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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに


ライター:有馬秋人






アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。




   ***




効果音は必要だろうか。
そう、たとえば「ぺったり」だとか「べたー」だとか、そういうちょっと粘着質な音だ。
アルベルトは自分の片腕に張り付いている娘を見下ろして苦笑する。少し離れて立っているレオナも笑ってピンクの頭を撫でた。
「ピンクちゃん、ほらボクとも手つなごうよ」
「ピンクはアールと手をつなぐのっ」
「うんだからさ、右手はアルベルト掴んで、左でボクと繋がない?」
「左手?」
「そう左」
片手を持ち上げて迷っているピンクにレオナはにっと笑いながら手を差し出した。自分の手とレオナの手を交互に見つめて迷っている愛娘を見つめて、アルベルトはくすりと笑う。
付いて来ると言ったときにはどうなることかと心配だったが、快活なレオナの様子に少しずつ警戒を解いているらしい。二人の会話を微笑ましいものだと聞きながら、ほんの少しだけ場所を変えた。掴んでいたリップがつらられて数歩進み、それに応じてレオナも進む。それだけで通行の多い道の中付近から端にかわる。その変化に気付いているのかいないのか、仲良くじりじりとした会話をしているレオナとピンクに柔らかい目を向けた。
ほのぼの家族までもう一歩、と内心で呟いたのは内緒だ。
「レオナお姉ちゃんも繋ぐ?」
「うんっ」
おず、と差し出された手にレオナが満面の笑みで頷く、それにピンクも笑い返して一気に空気が和んだ。
「じゃ行くか」
「アールは買うもの決まってるの?」
「うーん、決まってるけど。一個だけだから大して時間かかんないと思う。ピンクとレオナがよけりゃ俺の買い物を済ませて、それから二人に存分に付き合うけどどうする?」
「ボクは何も考えてないからアルベルトに任せるよ」
欲しいものと言って真っ先に浮かぶのが長いブレードの剣なんて、こういうデートっぽい時には言うなと相棒に釘をされていた。確かマナウスにはいい砥ぎ師がいるんだけどなぁとこそりとぼやいて、それでも綺麗に思考を押し隠す。それは目的じゃない。レオナの目的はただ一つだ、この目の前で養女と笑っている青年の真意を探ることで。
この穏やかな空気に忘れないよう、と口の中で呟いた。
「あのね、アール、あたしショッピング街行きたいの」
「いいぞ。幸いなことに俺の買い物もそこだ」
「うんっ」
にこにこと見あげてくるピンクに笑い返して、アルベルトは歩き出す。横に三人並んで歩くのが邪魔だと思われるほど狭い道ではなく、大通りなのが幸いして三人手を繋いだまま歩ける。ピンクの歩調に合わせてゆっくりと進んだ。
反対の方角だと露店の並ぶ市場だ。前回遊びに来たときはそこに行ったから、今度はショッピング街、ある意味分かりやすい思考だった。
アルベルトは両側を挟まれ、まるで三人家族のように手を繋いで歩いているピンクが存外楽しそうなのにほっとして、レオナをちらと見た。彼女も嬉しそうにピンクに話しかけて笑っている。出かける前に「レオナお姉ちゃんピンクのお母さんになってくれるのかな? ピンクね、あたし、それなら嬉しいけど」と悩んでいた当の本人はそんな葛藤は忘れたらしく、繋いだ手を大きく振ってはしゃいでいる。
たまにはこういうお父さんとお母さんでもいいのかもしれない。自分の母親がいるときは、自分が子どもになってしまう。ピンクにしてみればお祖母ちゃんとお父さん、だろう。外見はともかくとして。
「よかったなピンク」
「アール?」
突然よかったなと言われて首を傾げた娘にアルベルトは笑う。自分とレオナを交互に指差して。
「お父さんとお母さん、だろ」
「アっアアアアッアルベルト!!?」
「家族になるのは嬉しいって言っていなかったっけ?」
「言ったけどっ、ボクはただっ」
「お母さん、嫌?」
下から聞こえた声にレオナはギクリと動きを止めた。じわりと泣き出しそうな顔をしてピンクが見あげている。
「あ、……いや、じゃない、よ」
がくりと肩を落としながらレオナが答えると、ピンクがよかったとレオナにしがみ付く。
「アルベルトォォ、キミ図ったなっ」
「図ってなんかいないって。俺はただそうだったら楽しいよなぁっと」
自分から完全に離れてレオナに懐きだしたピンクを見ながら、ほんの少し意地悪く笑うと相手は憤然とした顔でピンクを抱き上げた。
「ピンクちゃんボクん家の子になりなよ。楽しいよ〜」
「おぉ、ピンクお誘いがきたぞ」
「やっ、ピンクはアールの家の子なの」
「…断られたちゃった」
「………レオナお姉ちゃんピンクのお母さんになる?」
一緒だと楽しいよ、と逆に誘いをかけられて、レオナはぽりぽりと頬を掻いた。家族になれるのは嬉しい。それは本当だ。けれど、それがアルベルトとお付き合いにイコールで結ばれるのは躊躇いがある。軽々しく頷けないと困っているレオナを他所に、目的の建物に入ったアルベルトは指を指しながらケースに近づいた。一階の貴金属が並ぶテナントの一つが取り扱っているらしい。
「で、何を買うの?」
「ライター。オイルライターの一式セット買おうと思ってさ」
「ふぅん」
ピンクを抱き上げたままケースを覗きこんだレオナにアルベルトはちらっと目を向ける。ピンクと一緒になってデザインのあれこれを言い合う姿は、若い母親とその子ども状態だ。微笑ましくて口元がつい緩みがちになる。
「アールっ、あのお花のが綺麗だよね」
「ちょっち可愛すぎるかなぁ。アルベルトだったらもう少しこう…直線的なものでもいいと思うけど」
ピンクが指差したものはつぶされていない銀にデフォルメのきつい花が刻まれているものだ。モチーフは百合だろうか、両側に広がる螺旋が葉脈のようにも見える。一方のレオナはステンレスにも見える合金に、曇りの入った金がシンプルなラインとして走っている一品。示された二つを交互に見て、アルベルトは腕を組んだ。二人の意見が合致していたのなら自分の主義趣味趣向を曲げてでもそれを購入しただろうが分かれていたらどうしようもない。どちらを取るかと考えるのは嫌なので、ここは自分の趣味でいくことにした。
「俺の趣味としちゃ、こっちだよ」
アレコレ悩まずに即断で。悩むほど迷っていなかったのはクリアケースで一際目を惹く一品があったからだ。アルベルトは店員に声をかけるとずらりと並ぶ商品の一つを指差して、補充用のオイルと換え石までをセットで梱包してもらった。
「お花がいいのにね」
「金ラインも綺麗なんだけどなぁ」
「はいはいごめんな」
「アールのいじわるー」
「ねー」
会計しているアルベルトの背中に二人の文句がぽんぽん飛んできた。それを苦笑しつつ流していると顔を寄せて話し合っていた二人は何を思ったのか駆け寄ってくる。
「ちょっとそこで飲み物飲んでくるけどいいかな」
「あのね、すっごくおいしそうなの」
「そりゃいいけど、見える位置に居てくれよ」
「うん、わかった。行こうかピンクちゃん」
手を繋いでててっと走り出したピンクに引かれる体勢でレオナが歩いていく。アルベルトは会計を済ませて、梱包待ちの商品を視界の隅に捉えた。
選んだのは燻した銀色の側面に、無色の石が埋め込まれたものだ。アクセントに小粒の石が埋め込まれたものはデザインというよりも、いっそ機能美とても言いたくなる外観で。
「……手中の星、なんちゃって」
あるいは掌中の珠。
夜空で輝く星のような相手と、大切な愛娘を重ねてしまったなんて口が裂けてもいえないし、母親辺りに思考を読まれたら恥ずかしい。紙袋に入れて渡されたそれをくすぐったく思って軽く口元を押さえ、それから手を振っている二人に顔を向けた。




   ***




カジュアルな服が並んでいる三階の一角で、アルベルトは真剣な顔をしていた。広げているのは子ども服がいくつかと小物の類。横にいる店員が笑っているほどまじめに細かな細工を確認しているさまはまさに親ばか街道一直線で。ピンクについて服の林をうろうろしていたレオナはアルベルトの視線の先に気付いて笑った。ピンクを呼んで手を引くと後ろからそっと覗き込む。
「何に悩んでるのさ」
「色は白がいいんだ…ってレオナ!?」
「アール?」
覗き込まれているのに気付いてなかったのか、驚愕したアルベルトにピンクがきょとんと小首を傾げる。
「なんだよ、お化けでもみたみたいにさっ」
「……驚いただけだよ」
「変なアール」
きゃらきゃらと弾けるように笑ったピンクの頭を撫でて、アルベルトは白いワンピースを一つ手にとった。
「やっぱりこっちだな」
ピンクの前に重なるように服をかざして似合うと破顔一笑する。アルベルトの賞賛にピンクも嬉しそうに頷いた。
「じゃ、すみませんコレお願いします」
横で「この客は必ず買う」といわんばかりに控えていた店員が、柔らかく笑って服を受け取ったのを確認すると、会計する前に、といつの間にか抱えていたライター以外の袋をレオナに渡した。
「ふに?」
「似合うと思う」
「……え? ……ぇぇええっ」
もしかして、と顔を真っ赤にしたレオナに照れくさそうにすると、アルベルトはピンクが服に目を向けているのをいい事にこっそりと耳打ちした。
「あいつのとペアになってるんだ。一緒に着てやってくれよ」
それと、今日の記念に。
赤面したまま口をぱくぱくしているレオナをそこに置いて、会計所で待っているピンクに寄る。愛娘は綺麗にラッピングされていく自分の服を楽しそうに見ていた。
「あたしね、知ってるの」
「うん?」
「レオナお姉ちゃんとお揃いv だよね」
「…う、ん?」
何で知っているかなぁと少しばかり頬を引きつらせたアルベルトは、ピンクの顔を覗きこむ。
「だってさっき、あたしはレオナお姉ちゃんがお洋服見ているとき、アール買っていたもん」
「あらら、見られてたか」
「見てたの」
にっこりと笑って頷くピンクに、アルベルトは少しだけ困ったように笑う。
「じゃ、今度レオナと一緒にペアルック着て見せてくれよ」
「うん!」
ちょうど出来上がったラッピングにピンクが手を伸ばす。少し大きくないだろうかと心配するが、案外上手く受け取った。手に提げても地面に引きずらないギリギリの高さなのでそのままピンクに持たせて赤面が落ち着いたレオナと合流した。
「ね、ね、アール」
どこかぎこちなく口を開こうとしていたレオナより先に、紙袋を提げていたピンクが服を引っ張った。
「どうした?」
「お手洗い、行きたいの、いい?」
テナントが少ない方面に、街が一望できる休憩スペースが設置されている。そこの傍にトイレがあるのを確認すると、アルベルトは頷いて歩き出した。声を出しそびれていたレオナも並んで歩き、抱えた服を大切そうに視線で撫でる。
「ありがとう。大切にするよ」
「大切に、着てくれな」
仕舞いこんで肥やしにはしないでくれ、と笑うアルベルトにレオナはそうだねと返した。間に挟まれていたピンクは少しだけ頬を膨らませる。それに気付いたレオナは口端を曲げた。
「ピンクちゃん、一緒に着ようね」
「……一緒に着るけどっ、…アールも一緒?」
「俺の分は流石に買ってないよ」
「じゃ、ちょっと休憩したらアルベルトの分のワンピースも選ぼう」
「やったー」
「レオナ!?」
「ふふん、ボクの奢りだよ。存分に似合うの探そうっ」
少しの照れくささを払拭するように伸びやかに笑うレオナに一瞬見とれて、アルベルトは反論するタイミングを逸した。
「ったく。いいけどな」
二人が選んでくれるのなら、たといワンピースだろうが着こなして見せよう。そんな呟きにレオナとピンクは顔を合わせて楽しそうに笑い声を上げた。
「っと、ほらピンク。そこだそ。一人で行けるか?」
「いけるもんっ」
「ボク一緒に行こうか?」
「いいのっ、いけるのっ」
大丈夫だと走っていくピンクを見送って、アルベルトは肩をすくめた。休憩スペースには珍しく利用者がいない。分厚いガラス窓から入ってくる日光に目を細めてベンチに荷物を置いた。レオナは高層ビルから下を見るのが珍しいのかべたりと窓に張り付いている。その肢体が白いシンプルなワンピースを着ている姿を想像して、アルベルトは微笑みかけるが、ギシリという鈍い音と強い感情の気配に目を見開いた。使おうとしていないESPが触発されそうなほど、エネルギー値の高い感情。
発しているのはレオナだった。
「レオナ!?」
「………ノス……トゥ」
口の中で何か呟いて、眉間に皺を寄せている。視線の先を覆うとするがすぐに瞼は閉じてしまった。それでも、と大体の位置に目を向けるが豆粒のような人ごみがあるだけで分からない。
何がこの相手をこれほど動揺させたのか。
片手は手すりを握り、ギシギシと音を立てている。もう片方は自分の体を庇うように、いいや、制止するように握りこんでいた。
全身の血が凍りついているような、緊迫した気配が漂っている。
「レオナ、頷くだけでいい」
瞼を下ろしたまま身動きしない相手の横で真摯に囁く。
「一人がいいか?」
首肯はない。
「俺は居た方がいいか?」
微かに顎が上下した。それを了承と取って手すりを握りつぶしかけている片手を上から覆う。そっと、重ねるだけの接触だ。そのまま数分、硬直していた時間は両手を洗って出てきたピンクによって再稼動する。
「アールくっつき過ぎなのっ」
「…だってさ」
「レオナ、平気か?」
「平気だよ」
ピンクの視線を受けて先と同じように笑うレオナにアルベルトは追加で言おうとした科白を全て飲み込んだ。
二の腕に残っている握り込んだ痕は、半端な力じゃなかったことを示している。自己修復機能があるからしばらくしたら消えるだろうが生身であれば鬱血が凄いことになっていただろう。手すりを思わず握りつぶしてしまいそうなほどの力をとどめて、堪えた。
二人の会話が見えないと、拗ねだしたピンクの頭を優しく撫でて、レオナはアルベルトを見あげた。
「ちょっと、仇が見えただけだからね」
何でもないことのように、告げる。
「……わかった」
仇という言葉に尋常ではない感情が篭っているのを感じながら、それでも理性的に居ようとする相手の意志を尊重する。レオナが今特攻かけないのならばそれでいいのだろう。武器が不十分なのかもしれないし、自分やピンクを気にしているのかもしれない。そんな突っ込んだ事情まで聞けるほど深い関係はまだ築けていないのだ。
自分に出来ることは、相手の心に負担にならないように気遣うこと。
スタンスを決めたアルベルトに、ピンクが休憩スペースに面しているテナントのワンピースがずらりと並ぶ一角を示した。
「あれきっと似合うと思うの」
「その隣の、色がはっきりしているやつもいいんじゃないかな。でもさピンクちゃん」
アルベルトの心配を他所に、思考を切り替えたように笑うレオナはにっと鮮やかな微笑を見せる。
「どうせなら、ボクとキミのに似ているのがいいよね」
お揃いで行こう、そんな提案にピンクがはしゃいだ声を上げた。アルベルトはレオナの強さに感嘆しながら、諸手を挙げて降参する。
「好きにしてくれ」
全面降伏に、二人は張り切って選ぶことを宣言した。







2005/07...


■参加人物一覧


0522 / アルベルト・ルール / 男性 / エスパー
0536 / 兵藤レオナ / 女性 /オールサイバー
0565 / ピンク・リップ / 女性 / エスパーハーフサイバー


■ライター雑記


ご注文ありがとうございました。有馬秋人です。
に、苦手分野に入っている色恋沙汰がらみなのですがっ、上手く描写できているでしょうか(汗)。
苦手だからと言って逃げるわけにゃ行かないと頑張ってみたのですけれど……。
「ほのぼの家族」という言葉にすがり付いてみました。うぁ。
デートというよも本当に休日の買い物風景になってしまっているのですが、楽しんでいただけると幸いに存じます。

ご依頼、ありがとうございました(平伏)。