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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


のるかそるかのかくれんぼ!

★ opening

「あああああぁぁー!」
 ホテル「月蝕」の10階に立ち、中庭に面した通路で、ユキ・コウダは声の限り叫んだ。あちこちの壁にあたって跳ね返った声が、絶え間ないやまびこのように返ってくる。
「――ユキ、楽しい?」
「楽しいと思うか? いくら俺でも、さすがにこんな遊びで楽しめるほど、子どもの心は残ってなくて」
 たずねてきたイクスに、投げやりに答える。もっていた石ころを階下へと投げると、見る見る小さくなって落ちていき、やがて小さな音を立てて地面へと着地した。ころころと転がりぴたりととまる。中庭は、外からの日があたることを考慮しての設計のため、セフィロトの塔が建っている今はいつも薄暗い。
「ほんと、無駄に広いよな、このホテル」
「一人くらいどこかに隠れてても、見つからないかもしれないね」
 イクスは何気なく相槌を打った。
 しかし、その一言がなぜかユキの心の琴線を揺らしてしまったのだ。
「そっか、かくれんぼ! かくれんぼしようぜ、イクス! でも二人じゃ寂しいし。エルダさんのお店に誰か来てるかな…参加してもらおうぜ!」
「ユキ、君はいったい何歳なのかな?」
「子どもの心を捨ててない17歳!」

 ユキは元気に言い放つと、階下へと繋がるらせん状の階段を元気に降りていくのだった。

★ gather

エルダ婦人が、少女の心を失っていない女性でよかったとイクスは心から感謝した。普通、自分の所有する建物でかくれんぼなんて騒々しいこと、まず許可しないだろう。もしやユキという孫を可愛がるような心境なのかと思いもしたが、
「かくれんぼ? ただ遊ぶだけじゃ張り合いがないのではないかしら?」
「そうかな……そうかも」
「優勝した方には、何かプレゼントを差し上げましょうか。大抵のものはこちらで用意できますよ」
 単に面白いことがしたかっただけなのかもしれない。彼女の直営する雑貨店「ヴィアンヌ」は、ひっそりとしたたたずまいに見合った静かな客ばかりがいたが、ユキの少々響く声にも注意を示さない。――いや、一人だけいた。二人が話しているところへ音もなく近づいてくる。クールな外見と裏腹に、高めの位置で結わえた髪が右へ左へと揺れるのがなんだか可愛らしい。
「面白そうなことを話してるじゃねえか」
 彼――ケヴィン・フレッチャーは、軽く笑みを浮かべた。
「かくれんぼで優勝すれば、なんでも欲しいものをくれるって?」
「こちらで用意できるものに限りますけれどね」
「そう難しいことじゃないさ。もし俺が優勝したら、あれ」
 ケヴィンは、雑貨店の棚の奥まった所にひっそりと置いてあったものを指差した。コーヒーメーカーだ。
「あれを? わたくしは構わないけれど……」
 動かないからただのインテリアよ、というエルダの声は、ガッツポーズをしてやる気まんまんのケヴィンにはついに届かなかった。
「とりあえず一人はゲットだな」
「でも、これだけじゃあまだかくれんぼをするには足りないよ」
 するとエルダが助け舟を出した。
「今日は運良く宿泊中のお客さんがいるわね」


 17階、1702号室には、リュイ・ユウが滞在していた。欲しかった薬を手に入れるための中継地としてこのホテルを利用していたのだ。ただ寝床が欲しかっただけなのだが、つい好奇心に負けて部屋備え付けの冷蔵庫を開けてしまい、ついついウィスキーのボトルに手を伸ばしてしまい封を切り、今に至る。テーブルの上に乗ったボトルの中身はすでに半分ほどになっていた。共に飲んだ相手もいないので全て一人の胃袋に収まったことになる。鏡に映った自分の顔はそう酔っているようには見えないので、止める人間も人格もそこにはいなかった。
 もう少し飲もうかと思っていたところに、ドアをノックする音がした。ルームサービスは頼んでいませんがね……と呟きながら、ドアを開ける。見なれた男がそこにいた。染めた黒髪をポニーテールにしている妙な男。
「まいどー、幸せ宅急便でーす」
「……」
 はて、ここはどこだったか。
「大変申し訳ないが、今は休診中で……」
 真顔でボケるユウだ。一瞬言葉に詰まったケヴィンだが、すぐに理解した。こいつ、酔ってるな。今がチャンスだ。何をするチャンスかは分からないが。
 と、ドアの隙間からユキが顔を覗かせる。
「よかったらかくれんぼしない? 優勝者には景品も出るし! なぁ、今参加者が足りないんだ」
 下手に出るユキと
「そういうわけだ。かくれんぼしないか? まさか、勝負を捨てて逃げるってことはないよなぁ?」
 挑発するケヴィン。もとより酩酊状態のリュイ・ユウは、普段では考えられないほどあっさり落ちた。
「その勝負、受けてたとうじゃありませんか」


 サービスの行き届いていると定評のあるこのホテルでも、さすがにミネラルウォーターの種類までは把握していないのか。予測していたとはいえ、ついため息がでてしまう。クレイン・ガーランドは、部屋に備え付けの冷蔵庫を閉じると、階下のバーへ行こうと部屋を出た。向こうなら、もしかすると求めていた水があるかもしれない。
「あ、お客さん発見!」
 部屋を出て早々、少年に指をさされた。どう見ても宿泊客とは思えない出で立ちだ。
「ねぇ、かくれんぼしない? 優勝者には景品も出るんだけどさ。ここのオーナーのエルダさんがスポンサーなんだ」
「エルダさん……」
 確か、このホテルのオーナーの名前だと記憶している。しかも、元マフィアのボスだ。情報力も力もある。
 最初に思い浮かんだのは楽譜だった。ピアニストとしての自分には幕をおろしたとはいえ、各地に散在している名匠たちのスコアを収集、保管しておくことは音楽に携わるものとしての義務ではないだろうか。
 クレインは、少年に念を押した。
「本当に、こちらのオーナーが主催しているんですね?」


★ hide and...

「いーち、にーぃ、さーん……」
 ホテル「月蝕」の1階ロビーのど真ん中で、柱の方を向いたままのユキが怒鳴っていた。じゃんけんで負け、見事鬼になったのである。数字を数えながら、皆の足音を聞く。吹き抜けのため、音がよく響くのだ。
「にじゅうく、さんじゅー……」
 そういえば、鬼になったら絶対に優勝できないから、どうあがいても景品はもらえないのではないか。数字を数えながら妙なことに気付いてしまうユキであった。


 鬼はユキとかいう少年に決まったが、目下の敵はきっとおそらく十中八九ケヴィンだろうとリュイ・ユウは踏んでいた。どうせなら自分を見つけることができないと悔しがる様子を高みの見物できる場所がいい。
「軽く子供だましでも仕掛けましょうか」
 ユウは部屋をぐるりと見渡した。


 目的はこのうえなくはっきりしている。あのコーヒーメーカーを手に入れるためならどんな場所にだって隠れられる。覚悟は出来ている。ケヴィン・フレッチャーは、吹き抜けからこだまして聞こえる日本語のカウントダウンを聞きながらフロアをうろうろしていた。
「裏の裏をかくのがプロってモンだよな…」
 高級ブティックの並ぶフロアは、少し汚れた迷彩服をまとったケヴィンと見事にミスマッチしていた。
「それにしても…」
 今は英語でいうとどのあたりまで数えているのだろうか。不可思議な民族音楽めいたユキの声は、まだまだ響いている。


 隠れる、という概念から一番離れていたのがクレイン・ガーランドだった。かくれんぼでいう隠れ方といえば、どこか狭くて暗い場所に息を潜めることなのだろうが、
「ミネラルウォーターを探していたんでしたっけ」
 エレベーターでバーのある8階まで下がりながら、部屋を出た最初の目的を思い出していた。なぜかくれんぼに参加すると言ってしまったのだろう。楽譜は確かに欲しかったが、まるで誰かに誘導されたようなおかしな感覚がある。あの少年にほだされたとでも言うのか…。考えているうちにバーへと到着した。一階のロビーにいるはずのユキの声が吹き抜けから聞こえてきている。
「そういえば、彼は何歳なんでしょう…」
 クレインはふと疑問を口にした。東洋人は年齢より幼く見えると言うが、彼の場合は実際に幼そうだ。
 視線の先、バーの入り口には「未成年者お断り」の文字。
 これは、一種の賭けだ。
 クレインは優雅にその入り口をくぐった。


★ seek start

「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅー、ひゃーっく!」
 ユキは勢いよく目を開けた。さて、誰から探そうか。当たりをつけてから探す方が効率的だろう。
 下の方の階に隠れている者は、音を聞いた感じではいない。しかし、
「ここならきっと見つからないよな…」
 出し抜けに吹き抜けを通して微かに声が響いてきた。まだ隠れきっていないらしい。しかし、事前に決めたルールによれば100数えたらすぐにでも探し始めていいことになっている。声の感じから、コーヒーメーカーを欲しがっていたケヴィンだ。7階あたりのフロアだ。間違いない。ユキは勢い良く階段へ向かって走り出した。


 この場所なら見つからないだろう。誰もが思いつかないところに隠れるのがかくれんぼの醍醐味なのだ。多少狭いが気にするほどのことでもない。


 7階まで来たユキは、一瞬戸惑った。動かない人間、もといマネキン人形があちこちでポーズをとって立っていたからである。いったいいつの最新流行なのか分からないが。
「声は確かこの辺りからしてたよな…」
 服はそのままに店を畳んだ空き店舗が軒を連ねる。展示品には白い布がかぶせられている。壁面は白く塗られており、在庫が入っているのであろうクローゼットが埋め込まれている。一見白く寂しい世界に、一筋の黒い線が見えた。
 ユキは壁へそっと近づいていった。思った通り、黒い線は誰かの髪の毛のようだ。頭かくして髪隠さずとはこのことに違いない。はみ出していた一房の髪を両手でつかむ。
「ケヴィン見っけー!」
 声と同時に勢いよく引っ張る。毛髪が抜けるのではないかという勢いだ。
「いっ……」
 かくしてクローゼットのドアが開き、何かが出てきた。髪に引っ張られてころんという擬音と共に、中に体を置き忘れた、頭蓋骨……。
「マジかよ……っ」
 息をすることが脳内から吹っ飛んだ。かくれんぼで死亡事故なんて聞いたことがない。でも、引っ張るときに多少力んでいたのは確かだし、現にここに首が転がっているのだ。まるで空気の抜けたボールのように、不気味なまでの沈黙と共に。
「――って、あれ、これって……」
 血は出ていないし匂いもない。死んだ以前に生きていない。落ちついてよく見れば、それはクローゼットにしまい込まれたマネキンだった。ちょうど長い黒髪のものだったのだ。どうやらまんまとトラップに引っかかったらしい。汚いののしり言葉を吐いて、ふと思い出した。さっきマネキンの髪の毛を引っ張ったときに確かに誰かが声を出さなかったか。ここから見える範囲に、真犯人が隠れている証拠ではないか。注意深く辺りを見回す。
 天井の通気口から、まるで蜘蛛の糸のごとく一房の髪が垂れ下がっているのを見つけるのに、そう時間はかからなかった。


★ seeing

「うまく隠れたと思ったのによ……」
 ユキに見つかって通気口から出てきて以来、ずっとそればかり言っているケヴィンである。確かに、もの音一つ立てなかったし、あの一言を聞いていても見つけられなかった可能性は高かった。ただし、ダミーと同じように髪の毛が見えていればさすがのユキでも見逃さない。
「欲しかったな、コーヒーメーカー」
 呟かれた台詞に、ユキは笑いながら謝った。しかし、ここでこうして喋っていても何も変わらない。ゆっくりと階段を上り始める。
「――で、他には誰を見つけたんだ?」
「誰も。あんたが最初だったんだよね」
「俺が最初かよ……。じゃあ、次はリュイ・ユウだな」
「なんで?」
「この俺が簡単に見つかったんだ、あいつもすぐに見つかる」
 その自信は一体どこから来たのかと尋ねたくなる台詞だ。
「クレインさんも探さなきゃ」
「そうだな。――そうだ、ここに隠れてるってことはないか?」
 ケヴィンが指差したのは、ホテルが誇るバーである。
「少し喉も乾いたし、ちょっと寄っていこうぜ」
 いかにも大人の雰囲気漂う入り口だ。マフィア崩れの男がドア脇に用心棒として立っている。
「無理だって、ここは」
「何でだ」
「だって、タバコ臭いんだもん。俺、こう見えて嫌煙家だし」
 濡れた犬のように体を振るわせ、ユキはケヴィンを引っ張るようにしてバーを通り過ぎていった。
 ケヴィンは名残惜しげに後ろを振り返り、微かなモーター音に気づいた。天井の角の監視カメラだ。
「どうしたよ?」
「いや、何でもない。それより、次は17階に行こうぜ。あの医者を見つけなきゃな。…待ってろよ、人の動きを隠れて見て楽しんでるような輩は鉄槌を下すまでだ」
 監視カメラを見上げ、ケヴィンは不敵に笑った。


「参ったな、もしかしてバレてるのか…」
 たくさんのモニターが並んだ部屋で一人呟き、画面を切り替える。17階、リュイ・ユウという医者が宿泊しているフロアだ。少なくとも次のターゲットは自分ではない。
「そろそろ別の場所に動くべきかな」


★ glass

 部屋にこそ愛飲のミネラルウォーターを置いていなかったが、ここのバーテンダーは世界に誇れる知識と人格の持ち主だ。つい、今かくれんぼをしている真っ最中だというのを忘れてしまう。
 しっとりとしたブルースが終わり、次にスピーカーから流れてきたのは、クレインにもよく聞き覚えのある曲だった。彼が以前手がけた映画音楽の中の一曲である。
 バーテンダーが空いたグラスをさりげなく下げてくれ、薄桃色のカクテルを差し出してくれた。クレインは少し戸惑って、
「頼んでいないのだけれど……」
「私からの気持ちということで、受けとって頂けませんか」
 バーテンダーの気遣いに、クレインはにっこり微笑んでカクテルグラスを手に取った。
 バーの外で誰かが話しているのが聞こえる。ここへ乗りこむかという問答を始めたようだが、結局煙草の匂いがきついという理由で通過されることになったようだ。ついている。
「このカクテルが、願わくば祝杯とならんことを、ってね」
 背後で、微かにモーター音がした。こんな所にも監視カメラが設置されているらしい。見張られているのにはあまりいい気はしない。
 クレインはさりげなく後ろを向くと、カメラを見据えた。


★ attack

 1702号室のドアを大人しくノックしてみた。当然返事が帰ってくることはない。
「まぁ、形式だけだな」
 ケヴィンはうそぶき、ドアを蹴り破ろうと構えた。慌ててユキがその体にすがりつく。
「待ってってば。壊したらエルダさんがすげぇ怒るからさ、もっと穏やかな方法で開けようぜ。中の人にバレないようにこっそりとさ」
 まだユキ自身は本気で怒ったエルダを見たことはない。が、できれば一生見ないで過ごしたい。腐ってもマフィアのボスだった人間だ。生きて帰れる気がしない。
「…そうだな。静かに入るか」
 ユキの言い分にも一理あると納得したのか、ケヴィンは持ち上げていた足をおろした。
「でも、このドアってオートロックだろ…」
 試しにドアノブを回してみると、予想に反してそれはあっけなく開いた。わざとベッドのシーツを挟み、オートロックが機能しないように細工してあったのだ。
「こざかしい真似をするモンだな、あの医者も」
 ドアだけを見てそうコメントしたものだが、中へ足を踏み入れるとそこは小細工の小展示室と化していた。
 ベッドの上のシーツが不自然に盛り上がっているのを見て、悪戯を仕掛けるときのような笑みを浮かべたユキは、そっと近づき一気に白いシーツをはぎ取った。
「見ーっけ…あれ?」
 医者のトレードマークの白衣はあるが、肝心の中身は毛布にすり替えられている。
「なんだよ、これ…」
「多分、他にもあるぜ」
 ケヴィンの言ったとおり、隠れられそうなあらゆる隙間から白衣やらネクタイやらがいかにもな風情ではみ出していた。すべてがダミーだと分かるときには、二人のテンションもだいぶ下がっていた。
「…待てよ、敵はついさっきまでここにいたみたいだ」
 クローゼットからはみ出たネクタイを回収したケヴィンが、床に手をおいてみてやおらシリアスになった。まだほんのりと熱が残っている。
「なんだ、もっと早く来ればよかった」
 ユキは脱力して天井を見上げた。さすがに個人の部屋には監視カメラはないらしい。
 ケヴィンは、他に何か痕跡はないだろうかと床に目を凝らした。


★ saw

「とりあえずユウは後にして、スカしたガキからつぶそうぜ」
「なんかスカしたガキって……もしかしてイクスのこと?」
「あぁ、悪い。一応あんたの友達だっけ」
「別にいいよ。俺もときどきそう思ってたしね」
 ユキはけらけらと笑った。
「で、イクスの居場所はどこなの? 見当はついてるのか?」
「勘だけどな」


 ケヴィンとユキの二人が管理室に入ると、イクスは優雅に回転椅子をくるりと回して笑った。
「名推理でしたよ、ケヴィンさん。もっとも、僕も監視カメラの性能に魅せられてぼろを出してしまいましたが」
 隠れたりする気は全くないらしい。どうせ、二人がここへくることも監視カメラでお見通しだったのだろう。
「二人に、とりあえずいい情報を教えてあげましょうか」
「なんだよ」
「クレインさんの居場所ですよ。ほら」
 イクスはモニターの一つを指差した。が、何も映っていないように見える。おちょくっているのか。
「さっきまでは映ってたんですよ。多分、彼はマシンテレパスを使えるんです。このカメラに気付いて、不快感からか破壊してしまった――違うかな? 確かめてみる価値はあるはずです」
「場所はどこだ?」
 ケヴィンはそのカメラの設置されてた場所を聞き、遠慮なくユキを小突いた。
「バーにいるんじゃないかって言っただろうが」


★ bar

 そろそろ場所を変えようという考えが一度は脳裏をよぎったのだ。けれど、さっきも見つからなかったしきっとまだまだ見つかりはしないだろうと、どこかで余裕が生まれていた。
「あ、本当にいた」
 後ろから声がしたと気付いたが時すでに遅し。追っ手たちはクレインの姿を見つけてまっすぐ向かっていた。
「よく、ここが分かりましたね」
「雉も鳴かずば撃たれまい、って日本のことわざなんだけどね。アレだよ」
 ユキの指差す先にはバーの入り口があり、そこを見張るように監視カメラが設置されていた。
 クレインは苦笑した。やはりアレは壊すべきではなかったか。
「残るはリュイ・ユウだけだな」
 ケヴィンがさらりと自らの髪をなでた。
「監視カメラに全然映ってないらしいんだけど、どこにいるか分かる?」
 ずっとここにいた人間に聞かれても困る。が、
「そういえば、先ほどから気になる音がするのですが」
「どんな音?」
「外壁が崩れるような音に聞こえるんですが、気のせい……でしょうか」
「外壁? ここってそんなにヤバいのか?」
「いや……ここの宿泊スペースは大丈夫のはずです。被害を受けたのは上の方だけで……そうか、もしかすると彼がいるのは高いところか」
 イクスが手を打った。それを受けてケヴィンもひらめく。
「高いところっていうと……屋上だな」
「なんでそう思うんだよ」
「あいつの部屋を荒らした時に、タバコの空箱をつぶしたのが落ちてたのを見たんでね」
「なるほど……」
「じゃあ、俺が迎えにいってやるから、みんなは下にいてくれ」


★ highest place

 煙となんとかは高いところが好きだというが、全くことわざは侮れない。一段一段階段を上っていきながら、ケヴィンはくすくすと笑っていた。まるで、遊びに夢中になったあげく木の高いところまで上ってしまって一人では降りられない猫を救出に行くような気分だ。
「おい、ヤブ医者! いるんだろ?」
「……誰がヤブ医者ですか。私にさんざん助けられておきながら、ひどい言いぐさですね」
 紫煙を吐き出して、ユウは空を見上げた。
「ほろ酔いで足場の悪い屋上まで出てきて煙草を吸ってるような人間は、ヤブ医者以外になんて呼べばいいんだよ」
「名前で呼べばいいでしょう。知ってるんですから」
「それもそうだな」
 なぜここで世間話をしているのだろう。
「早く降りてこい。非常に悔しいが、今回のかくれんぼの勝者はあんただ」
「本当ですか?」
「嘘をついてどうする」
「そうですね」
 ケヴィンの言葉に納得したように頷くと、リュイ・ユウは珍しく、本当に珍しいことに何の邪気も裏もなくにこっと笑ったのだった。


★ prize

 かくれんぼの優勝者、リュイ・ユウへエルダさんによる景品の贈呈だ。文字通り、贈呈である。
「……花束に、見えるんですが」
「ごめんなさい。薬を手配したのだけれど、間に合わなくて。でも、新鮮という点では類を見ないはずよ」
 エルダは自らの態度を決して崩さない。
「……薬、ですか?」
 疑わしげな声音のユウに、思わせぶりに答えた。
「それは、芥子の花よ」
 芥子。一見無害でただ美しいだけのこの花が、薬となることを、リュイ・ユウはすっかり失念していた。芥子の、熟す前の実でアヘンやモルヒネなど、麻薬として悪名高い「薬」が精製できるのだ。さすがはマフィアの元ボス。侮れない。薬といえばドラッグなのか。
「ってことは、ここから花束もって帰るんだな、あんた」
 よりによって桃色の花弁も愛らしい芥子の花束である。それを仏頂面で持ちかえる医者の姿を想像し、ケヴィンは遠慮なく笑ったのであった。



Fin.

★ 参加PC一覧 ★

【0474 / クレイン・ガーランド / 男性 / 36歳 / エスパーハーフサイバー】
【0486 / ケヴィン・フレッチャー / 男性 / 20歳 / エスパー】
【0487 / リュイ・ユウ / 男性 / 28歳 / エキスパート】

【NPC / ユキ・コウダ / 男性 / 17歳 / エスパー】
【NPC / イクス / 男性 / 19歳 / エキスパート】
【NPC / エルダ・ヴィオラード / 女性 / 67歳 / ハーフサイバー】

★ ライター通信 ★

初めまして、月村ツバサです。
かくれんぼ、いかがでしたでしょうか。
今回の勝者はリュイ・ユウさんでしたが、もしかしたら次回があるかもしれません。
少しでもお気に召していただければ幸いです。

月村ツバサ
2005/06/06