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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【アマゾン川】楽しい水辺遊


ライター:有馬秋人






赤道直下のブラジルは暑い。セフィロトの中は空調が効いているけどな。まあ、たまには水遊びってのも悪くはないわな。
外国人には茶色の水で泳ぐのは抵抗があるかも知れないが、こっちの人間は気にせず泳いでいる。泳がないにしても、釣りだとか何だとか、色々遊べるだろう。
ああ、ピラニアとかも普通にいるが、あいつ等は血を流してでもいないかぎり、襲いかかっては来ない。むしろ、人間様の方が奴らを食いまくってるくらいだ。生肉を餌にしたら、面白い様に釣れるぞ。針から外す時、指を噛まれない様に注意は必要だけどな。
そうそう、体内に潜り込んで中から食い荒らす、カンディルって魚がいるから、絶対に裸で泳ごうなんて考えない事だ。いいな?





   ***





まぁ、全ては予想できたことではあったと、ヒカルは目の前の機材からちらとも目を離さず記録されていく数値にエラーがないかをチェックしている。
多少のゆれは船上ということを考え気にしていないが、刻々と変わっていく画面を凝視するのには向かない環境だろう。
ちゃぷちゃぷと船体に当たる波を聴覚のみで意識しながら、モニターを睨みつけた。
「新しい体はやっぱりいいねっ、気持ちいいー」
「こら、あまり暴れるでない」
幼馴染みが必死になって手に入れてきた義体との換体手術が終わってからまだそう幾日も経っていない。意識が回復してすぐに体が動くことに歓喜したレオナが相棒というよりもお守に徹していたヒカルに駄々を捏ねたのは、不本意ながらも彼女の予想範囲内だった。この相棒が動く体を得た後に大人しくしているはずもなく。
退院早々暴れたいと全力で訴えられてとうとう根負けした。いや、大人しく一定期間入院していただけ頑張ったと自分を褒めてやりたい。そんなヒカルの内心なぞ知らぬ気に、レオナは川遊びを提案し、条件付きで今に至る。
条件はヒカルの目の前にある義体モニターだった。脳内の信号と義体の動きの間に生じるタイムラグが規定数値内かどうか、動きの微調整できているかを丹念に確認していく。
「まったく……」
ため息をついていると隣で優雅に缶ビールを空けていた守久が笑う。
「リハビリも兼ねているんだろ。いいじゃないか」
「目が足りん。あれの監視は四つでは無理であろう?」
あれと指されたレオナは新しいボディに付加された機能を存分に試している。どうやらコーティングされた液体金属がおきに召したのか、少し目を離した隙に色々と形状を変えていた。川に入る前はビキニタイプだったはずだが、今はスタンダードなワンピース型だ。競泳にでも出そうないでたちで溯るように泳いでいる。もっとも泳ぐといっても重量のあるオールサイバーの身だ、何気に身長より深い場所に近づいていないあたり正しい判断だった。
守久は黄褐色の水を跳ね上げて嬌声をあげているレオナを遠目で確認してしらっと流す。傾けた缶から苦みのある液体が零れ、喉を駆け抜けていった。
「他のやつは時間が取れなかったんだ。仕方ないだろ」
「まぁ、ここだからこの人数でも許可したわけだが……」
もしも行動範囲の限定できない密林でピクニック、などと言われたら即効で却下していたと零しつつ、モニターの画面を落とした。
「もういいのか?」
「新しい機能も使いこなしているようだ。問題はない」
ごそごそと釣竿を取り出しながら応えたヒカルに守久は肩をすくめて頷いた。釣りをするならばレオナが暴れまわっている水面の反対側がいいに決まっている。相棒の監視はその幼馴染に任せることにして、ヒカルは疑似餌をつけた糸をひゅっと放った。
黙々と釣りを開始したヒカルに少しだけ笑い、守久は監視対象に目を戻す。気付けばパレオのついた水着に変わっていた。水中でも外さなかった首元の鈴がリンと涼しげに鳴るのを耳にして、変わらないなぁと感傷に浸ったのもつかの間。缶ビールを放り出して立ち上がる。
「レオナっ」
「なぁんで避けるんだよっ」
「避けるだろっ普通は!」
「ちちっ、このボクを甘く見ちゃいけないよっ」
船べりに手をかけた体勢で器用に指を振ったレオナは確信犯の笑みを浮かべた。
「水に入る気もないのに水着着てるってことはボクに水をかけられるのを警戒してたに決まってる!」
どうだっと言わんばかりの表情で船から離れ、第二段の水鉄砲を放つ。両手の平で水を捉え、圧縮する形で放つそれは遊びの域を出ていないとはいえ、力のあるレオナが放つことによって結構な勢いを得ていた。
とっさに身をかがめて避けた守久は、羽織っていた上着の裾が濡れているのに気付き顔を顰める。足しかにもしもの場合としてこの格好で居たが、この格好が理由で水をかけられるとは思わなかった。
「まぁ着てなくても水かけたけどさ」
「くぉらっこのお転婆娘!!」
「なんだよっ、えい」
掛け声とともに今度は水面を叩く。跳ね上がった水は水鉄砲の比ではなかった。避けきれずに何箇所が濡れた守久が、反撃しようと水面に身をかがめた刹那、レオナの目が光った。先の水面叩きは手で行ったもの。それを今度は思い切りよく振り上げた足で実行した。
生身の者がやっても水柱が立つそれを、レオナがやればどうなるか。
実体験として語れるなぁとぼやけたことを思いながら、間延びした時間の中、守久は目を閉じた。
反対側で釣りを楽しんでいたヒカルもザッパァァァンと聞こえた水音にさすがに身構え立ち上がる。先からちらほらと水滴が飛んできていたのだが、この音は尋常ではない。竿を引き上げ影に移動しようとするより先に水流が落ちていた。
「………」
「おい、大丈夫だったか?」
反対側にまで水が飛んだのに気付いて声をかけた守久は、頭から水を被って沈黙しているヒカルに気付きそろりと一歩後退した。
「えー、どうしたの?」
いまだ水中に居るため見えていないレオナの声が響く。それに守久はさらに後退し、微妙な曲線を描いていく。レオナとヒカルの直線上から退いたのだ。ジャコンと耳に届いた音の発生源を確認すると、ヒカルの手に握られている銃のスライドだった。慌てる守久の視線に気付いたヒカルはじっと自分の手を見つめ軽くを息を吐くと銃から放す。
「……私とした事が」
「頼む、あれでも病み上がりだ。弾丸だけは止めてやってくれ」
「何を言うてる。大切な相棒にそんなことをするはずがなかろう」
「そう、だよな。悪い、俺の早とちりだ」
何の話しているんだよっとばしゃばしゃ暴れているレオナに「黙れ」とテレパシーを送るが元々持っていない能力だ。届くはずもない。
守久はヒカルの口元に剣呑な微笑が浮かんだのを確認して、全てを見なかったことにすると決めた。





   ***





「…疲れたよぅ」
「そうか」
「何でいきなり強化特訓になるんだっ」
「何を言う、ただのリハビリとただの慣熟訓練とただの…」
最後の言葉を綺麗に飲み込んで甲板に上がってくるレオナにタオルを投げた。ヒカルの科白に聞かないふりをしていたも頷いた。内容に若干憂さ晴らしというか報復が混じっていたとしても、それはレオナ自身が招いたことだ。水分を吸ってすぐに重くなったタオルを取り上げ、新しいのを被せながら頭をわしわしかき混ぜてやると粗方の水気がとれたのか、もういいと止められる。タオルから顔を出したレオナはぶるんと頭を振って息をした。
「うー、早く帰ろう」
「そうだな。夕飯もどっか食っていくか」
「しばし待て、機材を………」
引き上げる仕度していたヒカルの声が途切れる。それを不審に思ったのは守久で視線を追うように画面を見るが何かの反応が見えるだけだ。けれど、ヒカルの横顔は強張っている。
「……こ、の反応は、まさか――――っ、レオナ!!」



レオナはタオルを引き剥がして水面を見ていた。黄褐色の水がたぷたぷと揺れる様は意外と飽きない。
疲労の残る体をぐるぐる回しながら目線を引き上げて首を傾げる。



視線を投げた先に鏡を見た。

そう、思った。

だから最初は目を丸くした。

まじまじと見つめて鏡じゃないと気付いてしまった。

似ているようで違う。

表情。

そして、気配。



鏡じゃないならそれは―――― 仇だ。





体が変わっても自分が自分だと確信できるのは狂気があるからだ。
狂気と呼ぶのもおこがましい、ひしゃげた、混沌とした感情が心の中に残っているからだ。
これがある限り、どれほどボディを変えても自分は自分だと断言できる。
翳らない記憶の中で今も鮮やかに燃え上がる炎の色。その形、吹き上がる熱気の柱。裂けた喉で嗄れるほど叫んでも声はでない。制止は届かなかった。いいや、きっと届いていた。相手は気付いていたはずだ。レオナが全身で叫んでいたことに。
あの時は叫んでも喉から血が溢れるだけだった。あの焼け付く痛みを受けた体はすでにない。あの光景を直に見た目すらない。床を掻き、割れた爪もない。重い肉というものをアレほど意識した非力な体は朽ちている。
けれど、その記憶だけは忌まわしいほど鮮明。
憎悪と焦燥と怨嗟と激怒と悲哀と歓喜が交じり合って全身を駆け抜ける。
がくがくと体が震えるのは感情が規定数値を振り切って、制御のリミットをも超えようとしているからだ。記憶が駆り立てる。あの時出なかった声が絶叫になってこみ上げる。意識した次の瞬間には叫んでいた。
「―――― ノォスフェラトゥゥゥゥ!!!!」
殺された過去を思う。
自己を殺された。
家族を殺された。
絆を断たれた。
二度と会えない彼岸に分かたれた血の繋がりを思い出す。
煮えた湯のように両目に熱をはらみ甲板を蹴り付けたレオナを止めたのは守久だった。後ろから組み付き全力で押さえ込む。オールサイバーを生身の人間が押さえ込むのは至難の業だが、葬兵術として培ってきた技能をつぎ込むように、何とかギリギリで飛び出すのを留めた。踏ん張っている足の軋む音が体内で響くが気にせず拘束する。
「よくやったっ」
ヒカルがその反射を褒め、脇に置いていた銃を構え放つ。レオナの頬の傍を弾が貫き、消えていく。視界の中で自分と同じ顔のサイバーボディが身を翻して消えていく。ヒカルの放った弾丸はかすりもしない。
摩擦に焼けた空気だけが残る。
「ぁぁぁああああああああああああっ」
誰に止められているのかも分からないのか、それともとめられていることも意識していないのかレオナは暴れるというよりもひたすらに前進しようと、微かに見えた自分と同じカタチの者に接近しようとけり続ける。
燃えているのだ。今も尚、記憶の中の家が。
打ち捨てられた父親と弟を庇い死に行く母親、そして庇われても生き残れなかった弟の体。その死の影と、対比のように燃え上がるあざやかな朱色が視界を焼き尽くす。
この火が静まらない限り狂気は去らない。
ギリと食いしばる歯が唇を噛み破り、オイルが溢れる。すぐに修復機能が働くが、それを上回る勢いでまた噛み破る。
それに気付いた守久が舌打ちして拘束を僅かに緩める。レオナは解放された反動でつんのめりかけるが、すぐに走り出そうと頭を擡げた。
僅かなそのタイムラグをついて首筋に触れる。
「悪いな」
いつものレオナならこの程度の接触はかわしただろうが今は頭に血が上っている状態だ。まともな判断なぞない。結果、首筋を圧迫され体内を循環していたオイルの流れが一時的に断たれた。
酸素の供給も滞り、意識を飛ばしたレオナを甲板に横たえると守久はようようと息をついた。ヒカルの方も警戒を解いてはいないが銃口を下ろしている。
「ふむ…様子見、といったところか」
「攻撃らしい攻撃は何もなかった、よな」
「レオナに姿を見せただけ……だが」
視線は瞼を閉じたレオナの元に。
「心構えがないときにふいを打たれればこうなる」
普段なら、それを構えているときならばもっと理性的に動けただろう。そうでなくては、復讐心に振り回されるだけの相棒なぞいらない。自分がこの相手の隣をよしとしたのは自分の感情から目を逸らさない強さがあったから。
「…少しばかり、忙しくなりそうな予感があるぞ」
物憂げな声に守久は深く頷いた。



川面の揺らぎは変わらないのに、降り注ぐ光も流れる風も何も変わらないのに、二人の心だけが鎮痛な思いを抱えていた。




友を思うがゆえに、幼馴染みを思うが故に。





2005/06...


■参加人物一覧


0536 / 兵藤レオナ / 女性 /オールサイバー
0535 / 守久龍樹 / 男性 / エキスパート
0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー



■ライター雑記


発注ありがとうございました。有馬秋人です。
前回に引き続きの展開小説でなんだか心臓が過剰反しています。
今回は「レオナ嬢の過去に関わるモノも出すんだ」と、彼女には少しばかり申し訳ないのですけれど、わくわくしてしまいました。
仇敵に会ったとき、彼女はどんな反応するんだろうと何度も試行錯誤して、ようようとこの形に落ち着いたのですけれど。
理性より感情に重きを置く彼女ならば、という感覚で表現しました。
この話が楽しめる出来であることを切に願っております。

ご依頼、ありがとうございましたv