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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【整備工場】武器マーケット
MSの輪舞

千秋志庵

 整備工場名物の武器マーケットだ。
 自分にあった新しい武器を探すのも良い。
 頼めば試し撃ちくらいはさせてくれる。弾代は請求されるけどな。色々試してみたらどうだ?
 新しい武器がいらないとしても、今使ってる武器の弾や修理部品を探す必要もあるだろう。
 まあ、楽しみながら色々と見て回ってくると良い。売り子の口上を楽しむのも面白いぜ。
 それに、ここで目を鍛えておかないと、いつか不良品を掴まされて泣く事になりかねないからな。
 何事も経験と割り切りながらも慎重にな。
 あと、掘り出し物だと思ったら、買っておくのも手だ。商品は在庫限りが基本で、再入荷なんて期待は出来ないぞ。

 てっきり出場者は皆屈強な男だと思っていたが、近年はどうやらそうでもないらしい。西園寺音姫は観客席の最前列で呑気にフィッシュ・アンド・チップスを摘みながら、そう思う。もっともMS同士の戦いであるからして乗り手の顔は見えないのだから、正しい判断と言える訳でもないが。
「……えっと、パンフレットによると、次はクリスティーナさん、とキリルさん、か」
 ギルド主催<武術大会>MS部門・準決勝戦。
 不定期に開催されるそれは、武器マーケットで購入をした人間にとって格好の試技場と化している。新品が例え壊れてしまってもすぐ傍に修理屋が待機しているので、思う存分暴れ回ることが可能だという利点もあり、加えて演者は参加費だけを、観客は掛け金だけを払うことによって簡単に参加することが出来るので、なかなかの繁盛を迎えている。
 音姫は空になった袋を器用に塵箱へ投げ入れると、急に歓声の沸き起こった闘技場へと視線を降ろす。
 準決勝戦第二試合にもなると、観客の盛り上がりは一入だ。初戦での児戯のような試合に比べ、下手をしたら生死の交換まで行われる程の試合。見ない方が損だ。
「模擬刀が銀狼さんで、ペイント弾が猫さんね」
 言って、音姫狼と猫が二足歩行で戦う姿を想像してみる。が、どうも狼に大きな分があるので、次は猫のサイズを狼並みに巨大にしてみる。今度は猫が虎になってしまい、戦闘事態が全く異なるものに変化してしまう。
 ……狼さんと虎さんだったら、どっちが強いのかな?
 狼も猫も各々のMSの別称なのだが、音姫は既にそんなことなど忘れて狼と虎の血みどろの戦いを脳内で繰り広げさせていた。
「……ここで漸くキリルさんと当たったか。運悪いな、僕」
 クリスティーナ・クロスフォードは苦笑交じりながらも愉しそうに愛機に乗り込む。愛機の手には模擬刀が握られており、戦闘する意思は一段増してひしと感じられる。
 対するキリル・アブラハムも愛機に搭乗してペイント弾を手に構え、闘技場の真反対に立っている。一言も発せられないことからして、相当な真剣さが窺える。互いに手が抜けない、本気の一気打ちだということに内心喜びながら、審判へ準備の済んだ合図を送る。
 空中に閃光弾が上がり、試合の開始を告げた。
 模擬刀を手に、クリスティーナは疾走を開始する。狙い撃ちされる隙は与えまい。低空で駆けるクリスティーナに向けて、キリルはただ銃口を向ける。
「キリルさん、ってこんな戦い方だっけ?」
 音姫は猫の構えに、僅かに眉を顰めた。初戦から全ての試合は見ていたが、キリルの戦いは先程とは打って変わって静かなものだ。先手必勝はどこへ行ったのやら、諦めが早いのかとも付かない構えに、音姫も倣って手で銃を構える振りをした。
 数コンマもしない内に、キリルは銃を撃った。ペイント弾はMSに当たるも、機能を逸する部位には命中していない。他の武術大会と異なり、ここは独特の規則が設けられている。準決勝戦と決勝戦だけの特別ルールとして、試合が終了する唯一の条件がどちらか一方が「敗北」を認めること。それだけである。それは一方のMSが壊れるまでを意味しがちだが、この場においてはその理論は成り立たない。健全なスポーツマンシップ、とでも言うのだろうか。MSが動かなくなるまで戦うとしても、それなりの方法を用いて理論的に戦うのが暗黙のルールとなっていた。
 キリルはもう一発、銃を撃った。微動だにしないながらも、銃は弾を吐き続けていく。視界を覆われないように、武器を打ち落とされないように気を付けながら、クリスティーナは近付いていった。
 ……それにしても、どうして撃ち損ねているんだ?
 クリスティーナは一瞬だけ、迷いをみせる。このまま攻撃をして良いものだろうか。何か策にはまっているのではないだろうか。そのようなことが、ふいに脳裏を過ぎる。
 キリルの銃の引き金の音だけが、闘技場に響く。弾切れのまま再装填することなくペイント銃を装備から外すと、キリルは一歩だけ後退した。
 クリスティーナは、既に眼前まで迫っていた。
「……!?」
 攻撃しかかった彼女の動きが止まる。操作不能。一切の関節が動かないことに、漸く思い当たりが浮かぶ。
「……こういうのって違反じゃない?」
 クリスティーナの言葉に、キリルは苦笑した。
「でも、ペイント弾には変わりない」
 審判の判定は、クリスティーナの戦闘不能を表していた。残念そうに、それでも満足げにMSから飛び降りると、クリスティーナはキリルへと思い切り手を振った。
 決勝戦はすぐに開始される。キリルはほぼノーダメージのままで、だが待合所で待機している対戦相手――決勝相手、レイカ・久遠には彼の最大の手の内がばれてしまったのは酷く痛いことだ。決勝がすぐに控えていることもあり、またそれまでの先手必勝ではクリスティーナの得手分野での勝負のため、長期戦が見込ませることは必死だった。
 ……そのために、って言っても、流石に奥の手は使いたくなかったな。
 細工を施したペイント弾。体内から出た血液が、傷口から出た瞬間に固まるのと同じ仕組みを持つペイント弾は、クリスティーナのMSの駆動部位に命中すると同時に固まりだす。問題は完全に固まるまでどう時間を稼ぐかであり、その課題も何とかクリア出来たようだ。
 ……そうは言うものの、問題は決勝戦をどう切り抜けるか、だ。特性ペイント弾の残弾は……なし。武器装備が禁止されている試合なので、爪で応戦するしか方法がない。
 どうしたものかと溜息を一つついて、キリルは進み出るレイカへと視線を移した。

 決勝戦が、開始した。

「……行くよ」
 レイカの呟きと共に、二者は接近する。
 準決勝戦の時と異なり、キリルはレイカへと始まりの合図と共に駆け出していく。
 それまでの試合と違って、模擬刀が触れた瞬間、或いは発射されたペイント弾が付着した瞬間には、試合は終わらない。それ故に、間合いを取って慎重すぎるほどに戦うという必要はなく、試合形式は通常の戦闘により近くなってくる。それまでの試合ではあまりに受身な戦闘で観客のブーイングを喰らう者もいたが、まあ仕方のない結果だと言える。のびのびとMSは闘技場の中心を横切り、二者は切迫していった。
 先に攻撃を仕掛けたのは、レイカの方だった。長い腕と模擬刀のリーチの長さに目測を誤り、キリルは急停止と同時に間合いを取るも、一歩大きく足を踏み出すレイカに間合いは充分といえる程も与えられない。彷徨う視線は観客席の音姫とぶつかる。穏やかに振られる手に苛立ちと、邪まな意味でない潤いを受け取ると、キリルは今度は大きく跳躍して、闘技場と観客席を隔てている塀の上へ器用に舞い降りた。塀はみしりとも音を立てず、キリルの四肢を受け止めている。観客らはキリルを中心に小さな半円を形作り、遠巻きに再び観賞し続けていた。
 レイカの持つ模擬刀が、正眼の構えへと移行する。武器がこれだけというのが心元ないが、ルールだから致し方ない。逃げ続けるキリルを追ってはいるものの、これでは悪戯に体力を削られるだけに終わる。
 塀の上のキリルの武器は、クリスティーナ戦で既に見ているため問題ではない。残弾数は知れないが、脅威に値する程ではない。と、そこまで考えてレイカは苦笑した。
 ……色々考えるの、面倒だな。
 互いの手の内は知り尽くしている。足りない経験値は戦力差でカバー出来ているものの、それも紙一重だ。
 勝負を分けるのは一度切り。
 レイカが先に模擬刀で「完全なる敗北」を味わわせるか。
 キリルが先にペイント弾で「完全なる勝利」を味わうか。
 ひゅっと風が一陣舞い、

 金属に爪を立てるような、厭な音がその場にいる全員の脳裏に響いた。

「どう、試合は?」
 事後処理のために、漸く観客席に現れたクリスティーナに、音姫は簡潔に試合の流れを説明した。結果はどうなったかとの問いに闘技場を指差すが、
「勝者と敗者が分からないよ、その説明だと」
「そう? でも、もう試合は終わりってことは確かよ?」
 音姫の手にはポップコーン。クリスティーナは、ひょいと勝手に摘んで口に入れ、「だろうね」と愉しそうに微笑んだ。

 闘技場の中心で倒れる二者を目に、二人は顔を見合わせて小さく笑った。
 まるでそれは子供らの手合わせの結果。
 疲れ切って同時に倒れた親友のようにも見え、何だか今迄の切迫していた空気が冗談みたいにくだらなく思えてきた。

「賞金で買うか、考えとかなきゃね」
 塀を乗り越え、二人は闘技場の中へと入る。
 全速力で走って、MSから出てきた二人の元へと駆け寄っていった。





【END】


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0656】クリスティーナ・クロスフォード
【0634】キリル・アブラハム
【0657】レイカ・久遠
【0676】西園寺音姫

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

試合形式はMSなのにペイント弾・模擬刀を使用しているという、一風変わったものになっています。
準決勝戦・決勝戦以外の試合は、相手の武器が自身に当たった瞬間に「負け」と判断されますが、最後の三試合だけは「一方が敗北宣言をした時点で終了」という独特のルールを持っています。
碁において全てを自分の石でうめる行為や、将棋において王を取る行為は殆どなく、自身が「敗北」を判断する競技という点ではよく似ているかもしれません。
人伝に聞いた話なので、詳細に語れないのが申し訳ありませんが。
モチーフとなれるような話の裏付けが出来るように、一層勉強して精進させていただきます。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝