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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【密林地帯】インディオ村

ライター:有馬秋人






アマゾン流域の密林地帯には、昔ながらの暮らしを続けているインディオの村が幾つもある。
インディオは凄いぞ。あの審判の日と、それ以降の暗黒時代、高度なテクノロジーを持ってた奴らがバタバタ死んでいった中、インディオ達は何一つ変わらない生活を送っていたというんだから。
本当に学ばなければならないものは、インディオの元にあるのかも知れないな。





***





濃い緑の葉が幾重にも重なる樹木の影は空気が水気を帯びているようだった。上空から降り注ぐ太陽の光は強いが、それを遮る緑樹の勢いが阻んでいるのだ。
比較的高木が多いこの地域は、密林の中を歩くのに日射を気にする必要はない。
前日に多量の雨が降ったのか、濃い影の落ちている地面はじくりとしている。泥に足を取られないよう比較的乾いている部分を踏んでいたジェミリアスは開けた場所で立ち止まり、髪をかき上げた。
「久しぶりだわ…」
高い位置にあった視線を足元に落とし、苔の広がる地面を撫でるように見渡す。それは人工の建築物に溢れるセフィロトではまず見られない光景だった。あったとしてもここのように健康的な、命の強さある光景ではなく不衛生という感覚しかもたらさなかっただろう。この大地はここだから許されるのだ。
しゃがみ、湿り気を帯びた土を指先で掬い上げると黒々とした色彩が表に表れる。
「綺麗な色」
黒は命の色だ。
半年ほど前までよく目にしていたはずなのに、酷く長い間離れていた錯覚がある。戻ってきたという実感に口元が緩んだジェミリアスは、少し距離をおいて立ち止まっている我が子を振り返った。
「アルベルト?」
「すごい緑だ」
「そうね…ここは変わらないわ。時間とともに確かに変化しているけれど、芯の部分はまったくと言って良いほど変わっていない」
葉の間を縫うように差し込んできた太陽光が息子の髪に当たり、キラキラと光るのに、柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
塔の中でも感情を動かしようもない現象なのに、この生命溢れる場所では何か尊いもののように受け取ってしまうから不思議だ。ジェミリアスは足場を確認し、息子を先導しながら歩を進めた。
「セフィロトの塔に行く前は数年に一度この先のインディオ村に行っていたのよ」
「医療活動と農業支援だったっけ」
「ええ……」
特に話したことがないのに知っていたアルベルトに目を見張り、次いで笑う。手をつけた幹に太い蔦が這っているのに気付いて一度撫でると、すぐに先に進む。アルベルトはその後姿を見ながら送れずに付いて行った。
久しぶりに母親の笑顔をみた気がすると、どこかぼうとした思いで早足になる。彼の記憶の中で、セフィロトの塔内部での母親は不自然な気配を纏っていた。常に張り詰めているような、無意識に形式化しているような、あまり歓迎できない微妙な差異だ。
同じように蔦に触れて、その生命力の強さを感じ取り目元を和ませる。ここはむき出しの命ばかりが存在している。だからだろうか、塔にいるよりもずっと、ずっと本来の自分であれるのは。
安堵しているというかもしれない。確かに気を抜けば危険な動物が忍び寄ってくる場所ではあるが、ここには駆け引きを仕掛ける人間も、銃を振り回す者もいない。必要以上の警戒が不要だと、落ち着いていられる。
硬い樹皮を手のひらで擦っている間にジェミリアスと離れてしまったのに気付き、アルベルトは顔を上げた。実際はそれほど距離があるわけではなく、ジェミリアスの方も足音がついて来ないと立ち止まってたタイミングだった。二人は目を合わせて、それでも動かずに息を殺す。二人を結ぶライン上、ややアルベルトよりの場所に大きく流れる生き物が割り込んでいた。巨体に見合わぬ速度で動く先はアルベルトだ。
大蛇から自衛するべく体術の構えをとるが、それより先に蛇の動きが止まりそのままするすると遠のいていく。折れた枝の上を這ったのか、ベキと折れる音を最後に尻尾が消えていった。何が起きたのは分かっている。自分ではない誰かがESP、行動操作の力を振るったのだ。
「…おふくろ」
「つい、ね。つい」
自分で撃退できたと主張するアルベルトにジェミリアスはくすくす笑う。PK能力に目覚めたのが最近のだからなのか、咄嗟に使おうとしなかったのが不味かったらしい。そのままふてているのも癪で、アルベルトはととっと追いついた。
ジェミリアスは差し込む光をくぐり追いついてきた息子から視線を剥がすと、朽ちて倒れた大木に足をかける。この樹があるということは、あと少しで村につくという証左。
忘れかけていた初心を思い出す、と心のうちで零して鮮烈な緑と花と、光の光景で視界を満たした。
一角だけを切り取れば、フォトのように鮮明な風景だ。この景色はかつてジェミリアスが目指した姿勢に重なる。世界がこうも崩れる前にあった、生命力溢れる自然の姿、それは見たのは12の頃。それも古本屋で見つけた20世紀末の写真集の中だ。瞼に鮮やかな緑の氾濫を焼き付けて、現実との落差を埋めようと思い立った在りし日。たといその時軍に所属していたとしても、心の中に根付いた信念だけは揺らがなかった。
あの頃の思いが、湧き出る清水のように蘇ってくる。
視線を落として精神世界に潜っている母親に気付き、アルベルトは呼びかけるのをやめた。半端に開いた口を閉じて、同じように辺りに目を向ける。足元の巨木がかつて立っていただろう位置に跳び折りると、ついと目線を常より上げた。そして飛びのく。背中が苔むした大木に当たり、舌打ちしたタイミングで目の前に獣が飛び込んできた。
「―――っ」
母親に注意を促そうとするが、追いかけるように獣の後ろから飛び込んできた人物に目を奪われてしまった。
「逃げるなぁぁぁぁっ」
構えているブレードを一閃させるだけで垂れ下がっている蔦を払い、獣、ジャガーを追い込む。牙をむき出しにする姿を捉えると、そのまま突っ込んでいく。アルベルトが声をかける暇もなく、一人と一匹は死闘を繰り広げ始めた。
「……なぁ、おふくろ。世の中には――」
「似た人がいるというけれどあれは正真正銘、本物のレオナさんよ」
唖然としている息子の横に降り立って、ジエミリアスは少しだけこめかみを揉んだ。どうしてこの相手がここでジャガー相手に格闘しているのか、実に理解しがたい現実で。
親子が呆然としている間に決着はつき、レオナはジャガーを踏みつけ高々と剣を掲げた。
「今晩はご馳走だっ」
「レオナさん?」
「ふえ?」
意気揚々と勝利を宣言していたレオナは密林の中の二人組みに怪訝そうな顔をする。ジャガーに気を取られていて害意のないものは外野としてほうっていたようだ。けれど、知り合いにたいしてそんな反応する子ではなかったばすだとジェミリアスも訝しげな目をした。
「察するところ、キミたちはボクの知り合い……かな?」
曖昧な返答をするレオナにジェミリアスが何かを言う前に、アルベルトがさっとレオナの思考を読み取った。気付いた母親が視線を投げると、息子は些かならずとも呆れた顔をして額を押さえていた。
ジェミリアスもすぐに表層だけ、プライベートな部分に触れないよう注意を払って相手の思考を読み、思わず額を押さえる。
「なんでいきなり頭抱えるわけっ」
がうっと怒鳴る姿はいつも変わらず、けれど視線は警戒を含んだままだ。ジェミリアスはいち早く立ち直り、両手を挙げて警戒を解くよう試みる。
「ここであなたに会えるとは思っていなかったのよ」
「やっぱり知り合い?」
きょん、と首を傾げる姿に親子は無言で頷いた。この様子では、全てを語らなくとも分かってくる。ESPでさくっと探った分もあるが、この相手、まず間違いなく記憶をどこにしまったのか分からなくなっているのだろう。
「それにしても……記憶喪失とは見事ね」
「知名度は高いがあまりお目にかからない。そして目の前にいたらちょっと本当か疑っちまうのは本当だった……」
まさか身近な人間がこれにかかってくれるとは、と首をふりふり嘆息する二人に、ととっと寄ったレオナは自分よりも背の高い顔を見上げて、にっと笑った。
「今ね、そこの村でお世話になってるんだよ。良かったら寄っていく?」
「そこの村になら私たちも用があって向かうところよ」
「じゃあ一緒に行こうか!」
「……記憶がなくてもこの懐きっぷり、やっぱりレオナだな」
アルベルトは、絶命しているジャガーをていっと縛って担ごうとするレオナを制止して、PKで補助しながら自分が担ぐ。
「レオナさん、不安はないのね」
自分の横に立ったレオナに笑いかけながら、ジェミリアスが問うと相手は「うーん」と一つ唸り、歩きながら考え出す。愛用の剣は見た限りピカピカで、こんな状態でも手入れを怠っていなかったのがよくわかった。
「なんかねぇ、三日前だったかな、そこの上流から流れていたきたらしいんだ。全然実感わかなくてさ」
つっと動かした指は正確に河のある場所を示している。その上流にはセフィロトの塔。そして最近レオナがはまっていたものは。
「河賊狩りでもして落ちたのかしら」
小声で推測を口にしたジェミリアスに、レオナはわかんないと首を振った。
「三日前ということは、まだ誰も動かないわね。自力で戻ってくるのを信じているでしょうし……」
「三日だけにしちゃずいぶんここの暮らしになじんでるようだけどな」
後ろについていたアルベルトがぼそりと感想を零す。確かに、獲物を追いかけて密林で疾走し、戦う姿は勇ましかった。塔でブレードを構えているときとはまた別な、生き生きとした顔だ。
獣相手に戦うレオナを思い出したのか、親子はそろって笑い声を上げる。
「何だよっ、ボクが戦っちゃおかしいのっ」
「や、その逆。あんまりにもはまってっから」
憤慨する相手を宥めて、眦に浮いた水分を拭ったアルベルトは気をそらすように前方を示した。
「なんか見えてきたけど、あれか」
「うんアレ。いいところだよ」
「………懐かしいわ」
大きく開けた平地に並ぶ建物は、どれも同じ作りをしていながらけして均一ではない。それぞれの家の個性を示すように作られている。そのうちの一つからひょい顔が覗いて、レオナに手を振った。
「だだいまーっ」
ぶんっと振り替えす姿は快活だ。そのまま走って顔を出していた女の子を掬い上げる。ぐるぐる回って今日の獲物を話している間に、どこに隠れていたのか思うほどの数の子どもがわらわらと飛び出してきた。
「あら、レオナさん大人気」
「生まれながらのインディオと張る」
「でもそろそろよねぇ」
「ここに俺たちが来たのがいい機会、なんじゃないかな」
入り口でぼそぼそと会話する二人に気付いた子どもが家の奥に引っ込んでいた大人の女性を呼びにいく。見覚えのある顔を見つけて、ジェミリアスが破顔した。
「状況から考えると、オールサイバーゆえの重量問題、水面に顔出せずに酸素欠乏。脳の機能が一時的に麻痺しているだけ」
その程度ならば、少し意識をつつけば戻るだろう。ESPの応用が可能だ。
ジェミリアスに気付いて歓待の声を上げた女性にアルベルトも会釈する。二人の訪れに子どもだけでなく大人もざわざわとした雰囲気をまとって出てきた。
ジェミリアスはそんな中で子どもにしがみ付かれているレオナを見つめる。いつも楽しそうにしている相手だが、あんなに無邪気に笑っているのは珍しい。記憶のある相手は笑っていて楽しんでいるけれとど、やはりどこか心の奥に傷があるようで。
「記憶がないままでも…」
幸せかもしれない。
ここに、この生命力溢れる自然の中で生きていくことが相手の幸せに繋がるのかもれしないと言おうとして口を噤んだ。それを決めていいのはジェミリアスではない。
どれほどに痛みのある記憶でも、それはその人だけのものだ。自分の中にある黒い記憶を含め、自分を形成している事実、それを確認してゆるく首を振った。
アルベルトはそんな母親を見上げて、くっと口端を引くと歓待する女性たちの中にその背を押し出した。
「レオナには俺が話しておくよ。それかさり気なく記憶が戻るようにしておく。どっちにしても俺たちが帰るときに連れて行こうぜ。おふくろは、ほら」
あの人たちが待っている。
久しぶりなんだろ、と唆す口調で押しやられてジェミリアスは困ったように微笑んだ。








2005/05

■参加人物一覧

0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 女性 / エスパー
0536 / 兵藤レオナ / 女性 /オールサイバー
0522 / アルベルト・ルール / 男性 / エスパー

■ライター雑記


ご依頼ありがとうございました。有馬秋人です。
今回は荒事をあまり含めないよう注意を払って、できるだけ穏やかな空気が流れるよう心がけてみました。
過去を踏まえての現在という意識が滲んでいるご注文にように見受けられたので、最後がほんの少し湿っぽくなりました。だ、大丈夫でしょうかっ(汗)。
この話が楽しめる出来であることを願い、ご期待に沿えたものであるよう祈っています。

ご注文、ありがとうございましたーっ。