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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに
双面の都市

ライター:深紅蒼

 アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
 ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
 審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
 何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
 ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
 もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
 お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。

 まんざら知らないわけじゃない声に振り返る。
「やっぱりティアだ。久しぶりだね」
 小さなガラス工場を持つジェロウニモだ。日に焼けたしわ深い顔に笑顔を浮かべている。店で使うグラスを買い付けに行くと、よく『オマケ』をしてくれる人のいい男だ。ただ、視線に遠慮がない。ティアがいつも身につけているのは、胸を強調するようなデザインの可愛らしい服だが、だからといってそちらばかりを見ていいものではない。
「こんにちわ」
 けれど、そんな思いはみじんもみせず、ティアはと柔らかく微笑んで見せた。かさばる荷物を持ち直して、どうにかもう少し持ちやすくはならないかと試行錯誤する。午後の強い日差しが辺りが白く見えるほどきつく照らしていた。

 ここはマナウス。マルクトとは随分と違い、普通の人たちが暮らす普通の街だ。この辺りではマナウスよりも大きな都市はない。『審判』より前も後も、マナウスで購えないものはない、と言われるほど光と闇を併せ持つ商業都市であった。

 仮住まいをしているホテルの一室へと戻る。マナウスに買い出しに来る時にはいつも利用しているだ。比較的治安が良い場所にあるし、市場へも近い。値段の割には内装も設備もまぁ良い部類に入るだろう。
「ふぅ〜」
 部屋に入ると手に入れてきた荷物を隅に置く。店で使う食器やグラスなどの壊れ物、マルクトでは手に入らない食材や酒、日用雑貨。必要最低限だがそれでもかなりの量だ。他にもテーブルや棚など、持ち運びに向かない物は配達の手配をしてきた。ただ、こういう情勢では確実に何時配達されるかどうかは保証されていない。だから、つい持ち帰る品物が多くなってしまったのだ。
「どうやって梱包するかは出発前に考えるとして‥‥まだ時間はありますね」
 ティアは窓越しに外を見る。あれほど強かった日差しは力を失い、太陽は強大なオレンジ色の光の楕円となっていた。空は鮮やかな茜色に染まり、東の空は徐々に紺青色に変わっていく。しなくてはならない『買い出し』は全て手配を済ませた。明日の朝にはマルクトへと戻る事になるだろう。となれば、朝までがティアの自由に過ごせる時間となる。
「今回は何をしましょうか?」
 なんとなく心が弾む。この街で通用する貴重な『通貨』も少しならば持ち合わせがある。普段から色々と工面して貯めた大事な『お小遣い』だ。
「とにかく外出の用意しなくては‥‥」
 ティアは着ていた物をポンポンと脱ぎ始めた。こんな街でもお仕着せを着けているのは取引先の男達にウケが良いからだ。時折破格の値引きをしてくれたり、便宜を図ってくれたりする。けれど、今は熱いシャワーを使いたい。すべてはそれからだった。

 マルクトも『買えない物はない街』と称される危険な場所だ。けれど、ここマナウスでも、買えない物はそうはない。山海の珍味、装飾品、車、武器、サイバー、赤子や臓器に至るまで、ツテさえあればすべてが手に入る。支払いの方法もまた様々だ。
「また会ったな、ティア。今夜はまた偉く綺麗にしてるじゃないか」
「まぁ、ジェロウニモさん。奇遇ですね」
 ティアはやはり愛想よく言った。ジェロウニモは昼間と変わらない作業着の様な服を着ていた。薄汚れている。仕事が終わって家に帰るところなのだろうか。ただ、既に酒が入っているのか少しだらしがない風体になっている。
「そういう格好も似合うなぁ。いい女だなぁ」
 ジェロウニモは感心したように顎を撫でながら言った。今のティアはミニ丈のドレスを着ていた。襟ぐりは深く裾にはスリットもあって、肌の露出が多いデザインだった。数ヶ月前にマナウスで手に入れた物だ。
「似合ってますか? よかった」
 まつわりつく粘っこい視線を無視して、ティアは笑った。まったく、毎回どうしてこの男はこんな目で自分を見るのだろう、と思う。オールサイバーだということを隠してはいないが、皆薄々気が付いている。そうでなくては、女1人で出歩く事など不可能に近い。『審判』以後の世界は、それ以前とは同じ様でいて全く違う。自分の身を守る事は最低限の事であり、それが出来ない者には生きている権利はない。
「なぁティア。今夜は俺と飲まないか? 俺はあんたが気に入っているんだよ。なぁ、それで‥‥もっと深く知り合わないか?」
「‥‥あ」
 ジェロウニモがごつい手を伸ばしティアの腰を抱く。そしてそのまま引き寄せた。いや、引き寄せようとして‥‥出来なかった。ティアが少し足に力を入れただけで、ジェロウニモの力では動かせなくなったからだ。
「なに?」
 あからさまに驚きの表情がジェロウニモの顔に浮かぶ。ティアは難なく腰に廻った手を振り払った。
「ごめんなさい。私、今は1人で楽しみたいんです。また今度‥‥ね」
 甘い表情を作り、申し訳なさそうに軽く首を傾げる。
「あ、そ、そうか。そりゃあ残念‥‥また、また来月にな」
 振り払われた手をもう一方の手で押さえながら、そそくさとジェロウニモは人混みに紛れていった。フッと屈託のない蠱惑の笑みが漏れる。朝までの大事な自由な時間なのだ。誰かに邪魔なんてされたくはない。
「えーっと。まずは『マダム・イルマ』の店ですね。確か、新作のコスメが入荷しているはずですもの」
 それから、クチュール物のドレスを見て、何か軽い食事を摂り、馴染みのパブに行ってみようか‥‥そこで好みの男がいたら、気まぐれに誘いに乗っても良いかもしれない。朝までなら、私は私の自由に過ごせる。
「‥‥楽しい夜になりますように」
 華奢なサンダルを履いた足で優雅に歩き出す。

 マナウスの夜は花の香りをはらんだ熱風が吹く。危険さえ甘美な蜜となる。

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0633】 『炎の妖精』・ティア

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせ致しました。『PCパーティノベル・セフィロトの塔』をお届け致します。楽しい休日を満喫できましたでしょか? また、機会がありましたら、是非どこかでまたお逢いしたく思います。ありがとうございました。