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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録

ALF

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

●37回目も近い
 兵藤レオナは、今日もビジターズギルドに来ていた。
 窓口の向こうにいる痩せぎすの如何にも陰険そうな中年の担当者は、渋い顔を隠すこともなく真新しいカードが乗った受け皿を、突き出して来る。
「これが新しいライセンスカードになります。古いライセンスカードは失効してますが、万一、発見された場合には、細かく裁断するなり、焼却するなり、ギルドに届けるなりして、不正使用できないよう完全に処分して下さい」
 無愛想に説明しつつ、その説明の仕方のおざなりっぷりは、兵藤に『こんなバカな仕事したくないけど、お前がバカだから、俺はこんな仕事してるんだ。バカめ』とでも言いたげな様子である。バカが3回もついていた。
 実際は兵藤がバカかどうか知らないが、まあこの「ライセンスカード紛失〜再発行」という繰り返しが36回も続けば、バカだと思いたくもなってくるだろう。そろそろ、ウジ虫以下の8バイト野郎に格下げされる頃だ。
「あ、はい、ありがとう‥‥」
 兵藤がカードを受け取ろうと手を出すと、出した分だけ担当は受け皿を引っ込めてカードを遠ざける。
 嫌がらせしつつ、話を聞けと言外に表す。まさに一石二鳥。やられた方は、かなり腹が立つが。
 しかし、平身低頭、兵藤は謝るしかない。
 ギルドに落ち度はないので、兵藤の立場は悪いの一言であるし、ここで反発して再発行取り消しとか延期とかにされたら、セフィロトの奥に入っていけなくなる。
 それだけは、是非とも避けたい。
 サイバーボディの修理や維持にに莫大な金を必要とするサイバーは金食い虫。しかも、兵藤のボディは回収品だけあってテックレベルが高すぎ、壊れれば誰にも直せないという保証付き。壊れないよう、まめに調整しないとダメだ。
 だから、ここで食い扶持を断たれては困るのである。
 イヤミの一つや二つ、耐えようと言うものだ。
「紛失したライセンスカードで何かトラブルが発生した場合、ビジターズギルドはその責任を負いません。あくまでも紛失した方の責任となりますので、くれぐれも紛失はなさいませんようご注意下さい」
「ええ、もう、もちろんそれは‥‥」
 兵藤にとっても、これはもう何度も聞いた台詞であり、暗記すらしている。
 いや、していないか。言えと言われたら、きっと言えない。
 普通の人なら暗記してしまうくらいに聞いたが、兵藤は憶えちゃいなかったと訂正しよう。
「もう言わなくても良いですよね? 何度もお聞かせした筈ですから」
 窓口の担当は、ニヤニヤ笑いながら酷くイヤミな事を言ってくれた。その上で、もったいぶりながらカードを差し出してくる。
「ありがとう。もう、無くしたりしないから‥‥」
 やっと受け取りながら、口ばかりの約束をする兵藤。しかし、担当はそれに対して、とても重要な質問をすることで返した。
「で、次は、何日後くらいにお見えですか?」
「‥‥‥‥」
「次の方、どうぞ」
 返事のない兵藤を追いやり、担当は次に対応すべき人を呼ぶ。
 兵藤は追いやられるままに窓口を去り‥‥担当から見えない場所に行ってから思い切り、あかんべーをしてやった。

●使用上のご注意は重要
「お兄さん、お強いんですね〜。それじゃあ、私も本気でいきますよ〜」
 ギルドの受付窓口の前、書類の受付待ちの暇潰しに、書類書き用の机をリングにして楽しそうに腕相撲で連勝している鄭・黒瑶。
 このまま、百人抜きという勢いであったが、しかし10人もやらない内に、周りから人がいなくなていった。
「もう、しないんですか〜」
 思っていなかった展開に、周りを見回して次の対戦者を探す鄭。しかし、最初の方は次々現れた挑戦者が、勝ち抜くにつれて少なくなり、もう誰も出てこない。
 理由が本当にわからないらしい鄭は戸惑うばかりだったのだが‥‥そこに、
「ボディESPなんかと腕相撲するかよ」
 何かの手続きに来てたのだろう、ベテランらしい連中から声が飛ぶ。流石に、ベテランになると勝てない戦いはしないらしい。
 そうだからこそ、生き延びてきたのだろうが。
 MSスーツを着た男が、からかうように言う。
「MSと人間で腕相撲して、MSが勝ったって威張るようなもんだろが。超能力無しでやってみろ、無しでよ」
「弱い者イジメが、お好きなんだろうよ。そのお嬢ちゃんはよ」
 誰かが揶揄するように言い、どっと笑いが起こった。
「そんなじゃないです〜」
 流石に抗弁する鄭。だが、それはベテラン達の声を大きくしただけだ。った
「だったらどうして、普通の人間相手に、超能力を使ったんだよ。超能力を使わなければ勝てないからだろ?」
 超能力を使わなければ、鄭はただの人間である。鍛えてはいるので、多少は良い勝負が出来るかもしれないが、百戦百勝は無理だ。勝てもすれば、負けもするだろう。普通に。
 挑戦者がいないのは、勝ちすぎたせいである。
 15歳の少女が、男達相手に涼しい顔で勝ち続けていれば、そりゃあ何かがあると勘ぐる。
 腕相撲をしていた新人達は、怪しんだから勝負にのるのを止めてしまった。
 ベテラン達が、鄭の力が超能力だと気付いたのは経験から来る知識と観察でだ。サイバーの特徴がないのなら、エスパー以外には有り得ない。
「超能力を使って、超能力を使えない奴等を連続撃破。『私、最強』ってか? 底が浅いな」
「それは〜‥‥」
 鄭は言い返そうとする‥‥が、言い返せない。超能力は確かに使っていたのだから。使わなければ、全ての勝負に勝てはしなかったのだから。
 常時発動している能力であるため、止めるという事は出来ないのだが、なら同じ程度の能力の相手を捜して勝負するべきであり、生身の新人連中とやるべき事じゃない。
 遊びとは言え、ドーピングして競争に勝ったようなものであり、卑怯の誹りは逃れられない。
 見透かしてベテラン連中はゲラゲラ笑う。
 実際に鄭がそこまで考えていたかどうかなど関係ない。暇つぶしに、女の子をからかって遊んでいるだけなのだ。
 とは言え、言い返せない鄭は、彼らの嘲笑を浴びる度にうろたえるしかできなかった。
 と‥‥
「確かに超能力を使ったのは卑怯だった。同じ能力を持つ者なら良いんだろう?」
 テーブルに手を置く者。龍堂・冬弥。
 別に深い意味はない。
 書類の提出を終えて、手持ちぶさたになっていた。
 そこで見た、少女が経験不足から犯した失態。
 それをいたぶるような男達を不快に思っただけのこと。
「超能力が当たり前の環境で育つと、超能力を当たり前に使える力だと誤解する事も在るだろう。無知を笑うのは、そこまでにしないか」
 その言葉に、鄭をからかっていた男達は、了解したと、各々がバラバラにジェスチャーで示す。
 ここで無理に続ければ揉める事は必須であろう。同じ能力を持つ者‥‥つまりボディESP相手に喧嘩などと、勝てない戦いをしたいとは思わない。
 暇が潰せるならなんでも良いのだ。ボディESP同士の力比べなら、まあ面白い内に入るだろう。
「ほら、来い」
「は、はい〜」
 龍堂に促され、鄭はテーブルに向かい、腕相撲の体勢で龍堂の手を握った。
 龍堂はそこで、鄭に言う。
「‥‥超能力は、特別な力だ。公正な勝負が望まれる場面では使うな。無駄なトラブルの種になる。今日の様にな」
「はい〜‥‥」
 すっかり凹んだ様子で鄭は頷いた。
 来て早々にトラブルを起こしはしたが、軽いトラブルですんで良かった方だ。今後、気をつければ良い。
「始めの合図は、そっちが出して良い」
「じゃ、じゃあ〜‥‥始め〜」
 龍堂に言われて、鄭はのんびりと始めを宣告した。そして、力を込める‥‥が、龍堂の腕はびくともしない。
「‥‥これぐらいか」
 龍堂は、鄭の力がオールサイバー程度だと悟った。
 ボディESPの筋力は、オールサイバーを上回る事もある。もっとも、それを維持できる時間は相応に短くなってしまうわけだが。
 数分保てばいい方であるが、まあその程度なら勝負には十分だ。
 龍堂の腕が、ゆっくりと鄭の腕を押し倒していく。互角どころではない。
「あ‥‥ああ‥‥‥‥え〜‥‥えい!」
 負けが見えたところで、鄭は沈墜勁を発動する。
 身体の重量(質量ではない)を一時的に増大させる超能力。重くなれば、その分だけ、動かすのに力が必要となる。
 負けかけてる‥‥つまり、後は落とすだけと言うところでやるのに意味があるかは疑問だが。
 その答は永遠に出ることはなかった。
 直後に、轟音を立ててテーブルの足が折れ、崩れた。叩き付けるテーブルを失った腕は、鄭の腕が重力に任せて落ち‥‥嫌な音を立てて龍堂の腕をねじ曲げた。
「! くっ‥‥‥‥」
「ああ〜、ごめんなさい〜!!」
 苦痛に声無く叫ぶ龍堂に、鄭が慌てて謝罪の言葉を投げる。
 まあ、数トンの重量となった鄭の身体は、ボディESPだって支えられないわけで。
 姿勢を崩した鄭に引きずられれば、龍堂も怪我をする。それは当たり前の結果だ。
「何だ、テーブル壊して勝負をうやむやにして、あげく腕まで折るかよ」
「そこまでして負けたくないかねぇ」
 ベテラン連中の勝手な寸評。
 それを聞きながらオロオロする鄭に、龍堂は痛みをこらえながら言った。
「‥‥大丈夫だ」
 龍堂は、自らの力の一つである、肉体再生の能力を使用する。破壊された部分が高速で治癒していき、それに伴って痛みも和らいでいった。
「ごめんなさい〜、テーブルが壊れるなんて〜」
 謝る鄭。そんな鄭を窘めるように龍堂は言う。
「いい‥‥だから、気をつけろ。超能力は相手を傷つける力になる。俺がボディESPで良かった」
「‥‥はい〜」
 何だか散々だ。鄭は、申し訳なさげに立ちつくす。
 まあ、超能力の使いようが悪いわけなのだが‥‥そもそも、これらの超能力は日常生活では邪魔なのかも知れない。人を超えた力など、人が生きることを想定して作られた世界の中では、邪魔以外の何物でも無いのかもしれないのだ。
 しかし、戦闘で役に立ちそうな能力であることは、奇しくも立証されただろう。
 それは、離れて見ていた人物の感想でもあった。
「ねえねえ、君達」
 兵藤は、龍堂が傷の治療を終える頃合をはかって、二人に近寄った。
「良い身体してるね。うちのパーティに入らない? タンクイエーガーは歴史があって、隊員は一流揃い。テキストはバインダー式でとっても使い易いの。一日20分の練習でパーティメンバーになれるんだ」
 ニッコリ笑顔の誘い文句。この暗い状況下では、酷く浮いたものであったが‥‥僅かに、救いではあった。
「誰だか知らないが、考えておくよ。今日は‥‥後にしてくれ。本調子じゃない」
 龍堂は、腕を動かして再生の終わった傷の具合を確認しながら言う。
 身体は、ほぼ完調。だが、超能力使用時に精神エネルギーを消費したため、かなりの疲れが出ている。疲れているときに重要な判断など下すものではない。
「私は〜‥‥」
 鄭は凹み気分のままで兵藤に答える。
「何だか〜今日は散々だったんで〜帰って一人で反省します〜」
「反省? そんなの後で十分だよ!」
 元気よく言う。そして笑顔の兵藤。
 そんなだから、カードを37回も無くすのだ。
 しかし兵藤は、そんな事は全く気にしちゃいない。
「ボクは兵藤レオナ。ヘブンズドアで、また会おうよ。ゆっくり話もしたいしさ」
「兵藤か。縁があったらな」
 呼び捨てにして背を向ける龍堂。そして、鄭もふらりと落ち込み状態で場を離れる。
「サヨナラです〜」
「サヨナラなんて悲しい事言うなヨ! 涙は心の汗サ!」
 良くわかんない台詞を元気いっぱいに吐いて兵藤は、二人を見送ってから、さてと一息つく。
 とにかく、仲間になりたい人、二人確保。で、めぼしい仲間候補も他にいないし‥‥
「じゃ、カードも貰ったし、帰ろっかな」
 言って、兵藤はカードを納めた胸ポケットをポンと叩く。
「‥‥?」
 ポンと叩く。
「‥‥!?‥‥!‥‥‥‥!!?」
 ポンと叩く。カードの硬い感覚が‥‥無い。
 ポケットに指を突っ込んでみる。指はポケットの中をくぐって、下からその顔を出した。
「あははははは‥‥確か、違うポッケに‥‥」
 服のポケットを探る度、兵藤の顔が青くなっていく。そして、全てのポケットを調べ終わった時、兵藤の顔は絶望に染まっていた。
 そう、そんなだから、カードを37回も無くすのだ。そんなだから‥‥
「あの時には既に落としてた!?」
 驚愕の真実に身を震わす兵藤。そして‥‥
 兵藤は重い足を引きずるようにして歩き出し、受付窓口に続く列の最後尾についた。
 彼女の歩む苦難の道の果てには、先程のイヤミな担当がいる。
 きっと素晴らしいイヤミをたっぷり聞かせてくれることは確実だった。

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0668】龍堂・冬弥
【0536】兵藤・レオナ
【0662】鄭・黒瑶