PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


□■□■ ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに ■□■□

ライター:哉色戯琴


 アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
 ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
 審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
 何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
 ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
 もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
 お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。

■□■□■

 ジェミリアス・ボナパルトとシュワルツ・ゼーベアがマナウスにやって来たその日。
 町は、サンバだった。

 正確にはボイ・ブンバと言って、一般に浸透しているサンバの原型にあたる。六月の末に開催される賑やかな祭、マナウスのあちこちに牛を象った様々なディスプレイが飾り立てられ、焼肉の屋台すら出回っていた。人々は煌びやかな衣装を身に付け、音楽に合わせて踊っている。振り付けは予め決められているため、マスゲームのように全員が々動きをするのは何処か圧巻だった。
 長身と豊満な肉体で周囲の視線を集めながら、ジェミリアスも踊る。
 その脇には、鼻の下が若干伸び……否、浅黒い顔が微妙に赤面……否否、どこか不安そうで、かつ落ち着かない様子のシュワルツが佇んでいる。

 炎天下。
 むちむちの踊り子。
 祭りは如何なる時代も、人々を陽気にする。

「おやおや、皆さん随分楽しそうですね」
「あ。シオン様、これはこれは。偶然でございます、ショッピングですか?」
「ええ、少し衣料品を買いに来たのですが。セフィロトにいると時間……と言うよりは、時期ですね。その感覚が狂ってしまいます。お祭りなのはすっかり忘れていました……ジェミリアスさんも、お楽しそうですねぇ」

 祭りの陽気とは一風変わった朗らかさを持つ笑顔で、シオン・レ・ハイはシュワルツに声を掛ける。言葉の通り彼の腕には幾つかの紙袋が下げられ、シャツやジャケットの類が見え隠れしていた。祭り一色の中でも、彼はのんびりとマイペースに自分の買い物を終えたところなのだろう。らしいと言えばらしい、シュワルツは微笑を浮かべる。が、その時、不意に辺りに流れていた曲の調べが変わった。より情熱的なテンポのそれは、激しく人々の身体を揺らす。
 勿論、ジェミリアスも。

 てれーん。

 は、ッとシュワルツは鼻を押さえる。訝ってか顔を上げたシオンを誤魔化すように軽く頭を振る。そういえば、とシオンが漏らした声に彼は少し裏返った声で不自然に返事をし、世間話の開始文句――『こんな噂を聞いたのですが、ご存知ですか』を、耳にした。

「最近、この辺りにある動植物園のマナティプールで、夜な夜な何か不審な生物の目撃情報があると聞いているらしいのですが……シュワルツさんもご存知ですか?」
「不審な生物、ですか? それは……ただのマナティではなく、別の生き物なので?」
「はい、噂ではそう言われているようですね。閉園後のプールに忍び込んだ男女がそれを目撃したとかで」
「さて……私もこの所は殆どセフィロトにおりましたので。何か被害が出ていないにしても、謎の生物と言うのは中々物騒なお話です。タクトニムの可能性もございますし」

 むう、と顔を歪め、シオンは頷いて口元を軽く指で押さえる。セフィロト、それも上階にタクトニムが居るのはビジターとして日常的な話だが、周囲の都市部にまで侵攻があるという話はあまり聞かない。全く聞かないというわけでもないが、それはごく微々たるものだ。民間人の手で充分に取り押さえられる程度の、小物。
 マナティと言うと、その体長は三メートルほどが平均だったが、それも旧世紀の事である。審判の日の大災害で自然の生体系は崩れ、ある生物は巨大化したし、逆に縮んだものもある。現在のマナティは前者であり、その体長は大きいもので十メートル近くにもなるのだ。それに紛れ込めるとなると、その『怪生物』と言うのもかなりの体長になるだろう。
 暴れたりしたら、厄介だ。

「……ふぅん」

 二人の会話を通りすがりにそれとなく耳に入れていた饒・蒼渓は、一人頷くように、そう小さな声を漏らした。

■□■□■

 マナウスへと脚を運んだ理由は、シュワルツのボディを購入する為だった。よい素材が見付かったとか、負荷を軽く出来るパーツが見付かったとか、細かいことは聞いても仕方ないことなので、尋ねもしなければ説明も簡単にしかされない。主人が良いと言うからには、きっと自分の為になる何かをしているのだろう、シュワルツは思いながら、ホテルのベッドに腰掛けていた。ジェミリアス御用達のそのホテルには何度か宿泊経験もあり、彼のボディに耐えられる特注品のベッドも用意されている。ただし、体重の配分で気を抜くと、途端に太いスプリングが飛び出してしまうと言う少々危なっかしい代物だが。

 シュワルツはぼんやりと窓に向かい、そこから見下ろせる夜景を眺めていた。
 祭は夜こそが本番であるように踊り狂い、様々のイルミネーションも確認出来る。どんな時勢もどんな世も、そういった感情を消し去ることは出来ないらしい。道には着飾るように派手な衣装を身に着けた人々が居並び、その踊りを競うように楽しんでいた。聞こえるリズムはどこか心を躍らせるような、不思議な躍動感を持っている。

 そう言った音に触れるのも、思えばこうして人の形をした器に入るようになってからだった。昔はずっと暗い箱の中にいて、その中に、音はなかったように思う。音はあったが、音楽はなかった。何かはあったが、同時に何もなかった。そういったものを感じられる現在と言うのは、様々なことを学ばなければならないと言う義務の反面、触れる文化全てが新鮮で楽しくもある。

 そんな自分の暮らしをくれた主を、彼は敬愛していた。
 たまに動物虐待気味にいぢめられることもあるが。
 それでも、楽しいものは楽しい。
 今のこのひと時ですら、いとおしくて堪らない。

 しかし。
 彼は、むうっと窓ガラスに反射する自分の背後を眺める。
 そこにはバスルームのドアが映っていた。閉じられている内側では、主であるジェミリアスが出掛けるための着替えをしているはずである。昼間にあれだけアクティブに動いたにも関わらず、精力的だった。
 夜の外出は危険だから付いて行こうと思ったのだが、祭りなのだから、と野暮は断られた。留守番と言うのは少し味気なくはあったが、それでもこうして見ているだけでも祭りと言うのは楽しい気分を分けてもらえるような気がして、面白い。
 それに、空いた時間も空いた時間で、使いたいことがあるのだし。

 だが、気になる事はある。
 着替えているはずなのに、どうしてこんなにがさごそと音がするのか。
 何故、小道具もとい大道具の気配がするのか。
 一体今、ジェミリアスは何に着替えているのだろうか――?

■□■□■

「Freeze<動くな>」

 かちゃりとシャツ越しに押し付けられた金属の感覚と同時に、撃鉄の起きる音。シオンは言葉に従うように両手を挙げ、軽く脚を開く。油断はしていなかった、はずだ―― 一応戦地に乗り込む状況なのだから、そんな自惚れをやらかすはずもない。だが、後ろには人間が居た。人間、である。タクトニムではなく、人間。
 人型のタクトニムも確認されてはいるが、その中で人語を解し、尚且つ交渉の余地とも取れる警告を発するような固体の情報はなかったはずだ。ならば、後ろに居るのは人間だろう。

 シオンは辺りを見渡し、周辺の気配を伺う。少なくとも己のサイバーアイに感知される情報は何もないし、気配、第六感の感覚に訴えるものもない。と言う事は相手は一人、単独、個別と言うことだろう。単体としての戦闘能力ならば、この場を制する自信はある――だが、なるべくなら穏便に済ませておきたい。率先して争いたいと思うほどに、飢えた感覚は持ち合わせていない。

 閉園後の動植物園、マナティプールに来た理由は、昼間にシュワルツから聞いた噂の真偽を確かめる為だった。タクトニムだったとしたら人々に危害を与える前に破壊しなければならないし、マナティ達への被害も懸念される。保護動物だからではなく、生き物は大切にしたい。のっそのっそ可愛いし。野生のタクトニムならばまだ良いが、このご時勢、希少動物のコレクターもいる所にはいる。専門の密猟集団も、いる。
 そちらの繋がりを勘繰りもしたのだが、今ここで相手が一人ならば、組織的な犯行は考え難い。同時に、部外者を入れると言う手際の悪さも知れる。つまりは、密猟の可能性は薄いと言うことだ。ならば、噂が出ている状況下でここに居るのは――。

 シオンはとんッと爪先で地面を蹴る。オールサイバーの身体は決して軽いものではないが、靴や脚に仕掛けられていた空気の噴射機能によって、何の予備動作もないそれだけの行動でも身体を持ち上げる事は出来た。ぐるり、空中で弧を描くように相手の後頭部を見る。どうやら随分歳若い男らしい、職業軍人のような格好をしていた。そのまま後ろに回り込む。
 しかし、相手の動きも素早かった。即座に足を踏み込んで距離を取り、銃の照準を合わせなおす。的確に向けられた銃口、そして整えられた体勢。だが、ただの銃程度ならボディに少々の損傷が出る程度だろう。痛いのはイヤだが、それだけで済むなら万々歳だ。

 勿論、一番は和解だが。

 シオンは一足飛びに距離を詰め、指先を相手の鼻先に突き出した。
 先端が、ぱっくりと、開き。
 そして。

 花と旗が飛び出した。

「…………」
「こんな感じで、私は何も怪しい所のない極々平凡なオールサイバーの一般市民なのです。なので銃を降ろして頂けると大変に嬉しいのですが、如何でしょうか?」
「…………仕掛けをしてある時点で、医療用のオールじゃあるまい。軍事用なら、どう考えても平凡な一般市民じゃないだろうが――」

 ふぅっと息を吐き。
 蒼渓は、銃を降ろす。

「そんなとぼけたことをこの状況下でするような奴は、敵じゃあないだろうな」

■□■□■

「俺がここに忍び込んだのは、まあ昼間にちょっとした噂を聞きつけた所為でな。日中でも良かったんだが、開園時はプールに入れないと聞いて、夜まで待った」
「と言う事は、貴方も――妙な生物の噂を聞きつけてやって来た、と言うことですか?」
「ああ。別に誰に頼まれたわけでもないんだが、放っておくのも気持ちが悪くてな。密猟の可能性もあるし、その場合は確保や通報も視野に入れなければならないだろう」

 簡単な自己紹介を交わしてから、シオンと蒼渓の二人は誰もいない園内を歩いていた。明かりは最小限に抑えているし、会話の声も辺りに響かないよう注意を払っている。他の侵入者が居ないとも限らないのだから、その程度の警戒は必須だった。
 青白く弱弱しい、しかし視界を確保するには充分な小さいライトの光を追いながら、二人は足を進める。水の音が小さく響き、水場と、そこに集う動物達が近いことが感じられた。辺りを伺いながら、蒼渓は声音を落としたままに会話を続ける。

「正直、夜に忍び込むことなんて通り掛るまで忘れていたんだがな――少々妙な人影が見えて、もしやとな。密猟者の類が作業を早める為、タクトニムを製造すると言う事例も、無いわけではない。怪生物がそれである危険性も、無きにしも非ずだろう」
「それは、確かに言えますね。自在に操ることの出来るタクトニムがあれば、人手も削減が可能ですから、危険は少なくなります。水辺に近い此処なら、潜入させるのも容易いことですし」
「応。ここは海と繋がって常に新鮮な海水を入れているとのことだからな。ところでシオンとやら」
「はい?」
「初歩的なことで相済まんのだが、マナティについて詳しく教えてはくれないか。どうも、看板を見ただけではどんな動物なのか想像が出来ん」

 つい、と蒼渓の指差した看板には、可愛らしいイラストが。
 下半分だけ、描かれていた。

「あれと言うのは尾だけの生物なのか? だとしたら随分と面妖なものだが、だからこその希少価値で保護動物になっているのか、どうにもそれが気になって」
「いえ、アレ看板が半分壊れていますから」
「そうなのか」
「そうなんです」
「……はて。目測だがあの看板、五メートル近くはあるな。園内案内図のようだが、抉れるように欠けている。それに、風も無いのに木っ端が散って――」

 ざ、ばん。

 不意に水の音が強く鳴り、何か黒い山のようなものが盛り上がった。月は無いものの星の明かりがほんの少しだけ世界を照らしていた、それを遮って、山は伸びる。不恰好な肉の所々には、機械のものと思しきチューブやパーツが見え隠れしていた。分厚い脂肪に埋まるそれらの不細工なシルエットは、萎むように、また水に消える。山の端が掠ってか、先ほどの看板がまた欠けて、木っ端を散らした。

「…………山?」
「…………山ですね」
「…………山か」
「いや、タクトニムですけれどね」
「やはりそうか」

 言うが早いか、蒼渓はホルスターに入れていた銃を抜き放ち、水に沈もうとしている山に向かってトリガーを引いた。

■□■□■

「あッ、まったく!!」

 プールの近くにある休憩スペースの屋根の上。
 サンバカーニバル用の派手な衣装を身に着けて腰掛けていた長身の女性は、閉じていた眼を開けて声を漏らした。
 そしてまた、軽く眼を閉じる。
 精神を集中する、慣れたイメージ。
 水の流れのように、辺りの気流を操るように。

 彼女は、対岸で発せられた銃弾を止める。

 そして。
 プールから引き上げた水を。
 思いっきりに、放水した。

■□■□■

「ッうわ、ぺッ!」
「む、これは――なるほど、そういう作戦ですか」
「シオン? 相手の意図が読めたのか?」
「はい、これは俗に言う、水も滴る良い男と言うものです!」

 カチャッ、ターン。
 ぎゃー。

「蒼渓さん、突然の発砲は危ないです、命に関わります!」
「オールサイバーが何を抜かすか。しかし不可解だ、『これ』――見たところによると野生のタクトニムのようだが、ここに迷い込んでくるにはあまりの巨体。場所を知っていたとすれば、介在する人間が必要――ッと!」

 ぐるりと側転し、蒼渓は繰り出される水鉄砲を避ける。どうやら攻撃をするとやり返されるらしいが、肝心の『山』、もとい巨大なタクトニムは、こちらの存在に気付いている節すらない。巨体の尾だけが彼らの眼前にあるばかりだ。感知しているのだとしたら、どこかにこれを擁する人間がいる。もしくは、このタクトニム自体がエスパーとしての能力に目覚めてでもいるか。
 流石にこの脂肪の塊に対処出来るほど強力な武器の持ち合わせはなかった。元々街に来たのも、戦争をするためではないのだし。装備はこの時代如何なる時も怠らないが、それにしてもこれはあまりも想定外だ。銃弾はすぐに撃ち尽くすが、一発も当たる気配はなく、代わりに水鉄砲が降って来る。マガジンを切り替えるが、ただ無駄弾を消費しているだけのようにすら感じられた。

 ほうー、と孤軍奮闘状態に水鉄砲の襲撃を避ける蒼渓を尻目にしながら、シオンは水に濡れたままでタクトニムを見上げていた。マナティ数頭分はあるだろう巨体は、威圧感すら覚えさせるが――彼はそれ以上に、違うことを考える。巨大な山、山のような塊、塊の生き物、つまり、肉。

「何ヶ月分の食糧になるんでしょうか……」

 五秒後、水鉄砲マシンガンでタップダンス。

「な、なるほど、こちらの言葉も判るのですね!」
「お前はタクトニムを食うつもりか、どんな悪食だ」
「いえ、ですがこれだけのお肉だとそう考えてしまうのも仕方がないのだと思います! なんと言っても食糧難ですし、難民キャンプなどに寄付したらどのようになるかと、へぶしッ!!」

 巨大な氷の塊がシオンの後頭部に炸裂する。
 オールサイバーでなきゃ、確実に撲殺だった。

「こちらの言葉が分かると言うのなら、説得も出来そうだが、如何なものか――」

 シオンの死体をずりずりと引き摺って物陰に遺棄しつつ、蒼渓は思考を巡らす。言葉は通じるだろうが、この場にいるのが『何者』なのか、まずはそこから考えなくてはなるまい。山のように巨大なタクトニムだけなのか、それともそれを守る誰かしがが見ているものなのか。誰かが見ているとしたら、それは――

 彼は思い出す。
 閉園時間を回ったこの場所に忍び込んでいった人影。
 それを追って、彼はここに潜入したのだから。

「……女!!」

 蒼渓は。
 怒鳴るように、呼び掛けた。

■□■□■

「あら」

 サンバの豪奢な衣装を身に着けた女性は、その声にきょとんッとその表情を呆けさせる。
 こちらを見られているとは、考え難い。男の持っている銃の射程距離は、対岸にいる彼女にも充分届く。ならば、呼びかけるよりもブッ放した方が圧倒的に早いだろう。それでも呼び掛けてきたという事は――こちらの存在に勘付いてはいるものの、確認は出来ていない、と言ったところか。

『こちらはこのタクトニムが危険であるのならば、処理若しくは人の居ない場所への移送を考えている。もしも刺激を与えて凶暴化することでもあるのならば、セフィロトへと運ぶ所存だ。とにかくこの場所には人が多すぎる、移動はさせなくてはならない』

「うーん、それはそうなんだけれど、私もそれには賛成したいのだけれど――」

 んーんーんー。
 女性は唸るように、首を傾げる。
 羽飾りが、ゆらゆらと揺れた。

「たまにはナンパも許してあげなくちゃ、可哀想だものね」

 うふ。
 ついっと、彼女の指が降りる。
 声を張り上げていた男に、集中豪雨が降った。

■□■□■

 動植物園で謎のどざえもんと化した二人の男性が保護された朝。
 マナウスのホテル、スイートルームには、二人の男女の影があった。

「ねーぇ、黒丸ちゃん」

 にーっこり。
 整った容貌、白い肌。限界までそれを近付けて、ジェミリアスはシュワルツの顔を覗き込んでいた。マナウスにあるホテルの一室、湯上りの彼女はバスローブ姿。身長に合わないのか、少し乱れた風なそれをなるべく意識しないよう素数を数えながら、シュワルツは有らぬ方向を見る。部屋の隅には使い終えたサンバ用の豪奢な衣装が無造作に置かれていた。それを眺めながら、彼はひたすら与えられるプレッシャーに耐える。

 耐える。
 耐えたい。
 耐えられたら良い。
 どんどん意志が弱っていくのが、ありありと判る。

「実は私、最近とっても気になる悩み事がいくつかあるんだけれど、聞いてくれるかしら?」
「……ご主人様のご命令でしたら、何なりと」
「そう、それは助かるわ。実はね、私がペットにしているお気に入りのトド型タクトニムの調子ず最近悪いのか、まったく姿を現さないんですって。トドって脂肪が多いでしょう? やっぱり小まめなチェックって欠かせないのよね、なんと言っても命に関わってくるところだから」

 にーっこり。
 にこにこにこ。
 シュワルツの眼が、四次元の方向を向く。

「しかも何だか気になる情報も仕入れちゃったし。動植物園のマナティプール、そのトドちゃんが一休みしたりハーレム作ったりするには、結構丁度良い場所だと思えるのよね。広い場所で閉鎖されていて、水は綺麗で棲みやすい。トドちゃんもやっぱり、そういう場所で寛ぎたいんでしょうねぇ……ね、黒丸ちゃん?」
「は、はい、そう、です、ね……仰る通り、です。ご主人様」
「そうよね、そう思うでしょう? でも、あんまりにもあの子が大きいものだから、他のマナティに混じれないのかしらね……なんだか噂が立っちゃったみたいで、昨夜なんて寛いでいたトドちゃんに攻撃まで仕掛けてくる人が出てきたの。でも、仕方ないわよね。ちょっと目立っちゃうんですものね」

 嗜虐的。
 英語で言うとサディスティック。
 ああ、釘を刺されてる刺されてる。
 あんまり遊びすぎたら駄目だと、びしびしされてる。

「ご主人様、その、誤解が少々あるようなので訂正させていただきたいのですが、最近本体の方を研究所に入れなかったのには深い訳がありまして」
「ええ知っているわよ、ハーレム作りに専念していたんでしょう?」
「誤解です、実は少々発情期になっておりまして、その関係で本体をご主人様の近くに置くと大変な事になってしまいそうだったので、だから夜の間は少しあそこで遊んでいただけなのです!」
「あらあらどうしたの、黒丸ちゃん。そんなにフォローをしなくちゃいけないのかしら、何かやましいことがあるのかしら?」
「ご主人様ー!!」

■□■□■

「……タクトニムは逃げた、ようだが。……それはつまり、俺達の濡れ損と言うことなのか?」
「あ、ああああ!!??」
「どうしたシオン」
「お財布がありません!! 水鉄砲を受けたときに落としてしまったのでしょうか……しくしくしく」
「…………」
「そう言えば、買い物の荷物も近くの公園に置いたままでした。何方か優しい方が拾って届けて下されば良いのですが、どうしましょう……」
「……諦めろ」



■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 三十八歳 / 女性 / エスパー
0607 / シュワルツ・ゼーベア   / 二十四歳 / 男性 / オールサイバー
0375 / シオン・レ・ハイ     / 四十六歳 / 男性 / オールサイバー
0654 / 饒・蒼渓         /  二十歳 / 男性 / エキスパート


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めまして、またはこんにちは。この度はパーティノベルのご発注頂き誠にありがとうございました、ライターの哉色と申します。普段よりも時間が掛かってしまいましたが、パーティノベル・トドの秘密発情期編をお届け致します(待) 今回は全体的にコメディタッチなのでボケ倒し密度が高くなっておりますが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼をば。