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都市マルクト【繁華街】マフィアの裁き
ライター:鴇家楽士
おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ。敵じゃないってんだ。
言うだろう? 「マフィアは信用出来るが、信用し過ぎるな」って。ありゃ、こう言う時に役に立つ格言だと思うぜ。
何、他でもない。仕事を頼みたいのさ。
うちの構成員が勝手をやらかしてな。
組織は、構成員が勝手をするのを許さない。
ここまで言えばわかるだろう? 他の組織との間も焦臭いってのに、馬鹿を始末するのに組織ごと動いてなんかいられないって訳だ。
報酬は金か? それとも、上物のコカインか? 酒に女でも構わない。
受けるか受けないか、今すぐ俺に言ってくれ。
■ ■ ■
『ロディア、華麗なドリブルで、相手のディフェンダーを次々とかわして行きます!』
テレビには、緑と黒のユニフォームを着た男たちが、激しく動き回っている映像が映し出されていた。中でも、緑のユニフォームの背番号『10』をつけた選手がクローズアップされている。彼は、興奮した声で実況するアナウンサーの言う通り、黒いユニフォームを纏った選手たちの間を、次々とすり抜けていく。
しかし。
『――あーっと、ロディア、どうしたのでしょうか!?膝を抱えて蹲っています。すぐに担架で運び出され……』
プツッ。
そこで、テレビの電源が切られた。白神空は、長い銀髪を指先で弄びながら、つまらなそうに溜め息をつく。
「で?あたしをこんなところに呼び出しといて、目的はサッカー観戦?」
「いいえ」
彼女の向かい側のソファーに座っていた男が、静かに口を開き、手に持っていたリモコンをそっとテーブルに置く。
恐らく年齢は三十代半ば。金髪を後ろに撫で付け、仕立てのいいスーツを着こなしている。物腰も穏やかで、振る舞いも至って紳士的。だが、グレーのサングラス越しに灯る昏い光は、明らかに日の当たる道を歩んでいない者の目だった。
「この試合が行われたのは、一週間前です」
「ええ、そうね。なんたって今、人気急上昇中のロディア選手が出てる試合だしね。会場は満員御礼。テレビの視聴率も他局を抜いてダントツ……まぁ、彼、あたしの好みじゃないけど」
そこで、男は懐から煙草のケースを取り出すと、一本抜いて口に咥え、銀色に光るライターで火を点けた。彼が息を吐くと、紫煙が、ゆっくりと天井へと昇っていく。
「ちょっと、困ったことがありましてねぇ」
全く困っていないような口調で、男はゆっくりと言った。
「どうせ、八百長試合か何かでしょ?」
男の目を真っ直ぐに見つめ、口の端を上げた空に、男は喉の奥で、くつくつと笑い声を上げた。
「流石ですねぇ……情報通りの方だ。美しいだけではなくて、頭も切れる」
「あら、口説いたってダメよ。あなた、あたしの好みじゃないもの。それに、サッカーとくれば、サッカーくじ。ある程度は八百長があるのも当然」
「なのですけどね……」
「『やっちゃいけない試合』だったんでしょ?あれだけ人気のある試合。そして、人気のある選手に怪我をさせた……その様子じゃ、あなたが取り仕切ってた訳ではないようね……まぁ、そこまでバカには見えないけど」
「手厳しいですねぇ」
男は、ガラス製の灰皿を引き寄せ、そこに煙草の灰を落とす。
「どうやら、うちの構成員のひとりが、勝手にくじの胴元をやった上、ロディア選手に怪我をさせたらしいのですよ。これは、私どもとしても、見過ごしてはおけません」
「見せしめに制裁、ね」
空は目の前に置かれていたワインを一口飲み、艶然と微笑む。対する男も、笑みを形作った。
「――と、行きたいのですが……その構成員は、どうやら他の組織の支配地域に逃げ込んだようでしてね。私は平和主義者ですから、他の組織とは抗争を起こしたくないんですよ」
「『平和主義者』という言葉を創った人が聞いたら、泣いて喜びそうな台詞ね」
「ともかく」
男は、短くなった煙草を、灰皿で揉み消した。
「両組織の面子を潰さないように協議した結果――」
「外部の人間に殺らせることで妥協した、と」
「そういうことです。素晴らしく話の飲み込みが早い」
「裏社会で生きていれば、その程度のこと、すぐに解かるわ」
空は、グラスに入った液体を、今度は一気に飲み干す。
本来ならマフィアからの依頼など、面倒なので受けたくはない。しかし、伝は繋げておいて損はない。ここの組織の規模はそれ程ではないものの、ボスである目の前の男は、十分に利用価値があると判断できた。そして、何より――
「報酬は、女の子でもいいのよね?」
その言葉に、男はニヤリ、と笑った。
「勿論です。私どもの傘下にある店の女性でもいいですし、何なら――」
「いや」
男の言葉を遮り、空は髪をかき上げる。
「素人さんもいいけど、たまにはプロも相手にしたいわ」
「中々のご趣味で」
「それほどでも。選りすぐりの女の子をピックアップしておいてね♪」
「では――」
「交渉成立よ」
夜。
そうはいっても、屋内都市である、ここマルクトに、昼夜の区別はない。ただ、灰色の空間が広がっているだけ。
その中を、空は、文字通り羽ばたいていた。
『天舞姫』。
彼女の変化の形態のひとつ。
顔以外の全身が白い羽毛で覆われ、耳も羽のようになり、両腕は大きな翼、足は鉤爪と化している。
ターゲットとなる構成員の情報は、既に入手してある。そして、自警団にも暗黙の了解を得ていた。元々、マルクトでは、マフィアよりも自警団の方が立場が弱いので、当然といえば当然であるが。
目指すは、繁華街の外れにある廃工場。
灰色の宙を、白い姫が舞う。
目的地にたどり着くと、空は、ゆっくりと翼をはためかせながら、地面に降り立った。
工場といっても、それ程の大きさはない。コンクリートで出来た外壁は薄汚れ、瓦礫が辺りに散らばっている。入り口となっている金属製のシャッターには少しだけ隙間があり、そこから光が漏れていた。
そちらへ、静かに近づいていく。壁にもたれ掛かり、中をそっと窺うと、ひとりの男の姿があった。ターゲットに間違いない。
彼女は人間の姿に戻ると、隙間を潜った。
「こんばんは」
「――な!?何だ、びっくりさせんなよ、姉ちゃん」
威厳も何もない、貧相な男。
だが。
「カワイイ女の子との、熱い夜のために、死んでもらうわ――陰に隠れてる人たちも一緒にね」
「――何っ!?」
ターゲットを含めた気配は――四つ。
恐らく、自らに制裁が下されるのを解かっていて、護衛を用意したのだろう。もしくは、今回の不祥事の仲間なのか。
空の言葉と共に、隠れていた者たちも一斉に飛び出してきた。手には、それぞれ拳銃を持っている。
「お嬢ちゃん、どんだけ自信があるのかしんねぇが、命知らずもいいとこだな」
男の一人が、耳障りな笑い声を上げた。
それを見て、空は堪えきれなくなったように笑い出す。
「な、何がおかしい!」
別の男が、拳銃をこちらに向けながら、一歩後ろに下がった。メンバーの中ではこの男が一番見込みがあるのかもしれない。それは恐らく、人間の持つ、動物的な本能。
「笑っちゃうね。『命知らず』っていうのは、あなたたちみたいなモノのことをいうのよ」
その途端。
空の身体が、徐々に変貌していく。
顔以外が白銀の獣毛に覆われて行き、眼は獣のように。狐のような耳や尻尾が生え、そして、鋭い爪が出現する。
彼女の変化の形態のひとつ『玉藻姫』。
狭いこの工場内では、『天舞姫』の形態はあまり有利ではないと判断してのことだ。
「バ、バケモノめ!」
先ほど笑っていた男は、今度は膝を笑わせながら、拳銃をこちらへと向け、撃つ。
しかし、獣の身体能力を持った空に、怖気づいた者の放つ銃弾など、当たるわけがない。
「あたしをバケモノ扱いしたわね。まず、あなたから殺してあげる」
驚くべき速さで駆け寄った彼女の鋭利な爪が、男の喉元を薙いだ。血飛沫が、辺りに飛び散る。
それからは、いとも容易かった。
最初の男が息絶えたのをきっかけに、周囲はパニック状態に陥り、ただ滅茶苦茶に放たれる銃弾だけが無駄に浪費された。
そして、最後の一人。ターゲットの男である。
「ひぃっ!頼む……殺さないで……くだ……さい……な、何でもする……しますから……」
もう後ろはないというのに、壁に向かってジリジリと後退る男に向かい、空は今までとは打って変わって、優しく微笑む。
「本当に何でもしてくれる?」
その言葉に、男の表情が、一気に明るくなった。
「はい!何でも、何でもします!」
それを聞き、空は、微笑みを絶やさないままで、小さく頷いた。
そして、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、死んで」
断末魔の絶叫が、辺りにこだました。
「素晴らしい働きでした、白神さん。私は人の名前を覚えるのは得意ではないのですが、貴女のお名前は覚えておきましょう」
「そんなことより、次のリスト!」
気障に言ったマフィアのボスの言葉は、空の逸る声に遮られる。彼は、肩を小さく竦めると、奥の部屋に姿を消し、山ほどのファイルを持って来た。
「ええ?この子がこの店のナンバーワンなの?全然カワイくないじゃない!」
「私は、素敵な女性だと思うのですが……」
「どうやら、あたしとあなたは、女の子の趣味も合わないようね」
ファイルを物凄い勢いで捲っていく空を見ながら、おずおずと口を挟む男に、彼女は素っ気無く言い放つ。
「あ、この子カワイイ♪キープね♪」
「一体、何人キープするおつもりなんですか……?」
「決まってるでしょ」
「は?」
「あたしの気が済むまでよ♪」
広い室内に、男の溜め息と、ファイルを見て興奮している空の吐息が、入り混じった。
――夜は、まだまだ長い。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】白神・空(しらがみ・くう)/24歳/女性/エスパー
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■白神・空さま
初めまして!今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?
いつも初めてのお客さまで悩むのが、口調と雰囲気です。上手く、イメージ通りになっているといいのですが……それから、サッカーの描写が甘いのは、僕がサッカーに疎いからです……調べたのですが、あまり使えそうになかったのと、本編とはあまり関わりがなかったので、中途半端になってしまいました(汗)。
あとは、お話を楽しんで頂けていることを祈るばかりです……
それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。
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