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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


プリズン
 〜シャロン・マリアーノ 編〜


 シャロンはジャングルをさまよっていた。
 タフさには自信があったものの、それも「燃料」が足りている間の話。ふいに大きく持ち上がった木の根に足を取られ、空腹に萎えた膝では踏ん張ることもできずに倒れこむ。
 がさがさに見える羊歯植物の茂みに突っ込みながら、しかし予想に反して、下草はまるで羽根布団のように柔らかく彼女の身体をを受け止めた。その絹のような感触にうっとりと頬を擦り付けながらも思わず
「これがふかしたての中華まんだったら、どんなにか幸せだろうな〜」
 と、情けない感想が漏れる。それくらい彼女を蝕む飢餓感は耐えがたくなっていたのだ。
 そんな時、どこからかくすくすと押し殺した笑い声が聞こえてきた。
 この、自分の情けない独り言を聞く者がいたのかとあわててあたりを見回すと、目の前に羽の生えた白くやわらかそうな球体が、湯気を纏いながらふわふわと浮いている。
「おねーさん、よっぽどお腹すいてるんだねぇ」
 球体はくすくすと身を震わながら若い男の声でそう言うと、シャロンをあざ笑うかのように彼女の目の前をぱたぱたと舞ってみせた。白い球体から馥郁たる芳香が漂ってくる。豚挽肉とみじん切りにしたシイタケ、筍を甘辛い醤油餡で纏めたその香り……飢えた彼女の鼻が捉えたものは、まぎれもなくふかしたての肉まんだった。
 はむっ!!
 理性も判断力も追いつかない、純粋な生存本能のみのなせる早業で、シャロンは空飛ぶ(しかも喋る)肉まんに食らいついた。

「!っ!あぁあっひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 次の瞬間、言葉にならない悲鳴と共に、シャロンはがば!と身を起こした。
 口いっぱいに広がる灼熱感。それでも彼女は一瞬、口の中のものを吐き出すか、それとも飲み込んでしまうかで躊躇した。
「あああ、そんなに一気に頬張って……ほら、これ飲んで。やけどしちゃうよ?」
 口元に差し出された冷たいグラスに、無我夢中で口をつける。よく冷えた烏龍茶のおかげで、シャロンはなんとか口の中のものを喉の奥に送り込むことに成功した。
「大丈夫?おねーさん」
「う〜。上あごの皮がベロベロめくれてくる〜」
 笑いを含んだ問いに涙目で答えてから、ようやく我に返る。自分は誰と会話してるんだ?
 目をあげたそのすぐ先では、艶やかな黒髪を長いおさげに編んだ青年が、目尻に、こらえた笑いが生み出した涙の粒を湛えながら彼女の顔を覗き込んでいた。今さっきシャロンが飲み干した烏龍茶のグラスを差し出したその手が小刻みに震えているのも、身体の中で出口を求めて暴れまわっている爆笑をなんとか抑えようという努力のあらわれであるらしい。
 シャロンはちょっとの間、軽い火傷により剥がれて来ている上あごの薄皮を舌で探りながら、片手にグラス、片手に肉まんを持った青年に問う。
「……あんた、誰?」
 彼は、ついにたまらなくなったらしく「ぶわはははは!」と、身を二つに折って大爆笑をはじめた。自分の発した問いのどこが彼のツボをついたのか……。阿呆みたいに笑い転げる青年のことはひとまず置いておくことにして、改めてあたりを見回す。
 そこはついさっきまでシャロンがさまよっていたジャングルなどではなかった。

 シャロンが今その身を預けているのは、どこかの医務室にありそうなパイプフレームの簡素なシングルベッドだった。どうやら、さっきまで自分はここで眠っていたらしい。ベッドの足元のほうに、彼女の持ち物である大きな帆布製のリュックがひっかけてある。
 次に、部屋全体に視線をめぐらす。周囲の壁は古めかしいレンガに覆われ、その前にはなにやらごたごたと機械類が置かれていた。窓のひとつもないところを見ると、地下室なのかもしれない。
 自らの着衣に特に乱れもなく、自宅を出てきたときのままなことにわずかながら安堵したせいか、シャロンはふいに、この目の前の青年の素性を思い出した。

 話は半日ほどさかのぼる。
 シャロンはその日大量の野菜をバイクに積んで、それらを売りさばくべく夜も明けぬ前から家を出て市場へ出かけた。
 彼女の作る野菜はその品質の良さもさることながら、栽培の難しい、珍しいものが多いのがいつも好評で、その日もたいした時間をかけずに、持ってきたすべてを売りつくすことができた。
 現金を手にした彼女は、自分ではまかなう事のできない肉類を買おうと市場をひやかして歩いた。
「ん〜、なんにしようかな〜。鶏もいいけどたまにはど〜んと分厚いステーキもいいわよね〜。あ、でも非常用のスパムやランチョンミート(缶入りの調理肉)も買っとかないと、このまえ夜食に食べちゃったし……」
 そうやって、うきうきとシャロンが今夜のメニューについて思いを馳せながら歩いていると、不意に彼女の行く手をさえぎるように人影が立ちはだかった。
「お嬢さん、よかったら僕とお茶しませんか?」
「はぁ〜?」
 応える語尾が不信感に跳ね上がったのも無理はない。

 朝っぱらから。
 市場で。
 サングラスにスーツ姿で。
 ナンパなんて不自然なシチュエーション、お目にかかったこともない。
「おことわりっ!」
 心当たりはさておき、不審を感じたシャロンはさっと踵を返すともと来た道を早足で引き返そうと歩き出した。が、いくらも行かないうちに相手は追いかけてくると
「ねえ、ちょっと。僕の話も聞いてくださいよ『Dr,マリアーノ』」
 と、呼びかけてきた。確実にシャロンが何者であるかを知っていて声をかけてきたわけである。
「あんた、一体何者?あたしに何の用?」
「だから、その辺も含めて……ね」
『ちょっとでいいんです』と、男はかけていた黒いサングラスをちょいとずらしてウインクしてみせた。
 意外にかわいい顔だった。その顔につられたわけでは断じてない……とシャロンは自分で自分に言い聞かせつつ
「そうねぇ。お茶はともかく食事なら」
 と、答えていた。
 そうして、シャロンはちゃっかりタダ飯とタダ酒をこの男にたかることにしたのだった。

 男はいわゆる駆け出しの植物ブローカーだった。
 全世界的な食糧難であるこの時代、収穫量の多い品種、絶滅が囁かれている品種はその筋では高値で取引されている。が、法も秩序も混乱しているご時勢でもあり、そうした価値のある商品が流通してゆくには目利き腕利きの専門知識を持った連中の仕切りが必要だった。彼もそんな業界で一攫千金を夢見る一人だったわけである。
 用件というのは、シャロンが最近新しく改良を施した「超短期間で大量の収穫」をもたらすと言う新種の野菜の種なり苗なりをゆずってほしいという話だった。
 が、シャロンはなぜかこれに首を縦にはふらず、もくもくと食べ、かつ飲んだ。たぶん、その時に皿かグラスに一服盛られていたのだろう。なぜなら、記憶はそこでぷっつり途切れるからだ。

「あんた、あたしを拉致ってどうするつもり?」
 ようやっと笑いの発作の引いたらしい青年に向かって、シャロンは問いただした。
「やだなあ、僕の要求は今朝もお話したでしょ?くださいよ、新種のタネ。もちろんタダとは言わないんだから」
「だめだってば!アレは失敗作なのよ」
 言いながらリュックを引き寄せ、ごそごそと中をあらためる。今朝のあがりを入れた財布や、こまごましたものは大半残されていたが、ポケットに隠していた種の類は根こそぎ奪われていた。シャロンは大きくため息をつく。
「どうして?アレは従来の種よりも病気にも旱魃にも強くて、おまけに5倍の収穫量だって話じゃないですか。
僕、ちゃんと調べたんですからね」
「調べた?ホントに?」
 アレの問題点を本当にこの青年は知らないらしい。そう悟ったシャロンは苦い笑いを口元に浮かべると
「あんた、アレ実際に食べてみたことないでしょ?」
 と指摘した。
 青年は一瞬、きょとんとした顔で答える。
「え……ああ、たしかに、僕は実際にはまだ口にしてませんけど。アレを食べた人の話でも味はかなりいい方だと言ってましたよ?毒性も習慣性もないんでしょ?」
「あててみましょうか、それ、あなたに教えてくれたのって若い女の子じゃなかった?」
「ええ、でもどうして?」
 シャロンはそれには答えず、しばらく考え込んでいたのち
「……わかった。あの種はあんたに売ってあげる」
 と、告げた。

「ホントですか!」
 あれだけ渋っていたものが、急に折れたものだから、青年は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「ただ〜し!」
 釘を刺すようにシャロン。
「報酬をしっかりいただくのはもちろんだけど、アレの開発者があたしだってことはずぇええぇったいに公表しないでねっ!あと、クレームは一切受け付けないから」
 びし!と青年の鼻先に指を突きつける。
「わかりましたっ!今すぐ契約書と小切手持ってきますよ」
 シャロンの気が変わらないうちにと、青年はすぐに席を立ち、必要な書類一式と彼女から取り上げた種の入った袋を持ってきた。
 シャロンは不機嫌きわまりない顔で書類にサインをすると、引き換えに結構な額の小切手を受け取った。
「じゃあ、さっさと帰してくれる?」
 愛用のリュックを肩に立ち上がる。
 と、青年が袋から種をテーブルに取り出して尋ねた。
「これ、いろんな種が混じっちゃってますけど……いったいどれがアレの種なんですか」
 シャロンはちらりとテーブルの上に視線を走らせ
「忘れちゃったわ。その中にあるのは確実だから、全部撒いて試してみなさいよ」
 そっけなくそう言うと、青年を急き立てて玄関まで案内をさせた。




 こうしてなんとか町へ戻った戻ったシャロンは、貰った小切手を改めて自分の口座へ振り込み直すと、市場の端に止めていた自分のバイクに乗って家とは全く逆の方向へと走り出した。
 青年がアレの正体を知って、今度はどんな手に出るかわからなかったし、思わぬ臨時収入のおかげで当分生活に困ることはなさそうだ。と、いうことでしばらく気ままな旅に出ることにしたのだった。
 しかし……若さゆえの至らなさなのだろうが、生き馬の目を抜く植物ブローカーの癖にあの青年は甘すぎた。
 狙った商品の価値は最後まで自分の身を持って試すべきだったのだ。そうすればアレにこんな大金を積むようなマネはしなかっただろうに。

 アレ……学名Ipomoea batatas L、ヒルガオ科サツマイモ属の改良種はたしかに痩せた土地でも驚くほどの収穫量があり、病気にも強く、味も悪くない。
 しかし、シャロンの作ったそれは大量のオリゴ糖と食物繊維をも含んでいた。むろん、これらは毒ではない。適量の摂取であれば。では適量を過ぎるとどうなるか。
 ……いわゆる『ガス』が出るのである。それも、かなり景気よく、大量に。おまけにそのガスは強烈な引火性をも有していた。

 シャロンとて、まだまだ若い女性なのだ。食べるとそんな恥ずかしいことになる芋を自分の名を冠して世間に広める気になどとてもなれなかった。
「だからイヤだって言ったのに……」
 悔しそうにつぶやきながら自棄のようにスロットルを煽ったのだった。

 一方、かの新米植物ブローカーの青年はと言えば。
 結果から言うと芋の栽培までには至らなかった。
 何故なら、種を特定する為にそれらしい種を全部撒いてみた結果、その中にいくつか恐るべき速さで成長する植物の種が混じっていて、彼の自慢の研究施設を一夜のうちにジャングルへと変えてしまったからだった。
 文字通り「悪しき種は実らず」を地でいってしまったわけである。

(終わり)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0645/シャロン・マリアーノ/女性/27歳/エキスパート】

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■         ライター通信          ■
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シャロン・マリアーノさま、はじめまして。このたびはPCゲームノベル「プリズン」にご参加いただき、ありがとうございました。
なんとなく、話の流れで食い意地のはったおねえさんにしてしまって、どうもすみませんです;;;
また、実際のサツマイモは種から育てることはなく、蔓の一部を挿して育てるのですが、話の都合上、種とさせていただきました。

※誤字脱字、用法の間違いなど、注意して点検しているつもりではありますが、お気づきの点がございましたらどうかご遠慮なくリテイクをおかけくださいませ。