「ビジターキラーどころか、タクトニム一匹すら見当たらない。こんな好機はそうそうないよ」
「確かに……」
頷きながら、白玲はまた弓をつがえ矢を放つ。
矢を使った遠隔視で周囲を確認してみたが、アルベルトの言葉通り敵らしき影は一切見当たらなかった。
「逆に気持ち悪ぃな。タクトニムの要塞とか言われてる場所から一匹たりともいなくなるなんてよ」
「本当に……これはこれで、今まであり得なかったわ」
ほんの数分前が嘘のように、通路は静まり返っていた。
今の戦いのほとんどは先に進むために敵をなぎ払ってきたに他ならず、あれでタクトニムたちを殲滅できたはずがない。なのに、あれほどの攻勢が何故ぴたりと止まってしまうのか。
「考えてる時間はないよ。いつ敵が戻ってくるかも分からないんだ、早く戻ろう。キリルとレイカも待ってる」
レオナは思索に捕らわれかける一同の気持ちを断ち切るように、誰の応えも待つことなく、アマネの小さな体をそっと抱えて立ち上がった。
そこで光が永遠に照り続けられるはずもなく、また蠢く闇が支配を取り戻し始めた。
再び侵食されていく世界。そこに、やはり『彼女』はいる。
――ああ
息を潜め微動だにせず、ただそこに在るだけの『彼女』。
――わからない のに
なのに、悲鳴をあげた。
(ん……?)
目を覚ました時、まず目に入ったのはただ白いだけの天井だった。
(ここ、どこや……)
おもわず身じろぎすると、清潔で肌触りのいいシーツに包まれていることに気づく。
背中に感じる硬いクッションのような感触。
少し顔をおこして周囲を見回すと、自分が横たわっている寝台の周囲を白いカーテンが取り囲んでいるのが見えた。
(病、院?)
ビジター用の治療室にでもいるのだろうか。
アマネはそう結論付けて、起こしていた頭を戻し、再び寝台に横たわった。
静かだった。
遠くに喧騒が聞こえるが、それ以上の雑音はない。
目を閉じる。ゆっくりと息を吸い、同じ速度で吐き出す。消毒液のにおいをまともに感じてしまって、少しだけ表情をゆがめた。
(……マザー、か)
――警察署の奥にはビジターキラーをはじめ、様々なタクトニムたちを統率する、マザーと呼ばれる存在がいるらしい。
そんな、本当にごく一部のビジターの間だけでまことしやかに囁かれていた噂を聞いた時は、これこそ塔の第二階層に繋がる情報かと期待したものだが。
(結局、なんも分からんかった……)
マザーは確かに存在した。仲間に秘密の接触ではあったが、うまく会ってテレパスを介して話をすることもできた。
――なのに、うまく話を聞きだすことはできなかった。
ほとんどの質問に分からないと返され、観念的な言葉で曖昧にされてしまったのだ。
(自意識ってもんが薄いんやなぁ、あれは)
人間と変わらぬ知性を持っているといわれる、あのビジターキラーを統率しているとは到底思えない反応だった。
唯一感じられたのは、タクトニムたちに対するわずかな母性と少々の好奇心。それがいずれ彼女に自意識を芽生えさせるきっかけにはなるかも知れないが、それだけだ。今は何の意味もない。
(うちらへの敵対心すら見えへんかったわ。ちょっとでっかい怪我くらいする覚悟で乗り込んだってのに、なんか無事に戻ってこれてるみたいやし)
わざわざ一緒にいたレオナたちをまいてまで、マザーの所まで会いに行ったというのに。
(まさかリーダー性ってのがあっこまでないとは思わんかったわ。あれかなー、本当の意味での統率者が他にいるか、あいつらみんな本能で行動しているだけか。どっちかなんかなぁ……)
深く深く息を吐く。
(なんにしろ、あのマザーから長距離エレベーターの話なんて引き出せそうもないわ)
また違う手を考えんと、と呟きながら、ゆっくり上半身を起こした。
まだ少し、体が重い。
やはり無理をしすぎたようだ。情報を得ようと必死でテレパスを駆使しすぎた。
せっかく寝台にいるのだから、もう一眠りすべきだろうか。今後のことはそれから考えても遅くはないはずだ。
そう考えたアマネがもう一度横になろうとした、その瞬間。
「ん?」
ざわめきが聞こえた。
先刻までは遠くの喧騒だったものが、今は妙に近く感じられる。
(なんや、騒がしい)
いぶかしく思いながら耳をすませた。
「……今日は駄目だ」
「そうだよ、まだ寝てるんだから」
「んだよケチくせぇな。ちょっと様子見るくらいいいだろ? 見舞いだよ見舞い」
「だよね。それにほら、もう起きて退屈してるかも知れないじゃないか」
「明日までは起きないと思うって、さっき言ったばかりでしょ?」
「ちょっとみんな、もう少し静かにして。あんまり騒ぐと本当に起きてしまうわ」
「これだけ騒いだ後では、もう意味がない気もしますね」
この寝台がある部屋の外から漏れ聞こえる、心配と期待感とが入り混じった仲間たちの会話。
そこに七人分の声を聞き分けて、アマネは思わず小さな笑みを口元に浮かべた。
(うち、もう起きてんねんけどなぁ)
ここは本格的におき出して、笑顔の一つも見せてやるべきか。それともこのまま盗み聞きを続けて、このくすぐったい気持ちをしばらく味わい続けるべきなのか。
どちらがより楽しいだろうか。
選びがたい選択肢を前に、アマネはくすくすと声をたてて笑い始めた。
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■登場人物紹介
0536/兵藤・レオナ(ひょうどう・れおな)
0351/伊達・剣人(だて・けんと)
0529/呂・白玲(りょ・はくれい)
0544/ジェミリアス・ボナパルト(じぇみりあす・ぼなぱると)
0552/アルベルト・ルール(あるべると・るーる)
0634/キリル・アブラハム(きりる・あぶらはむ)
0637/アマネ・ヨシノ(あまね・よしの)
0657/レイカ・久遠(れいか・くおん)
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■ライター通信
お待たせしました。パーティノベル警察署編をお届けします。
今回は(私としては)少し変則的な構成、演出にしてみました。途中、意味が読み取りにくい表現が散見してるかと思いますが、ご了承いただければ幸いです。
今回プレイング中でご指定いただいた映画作品を残念ながら視聴する機会がなく、皆様にご満足いただける描写にできているか少々不安ではありますが、私なりに精一杯、集団との戦いを描かせていただきました。少しでもご期待に添えるものになっていればいいのですが。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。失礼いたしました。
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