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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【居住区】誰もいない街
桜花に舞う

千秋志庵

 ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
 どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
 どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
 しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
 そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
 中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。



 桜の木の下には、死体が埋まっている。
 いつか蘇る者を護り続けている死者は、訪れた人間を喰らい殺しているという。



 そんな取り立てて珍しくもない噂を耳にしたときは、初めは正直子供の好きそうな怪談の類と流していた。どこにでもある他愛のない話だ。それでも、ヒカル・スローターがその話に興味を持ったのは、単なる小さな疑問故でもあった。
 ……噂は皆、伝文型、か。
 それだけの大きな噂と化していれば、一人くらいは「自分は見た」と主張する人間がいても可笑しくはない。嘘であろうと何であろうと、名乗り出る人間は知り得る限り誰一人としていない。つまりは、だ。全てが噂に留まっているのは実に奇異なことと言えるのだ。
 ……物見遊山ついでに、確かめてきても悪くはない。
適当にその場を後にし、幾人かの心当たりを誘うことを一人決める。ヒカルは立ち上がって噂の絶えない酒場を出ると、陽光煌く太陽の下へと躍り出た。

 ――初めはその程度の認識にすぎなかった。



「何なのだ、こいつらは!?」
 桜舞う下の戦闘、と聞けばいささか風流かとも思うが、単に桜は視界を常に覆うので邪魔以外の何物でもない。幸いにもそれを不利とするのは相手も同じらしく、花びらへと攻撃をしているヤツまでいるくらいだ。
 噂の「死体の眠る桜の木の下」に訪れたのだが、来て早々ヒカルらは手にした酒やらツマミをぶちまける結果となってしまった。敷地内に入ると同時に、淡い色を放つ木々の下からは幾人もの塊が這い出てくる。それこそ死体が土の中から蘇ったのかの如く現れたのだ。
 シンクタンクの一種だろうか。あまり見たことのない型なので、その性能はイマイチ把握出来ない。小型であるということと、人型に似通っているということと。判別出来るのは、それくらいだろうか。
 攻撃は突然だった。機敏な動きは避けるのが精一杯で、土に染みてゆく酒類を苦々しげに眺めて一本の大木の裏へと駆け込む。
「……噂、はもう一つの方も本当だな」
 ヒカルは呟き、銃へと弾丸を再び装填する。
 この場所は元・生物兵器を開発していた研究所の跡地である、という噂もまた存在していた。研究内容はやはり噂ではあったが、内容はあまり快いものではない。死んだ人間を蘇らそうとした、狂った研究。結局は失敗に終ってしまったようだが、類は友を呼ぶ。どういう訳だか同系種のシンクタンクと共生をしていたようで、その意はあまり解せたものではない。
「……強くないのが幸いだが、数で掛かられると面倒だな」
 コテツ・アズマは自身の体に触れ、自嘲気味に呟いた。語りかける相手がシンクタンクであるという何とも言えない虚しさを余所に、防御の型をした攻撃を続けていく。
 怯まないのは、死に対する恐怖がないせいだろうか、と上の空で思う。
「そこは同じ、か」
 飛び掛るシンクタンクを直前で避けつつ、相手の頭に手をやって地面に無理矢理叩きつける。重量を直接科され、それは地面へ頭ごと激突した。血は舞わず、見たことのないケーブルのような筋肉や、血のようなオイルが辺りに飛び散った。コテツは避けるように後退するものの、ブーツが僅かに汚れてしまうことに難色を示す。
 コテツは周囲を見渡し、脱出経路を探し始めるも、既に自分らが花見へと侵入してきた入り口は固く閉ざされていたことを発見するに至る。
 侵入者を感知、そして閉鎖と同時に攻撃。この建物はそういう仕組みになっているのだろう。
「このままじゃキリがないな。考え得る選択肢を提示するけど、いいか?」
 黙々と後方支援を行っていたレイン・シルフィードの言葉に、ヒカルが頷く。
「一つとして、あれを全部壊して逃げる」
「それは御免被る。折角の桜を無下に散らすのは忍びないのでな。敵だけを攻撃、という器用な真似は出来そうもない」
「ならもう一つ……本体の電源をどうにかする。端的に言ってあれは単純な構造をしているようだから、要は一個の本体から指令を受けて、活動しているといった按配だろう。そちらを壊すか、電源を落とす」
「しかし、それは根本的な解決にはならないな」
「……尊いモノを守るためだ。勝手に首を突っ込んだ俺らに許されるのは、そこまでだろう」
 いつの間にか後方まで離脱してきたコテツは、二人の傍で口にした。モノへの許しを請うのは中々に情けない行為でもあるが、ここまで見事な花を付けている存在を抹消出来る存在はないに等しい。暗に言うと、「一理ある」とヒカルが同意した。
 内部へと通じる唯一の窓を蹴破り、三人は研究所の散策を始める。予想外だったのは、内部には誰一人として出迎える者がいなかったことだろうか。シンクタンクの一匹くらいはいるかと思っていたが、あれはこちらの方へは来られないようにもプログラムされているらしい。それは好都合であったが、同時に厭な現実を与えもする。
「何が原因か……。知るのはどうしてこうも、残酷だと言うのだろうな。あれらは確かに自治を築いていたというのも、また事実」
「自治? 侵入者を攻撃していったことがか?」
 レインの不服そうな声に、ヒカルは「そうだ」と低い声で唸った。
「単純な世界。土の下と僅かな庭があれの全てだ。そこを治めていた人間を、これから殺しにいくのだぞ。心して行かねばのう」
 ヒカルの台詞はどこか愉しそうでもあったが、それは一体何のためなのだろうか。或いは、自身の好奇心を満たすためだけにも見え、真意は計り知れない。
 可笑しなことに、ヒカルは武器を携えていなかった。

 SAKURA SYSTEM

「サクラシステム……桜、って、花の?」
 辿り着いたそこは小さな部屋だった。
 何百ものケーブルが中心に置かれている巨大で透明な円柱へと続き、その入れ物の中には無色の液体と僅かな有機物が混入されていた。人間の部品のようにも見え、軽い嘔吐感をもよおす。
「おい、こっちにこいつの開発者の手記があるぞ」
 コテツは埃まみれの書類を手に戻ると、独特の臭いを放つそれの表紙を丁寧に捲った。

 死したる者が永劫の命を得るために、この機械を残す。
 我が娘、サクラと再び会えることを願って。

 コテツの両脇から覗き込む二人は、同時に小さな溜息をついた。
「……死体を蘇らす研究、か」
 苦々しげに呟き、コテツは手記をヒカルに押し付けた。
「死人は決して蘇らない。それに、死んだ奴が生き返ったところで、そいつはもう人間とは呼べないからな」
「そうだな。それでも、また会いたいとは願うものだよ?」
 手記を懐に仕舞いながらヒカルは言う。
 娘を蘇らすために、死体を蘇らす研究を進めていた。そしてその実験は何故か途中で頓挫し、人とはおよそ呼べない形になった娘だけが残された。
 手記からは、そのようなことが察せられた。
「願っても、叶えちゃいけないんだ」
 消え入りそうな言葉でレインが付け加える。両手の二兆拳銃を入れ物へとポイントし、
「…………」
 だが撃つことは出来なかった。
 このまま放置しておくことで、犠牲者は増える一方であることは確かだ。今ここで壊さなくても、いずれここに辿り着くであろう誰かが壊すかもしれない。
「撃てないのであろう?」
 ヒカルの言葉に、レインは頷く。
「ならば、無理に撃たずとも良い」
 両の銃を上から大きな手で下ろされ、レインは見上げた。コテツの静かな顔が、ただ入れ物を見つめていた。
「桜の木の下に、この研究者は祈りを込めて実験体を埋めたのかもしれない、な」
「……歪んだ、愛だ」
「それでも、愛していたんだろうな。邪悪なまでに純粋に、娘を」
 コテツの手の上に、ヒカルの手が優しく添えられる。
「大丈夫。あなたには私らが付いておる。代わりにはなれないが、道を共にすることは出来るからな」

 レインは拳銃を再び挙げる。
 銃声が一発だけ、室内に木霊した。

 桜の木の下には、娘を想った父親の創った“失敗作”が埋められている。
 死者ではなく、生者でもなく。
 あれは今でも訪れる人を襲っては、仲間を創り続けているという。

 これは近年の目撃情報である。
 かつて生物関係の研究所であった跡地に咲く桜の傍に、一人の少女が佇んでいるという目撃情報が寄せられた。少女はシンクタンクを従え、今でも誰かを待ち続けているという。
 少女の名前は、一面に咲き乱れる花の名前から、サクラと呼ばれている。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0620】レイン・シルフィード
【0541】ヒカル・スローター
【0647】コテツ・アヅマ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

前半部分である掲示板の部分は敢えて書きませんでした。
拝見したところ、私の手が介入しない方が良いと判断したためです。
その代わり、といえるのでしょうか。
後半部分の展開は、「桜の木の下の死体」に関する真相が明らかになっています。
当初は曖昧にしようかとも考えていましたが、書きながらどんどん話が膨らんでいってこのような次第になってしまいました。
最後に出てくる“サクラ”は、果たしてあの“サクラ”かどうか。
そちらの方は、想像にお任せしたいと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝