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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


喜雨

 雨が降る。
 しとしと、しとしとと。

 それは、何時の世も、何時の時でも変わらない。

 緩やかに、雨粒弾け、水となる。




「……あ」
「? どーした?」
「雨が降ってきたようですよ、ジェイドさん」
 少女が、窓の向こう、外を見る。
 そして、名を呼ばれた人物もそれに合わせるように窓の向こうを見た。
 確かに、細かな雨が降っているのだろう、ほんの僅か、曇るように出てきた霧が雨の存在を知らしめている。
「え? あ、本当だ……直ぐ、止むかな……?」
「もし、長く降るようでしたら傘をお貸ししますし……でも本当に」
「?」
 翡翠の瞳を見開き、ジェイド・グリーンは高遠・弓弦の言葉を待つ。
「家で読書、何て良かったんでしょうか……雨が降ると解っていたらお呼びしなかったのに」
「えーっと……それは大丈夫。読書も、ホラ、楽しいし!」
「でしたら、良いのですが」
 弓弦は微笑むと再び本を読み始める。
 ご主人様♪と慕っている人物の横顔を見、ジェイドも見ていた本に再び視線を落とそうとした、その時。
"弓弦"と言う文字が見えた。
(あ、あれ?)
 瞳をこするもののやはり、そう読めて、嬉しくなりジェイドは「弓弦ちゃん、弓弦ちゃん」と服を引っ張る。
「どうしました?」
「ほら、これ……見て!! 弓弦ちゃんと同じ字♪」
「え…? ああ、楪(ゆずりは)の写真ですね……私の名前に葉をつけてもそう読めるなんて…始めて知りました」
「ホント? 良かった……所で、この言葉の意味は何?」
「えっと……?」
 花や樹木を写した、その本には一緒に和歌を載せてあり、楪のページには次の和歌が記されていた。

"古に恋ふる鳥かも弓弦葉の御井の上より鳴き渡り行く"

 額田王の事を謳った、古い和歌である。

 が、弓弦にせよ、ジェイドにせよ、昔の歌、それも和歌には明るくなく、かろうじて残っていた古語辞典を見合わせ言葉を解いていく。
 すると、
「過去の栄光の歌、でしょうか……」
「う、うーん……」
 どうだろうなあ、と言いながら、お互い言葉を照らし合わせながら、多分、このような意味なのだと納得して。
 楪の写真を、今一度、見た。
 楪から鳥が飛び立とうとするでもなく羽を動かしている瞬間を写したそれは、弓弦に何かを思い出させた。

 昔を偲んで鳥が飛び去っていく。
 貴方の過去の栄光も、今は昔のことながら、其処から鳥が飛び立つように去り行くように思い馳せるのだろうか。

(昔、偲んで、鳥が………)

 過去。
 戻れない今と言う時。
 今は既に過去にあり、一時一時が未来へと進む。
 そして、その連続が―――時となる。

 死んでしまった両親。
 生き延びた自ら。

 父様が死んで。
 母様が死んで。
 思い返せるほど近い日に、姉様が死んだ。

 一生懸命に日々を過ごしていた、ただ、それだけ。

 なのに、容赦なく時は、優しい人々を連れ去っていく。
 ナイフを自らの喉に突き刺そうとした時の事がまざまざと蘇る。

 必要ない、と思っても。
 死は間近にある。
 ナイフの艶めいた光が心を捉えて離さなかったように、常に、忘れる事も無く。

 今も迷い全てを断ち切らせたわけではなく、こうして、此処にいる意味は。

(何処にもないのかもしれないのに)

 肉親全てが消えて、何故自分が生きているのだろう。
 何故私だけ――、思っても、どれだけ思っても、答えなど出る事もない問いかけ。


 どうして、と思い馳せてもどうにもなりはしない。

 雨は、まだ、しとしとと、降り続く。





 雨には様々な言葉がある。小糠(こぬか)雨、五月雨、小夜時雨……様々な、雨がある。
 けれど。

 今、心の中にある想いを雨で喩えるなら、どういう言葉があるのだろう?





 ……弓弦が、何かを考え込んで居た様に、ジェイドも、ある言葉が気になり、再び辞書を紐解いていた。

"あど思へか阿自久麻山の弓絃葉のふふまる時に風吹かずかも"

 〜ず、と言う否定形の言葉が何処か気になったのか、理由はジェイド自身にも良く解らない。

 ただ、気になっただけ。
 そうして、それだけの理由で調べるのは充分で、更にはその歌の意味が思いがけないものであれば尚更。

 どうやら、これは比喩歌らしく、「モタモタしてたら他の人に奪われるよ」と言う意味のようで……まだ知り合って間もないと言うのに、そりゃああんまりじゃあ……と、本人に言われたわけでもないのにジェイドは軽く眉間に皺を寄せた。

「弓弦ちゃん、どう思う!?」、そう、言うつもりだったのに。

 傍らに座る少女の表情が、あまりに儚げで、消えてしまいそうで。
 だから、と言う訳でも無いのだろうが手に触れた。
 伸ばした指の先、冷えた指の感触が伝わる。
 それを更に包むようにして引き寄せると驚いたように見開いた瞳が近くにあった。

 驚きを落ち着かせるように、ゆっくり、微笑う。

 ややあって、同じように微笑う表情と。
 包んでいた手の上から、もう片方の手が、静かに重ねられる。
 やはり、その手はもう一つの手、同様、血の病を示すように冷たかったが……

「……有難うございます」
「? 何が?」
「いえ、何となくですが……お礼を、言いたくて」

 何度となく、頷く少女に、今度は声を立てて笑う。
 普段の自分なら、決してこんな風にはしなかっただろう。

 こんな風に触れて、笑いかけようとは。

「……雨、さ」
「はい?」
「じきに、止むかな―――」
「さあ……でも、止んだら、きっと」

 きっと明るい空が目に見えますね。
 弓弦の言葉に、今度はジェイドも素直に頷く。

 降り続く雨の中、静かに、静かに、水滴は溜まり溜まって、水となる。

 人の想いのように。
 柔らかに、ただ、流れ落ちていく。


 ……何時の間にか、雨音が楽しげな音に変わっていることに気付き、互いの顔を、もう一度、見合わせると、微かな声を立て、笑った。




-End-