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■はちゃめちゃ? 隠し芸■
石の扉が、重い音をたてて軋んだ。
「うんしょっと」
クリスティーナ・クロスフォードは、扉を開き切ると軽く手をはたいた。扱い慣れたMSとはいえ、一人ではなかなか骨が折れる。
「うん。大丈夫そうだね」
細く狭い通路には、数歩先から既にこちらの明かりは届かず、闇に閉ざされている。だが、ここはセフィロトの第一階層中でも、比較的外に近い場所だ。隠し扉に気付いたのは最近だが、この外側にある通路までは、クリスティーナも何度か来ている。
「どこかにつながっているのかな」
多少慣れてきた場所とはいえ、一人で探索を行うのは危険である。
それは十分に承知しているが、この次来た時に備えて、少しは下見をしておきたかった。パーティを募るにも、行き先に関する具体的な情報があれば、仲間を集めやすいだろう。
それに、ひょっとしたら所在が分からないある人の手がかりが、得られるかもしれない。そう簡単に見つかりそうもないとは、これまでの経験で分かっている。けれども、もしかしたらという期待は、知らず知らずに沸き起こる。
決定的な情報でなくても構わない。何か、ほんのささやかな噂なり、印の一つでも手に入れられれば。
「だけど、無理は禁物っと」
自らに言い聞かせながら、ライトを掲げて慎重に歩を進める。足下、天井、両側の壁と慎重に眺めては、時に触って状態を確かめる。
入り口から幾らが進むと、通路の幅は広くなった。それでも、両手を広げて2、3人が並べる程度だ。ここで格闘戦になれば、十分な広さがあるとは言えない。
「そろそろ、戻った方が良いかな」
タイマーに視線を落として、ほうっと一つ、息を吐いた。慎重に進んできたため、距離はそれほど進んでいない。けれども、一人で辺りに気を配り、張り詰めていられる時間はそう長くない。
「まだ奥がありそうだね。マルクトに戻ったら、誰か一緒に行かないか声をかけてみよう」
この奥に何があるかは分からない。単なる袋小路かもしれないが、セフィロトの塔には、まだ未知な部分が多い。何気ない横道が、宝の山に至る。そんな可能性を求めて、新しい道が見つかったと聞けば、探索同行に応じるビジターは、それなりにいた。
「一人はやっぱり疲れるね」
どのみち、今日は今後の探索に備えて、軽く様子を探りに来ただけだ。深入りは控えよう。
ゆっくり踵を返そうとした、その時。
ちかりと、鈍い光が視界の隅に入った。
(何!?)
クリスティーナの反応は、早かった。ライトを向けながら、もう片方の手でレーザーガンの安全弁を外す。
「タクトニム!? こんな所に」
小型の虫型シンクタンクと思しいものが、ライトが照らすぎりぎりの所に、蹲(うずくま)っていた。唸るように軽い起動音を立てていたそれは、クリスティーナを捕捉して攻撃体勢に入る。
「くっ」
クリスティーナは、視線を素早く左右に走らせ、軽くステップを踏むように跳び退(すさ)った。
「もっと十分広かったら」
愛機silver wolfには高速チューンを施してある。野原とまでは言わない。せめて、広間程度の空間があったなら。
俊敏にマスタースレイブを操る技は、クリスティーナの得意とするところである。機体の重さを感じさせず、ダンスを舞うように操縦してみせることすらできるのに。
相手のシンクタンクは、損傷を負っているようだった。おそらく、別の場所でビジターの攻撃を受け、逃れたものだったのだろう。それは己の不利を悟ったのか、ぎこちない動きで通路の更に奥へと消えた。
「追わない方が良い……ね」
冷や汗を拭い、構えていたレーザーガンを下ろす。半壊していてもシンクタンクが出てきた以上、追う価値はある。しかしそれは、改めてパーティを集めてからにした方が、良さそうだった。
マリクトに戻り、ビジターズギルドに顔を出したクリスティーナは、そこで風変わりなチラシを手にした。
「隠し芸大会だって?」
ギルドからの依頼ではなく、なにかの弾みに紛れたらしい。
「もしも一度だけ超能力が使えたら、かあ」
芸として披露するのでなければ、全く異なる使い方があるだろう。
けれども、宴会芸として出演するなら。
ふと、数日前にセフィロトの塔で遭遇したシンクタンクが、頭を過ぎった。
「もっと広い場所なら、もっと自由に踊れるんだよね」
塔の中は大抵狭い。仮に、地平線が見えるくらい広い場所だとしても、ダンスができるのは平面だ。
「一度で良いから、空を飛んでみたいな。飛べれば、上下左右、何処ででも踊れるもの」
チラシをみつめる瞳が、次第に輝いてくる。クリスティーナは、すっかり参加に乗り気になっていた。
そして、当日。
「みんな色々考えているんだね」
光偏向で女装してみたり、体皮硬化で置物になってみたり。それだけでは単純だが、趣向と演出を凝らして、それぞれに観客の笑いを誘っている。
やがて、クリスティーナに順番が回ってきた。
「クリスティーナ・クロスフォードです。空中でダンスをします」
元気よく挨拶を終えると、クリスティーナは軽く屈(かが)む姿勢緒取り、宙を舞う姿を思い描いた。何といっても、使用は一回きりなのだから、練習はできない。上手く発動するか不安もあったが、すぐに足元で気流が渦巻き始めた。
くいっと顔を上げ、空をみつめると胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
(えいっ)
力強く蹴り出した勢いにのって、クリスティーナの体は一直線に飛び上がった。
「やった!」
失速して落ちていく気配はない。嬉しさのあまり、そのままどこまでも高く飛んでいってしまいそうだったが、適当な高さでそろりと止まった。
(こう、かな)
地面を蹴らずに回る感覚は、なじみにくい。だが、すぐにコツを掴むと、くるくると軽やかに空中でターンを繰り返した。
ショートパンツの上に重ねたフレアのスカートが、楽しそうにふわりと広がる。
silver wolfを高速機動する感覚を思い出し、鋭いステップも踏んでみた。
「やっぱり、空中で踊るのって最高!」
何にも遮られずに、思い描く速い動きや切り反しも、軽やかな回転や宙返りも望むまま。演技のために限られた時の間、クリスティーナは心ゆくまで空中のダンスを楽しんだ。
「いい気分転換になったな。一回きりなんて、残念だけど」
演技を終えて、観客席に混ざったクリスティーナは、暫く息を弾ませながら、続く参加者の演技を見ていた。
一度きりの儚い夢。名残り惜しくはあるけれど、その感覚はとても楽しく鮮やかに、クリスティーナの心に残った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0656 / クリスティーナ・クロスフォード / 女性 / 16歳 / エキスパート】
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■ ライター通信 ■
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ご発注ありがとうございました。
ゲームノベルは、複数の参加者でプレイングの相乗効果を楽しむものと私は考えているのですが、今回は参加者がお一人でしたので、シチュノベ風にまとめてみました。
最近は、ゲームノベルも増えてきましたので、機会がありましたらそういうタイプのゲームノベルものぞいてみてください。
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