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都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
〜今更ながらやりに来ました
ALF
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
●気怠い午後の診察室
ビジターズギルド。このセフィロトにやってきたセフィロト探索希望者ならば、誰もが最初に訪れる場所である。
そう‥‥誰もが、最初に訪れるはずである。
しかしまあここに、例外とも言える男が一人いた。
「いやいや、待ってくださいよ。別に、忘れてた訳じゃないんですよ? ただ、ほら何というか‥‥そう、わかりませんか?」
「‥‥‥‥」
いつもの気怠い午後の診察室の空気を寒々しい物に変えているるエウラリア・ハーガンの視線に、診察室の椅子に背を預けながらギデオン・ノーマは努めて冷静を装って言葉を並べ立てていた。
「そう、この診療所を手に入れるのもそうですし、第一、まずは日々の生活基盤を整えてからですねぇ」
「‥‥ギルドは住居の斡旋もしてるそうじゃないですか。もっと良い建物に、もっと安く住めたんじゃないですか? それに、サイバー医者だって言ったら、患者も回してくれるんじゃないんですかねぇ」
窓縁に座るエウラリアは、冷たく言い放って診療所の窓の向こうを見る。
日々薄暗いマルクトの街。その中にあって、ここは更に暗い。立地条件はお世辞にも良いとは言えない場所だった。その割に、割引の利いてない家賃がまたすこぶる高い。
「ギルド御用達の看板が有れば、気怠い午後の診察室だなんてものを満喫しなくても良いんじゃないでしょうか。だってそれ、単に患者が来ないって事で、つまりは儲かってないって事ですもんね?」
「ひ‥‥日々、あくせく働くのが良いとは限らないじゃないですか。ほら、やっぱり余裕のある生活というのがですね。人間には大切なんじゃないかなぁと思うのですよ」
さも、自分は良いことを言っているとでも自己主張するかのように、うんうんと頷くギデオン。が、エウラリアは冷たく言った。
「そー言うのって、生活以外の部分に余裕のある人が言うべき台詞ですよね。例えば、お金とかに余裕が‥‥」
「‥‥‥‥」
黙り込むギデオン。
まあ‥‥餓死者が珍しくもない、今のこの世界で、日常の潤いがどうとか言えるのは極一部なわけで。
ギデオンはまだ特殊な技術を身につけているから、まだ食べていけてもいるし、貯蓄もあった‥‥が、かといって今日の段階で余裕なんて物は全くないわけで。
早いところ、仕事にありつかないと、干上がってしまう。が、闇サイバー医師なんてものに、飛び込みで客が来るかと問われれば微妙だ。
こうなれば、修理工場で他の闇サイバー医師や機械技術者とならんで店を開くか‥‥或いは
「良い天気ですねぇ」
ギデオンは、窓の外をチラと見ていった。
まあ、屋内都市のマルクトに悪い天気の日があるのなら見せて欲しい物だが。そんなわけだから、これは確実に話題のネタ振りだろう。
エウラリアは、もっと考えてネタをふればいいのにと考えたが、敢えて口を出そうとはしなかった。彼女はただ、訝しげな視線のみを返す。
ギデオンは、焦って出した答ではなく、実際は前々から考えてはいたが、いつでも良い事だと後回しにしていたんだよとでも言いたげな、自然な風を装って言う。
その試みは、全く成功していなかったが。
「どうでしょうね? 散歩ついでに、ビジターズギルドまで行って登録をしてくるなんてのは?」
「‥‥‥‥」
エウラリアは少し考えた。
この場で、「そんな今考えたのバレバレな勢いでギルドにいって登録か、おめでたいな」などと言う趣旨の事を言って、ギデオンを凹ますのは容易い。
しかし‥‥だ。それをしたところで、何かがあるわけでもないし。
なら、行くと言ってるんだから、行くのも悪くないか‥‥と、そんな結論にいたり、エウラリアは頷いた。
「わかりました。行きましょうか。ギルドへ」
登録すれば、何か変わるかもしれない。
気持ちを切り替えて、さっさと診察室を出ていく。残されそうになり、ギデオンは慌てた。
「ああ、待ってください。診療室を閉める準備が‥‥」
「‥‥‥‥」
エウラリアは、置き去りにした診察室の中で慌てふためきつつ診察道具やサイバー修理用の工具なんかを仕舞っているギデオンを振り返り、少し思考を巡らせた。
「しまった。ギルドに行こうなんて言わないで、もっと徹底的に叩いて、精神的に叩き潰しておけば良かった」
そっちの方がよっぽど面白かったかも‥‥と、思いつつ、手伝うこともせずにエウラリアは、ギデオンを生暖かく見守っていた。
●ビジターズギルド
この街に来てそれなり日を送っている以上、婆さんに聞かなくたってこの場所はわかる。
道案内の婆さんは用済だ。あばよ、もう二度と会う事もないだろう。
等とは言わないが、ともかく今日は初めて入るビジターズギルドの中。二人は一番窓口に並んでいた。
ギルドの中には、腕に覚え有りと言いたげな強そう奴や、道を歩いているだけで捕まりそうな悪人面の奴など、如何にもビジターですと言いたげな連中もいるにはいる。
しかし、新人登録の列に並ぶのは、ほとんどが緊張に引きつった表情の若者達だった。
「‥‥思ったより、普通の人が多いんですね」
「‥‥ええ、そうみたいですね」
訝しげに聞くエウラリアに、ギデオンは当たり障りのない適当な返事を返す。
ギデオンには見当がついていた。
彼らは貧困層の人間であり、貧困から逃れるためにセフィロトに来たのだ。
幸運にも何かを回収できれば、彼らの生活を一変できるくらいの儲けにだってなる。
しかし、多くはセフィロトの闇の中に消え、そのまま帰って来ない。幸運等という物で生き残れる程、セフィロトは甘くはない。
彼らの救済のために、ギルドも無料で訓練を受けさせるサービスなどしているが、そんなのはあまり役にはたっちゃいないのが現実だ。
彼らの行く末は多分、かなり暗いものになるだろう。しかし、だからといって何かしてやれるわけでもない。願わくば、彼らが掴む物が、勝利であらん事を。
「‥‥」
「ギデオンさん、順番ですよ」
ギデオンは、物思いの中からエウラリアに引き戻された。
気付けば、前に並んでいた列はすっかり消え、二人の前には窓口が待っている。
中にいた、若い女性の担当係員は、際どい切れ込みの入ったパンクな服装で身を引き締め、ガムを噛みながらギデオンとエウラリアを見ている。
「ビジターになるの止めるなら、帰ってくれる?」
担当係員の女は、ガムを膨らませながら器用に声に出して聞いた。
おそらく、ギデオンが考え事にふけっていたのを、ビジターになるのを怖じ気づいたのかと考えたのだろう。
なるほど、多分だが、そういった事例をしばしば見ているのだろうなとは思った。
「あ、いえ、そう言う訳じゃないんですが」
「そ、じゃあ、この紙に必要事項を書いて提出して」
ギデオンが否定するや、女はすぐに登録用紙を二枚だし、ギデオンとエウラリアに一枚ずつ渡す。
「色々、書き込み欄有るけど、ぶっちゃけ適当で良いから」
「良いんですか?」
エウラリアが、ザッと登録用紙を眺めてから問い返した。結構、たくさん書き込み欄があるようなのだが、その尽くが適当で良いのか?
「だって、何書かれたってそれが本当かどうか何て確認できないじゃん。だから、あまり変なこと書いてない限り、結構素通しなのよ」
担当係員の女は投げやりだ。
確かに、今の世界には戸籍やら何やらという、個人を示す情報何てものが無い。
何処で何をやっていようと、そんなものを調べる事など出来ないのだ。
だったら、何でそんな記入欄があるのか‥‥と言いたいところだが、恐らくは何となく無いと格好が付かないからだろう。
「助かりましたね。ギデオンさん」
「ああ、そりゃあね」
エウラリアに言われ、ギデオンは苦笑して返す。
闇サイバー医師の履歴なんて、とてもじゃないが人様に見せられるもんじゃない。
別に後ろ暗いわけではなく――今の御時世、どんな仕事でもやれるだけましであり、世に恥じるなんて言葉は在って無きがごとくなので――要するに、人に明かさない契約の仕事も多いと言う事だ。
まあ、ギデオンなんてその程度。
もっと問題なのはエウラリアだ。
何せ、本人は半年より前の記憶は持ってないし、ギデオンだって知ってる事はたかが知れている。要するに、何も書き込める物がない。
適当に欄を埋めるしか無いのだが、それが公認ならやりやすいと言う物だ。
「あ、ただし、血液型とか、命に関わる部分は別って事で。その辺は真面目に書かないと、病院に回収されてから、医療事故で死亡なんて事になるからね」
死亡なんて言葉の後に、担当係員は笑顔を見せる。冗談のつもりらしい。
格好と気怠げな様子から大人の女性だと見ていたが、笑顔を見ると担当係員の女は実は意外に若いのだとギデオンは知った。
「医者ですから、その辺りは心得てますよ」
言葉を返し、後はこの場に残っても仕方がないので、ギデオンは窓口を離れる。
書類への書き込みは、窓口ではなく、書き物専用のテーブルで行う。
だが、その周りにも既に未来のビジター‥‥そして、もう少し先にはセフィロトの路傍を飾る骨の一山になる可能性の高い連中が列をなしており、僅かなスペースを奪い合っている状態だった。
「混んでますね、ギデオンさん。今日は、ずっとこんな調子ですか」
先の書類を貰うまでも相当待った。ここで更に、この書類書きテーブルの奪い合いでまた待ち、そしてどうせ書類提出にまた並ぶのだ。
耐える事が人生だとは誰の台詞か知らないが、せめてもう少し回転が良くても良いのじゃないかと思わないでもない。
「まあ、仕方ないでしょう‥‥それとも、今日は帰って、家で書類を仕上げて、後日に提出にだけ来ても良いですし」
さも、名案だとでも言うかのようなギデオンのその提案を受け、エウラリアはキッパリと首を横に振って見せた。
「ギデオンさん、絶対に書類無くすか、忘れ去って提出しないかになるんだから、今日、どんなに並ぶ事になっても出して帰りましょう」
そしてエウラリアは、テーブル以外の場所で何処か書き物の出来そうな場所はないかと、ビジターズギルドの中を見回り始める。
「‥‥‥‥待ってくださいよ。そんな、忘れるとか、無くすとか、したことありましたか? いや、確かにギルド登録は忘れてましたけど‥‥」
一人、残されたギデオンはエウラリアの言葉に少々凹んでいたが、僅かな時間で気を取り直してエウラリアの後を追った。
ともかくもまあ、二人は本日、めでたくビジターとなる。
だが、それはこれからずっとずっと後の事、散々待たされた後になってからであった。
教訓
ビジターズギルドに手続きに行く時は、出来るだけ早く行こう。出来れば、業務開始前に行って、玄関先で待つくらいの勢いで。
遅れていくと、先に来ている者達の後となり、延々待たされます。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0675】 ギデオン・ノーマ
【0674】 エウラリア・ハーガン
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