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第一階層【居住区】誰もいない街
「猫はどこに行った?」
間垣久実
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
「見事に人がいないねー」
セフィロトの塔、第一階層。もしかしたら幸せな生活を送っていた人間が住み暮らしていたのかもしれない、そんな居住地区跡の入り口に立って、兵藤レオナがぐるーりと周囲を見渡した。
彼女の言葉は当たり前の事なのだが、それでも実感としては良く分かる。
しん、と静まり返った街の跡、そこに建ち並ぶ過去の家々を見ると、改めて『住む者の無い場所』なのだと言う実感が沸いて来るのだ。
「感慨に耽っている暇はないぞ。比較的安全とは言え此処はもう塔の中なんだからな」
「分かってるよう」
伊達剣人の言葉にぷー、と頬を膨らませるレオナ。そんな2人に「まあまあ〜」と至極のんびりした声をかけた鄭・黒瑶は、
「それよりも、早くねこさんさがしましょ〜、呂ちゃんも早く〜」
それだけを言い置いてトコトコ先に進んでいく。
「…随分張り切っているのね」
レイカ・久遠が、黒瑶の後姿を見てぽつりと呟きつつ、素早くMSに乗り込んでがしょんがしょんと音を立てながら後を追うと、ふうと小さく溜息を吐いた呂・白玲が、
「猫に心を奪われているからな、仕方ない」
レオナに頼まれた、と言うよりは、黒瑶に押し切られた形になった彼女が、それでも黒瑶を放っておけなかったのだろう、
「ああもう、先に行くな!」
声を掛けてからたたっと走り出す。
「――行くか」
「そ、そうだね」
最後に取り残された2人が、少し慌てて3人の後を追いかけた。
*****
「えっ、猫?」
「そうなの、ね、レオナちゃんそういうの得意よね?何とかしてくれるでしょ?」
それは2日前の夕方の事。
『猫を探して欲しいの』
アパートへ戻って来た彼女を待ち伏せして、こんな事を言い出したのは敵――もとい、大家の娘だった。年も近いところから、世間話をするくらいには親しい関係。
それが突如猫を探してくれと言ったのだから、何と言葉を返していいか分からずに戸惑うレオナ。その様子を見て、「あ…」と、自分が突拍子も無い事を口にしたのに気付いたのだろう、ちょっと頬を赤らめながら詳しい話をし始める彼女。
「虎徹がね――あ、猫の名前なんだけど、1週間くらい前から家出しちゃったの。心当たりを探したんだけど見つからなくって…。お願い、レオナちゃん。知り合いでこんな事頼めそうなのってあなたしかいないの」
「そう、言われてもねえ…」
頼まれごとが行方不明者の探索なら、張り切って胸をどんと叩いていたかもしれない。だが、事は猫。すばしっこく、近づこうものなら良く磨き上げた爪の一撃を食らわそうという小さな存在。
…いやまあ日向ぼっこしている様は力任せに抱きしたいくらい可愛いのだが。
「お願いよレオナちゃん。本当にお願い。家賃溜まってるでしょあなたしか頼める人いないの」
「――今何か不穏な言葉挟み込まなかった?」
「気のせいじゃない?」
にっこりと笑う、流石は大家の娘と言う貫禄の少女が、
「虎徹の顔を見たらお母さんもきっと喜んでくれるわ。レオナさんが探してくれたって知ったらきっと感謝してくれちゃうから」
断わる口実はいくらでもあった。
けれど、ずっしりと彼女の背に圧し掛かった家賃滞納と言う後ろめたさは、結局引き受けざるを得ない羽目に陥っていたのだった……。
幸い、猫探しと言う依頼に快く付いて来てくれる者が4人もいて、ほっとする。
探すのは猫だが、行く場所はあの『セフィロトの塔』。1人で出かけるには向いていない場所だったからだ。
と言うのも、猫を探していると散々聞きまわった結果、最近塔の中、居住区のどこかに『猫屋敷』があると言う噂を聞きつけたからで。
大家の娘と同じく近所を1人で散々探し回ったが見つからず、藁にもすがる思いでこの猫屋敷を探して塔の中に入る、という羽目に陥った訳である。
*****
「ねこさ〜ん、ど〜こで〜すか〜」
黒瑶ののんびりとした呼び声が静かな街に響く。
『…動くものがあっちとあっちに見えたような気がするが、いまいち自信はない…』
白玲が上空からの遠隔視を行った結果を聞いて、二手に分かれる事になったのだが、相手は猫。動き回る事も考慮して、捕まえても捕まえなくても、姿を見次第即連絡と言う約束をする。
ひとつが黒瑶と白玲のペア。もうひとつが、レオナと剣人とレイカの3人。
「レオナ?」
「ん?あ、何?」
ちょっと回想に浸っていたレオナが、剣人の声で我に返った。
「ぼうっとしていると何かあった時に対処できないぞ。気を付けろよ」
「…大丈夫?」
剣人から叱咤に近い言葉が、レイカからは心配そうな声が聞こえて、レオナはにっこりと笑う。
「大丈夫大丈夫。さ、行こっか」
少し離れた位置にいた黒瑶と白玲の2人が別の角を曲がったのを確認し、自分たちは別の場所を探す事にした。
「この家に入ってみるか」
きぃ…きぃ…
元は赤かっただろう、色の剥げた屋根の上で僅かな空気の動きに回る錆びた風見鶏が、きしんだ音を立てながらゆっくり回っている。
「……なんか、寂しいよねこういうの」
ぽつ、と呟いて、鍵のかかっていない家の中へと入って行く2人と、MSから降りずに慎重に歩を進めるレイカ。室内に入ると、周囲を確認してからがぱりと顔に当たる部分だけ開いた。
「誰も来ていないようね」
埃が積もった床やテーブルの様子を見る。
住民はいなくとも、この地を訪れるビジターやタクニトムがこうした家の中に入り、荒らしている可能性があったのだが、この家はまだ手を付けられた様子が無い。
レオナは更に奥の部屋を覗きに行っていた。
「そうだ、レイカ。俺には幽霊を生きた人間と全く同じように接する事ができるエスパー能力がある。猫探しにも、他の探索にも使えるかもしれない」
剣人がふと思い出したようにそんな事を言い、きら、とその瞳を僅かに輝かせた。
「幽霊と…こう言う街だと、本当にいてもおかしくないように思う」
そんな事を言いつつ、視線を感じた気がして思わず振り返るレイカ。当然ながらそこには誰もいない。
「…何はともあれ、猫を探すのが先だからな。問い詰めるのは後でいい」
そんなレイカを見ながら、「猫も誰もいないよ」と残念そうに戻って来るレオナには聞こえないようそっと呟く。
「レイカ、少し右に避けていてくれるか」
「え?」
「何々?なんなの?」
「『霊』がそこに居る。ちょっと話を聞いてみるから、少し静かにしてくれるか」
レイカがその言葉を聞いて、ほんの少し表情を引きつらせながらレオナの後ろへあっという間に移動する。レオナ自身、霊と聞いた途端後ろに飛び退っていたから、剣人からの距離は随分と空き。
「――そうか、残念だな。ここはいい、他に行こう」
暫く話をしていた剣人が、くるりと後ろを向く。
そこには、ちょっと怯えた顔をしたまま、既に玄関前で待機していた2人の姿があった。
「危害を加えるようなものじゃないから別に怖がる事はないだろうに」
「そ、そんなこと言ってもさー。ねえ」
「……私には見えないから」
身体に似合わない大振りの剣でとんとんと肩を叩きながら困った顔をするレオナと、再びすっぽりとMSで身体をレイカ。
「まあいいか。ええとな、あっちの方の大きな家見えるか?あの辺なら、動物好きの連中が住んでいたらしい」
「――はあ〜あ。早く見つからないかなぁ、虎徹…」
やっぱり『住人』に話を聞くんだね、と諦め顔のレオナが、レイカと目を見交わしてふうと溜息を付いた。
*****
「ねこさん〜」
「ううむ、この辺りだと思ったのだが…」
二手に別れたすぐあとで、もう1度遠隔視を行い、何かが動いたらしき付近の探索をしていた2人は、対照的な表情を浮かべていた。
1人は、これから見るであろう猫の姿を想像してうっとりした表情を浮かべている黒瑶。もう1人は、見つかれば直ぐ捕まえられると思っていたらしい白玲。
――その時、
「ああっ、ねこさんです、ねこさん〜〜」
真っ白い猫がちらと向こうの路地を横切ったのを見て、黒瑶が一気にヒートアップしとててててて、と勢い良く向こうへ走って行く。
「こら、先に行くな!!」
慌てて後を追いながら、白玲がふと「うん?」と首をかしげた。
――虎徹と言う名を聞いて虎猫とばかり思っていたのだが、白猫だっただろうか、と。
にゃあ〜
「ああっ、あっちにもねこさんです〜」
今度は綺麗に模様分けされている虎猫が、どこか知的な視線を湛えつつ屋根の上から2人を見下ろして、すとんと向こう側に降りていく。
「くっ――鄭、こっちを追うぞ!あちらから回り込め!」
「うん、分かりました〜」
声ののんびりさとは似ても似つかない俊敏な動きを見せる黒瑶が向こうの通りに消えるのを確認しつつ、白玲もだっと走り出す。
――にゃう?
のんびりと向こう側に降り立ったのだろう、道路を挟んで2人が向かい合うのを不思議そうに眺めている虎猫。そんな中、ざ、と一歩猫へ足を進めた白玲がきっと猫を睨み付け、
「猫!もはや貴様に退路は無いぞ!あきらめて神妙に縛につけ!!」
大声で宣言すると、そこから一気に猫に向かって飛び出した。
「ねこさん、待って〜」
逆側からは、黒瑶が、両手を広げて嬉しそうに走り込んで来る。
一瞬腰が引けた動きを見せた虎猫だが、目を見開いてきょときょとと辺りを見回すと、
――ひょいっ。
身軽に柵を越えて、道路向かいの家の庭へと消えて行ってしまった。
「ねこさん待って〜〜あ〜〜〜呂ちゃん〜〜〜」
「え……っ」
柵に向かって追いかけていった白玲と同じく、勢いをつけた黒瑶が柵へと向かい、そして――止まらず。
べきばきどっかあああん!
鉄柵を折り、それでも勢い止まらず家の壁に激突する黒瑶。――と、それに巻き込まれて庭に伏す白玲。
「あはは、ごめんね〜止まらなかったみたい〜」
「……みたい、ではないだろう……」
にゃ〜〜〜ん。
砂に塗された白玲が怒筋を立てつつ起き上がると、その2つ向こうの家の屋根の上に居て興味深そうに様子を伺っていた虎猫が鳴いた。
「捕まえるっ。何としても、捕まえる――!!」
ぐ、と拳を握った白玲が、だがこのままでは手が足らないと黒瑶を伴って分かれていた3人の元へ急ぐ事にする。
「そこで待っていろ!これは退却ではない、戦略的撤退だ!」
びし、と猫にその指を突きつけて。
*****
――いっぽうその頃。
「お…これはなかなか」
大きな家の中で情報を聞きまわっていた剣人が、重厚な机の引き出しに入っていた時計を見つけていた。
「…デジタル全盛の頃に完全機械式か。今は止まっているようだが、手入れをすればあるいは…」
ずしりと重い腕時計は、内部の機械はどうか知らないが、表面はきちんと手入れされていたからか錆び一つ浮いていない。
それを入っていたなめし皮の袋の中に大事に仕舞うと、
「よし、最近猫を見かけたと言う場所に行ってみるか」
情報源は言うまでもなく、剣人が言うところの、この家の『住人』。何故だか家の中に入りたがらないレオナと、襲撃に備え待機していたレイカに告げて急ぎ足で外に出て行く。
「――あれ…あそこの2人、もしかして見つかったのかな。おお〜い!」
その時、駆け足で此方に向かってくる2人の姿に、レオナが大きく腕と、その腕に握っている大振りの剣を振った。
「見つかった?」
滑らかな動きで体勢を整えるレイカと、「そうらしいな」と呟く剣人。
だが、その2人の腕の中には目的の猫の姿は見えず、そして何より、
「あっ、そうだったごめん。ボクが見知ってるものだから、何となく他の人も虎徹の事を知ってるのかと思っちゃって特徴伝えるの忘れてたよ」
2人から問い詰められるように目標以外の猫の話を聞き、ぽりぽり頭を掻いてあは…と笑うレオナ。
「あ、でも間違いないよ。ちょっと頭良さそうに見える茶色い虎猫だったよね。虎徹に間違いないよ」
そう言って大きく頷くレオナ。
そして2人の話を聞いて、剣人が聞いた猫をよく見かける場所と、先ほど2人が見たと言う場所がほとんど同じ事もあって、もしかしたらそこに猫が来る何かがあるのかもしれないと、全員で向かう事にした。
*****
「――猫だまり?」
「何でこんなに猫が…」
「タクトニムの怖さを全く知らないってわけじゃないだろうに」
にゃ〜
うにゃぁん
なうー
――その数、ざっと見て20。
「猫屋敷の噂って本当だったんだ…」
丁度良く壊れた窓と元は植木棚だっただろう場所を足がかりにして、その家を占拠した猫がごろごろと辺りに思い思いの姿で寝転んでいる。
「ねこさん〜ねこさん〜」
黒瑶は早速嬉しそうに足元の猫を撫で回しており、ごろごろと喉を鳴らす猫が目を細め、ころんとお腹を出して寝転んだ。
「ねこさん〜〜〜〜〜〜」
「……目がハートになっているあれは置いておいて」
白玲が諦めたような顔で、ぐるりと猫を見渡す。
「…いないな」
「いないね。さっき見たのはこの近所なんだよね?」
「――多分」
自信無げに白玲が首を傾げつつ答えたその時、
「危ない!逃げて皆!」
外で待機していたレイカから、怒鳴り声が上がった。次いで、ワイヤーカッターが作動した機械音とほぼ同時にどおおん、と家が揺れる。
「なに!?」
剣を持ち、だっと外に向かって駆け出すレオナ。
その目の前に、ぬうっと影が立った。
「ビジター…キラー…」
嘘だろ、と呟く剣人が、『それ』の名を呼ぶ。
塔の中を探索するビジターを殺傷する事を目的とし、塔のあちこちで生息しているタクトニムの中でも凶悪さではトップを誇る生き物。
紫色の皮膚、背中から伸びるもう1つの腕を特徴とするそれは、この階層どころか塔の中での目撃談自体が少ない、決して出会いたいと思う敵では無かった。
「ここは私が引き付けるから早く!」
レイカのMSが素早い動きで室内に飛び込もうとするのと、白玲が黒瑶の身体を抱えて外へ飛び出すのと――ビジターキラーがその『腕』でMSをがっしり掴むのとがほぼ同時に行われた。
「レイカ!」
剣を構えて、今まさにビジターキラーに飛びかかろうとしていたレオナが、友達を捕まれて躊躇する。
「馬鹿、そこで止まるな!」
ぐいっ、と思い切り引張られたその位置に、普通ならビジターキラーの手に取り付けられたバルカン砲が火を吹く筈だった。
――ところが。
「え……?」
ぴょんとMSごと庭に降り立ったビジターキラーが、ずん、とMSを庭に降ろす。
するりと『腕』を外すと、そこには無傷のままのMSが残されていた。
「どう言うことだ?ビジターキラーの力なら、MSの装甲ごと裂かれてもおかしくないってのに」
「きっと、ビジターキラーさんもねこさんが好きなんですよ〜」
黒瑶の言葉にはああ〜、と息を吐く白玲。
だが、
にゃ〜♪
うにゃああん♪
なぁぁご…ごろごろごろごろ…
ビジターキラーが再び家の中に戻ると、猫たちが待ち侘びたように『彼』の元へと寄ってきて、一斉に甘えた声を出し始めたのだった。
「――し…信じられない」
猫が心配になってそおおっと戻って来たレオナたちが、ぽかんと口を開ける。
きゅいっ、と音を立てて首を皆に向けた『彼』は、レオナたちが何もしないと知ったか、再び首を戻すと、どこかからか手に入れてきた食べ物を、猫たちの前に置いた。
「ほら〜。やっぱり、ビジターキラーさんもねこさんが好きなんですよ〜」
「あっ、こら」
とてとてと黒瑶がビジターキラーに近づいて、「ですよね〜?」と首をかくんっ、と傾げる。
『……………』
例え人間の言語を理解したとしても、言葉を話す機能を持っていない『彼』が、話し掛けてきた黒瑶に戸惑ったような姿を見せた。
*****
「猫と同居してるビジターキラーなんて、初耳だわ」
「しかも可愛がっている様子だし…」
どう対処していいか分からずに、何となく『彼』の近くに座っている皆が、どうしよう?と相談を始める。
「どうしようも無いのではないかな。これが人の世界なら話は別だろうが、追い出す事もどこかに連れて行く事も出来ないしな」
おまけに、彼の持つ実力からすれば、連れて行くなどと言う事が出来る筈も無く。
「あ、そうだ。ねえ、ビジターキラー…って、語呂悪いよね。んーと。そうだ、仮にアダムって呼んでいいかな。あのね、こんな猫知らない?ボクの住んでいる所の飼い猫なんだけど、飼い主が、その猫がいなくなっちゃって悲しんでるんだよ」
『………』
「虎徹って言う名前なんだけどね。茶色い虎猫で、ちょっと生意気なんだけど」
『…………』
「駄目かな。通じてないような気が…」
ふっと立ち上がったレオナが『彼』のすぐ近くに行き、探している猫の説明をすると、言葉は聞いているようで、顔だけがレオナを向く。
――餌を与えられた猫たちは、思い思いの場所で横になっており、『彼』の3番目の腕が、よくもまあそんなに器用に出来るものだとばかりに猫たちの毛並みを整えたり、喉をくすぐったり、背を撫でたりと忙しい。
『…………』
にゃ〜ん
ふと『彼』が別の方向を向いてから少しすると、のっそりと威厳のある態度の虎猫が、奥から現れて来た。
「ああっ、虎徹だっっ」
そのまま、何か会話でも交わしたかのように、『腕』が虎徹をそおっと抱えてレオナの腕の中に置く。
「――あっさり片付いたな」
「くぅ…ちょっと悔しいが、まあ、素直に戻ってくれるのなら問題はない」
「レオナさん、そのねこさんも撫でさせて〜」
今は大人しく喉を鳴らす虎徹に満足して、ぺこぺことビジターキラーに頭を下げつつ、
「帰ろう、用事も済んだし」
猫を驚かせないようにと、ひとり庭で待機していたレイカが声を上げる。
「うん。…じゃあね、アダム。ボクたち帰るよ。猫と仲良くね」
『………』
言葉は通じないものの、意味は分かったのか、ビジターキラーの『アダム』が、訪れた5人に顔を向けて頷いた、ように見えた。
そしてぞろぞろと庭に出る4人。
「今の所敵影も無い。…けれど油断は出来ない、急ごう」
レイカの言葉に頷いた4人が、出口へと向かおうと足を進めた、その時。
――びゅぅっ。
風が吹いた、と思った途端、5人の目の前には『アダム』がこちらを向いて立っていた。それも、先ほどとは違い刃物を突きつけられたような気配がびりびりと5人の肌を刺す。
「くっ、やはり敵は敵か――」
白玲が目の前のアダムに向かって構えた、次の瞬間。
「敵だ!」
屋根の上に潜んでいた3つの影が、レイカの声と共にビジターキラーへ向かって真っ直ぐに飛び降りて来た。
「散開――!」
レオナの言葉に、ばっとその場から別々の場所へ飛びすさる5人。次いで、虎徹の扱いに困ったレオナが剣人の腕に「任せた」とぽんと置いて、剣を構えた。
「…これって…もしかして、追っ手?」
「それじゃあ、ビジターキラー…あ、『アダム』ね。彼、裏切り者扱いなの?」
「どうやらそうらしい」
剣人の言葉に、黒瑶がぱっと顔を上げて、
「じゃあ、アダムさんは良いひとで〜、おいかけてきた3人のひとは悪いひとなんですね〜?」
「人じゃない、人じゃ」
白玲の突っ込みにも動じない黒瑶が、すぅっと息を吐いて、レイカとレオナに視線を合わせ、
「やっつけてしまいましょう〜♪」
にっこりと、笑顔を見せた。
3体の敵は、レオナたちには見向きもせずアダムばかりを狙っている。その中でもケイブマンに似通った姿のタクトニムが指令を発しているようで、残り2体は熾烈な攻撃を連続で食らわせていた。
「タクトニム同士の戦いに加勢するのも変な気がするけど、加勢ーーっ」
レオナがそう言いながら、1体の背に力任せの剣を叩き付ける。
『!?』
まさか他から攻撃が来るとは思っていなかったらしい、手下の1体がその攻撃で怒りを露にして、くるりと振り返った。
「行くよ――」
「仕方ないな。…猫。少し、我慢してくれ」
他3人が定位置に付いて攻撃を開始したのを見ながら、剣人は虎徹を小脇に抱えて自らの武器である、青い輝きを見せる心霊銃を構えた。
*****
ビジターキラーに差し向けられた追っ手と言うだけはあって、苦戦を強いられる皆の向こうで、飛び道具を一切使わずに、背中の腕と左右の砲台が付いた腕で鬼神の如き動きを見せていたアダムが、あっさりと2体の動きを止めて、ずんっと5人に対峙していた1体の背から胸にかけて爪の付いた『腕』を潜り込ませる。
『!!!!』
百舌のハヤニエのように、その爪に縫い付けられた『それ』がびくびくと跳ねる、そこに、直前に白玲が打ち出した矢が深々と抉って行く。
「――手を出すまでも、無かったかもな」
銃を仕舞い、よしよしと毛を逆立てていた猫を撫でながら剣人が言う。
そんな彼らをちらと見たビジターキラーは、倒したばかりの3体をそれぞれの腕に抱えて、目にも止まらない速度でどこかへと消えて行った。
「…後始末までするなんて。ほんと、珍しいわ」
何度か殴られたものの、MSに致命的な傷が入るのは防げたレイカがふうっと息を吐く。
「それは、いいひとだからですよ〜」
「いいひとかどうかはともかく…猫好きなのは間違いないな」
黒瑶の言葉に白玲が同意して、結局先ほどの殺気も追っ手に対してだけのものと理解し、その口元にほんのりと笑みを浮かべる。
「――うーん」
「…どうかした?」
何だか唸り始めたレオナに、レイカが不思議そうに聞くと、
「うん、あのね、アダムの事。ここにずっと居られるように、どうにか出来ないかなって」
外に近い場所だけに、ここを訪れる者は多い。いくらビジターキラーとは言え、いつかは見つかって攻撃を受ける可能性を考えて悩んでいたらしいが、
「そうですね〜。それに、アダムさんが攻撃を受けたら、ねこさんたちにまで被害が行っちゃいますよ〜」
それは嫌です〜、と黒瑶が言う。
「だが、かの者がこの地にいる以上はどうしようもないぞ?おまけに、あの様子では他のタクトニムからも追われているようだしな…」
「まあ、あれだけ強いんだから、そうそうやられはしないと思うが…と言って、人間が返り討ちに遭うのはあまり想像したく無いな」
なでなで、と気に入ったのか虎徹をゆっくり撫で続けていた剣人が、眉を寄せる。
「けれど、それは私たちの出来る事ではないと思う」
レイカの言葉に、それもそうなんだよね、とレオナが苦笑しつつ頷き、
「ボクたちは言わないでおこうね。こんなの知られちゃったら、皆来ちゃうからさ」
それだけを確約として、猫屋敷を後にする事にした。
――去って行く5人を屋根の上から見る、歪な姿の、だが、穏やかな気配を漂わせる1体のビジターキラー…アダムが見送っているのに気付いた皆が手を振り、そしてアダムが家の中に消えていくのを見守りながら。
*****
「――さて、だ」
帰り道――塔を出てもまだ虎徹を腕に抱いたまま、剣人がぴたりと足を止める。
「どうしたの?早く猫を飼い主の手に戻そうよ」
「いや、その前に。――何でこの依頼を受けたんだ、レオナ」
「えっ!?な、なななんのこと!?」
すざあっ、と大きく一歩下がったレオナが慌てた声を上げると、
「どうして猫1匹をそうまでして探すのか、興味がある」
にやりと笑った剣人が、喉をごろごろ鳴らす虎徹を人質――もとい猫質に、レオナへと詰め寄った。
「そう言えばそうだな。きっと何か深いわけがあっての事と思い、聞くまいと思っていたが…どうなのだ?」
剣人に加勢するように、白玲が涼しげな目を向ける。
「レオナ、どうなの?」
レオナと剣人、2人の護衛にと付いて来ていたレイカだったが、言われてみれば確かに、とレオナへ目を向ける。
ただ1人、
「ねこさんがいなくなったからに決まってるじゃないですか〜」
のーんびりと、心底そう思っているらしい黒瑶だけが不思議でもなんでもないと言う顔をしていたが。
「あー…そ、そのね、そ、そうっ、飼い主が毎日毎日泣き暮らしているって言うからさ、どうしても断わりきれなくてっ」
指を1本立てながら、上ずった声で言うレオナ。
「レオナ。…何を隠しているのか、白状しろ。隠し立てするとためにならんぞ」
「か、隠してなんかいないよ、やだなぁ剣人ってば。ねえ?」
そのあからさまに隠している様子に、3対の目が不審の色を上げてずいと近寄ってくる。
「な、なに、だからさ――」
「レオナ?」
やや語尾を上げたのは、まだMSに身を包んだままのレイカ。
「わ、わわわわ、ごめんなさいって――あっ」
口を押さえてももう遅い。
「そーかそーか。家賃を払ってない弱みを握られてたか……ってレオナ!」
「だから言いたくなかったのにー」
「何で滞納なんて…払うだけの稼ぎはしてる筈なのに」
「いやその…その、ね…この間塔からサルベージされた大きな剣を見つけてね、思わず予約の頭金どーんと…」
「――――――レオナ?」
ひややかな声に、びくんっとすくみ上がるレオナ。恐る恐るそちらを見ると、めらめらと炎を目の中に燃やしたレイカが、MS姿のまま構えようとしている所だった。
「わ――――っっっ!!!」
*****
猫は無事飼い主の元へと戻って来た。
何だかめそめそと「新しい剣が…」と呟いているレオナの腕に抱えられて。
――おまけに、どこでどう都合して来たのか分からないが、滞納分の家賃までもが猫と一緒に差し出されたのだった…。
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【整理番号(NPCID)】 PC名
【0536】 兵藤・レオナ
【0351】 伊達・剣人
【0529】 呂・白玲
【0657】 レイカ・久遠
【0662】 鄭・黒瑶
NPC
虎徹
ビジターキラー『アダム』
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
長い間お待たせしました。パーティノベルをお届けします。
塔の中に出来た猫屋敷、そこに居るビジターキラーなどの設定が面白く、楽しんで書かせていただきました。
気に入っていただければ幸いです。
この度は発注いただきありがとうございした。
間垣久実
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