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<東京怪談ノベル(シングル)>


◆◇炎の記憶〜最悪の我が半身へ〜◇◆

 まぶしい。こんなにまぶしかったら寝てられない。心地よい風、暖かい日差しを浴びて、大きな猫になったかのようにまどろんでいる。ここにはなんの不安もない。優しい**さんと**さん、**さん達に守られている。だから‥‥平気。

 え? 誰? 誰がボクを守ってくれる? そんな筈はない。だって、もうボクはひとりぼっちだから。自分だけで自分を守って生き抜かなきゃいけない。ボクのあの願いを果たすまで‥‥**を破壊するまでは‥‥。

 そんな事はないよ。それは嘘か夢。だってここは明るくて暖かい。美味しそうな香りだってする。そんな冷たい場所にひとりぼっちなんて、絶対にあり得ない。ほら‥‥。
 目が開いた。パチッと音がするかと思うほど、思いきって目を開く。思った通りの光景が広がっていた。庭を彩る濃い緑。花の香り、テーブルクロスの白。昼食の皿。
「いい加減に起きなさい、レオナ。夜眠れなくなるわよ」
 少し呆れた様に、でも本気で怒っている風でもない軽い小言が降ってくる。

−かあさん−心の何処かがチクリと痛む。何故?

「大丈夫だよ、かーさん。レオナに限って昼寝したからって夜眠れなくなるわけない。こいつ、人類の範疇越えてる『大物』なんだからな」

−にいさん−いつも軽口ばっかでボクをからかってばかりいた。

「レオナ〜もう起きて遊ぼうよ。今日はアタシに付き合う約束ジャン」
「目開けたまま寝ぼけてるなよ、レオナぁ。オレと遊ぶんだろ、なぁ〜」
「レオナじゃない。ねーちゃんだろ?」
「あー。細かいのうるさいぞ。父さんは席について母さんの愛情ランチを食うんだから、そこどいてろって」
「わぁあああ。父さん、くさ〜い」
「油ぎっしゅ〜」
「本当ね。研究室から直行してきたでしょう? お父さん、せめて手と顔をもう1回洗ってきてちょうだい」
「‥‥そうか? まぁ母さんが言うなら、そうするか」

−父さん−草を踏みしめる音が聞こえる。近づいてくる父さんの足音。逆光で顔がよく見えないよ、父さん。

「レオナももう起きろ」
 臭いがする。オイルの匂い。

−え?−

 まかれたオイルに引火した。目の前に火の海がさぁあっと広がる。炎はむき出しの壁を、そして柱を焦がして天井へと伸びる。嫌いなあの燃える臭いがする。
「チクショウ。ボクは一体‥‥」
 思うよりも先に身体が動いた。手の中には小さなディスクがあった。そう、コレの為にここまで来た。このディスクの中の情報こそ、ボクを前へと動かす力に繋がる。けれど床にへたり込んでいては何も出来ない。こんなところで呆けていちゃイケナイのだ。即座に立ち上がると、同時に出口へ向かって走り出す。床はほとんどが燃えていた。あたりの酸素濃度はどんどん低下してゆく。自前のボンベがあるとはいえ、油断出来る状況じゃない。
「えっと、ここの見取り図は把握してる筈」
 ここへ来る前にはしっかり準備をした。だから、落ち着いている筈だけど、どこか心の奥が騒ぐ。黒煙があがり、視界はどんどん悪くなる。もうすぐ肉眼は役に立たなくなるだろう。ボクには『眼』があるとしても、早く脱出したい。暗い廃墟と炎の組み合わせは、今でもあまり得意じゃない。

 燃えている。家が‥‥大切な記憶が燃えている。炎の奥で動く黒い影。
「止めろ!!!」
 声を限りに叫ぶ。叫んでいるのに、どうして、どうしてこっちを向かない。
「‥‥ぁ、ぁぁ」
 本当はもう声は出なかった。喉を切られているから。手を伸ばしたくても指先さえ動かない。沢山の血が流れた。痛めつけられたこの肉体はもう死にかけている。もうほんの少しだけ時間が過ぎれば、鼓動が止まり血流が途絶え、脳機能が低下し、そして停止するだろう。けれど、心はそれを認めていない。この世の全てに抗っても、あの影を止めたい。
「や、やめて‥‥やめて」
 かあさんの声がする。もう立てない母は背中に幼い弟を庇い、血に染まった身体で後退する。それなのに、影は冷徹な動きで母を追尾し、ゆっくりと手を伸ばす。人間に模した腕が母の喉を捕らえる。止めて! 見たくない。ここから先はもう見たくない。
「ぐっ‥‥ぐぁ、あぁぁ。逃げ‥‥逃げてぇ‥‥」
 喉から絞り出す様な声。聞きたくない。そんな声を聞かせるな。すぐに骨の鳴る音がする。影はくたっと動かなくなった母の身体を捨て、震える弟の身体に手を掛ける。泣き叫ぶ事すら出来ずに弟が殺される。
 影はゆっくりと炎の更に奥へと消えてゆく。待て! 行くな。ボクがまだいる。ボクが‥‥ボクの‥‥。

 燃えていた。火の勢いはどうやら衰えそうにない。そうだった。証拠隠滅の為に情報をゲットした徹底的に破壊しようと思ったんだった。いうなれば、自業自得で自己責任だ。
「‥‥急ごう。まだ終わりじゃないんだから」
 ここで炎に消えていいわけがない。あの、悪夢の夜に生き残ってしまったからには、やらなければならないことがある。その為に、吐きそうなくらい嫌いな機械をこの身体を受け入れた。この先だって、アレを破壊するためなら何だってやる。非合法の改造でも、許されざる研究の成果も、目的のためなら嫌とは言わない。あの夜に巣くったこの胸の深い『思い』。これを悲しみと言って良いのか、憎しみや恨みと言って良いのかわからない。言葉では表現出来ないこの胸の『思い』が、ボクを駆り立ててやまない。立ち止まる事を許さない。どんなに楽しい友人といても、恋しい人と一緒にいても、片時も忘れる事は出来ない。アレだけは、何があってもどうしても、存在を許せない。必ず、必ずこの手で破壊し、その1片たりと残さない。

「待ってな。すぐにおいついてやる」
 炎を越えて出口へと進む。止まるわけにはいかないから、まだ途中だからボクは走る。軽く制動をかけて通路を曲がる。このまま真っ直ぐ進めば外に出る筈だ。暗い道の向こうに白く輝く光が見える。狂気さえはらむバッドラックありありの未来。

『ノスフェラトゥ』

 父さんと母さんが創り出した自立思考進化型のシンクタンク。ボクとボクの家族を殺したあの夜の影。アレは今、ボクと同じ外見をしているという。言うなればもう1人のレオナだ。アレも変わったかもしれないが、ボクも変わった。アレと戦うために更に身体も心さえも変わった。変わる事を厭わなかった。生きて生きて、死にそうな時にも生き抜くためには必要なことだった。もうどちらが本当にホントのレオナなのか、実はあまり変わらないんじゃないかとさえ思える。それとも、こんな風に思うのは無茶な改造で心までもが蝕まれてきているんだろうか。それでも、正義でも人道でもなく、ただボクとボクの家族だった人達のために、ボクは立ち止まらない。必ず、アレは消滅させる。このボクが‥‥レオナが、父さんと母さんが遣り残した事をきっと果たす。

 うん、きっと‥‥お前を、破壊する。