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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【密林地帯】インディオ村
いつか……

ライター◆なち


 アマゾン流域の密林地帯には、昔ながらの暮らしを続けているインディオの村が幾つもある。
 インディオは凄いぞ。あの審判の日と、それ以降の暗黒時代、高度なテクノロジーを持ってた奴らがバタバタ死んでいった中、インディオ達は何一つ変わらない生活を送っていたというんだから。
 本当に学ばなければならないものは、インディオの元にあるのかも知れないな。


 ◆◇◆


『インディオの村に弓仙と呼ばれる男がいる』

 師匠からそう聞かされたのは何時だっただろうか。拳聖と名高い師匠をして「古今に双ぶ者無し」と言わしめるほどの達人――呂・白玲はその存在を知った時から、何時か彼の人の住むインディオ村に行く事を夢見ていた。
 故、その願いが許された時、白玲は愛用の弓を携えて密林を超えた。
 逸る気持ちに脈打つ鼓動、期待に輝く瞳を持って……。

「よ〜く来たのう!!」
ぽかんと大口を開けた白玲の前で、白い顎鬚を揺らした老人が人当たりの良い顔を更に綻ばせて言った。
 細く皺の刻まれた手足を持った、しかし健康色の、極々普通のおじいさん。何かを装うだとか隠すだとか、裏も何も無い老人。
 それが白玲の求めて来た弓仙その人だという。
 どんな猛者かと思いきや――落胆を隠さず目を見開く白玲に、老人は楽しそうに笑った。
 茫然と立ち竦む白玲を、嬉しそうに家中へと招き入れる。「古い友人の弟子」だからと熱烈な歓迎を受けて、白玲のしばしの滞在さえ快く承諾してくれた。
 ――してくれたのは良いのだが。
「ふむ、立派な弓だのう」
 白玲がインディオ村を訪れた目的を語ると、老人は目を細めて頷いた後、白玲の横に立てかけた愛用の弓を見た。
「良く使い込まれておる。若いながらに良い使い手と見える」
髭を梳きながら感心感心と呟く老人。
「ならば、私に――」
教えを、と続けようとした白玲の言葉は、しかし老人が無造作にあげた手によって阻まれた。
「ここまで来るのには苦労しただろう。途中、沼にでも引っかかったかな?」
「……は?」
「足元が汚れておる。……あぁ、木々に引っかかったのじゃろうて、髪の毛が……」
老人の眉が下がる。
 白玲は己の足元を見て、納得と呟いた。確かに鬱蒼とした森へ踏み入ってから今までに、綺麗な所を通ったためしが無い。泥が跳ねたのだろう色を変えた服。二つに編み上げられた銀糸のような髪の毛にはほつれ。
「水浴びにでも行った方が良いだろう。都会の娘は気になるじゃろう?」
「いえ、あの……」
「アマゾン川しか無いが、何、心配いらん。わしの孫娘を案内に出そう。行って来るといい」
「いえ、そうでなくて……」
「遠慮する事は無い。ここに居る間は、わしの事もこの家も、自分の家族と思うてくれて良い」
「有難うございます。―――いえ、そういう事でもなく……」
 老人は白玲の言葉等微塵も介さず孫娘を呼ぶと、有無を言わさず室外へ追い出した。


 ◆◇◆


 そんなこんなで歓迎を受けた白玲だったが、目的である弓の話となると、老人は意図的に話を逸らしてしまう。年の功か白玲が口下手だからなのか、気付けば幾つもの朝が明けては暮れ――飄々と笑う老人の前に、望みは叶うとも知れなかった。
「はくれ〜い!!」
 インディオの子供達に手を引かれながら、老人の姿を探す。
 孫娘から村の子供から、好かれ声を掛けられる事は確かに嬉しい。共に語る事、遊ぶ事も、嫌いでは無い。
 けれど、違うのだ。白玲はそんな事をしに来たのでは無い。
 いくら口下手な自分でも、その事については確実に伝えているのだ。
 それなのに、彼ときたら。
「ちょっと、ごめんなさい」
 白玲は老人の姿を見つけ、子供達の輪から足早に離れた。
「白玲?」
背後から声が追ってくるが振り返る事無く答える。
「ごめんね」
 年老いた者の動きとは思えぬ軽快さで、老人の背が過ぎる。――けれど、それだけだ。威圧感も殺気も、オーラめいたものさえ何も感じられない。
「おじいさん……っ!!」
 追いつかぬ背に痺れを切らして、白玲は叫んだ。あらゆる意味で猜疑に苦しむ思考はもう耐えられそうになかった。
 老人はゆっくりと振り返り、変わらぬ微笑を浮かべて
「何かね?」
「――いい加減に、教えて下さい」
我知らず語調がきつくなる。荒い息に俯きながら、老人を見上げる瞳は鋭い。
「……良い天気じゃ。一緒に散歩でも――」
「教えて、下さい」
老人の言葉を遮って、白玲は言う。息を整え、今度こそ逸らさすまいとする強い意志を持って老人を見つめた。
 老人は深く息を吐き出して、真白になりつつある毛髪を掻いた。
 そして上目遣いに白玲を見ると、もう一度ため息。やれやれと首を振る。
「弓を持ってついて着なさい」


 ◆◇◆


 何時かと同じ。踊る胸に顔を綻ばせながら、白玲は老人の後を追ってジャングルに踏み入った。
 二人共無言のまましばらく歩くと、ふいに開けた場所に出た。
 綺麗な円形に、木々を切り取った空間だ。半径百メートルはゆうにある。
 茫然と佇む白玲を尻目に老人は白玲から十分に距離を取ると、何時もの人の良い笑みを刻んだ口元で言った。
「そこからわしを射てみるがいい」
「……え?」
「射てみい。もしわしを射る事が出来たら、お前さんの望む話をしてやろう」
「……本当ですか?」
老人の突拍子もない発案に、白玲は訝しげに眉根を寄せた。射る、という事はあまりにも簡単すぎる。素人ではない、訓練された白玲に対してのある意味侮辱でさえある。
「射れたらの話じゃ」
口角が引き上げられ、どこか馬鹿にするような響きを持った言葉と合わせて、その時初めて老人が見せた表情は凄みがあった。
 白玲は無言で弓を構える。
 何にせよ白玲にとってはチャンスだ。傷つけない様に目測すれば良い話で、それは難しい事では無い。
 老人の目にする前で矢を番え、弓を張る。しなる音が耳を掠って、背後の木々のざわめきと同化する。
 生暖かい風に、白玲の銀糸の髪が揺れた。
 ――それだけだ。
「ほれ、どうしおった?」
 白玲は構えの状態で静止した。狼狽した表情だけ、姿勢は何時でも弓を放てる。
 けれど、動けない。
 動けない理由は自身でさえわからない。ただ、老人に当たる気がしないのだ。
 眼前の細い体は、柔和な表情は、目に宿る生気は、穏やかな水面の様な静謐さは、何も変化していない。腕を後ろ手に組んだその姿は、白玲の矢を避けるとも受けるとも思えない。
 それなのに。
 白玲は動けない。
 それは言い知れぬ圧迫感だった。どう表現して良いのかわからない――つまりはこれっぽっちも理解出来ない、ただ第六感だけが警笛を鳴らす。
 相手は何の能力も無い丸腰の老人――体を覆う強固な鎧も筋肉も無い。武器も無い。ただ無力な老人でしかないにも限らず。
 老人から目が離せない。獣と対峙した一瞬、目を逸らせばいっかんの終わり、まさにそれを体現するかの様な存在。
 ぶるりと、足元から寒気がせり上がった。
 悟るしかない。老人は研ぎ澄まされた牙なのだ。何の序動作もなく、自然体のままで一から十までを成す。
 彼にとっては睡眠時も食事時も、ましてや戦闘時も、”ソレ”に対するどんな動作も必要ない。例えば白玲が老人の隙を狙って矢を放っていたとしても、老人はそれに大して、きっと何の動揺も見せず処理するだろう。
 つまりは白玲の弓の軌道などお見通し。射られるつもりなど毛頭も無い。
「……あ……」
 手元から矢束が零れ落ちた。それを目で追ってから、震える膝が耐えられず崩れた。
 言い訳の仕様が無い程の実力差がそこにはあった。最早自分と老人の間にどれだけの開きがあるかもわからない。
 何を持って自信としていたのか、根本から崩れ去る勢いだった。老人に教えを請うには、まだ早すぎる。
 そう、早過ぎたのだ。まだ自分はそこに行き着くまでの過程に至っていない。それを悟った一瞬だった。


 ◆◇◆


 翌日の早朝。日の昇りより僅かの後。
 白玲は弓を背負い、村を後にした。別れの言葉は、再会の誓い。
 見送る人々に、老人に、白玲は深々と一礼した。
「また、来ます」
 決意を胸に呟いた言葉は誰の耳にも届かない。けれど老人は満足そうに頷いた。

 それは、確かな約束。



 終


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0529 呂・白玲(りょ・はくれい)/15歳/女性/エスパー】

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。この度は発注有難うございます。
そして大変遅くなってしまいまして申し訳ありませんでした。
サイコマの世界には馴染みが薄いのですが、どうだったでしょうか?少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
ご意見等、よろしければお聞かせ下さい。
またどこかでお会い出来ますように。有難う御座いました。