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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ベジタブル・ファイト


 それは偶然の産物。
 そして、ある意味では運命的な出来事だった。
「あの……もしよろしければ、今度そちらへお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「ええ、もちろん歓迎するわ」
 買い物先でクレイン・ガーランド氏とシャロン・マリアーノ嬢の間で交わされた約束は、料理人と食材提供者の素晴らしき邂逅でもあった。



 辺りが瑞々しさを欠いた黄昏色に染まる頃。
 彼女の研究所――もとい『農園』に足を踏み入れて、クレインは黒に色を変えた目を僅かに見開いた。
 飛び跳ねている。
 野菜が。
 四肢のように枝分かれした巨大な人参と大根が、手に手を取って。
 ラディッシュのようなものとキャベツのようなものが、伸縮を繰り返しながら転げまわって。
 原型はもしかするとトマトかもしれないものに至っては、大きく開いた亀裂を口の代わりにして土を食んでいる。
「いらっしゃい」
 どこから伸びているのか分からない長い銀のホースを片手に、彼女は軽く笑みを浮かべた。
「大変見事な農園ですね……これほど本格的とは思っておりませんでした」
「趣味と実益を兼ねているだけ。自給自足はいいわ」
 いつこちらへ向かって攻撃を仕掛けてこないとも限らない『野菜たち』を辛うじて避けながら、何とかクレインはシャロンの隣まで辿り着いた。
 ホースから放たれる水飛沫は、まるで霧のようにやわらかい色を緑に注ぐ。
「市場に出せるほどの量はないけど、味は保証するから、なんでも好きなものを選んで」
「有難うございます……あ」
 彼女と並んで見渡せば、ゆっくりと夜に侵食されていく野菜たちが淡く発光していることに気付く。
 夜目が利かない者でも充分に捕獲可能だ。
「いいと思わない?闇に紛れて泥棒する輩がいたら、うんと強い光を浴びせてやるの」
「とても、キレイだと思いますよ」
 得意げに胸を張る彼女に、クレインはやんわりと微笑んで頷きを返した。
「そういえば今日ウチの野菜で作りたいと言っていた料理って、一体どんなものを?」
「いくつかレシピは用意してきたんですが……いままでは、どうもあまり上手くは作れなかったものばかりで」
 厳選素材の調達からはじまり、古来から最新までの調理法の検証、隠し味の是非についてまで。広大なネットの海に漂ういくつもの情報たちを、自身の能力を駆使して集めては実践を繰り返してきた。
 もちろん、手に入る野菜料理の本も5冊は買っただろうか。
 だが、味見役を頼んでいる知り合いは、何故かいつも一口含んだ後に微妙な顔でこちらを見るのだ。
 そして、何故かとても哀しそうな顔をする。
「あともう一工夫、が足りないのかもしれません」
 神妙な顔で、クレインは自身の悩みを打ち明ける。
「そうね。なかなかあと一歩というのは難しいと思うけど」
 彼女もまた大真面目に逡巡し、
「それなら、つい最近品種改良に成功したコレなんかどうかしら?」
「実に斬新で美味しそうです」
「後は、コレと……アレなんかも、ちょっとしたスパイスになっていいかもしれない」
「では」
「じゃあ、収穫と行きましょ」
 気合を入れるように、シャロンは長い髪を自身の首に巻いていたバンダナでひとつにまとめ、肩をぐるりと回す。
「これ、お願い」
「え」
 何気なく手渡されたのは一見檻のような印象を与える、少々大きなカゴの持ち手だった。
「ここの野菜はイキがいいからね。収穫するにもコツがいるの。だからサポートの方をお願い」
「了解いたしました」
 見かけからは想像できないバネのある足で、シャロンは一気に地面を蹴った。
 その手には、小さな鎌が握られている。
「なるほど、あのようにするわけですか……」
 それは、およそクレインが想像していた『野菜の収穫』とは随分と趣を異にしている。
 なんだか悲鳴のようなものを上げてのたうつキュウリらしきもの。
 ひまわりとジャガイモが合わさったような植物は、茎をしならせて必死に彼女の手から逃れようとしている。
「クレインさん!」
「はい!」
 声のした方を振り返ったら、いきなり眼前に興奮したなんだかよく分からないものが飛び込んできた。
「―――っ!?」
 ぶつかる寸前、ソレは急停止し、そのままぽとりと地面へ落ちる。
 ゆっくりと視線を下へ向ければ、パプリカのようにもトマトのようにも見えるがそのどちらでもなさそうな赤い物体がもがいていた。
 咄嗟に左手から繰り出した単分子ワイヤーが、無事網の役割を果たしたらしい。
 どう見ても凶悪な色合いだけれど、きっとこれも彼女が選んだ『美味しい自家栽培野菜』のひとつなのだろう。
 そう判断し、とりあえずはこれも拾い上げてカゴの奥へ入れておく。
「クレインさん!こちらに鎌を!」
「はい!」
「そっちへ行ったわ!掴まえて!」
「はい!任せてください」
「そこ!罠を仕掛けてあるから気をつけて!」
「は……っ……」
 あと一歩踏み込んでいたら、防犯用の非常に古典的な罠に足を噛まれていた所だ。
 火薬を使うトラップは植物たちへの被害も大きい。
 それゆえの配慮ではあるらしいのだが、一体、この農園のどれくらいにこの手の地雷が仕掛けられているのだろうか。
 家の方から注がれる光によってライトアップされた農園で、少しばかり生命の危機を感じながら、クレインは彼女の指示を追いかけた。


 太陽の残光がこの世界からきれいに消滅する頃。
「これだけあればいいかしら?どう?」
 激しい戦闘を繰り広げていながら呼吸ひとつ乱れていないシャロンは、にっこりと笑みを浮かべて収穫用のカゴを覗き込んだ。
「……え、ええ……充分です……」
 対して、少々肩で息をしながら、クレインは彼女と同じくそれを眺めつつ、コクリと頷きを返す。
 一抱えはあるカゴの中では、気を失っているらしい野菜たちが、傷まないように配慮されつつもどっさりと詰め込まれている。
 彼の力では、例え持ち上がっても、それをどこかへ移動させるというのは困難そうだ。
 時間にすればそれほどでもないのだが、もとよりなかった体力がサイバー化に伴って更に減っている現状では、この『収穫』はなかなかの重労働である。
 だが、 
「よかったら我が家のオリジナル・レシピも聞いていく?」
 どこにもない珍しくも新しい食材を使い、まだどこにも出ていないレシピを習う。
 クレインにとって、それはまさに願ってもない申し出だった。
 いくつかは下処理の見当もつかない素材なのだ。彼女に教えてもらえるのなら、これほど心強いことはない。
「ぜひともよろしくお願いします」
「じゃあ、めいっぱい野菜を使ったパスタにサラダ、スープは裏ごししたモノと刻んだモノを加えるようにして……」
「ああ、お聞きしているだけで美味しそうですね」
 次々と上げられていくメニューとともに、2人は明かりを放つ彼女の家を目指す。


 研究所として充分な機能を保ちながら、住居としても申し分ない広さをもつ彼女の家は、初めて訪れた人間が歩き回るには少々面倒な作りとなっていた。
 どこか巨大迷路を髣髴とさせる雰囲気がそこかしこに漂っている。
 シャロンに案内されながら足を踏み入れたキッチンは、思わずクレインですら溜息をつくほどの充実振りだった。
「こういう場所でお料理を?」
「やっぱり、野菜を作るでしょ?どんな調理をすればどれだけの味が出るのか、どんな処理をすればどんな反応が得られるのか、そのデータも欲しいから……ついね」
 くすくすと笑いながら、彼女は抱えていたカゴをシンクタンクの中へ置く。
「さてと。じゃあ、これからちょっと野菜の下準備を済ませるから、クレインさんはまずパスタを茹でてもらえるかしら?寸胴がそこにあるから、よろしく」
「はい。任せてください」
「パスタはそこに並んでいるものから選んでね」
「はい」
 彼女の指示は的確で、なおかつ実に分かりやすい。
「あ、火力、強いみたいなので少し弱めますね」
「了解。その間に私は……と。あ、調味料はそこに並んでいるもの全部、好きに使ってもらってかまわないわ」
 再び息を吹き返した野菜たちが騒ぎ出し、キッチンは瞬く間に騒音で包まれた。
「さあ、やるわよ」
 ぐっと腕をまくり、気合を入れて彼女が前菜用の食材たちに戦いを挑む横で、クレインはパスタを茹でる準備に取り掛かる。
 キッチン備え付けの棚には、多彩なスパイスと調味料が所狭しと並べられていた。
「……このパスタには……やはり茹でる段階から味を少しつけておいた方がいいでしょうか……」
 持論に基づき、ふつふつと沸き立つ鍋の中に彼は思い切っていくつかのアルミ缶を傾けた。
 お湯に溶け込む色とりどりのスパイスたち。
「シャロンさん、お湯が沸きましたがタイマーはどちらでしょう?」
「ちょっと待って!いまセットするから」
 ザシュッ――と、断末魔の叫びにも似た音を上げる野菜を見事に解体し、そのまま食べやすい一口サイズに切り刻んで銀のボウルへ。
 トングで軽くそれらを掻き混ぜながら、合間で冷蔵庫に貼り付けられたタイマーに数字を叩く。
「これでオッケーよ」
「有難うございます」
 流れるような動作に感嘆の溜息をつきつつ、クレインはパスタの束をドサリと湯の中へ投入した。
 一瞬不吉な香りが鼻先を掠めたが、ソレもすぐに消えてしまった。気のせい、だったのだろう。
「さてと、じゃあ、サラダのレシピを公開しましょっか?」
「はい、説明、お願いします」
 彼の独断によって不可解なものに成り果てた液体の中パスタは、弱火でコトコトと音をさせつつ茹でられていく。
「次はパスタソースなんだけど」
「やはり季節の野菜をふんだんに入れるというのは、いいものですね」
 まだ、パスタはコトコト……煮込まれている。
「この野菜は、茄子とカボチャを掛け合わせて、更に遺伝子レベルから交配した……」
「あ!」
 ビチビチとまな板の上で悶える巨大な魚のカタチをした緑色の茄子が、クレインの手から逃げ出そうと尾びれで攻撃を仕掛けてくる。
「す、すみません。そちらの端を押さえていてくれませんか?」
「こういう時はね、こうするといいのよね」
 ガツッ――
 鈍い音とともに、茄子の頭に突き立てられたのは、ウナギをさばく時に使用される『千枚通し』だ。
 なんとも『息の根を止める』という表現がよく似合う。
「さ、この調子でガンガンいきましょ?」
 どこか艶のある笑みを浮かべていながらも、その言動は妙に物騒だ。
「ええ、ガンガン行きましょう」
 だが、クレインはあまりそういう面では拘りを持たず。
 結果として、非常に和やかな料理風景となっていた。
 そして。
「ようやく完成、ですね」
「うん。上出来だわ」
 テーブルの上に並べられたのは、凝った器に盛り付けられ、赤や緑や黄色の美しい彩が冴えるスペシャルメニューだった。
 温野菜のスープに白ワインが効いたサイコロ・サラダ、トマトベースの冷製パスタとマリネに、デザートのパイまで、何もかも自家栽培の野菜尽くしだ。
 一見しただけでは原材料にどのようなものが使われているのか判断できないほどに、見事な調理が施されている。
 何より、シャロンの目が届かない場所で密かに投入された、クレインの『あともう一味』がどれほどの効果を発揮するのかも、見た目では判断できないのだ。
 映像だけは完璧な、麗しき食卓風景。
「あ、もうこんな時間に」
 ふと顔を上げたクレインが、頭上に掲げられた時計の数字に思わず声を上げる。
「あら、思ったより時間が掛かったしまったみたいね。つい楽しくて時計を見るのを忘れてたわ」
「……これは、知人がお腹をすかせているかもしれません……」
 彼の表情が僅かに曇る。
「シャロンさんのところで食材をいただいたら、そのおすそ分けをしようと約束していたのですが……」
「あら、ソレって……」
 彼女の脳裏に、かつて野垂れ死に寸前までいった自身の過去が蘇る。
 研究の為に出かけた先でのあの経験は、その後の自分の人生に大きな影響を与えたのだ。
 空腹状態で何時間も放置されるというのは、あまりにも忍びない。
「良かったらこの料理、全部持っていく?それほど時間を掛けずにいける場所なら大丈夫。麺も伸びたりしないわ」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。空腹の辛さが誰よりも分かっているつもり」
「ではお言葉に甘えて」
「いま、容れ物を用意するわ。冷たいものは冷たく、温かいものは温かいままで食べて欲しいものね」
 キャビネットを開くと、そこには食器や調理器具と同じだけか、それ以上の種類の器が並んでいた。
 シャロンがネット通販で手に入れた代物である。
 用途に合わせた陶磁器風の器に、彼女は手際よく、瞬く間に料理したもの全てを詰めていった。
 そうして出来上がったものは、まるで一種の芸術作品である。
 それを持たせて、彼女はもう一度、今度は研究施設から外へと彼を送り出した。
「また来てちょうだい。貴方ならいつでも歓迎するから」
「ええ、もちろん。ぜひまた寄らせて頂きます。今日は有難うございました」
 全ては和やかなうちに幕を下ろす。
 少なくとも、クレインとシャロン両名の間では。
 だが。
 悲劇とは、警戒している内はなかなかその姿を現さないが、もう大丈夫と気を緩めたその瞬間、狙いすましたかのように、突如襲い掛かってくるものなのだ。
 迂闊にも味見係を任命され、あまつさえ空腹を抱えていたクレインの知人はその日、不幸な仲間とともに『天使が舞う白い花畑』を拝む羽目となったのだった……



END