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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに
意思なき戦闘

千秋志庵

 アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
 ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
 審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
 何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
 ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
 もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
 お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。

 肌に密着している黒衣の服から窺えるのは、無駄を一切省いた筋肉。立つのは陽の光が朧にしか届かない、マナウスの大通りから少し外れた裏路地。狭路という地理的条件を考慮してか、彼らは両手にはフェンシングに用いる剣を短くしたような奇妙なエモノを握っていた。人数は視認出来るだけで一人。……それと気配だけが別に、二つ。
「洗濯機、買う前で良かったわね」
 エリア・スチールの場にそぐわない発言に、同行者は苦笑した。彼らがわざわざマナウスへと足を向けたのは、“偶然”故障してしまった洗濯機を購入し直すためであった。マナウスはそこそこ安くて品質の良いものが多い。“偶然”の理由が理由だけに、誰も責め立てるは一応出来ない。丁度欲しいものがある、と名乗り出た人間がいなければ、ひょっとして一人鬱屈とした気分を抱え続けていたかもしれない。
 ……そういう意味では感謝、ね。
「だってこんなとこに洗濯機を置いて闘ったら、絶対どこか故障させちゃうわよ。高いのに、勿体無い」
「どちらにしろそれ持って帰るなんてなかったくせに。だったら関係ねえって」
 それもそうか、と小さく手をぽんと叩き、エリアは鞘から抜いたレイピアを前方の敵へと向ける。背にはダンボールが積み重ねられていて、表に油性マジックで書かれている文字から察するに由来の知れない薬品が大量に詰められている。投げ付けたり破壊したりするのは、あまり得策だとはいえない。故に、背後は脆い壁だと思っていた方が都合がいい。
 アルベルト・ルールは九節鞭を懐から出すと、静かに構えた。携帯用に便利だと理由で保険代わりに持ってきてはいたのだが、よもやこんな場所で使う羽目になるとは思ってもみなかった。折り畳んでいたそれを一本の棒のように広げ、ヌンチャクのように解体する。
「それより俺にとって一番の疑問は、今どうしてこんな場所でこんな小規模戦争、或いは大規模な喧嘩をするはめになっているのか、全く検討がつかないことなんだよな。今回はまだ怨みを買うような事態は起こしてねえし、そもそもこの面子で襲われる理由が見つからねえし」
 ぼやくアルベルトの前に、黒衣の一人が立ち塞がる。エモノの長さではこちらがまだ有利だが、一度懐に潜り込まれては対処に時間を取られる。その間に受ける傷はまあ仕方ないとして、その間に幾つかある戦闘パターンを組み直すのがひどく面倒だ。面倒で片付けられるのもどうかと思うわ、とエリアは微笑んで、顔を別のモノに変える。
 構え、息を殺す。
「襲うことに理由なんてないわよ。ただそこにいたから襲い、運が悪かったから殺した。……それ以外の理由なんて、結局は必要ないんじゃない?」
 構えを中段に移し、エリアは言った。だがそれは本心からのものではなく、渋々自らを納得させるための言い訳にも聞こえた。その心内の確かなものはアルベルト自身には読み取れず、推測するだけに留まるにすぎない。
 それでも切っ先に迷いは、全く感じられない。良くも悪くも、澄んだ刃だ。
「……なら、仕事するか」
 言うが早いか、アルベルトは九節鞭を回し、正面の黒衣を直線上に捉えて飛んでいく。バリバリと言う音をさせながら飛ぶそれは、片方のエモノへと絡みつき動きを止める。アルベルトのエモノと敵のエモノとの間に直接的に道が出来、黒衣は太腿に括っていた飛刀を投げ放った。エモノを捨てれば容易に逃げられるが、アルベルトは敢えて擦れ擦れのところで刀を避ける選択を取る。
 右の飛刀が全て避けられると同時に黒衣は左の飛刀へと手を伸ばすも、その僅な隙を見逃さないかのようにエリアが飛んだ。
 二人の間、綱のように張られている九節鞭の上に降り立つと、視線上にあったエリアは再び遥か上空へと舞い上がっていた。無意識に視線がそちらへと動き、だが彼女の手にレイピアがしかと握られていることに気付いた黒衣はアルベルトへと繋がっていない一方のエモノを宙へ掲げた。
 金属同士のぶつかる厭な音と衝撃に、下降をしていたエリアは再び宙を舞う。壁を蹴って無理矢理急降下を始めたエリアの行動はアルベルトにすら読むことは出来ず、当然ながら彼女の刃を止める余裕は誰にも持ち合わせていない。黒衣はエリアの攻撃をガードしたと同時にバランスを大きく崩したことが災いし、直後に襲い掛かる刃を避けきれずに、それでも生来の感から肩を一本使えなくするだけに留めた。カランと小気味のよい音を地面に響かせ、片一方のエモノを捨てて一歩後退する。
「ったく、どういう理由か知らねえが、変な因縁吹っ掛けんじゃねえよ」
 九節鞭を手元に手繰り寄せ、アルベルトは呆れ半分に憤慨する。
「これ以上やるってんなら、本気で相手するぞ」
「そうだそうだ」
 ぶんぶんとレイピアを振りながら血を払い、彼女のエモノは再び鈍い色を放つ。
 気配しか見えない奴らとテレパシーだろうか、と内心思いながら、黒衣の唇が僅かに動いているのを見つめる。だがテレパシーなんてものを使っているなら、口は動かないだろうな、と冷静に判断を下しながら、エリアは構えを整えた。
「……って、あれ」
 素っ頓狂な声は虚しく宙に響く。殺気の僅かに篭った刃の向けられている先は既になく、忽然と姿を消していた。気配を窺うと、既に一人たりとも感知することができない。逃げたのか? だがその説を容易に肯定出来ずに意識を集中させているエリアの頭を、アルベルトが無造作に叩いた。
「大丈夫だ。取り敢えずは、気い抜いていいんじゃないか?」
 言葉を信じ、エリアはレイピアを鞘に収める。
「ま、また来たら返り討ちだよね」
 暗い路地を出ながら、エリアはふと尋ねた。
「わたくしは洗濯機目当てだったけど、アルベルトは何が目当てだったの?」
「んあ? 携帯。新しいのが欲しくてさ」
「というと、何か物騒なものが内蔵されているやつとかかしら?」
「……フツーのな、フツーの」
 九節鞭を折り畳みながら、アルベルトは賑やいでいる市街を愉しそうに眺めやった。まず向かうのは、エリアの欲している型の冷蔵庫を売っている場所だ。自然、軽くなる足を必死に堪え、二人は平然を装うようにゆっくりとした足取りで町並みを進んでいった。

 その手に感じる肉の柔らかさに、BLUE・MOONは静かに息を呑んだ。筋肉質であるからして、文字通り鋼鉄の肉体を持つ彼らならば剣の一本は無駄にしてしまうかと思ってが、実際にはそうでもないらしい。狙ったが故に、引き抜いても血はあまり出ない。大きな塊を適当に転がすと、一瞬でその身を闇に潜ませる。再び姿を現したときには、その手には別の黒衣が息絶えていた。
「見逃す気だったんだが、闇討ちをする計画を立てられてはこちらとしても引けないからな。大人しく始末されるんだな。厭なら気が変わらない内に逃げることだ」
 BLUEの手にしている小型の剣は、既に息絶えた二人の仲間の血を吸い、地面へと幾滴か水溜りを作っていた。土に吸われ跡だけしか残されないそれを見、黒衣は剣を構えた。
「……残念。これが最後のチャンスだったのに」
 最後の言葉が発せられる前に、BLUEは黒衣の剣を持ち主自身へと付き立てていた。自分の手が自分を殺している、言い方を帰れば自殺にも取れる光景に黒衣は呼吸さえ忘れるほどの時間をおぼえる。直後、BLUEの手が黒服の顔を鷲掴みにする。恐怖に、顔が歪むのを掌越しにBLUEは感じた。
 それでも……、
「じゃあな」
 躊躇いなく拳を握り締める。悲鳴は骨の割れる音に消され、断末魔の叫びが響くことはなかった。
 重力のままに倒れる体を丁寧に横たえ、血に塗れた手の匂いを嗅いでBLUEは顔を顰める。手を洗うことは思考にない。黒衣に刺しっぱなしの剣を抜いてやると、それらをどこかへと仕舞い込んだ。
 残された体は腐臭を放ち人を集めるも、誰一人として近付くことはなかった。死体に群がる鼠や蝿を除き、よく晴れた空の下で、いつまでも意思のない色を浮かべていただけである。
 それは、生前と全く変わらない行為ではあったのだけれども。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0592】エリア・スチール
【0522】アルベルト・ルール
【0635】BLUE・MOON

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

目的もその行動の意味するところも、結局は謎のまま黒衣らは消えていく結果になりました。
話の内でも登場人物が語っているように、
「闘うことに、殺し合うことに理由がない」
と言えばそれまでなのですが、その事実はとても恐ろしい現実であるのではないか、と。
出来れば何か恨みを持っていて、多少なりとも信念を持っていて、そうでなくても生活の糧とするためであって。
理由は結局は後付けなのでしょうが、それでもどこかに存在を求めてしまいます。
人間は定義好きな生き物だとはよく言いますが、確かにその通りなのかもしれません。
さて、彼らは“最期の瞬間”には理由を持ち合わせていたと、言えたのでしょうか。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝