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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【オフィス街】逃げろ!

ALF

 おい、下手な所に触るなよ。ここは、元々会社関係のビルなんでな、セキュリティシステムが完備されていたらしいんだ。
 もっとも、長い間放っておかれたせいで、たいがい壊れちまってるんだが、時々セキュリティがまだ生きてる事が‥‥
 て、鳴り始めたな。お前か?
 まあ良い、逃げるぞ。この警報に呼ばれて、すぐにタクトニムがうじゃうじゃやってくるって寸法だ。
 良いから走れ! こうなったらもう、部品回収なんて後回しだ。敵はもうすぐ其処まで来てるぞ!

●動機
 「セフィロト内部にてタクトニム製造プラント発見」の報はヘブンズドアを駆け巡った。
 元よりタクトニムという奴は、倒しても倒してもその数が減らない。と言う事は、何処かで誰かが作っているのだろう。
 まあ、モンスター型の奴等は、自分で勝手に繁殖しているのかもしれないが。少なくとも、シンクタンク型は、何か工場のような場所で作らないと無理なはずだ。
 そう言った工場の様な物はあるとは思われていたので、タクトニム製造プラントという話では誰も驚かない。
 この報せが、ビジター達に注目を持って迎えられたのは、もっと違う側面から見ての話だ。
 つまり‥‥

「工場には、部品があるはずだよね。それ、もの凄い価値にならないかな?」
 いつもながらのヘブンズドア。いつものテーブルを囲む面々。
 兵藤・レオナの問いは、他のメンバーにも魅力的な想像として伝わった。
 ビジターは、セフィロトからの部品回収が生業だ。
 生きて行くにも、戦い続けるにも、金が必要なのが世の道理。なれば、儲けのチャンスにはしっかりと食いつくのが人の生きる道。
「部品か。珍しいのがあれば、研究材料になるかもな」
 アルベルト・ルールが、レオナの話に乗り気になって言う。
 今の技術では創り出すことさえ出来ない部品や素材は、研究者でもあるアルベルトにとっては金銭以上に魅力的だ。
「そうそう。それもあるよね」
 レオナは嬉しそうに頷き、そしてテーブルの一端を見る。それは、アルベルトも同じ。
 それは、判断を、そこにいる人物に求めたため。
「そう言う期待はわかる‥‥」
 レオナの相棒にしてタンクイエーガーの実質的なリーダー格でもあるヒカル・スローターは、少し考え込む仕草を見せながら言葉を紡いだ。
「が、果たして、プラントはあるのか?」
 ヒカルは今回のプラント騒動には最初から懐疑的であった。
 知る限り、この手のプラント発見の話は、過去にも幾度かあった事だ。
 しかし、その全ては空振りに終わっている。
 プラントがそこにあるという、確かな情報の下、出ていって帰還した者達は、落胆の表情で言うのが通例だ。
 そこにはプラントなど無かったと。
「いつもの、ガセだと思ってるのか?」
 ヒカルの言葉に、伊達・剣人が口を挟む。
 確かに、疑えはする。いつも通りなら。だが‥‥
「今回は、ギルドが動くって話だ。これは、相当確かな情報だって事じゃないか?」
 伊達の言う通り、今回は異例の通達がギルドより出されていた。
 つまり、プラントはギルドの選抜隊によって潰すので、勝手に手を出してくれるなという通達だ。
 こんな事は今までには無かった。
 少なくとも、今回のプラント情報をギルドが信じているという確かな証拠ではあろう。
「然り。が‥‥そうだとしても、おかしいとは思わないか? 何故、ギルドが動く? ビジターの仕事を邪魔するような触れまで出してだ」
 ヒカルは言う。
 本来、ギルドはビジターの活動を助けるのが役目。手を出すなというのは、本来のギルドの在り方から見ると妙に思える。
「プラントの部品を独り占めしたいとか?」
 レイカ・久遠が、有り得ると思ったその理由を口にした。
 まあ、欲というのは一番わかりやすい。
 だが、そのわかりやすい理由をヒカルは否定して、ゆっくりと首を横に振った。
「回収した部品の売買で、ギルドは上前をはねてるんだ。独り占めなんてしなくとも、ビジターが部品を持ち帰ってくるのを待つだけで、儲けは十分に出る筈だ。動機としては弱いな」
 ギルドは、部品売買の仲介などで、その活動資金を集めている。
 つまり、自分達で部品集めをせずとも、金は集まってくるのだ。
 なのに、わざわざ手を出すとは思えない。
「この話、まだまだ裏がありそうだな」
 ヒカルはそう言って、話を打ち切った。
「じゃあ、行かないの?」
 不満そうに、レオナが声を上げる。
 その声に、チラとヒカルは一瞥を投げ、言葉を返した。
「罠に自ら飛び込むのは愚か者所業だが‥‥さりとて、やる気満々の相棒を制止する術も見当たらない。ここで行かないと言えば、一人でも行く気だろう?」
「もちろん!」
 半ば、諦めの入った台詞に、レオナは胸を張って答える。
 テーブルメンバーは、各々がその台詞をレオナらしいと受け止め、誰もそれに怒る者はいない。こうでなければ、レオナではないというかのように。
「何にせよだ。俺は行くぜ?」
 レオナに続いてアルベルトが言う。
 突っ走るレオナを抑制する者が必要だ。それを自任して。
「まあ待て」
 アルベルトに続いて、残りの者達もそれぞれに口を開こうとしたのを見て、ヒカルは皆を止めた。
「皆、行くというのだろう。これでは、行かないと言おうと、何の意味もない。決まりだ。皆で行くぞ」
「やったぁーっ!」
 レオナの歓声。そして、テーブルに広がる笑い。
 探索の開始は決まる。後は、いつもの宴会だ。
 次にテーブルを囲む時、ここにいる全員が揃う保証はない。だからこそ、今を‥‥

●プラント
 ヘルズゲートをくぐる。
 オフィス街‥‥かつては会社員達が行き来しただろう、オフィスビルの建ち並ぶ一角。
 しかし、常識で考えれば、こんな所に工場はない。オフィス街の真ん中に、誰が工場を造ろうと考えるか?
 もっと、立地条件の良いところはあるはずである。ましてや、ここは計画して作られた都市だったのだからなおさらだ。
 だが、噂のプラントのある場所はここだという。
 タンクイエーガーの面々は、ギルドの発表したプラント攻撃時間の前にタイミングを合わせて、この場所を訪れていた。
 目指すは、とあるビルの地下駐車場。
 道中、シンクタンクによって、思わぬ消耗を強いられていた。
 何せ、生産プラントに向かおうというのだ。つまり、シンクタンクの発生源に向かうのだから、遭遇率は急激に上昇していく。
 幾度かの遭遇の後、目標のビルに辿り着いた時には、既に戦力は8割方落ちていた。
 銃火器の弾薬は消耗する。また、戦えばどうしても、多少の傷は負ってしまう。
 呂・白玲や伊達・剣人の負傷は、アルベルトのPKで治す事が出来る。しかし、それも限界がある‥‥超能力は使用すると精神力を消耗するので、使用回数に限度があるのだ。
 それに、レオナのサイバーボディや、ヒカルのパワードプロテクター、レイカのマスタースレイブは修理することが出来ない。工場に持ち込まなければ、まず無理だ。
 これ以上は、安全に帰ることが出来るラインを越えてしまう。
 だが、そうであっても、黒々とした闇に満ちた地下駐車場への入口を抱える目的のビルに辿り着いた以上‥‥帰るという主張は誰からも出されない。
 皆は、無言のままに足を進め、闇の中に足を踏み入れる。
「暗いな」
 伊達が思わず口を開いた。
「照明のスイッチがあるはずじゃないか?」
「‥‥‥‥」
 その問いに、壁際に立っていた呂・白玲が、首を横に振って壁を指さした。
 壁の上の方に張り付くように設置された、本来、中を照らしていたであろうライトは、ほとんどが破壊されていた。幾つか残されているライトは弱い光を放っているが、闇を見通せる明るさではない。
 サイバー、パワードプロテクター、マスタースレイブには、スターライトカメラがついているので、完全な闇ではないのなら見通すことが出来る。また、アルベルトも、超能力でスターライトカメラと同じ効果を生むことが出来た。
 しかし、生身の者達にとって、闇は脅威だ。
「明かりをつけるか?」
 超能力で、光の玉を産むことは出来る。
 アルベルトの問いに、ヒカルは手を差し上げてそれを拒否した。
「明かりは狙われる。暗視装置のあるメンバーが前に出て、先導しよう。レイカの後をつける位は出来るな?」
「ああ、でかいシルエットくらいは見える」
 伊達は答えて、レイカのMSを見た。
 その巨体は、薄い光に照らされて、シルエットのみを見せている。
「じゃあ、先頭を行くから」
 レイカはそう言って、先頭に立って歩き始めた。MSは、生身の人間よりかは遙かに装甲が厚いので、盾になる意味もある。
 一行は、足音のみを響かせて地下駐車場を進んだ。それなりに広い駐車場。ビジターに持ち去られたのか、車は残骸の様な物しかない。
 時折、ローター音が聞こえる。接近はしてこないが、どうもついて回っているらしい。
「ソーサーだよ」
 レオナは、スターライトカメラで捕らえた、その音の主の事を告げた。シンクタンクのソーサーは、偵察に使用される事もある。
 しかし、襲撃の気配は無い。
 直後、ヒカルが手にした銃で闇の中のソーサーを撃つ。銃声が辺りに響いた。
「既に敵には知られている。拳銃程度とは言え、背後から撃たれる前にな。しかし、本当に、罠の中に踏み込む事になるとは」
 敵の拠点に踏み込む。
 奇襲して、混乱の内に片付けるという事も出来ない状況。ただただ、圧倒的に不利な状況。
 ヒカルは、撤退を考えたが、その直後にその考えは消えた。
 地下2階。それはそこにいたのだ。

 巨大なボディを8本の足で支えた姿は、まるで巨大な蜘蛛のようだった。
 その膨らんだ腹が、生産プラント。開口部から、スコーピオンとソーサーを吐き出している。
 原材料から加工してるとは思えない。ビジターに破壊されたシンクタンクの残骸や、あるいは何処からか運び込まれた新品の部品を体内に呑み込み、組み立てているのだろう。シンクタンクの再生工場とでも言うべきだろうか?
「げ、まじで作ってやがる」
 伊達が思わず声を上げ、そして手に拳銃を出して弄びながらヒカルに聞いた。
「ぶっ壊すんだろ?」
「もちろんだ。しかし、なるほど‥‥移動していたのか。今まで、プラントの噂があっても、実際に遭遇した者が居なかったのは、そう言うことだったのだな」
 ヒカルは呟く。
 プラント発見の話が出た後、行っても誰もそのプラントを発見できなかった。
 なるほど、プラントが逃げてしまったのなら、その場で二度とプラントが発見されないわけだ。
 そして今もそれは、タンクイエーガーの接近を知って、鈍重な身体を引きずるようにして、地下駐車場の奥へと逃げようとしていた。
「逃がさないよ!」
 快活な声が響き、ヒカルの横を風のように駆け抜ける物があった。
 レオナ。彼女は、MS用高周波ブレードを高く振り上げ、プラントに斬りかかっていく。
 直援のスコーピオン達が、牽制射撃を行うも、レオナの動きを捕捉しきれず、レオナが走りすぎた床の上を銃弾が弾く。
 レオナは一瞬で戦場を駆け抜け、プラントに肉薄した。装甲表面に「Ziggurat」と書き込まれているのが、暗視装置でもわかるくらいに。
 足でも断って、逃走を防ごうかと、レオナが目標を定めたその時だった。
 闇の中から、何か人型の物が飛び出す。
 知覚は出来た。だからレオナは、その何かに対応しようと反応する。
 しかし、慣れていない新しいサイバーボディが、僅かに反応を狂わせる。反応が、鋭敏すぎた。
 想像よりも早く振り出された、レオナの高周波ブレードは、敵を捉えるよりも早く振り抜かれてしまう。
 空振って、姿勢を崩すレオナ。そこに走り込んできた敵は、その勢いを崩さずに突っ込んだ。
 同時に突き出された巨大なブレードが、レオナの身体を貫く。
 人ならば死んで当然のその攻撃にも、オールサイバーであるレオナは耐えた。
 直後、ブレードは振り回され、遠心力でレオナの身体は抜けて飛び、床の上を転がる。
 レオナの動きが止まった。直後、身体の各所から無数の火花が散り、そしてレオナは倒れる。
「レオナ!?」
 アルベルトは賭け出し、レオナに覆い被さるように飛びついた。
 直後、走り込んできた敵が、アルベルトごとレオナを両断しようとブレードを振り下ろす。
 だが、ブレードが切り裂いたのは床のみ。
 アルベルトは一瞬早く、レオナごとテレポートして仲間達の元へと戻っていた。
「みんな、戦闘だ!」
 ヒカルの声に、皆は一斉に動く。
「姿を見せて貰う!」
 伊達は、能力で燃えさかる剣を召喚した。
 その炎が放つ光が、闇の中から敵の姿を浮かび上がらせる。
 敵は、MS型のシンクタンクの様だった。
 一機は比較的スマートな姿で、手に円筒状の銃を持ち、その銃はケーブルで背中の巨大なバックパックに繋がっている。胸に、漢字で『阿』。
 もう一機は分厚い装甲に包まれた厳つい姿で、右手にMS用高周波ブレード、左手に分厚い装甲板で出来た盾を持っており、脚部にはローラーがついていた。胸に、漢字で『吽』。
 二機が、このプラントの守護者である事は、容易に想像がつく。
「格闘防御専用と‥‥もう一機は?」
 レイカが、誰とも無しに問いを掛ける。
 それに答えたのは、レオナを見ていたアルベルトだった。
「レオナの身体に、焼けた穴が無数に開いてる。レーザー‥‥しかも、連射型だ!」
「洒落にならんな」
 伊達が苦々しく呟き、銃を左手に、青い光線で敵を射撃する。しかし、その光は、全て装甲に止められ、効いては居ない。
「おまけに、埒もあかねぇ」
 威力の弱い攻撃では無理。そう判断した伊達は、拳銃を額に押し当てるようにして、持てる精神力の全てを集中した。
「俺の心霊銃に撃ち抜けない物はねえ、念力集中っ、くたばれーーーっ!!」
 全精神を込めた力の発動。そして、伊達は拳銃を真っ直ぐに敵に向けて、引き金を引く。
 放たれる青い光の弾丸。
 全てを撃ち抜く力。
 だが、その伊達の渾身の一撃は、無惨にも『吽』の装甲表面で弾けて消えた。
「抗ESP装甲!?」
 伊達が驚愕と怨嗟の声を上げる。
 超能力‥‥つまり、伊達が言うところの霊能力を無効化あるいは減衰してしまう装甲。心霊銃では、撃ち抜けない物の一つ。
 それを見て、アルベルトは舌打ちする。
「手に入ればと思っていたが、敵に回ると厄介きわまりねぇ!」
 アルベルトは、抗ESP素材が手に入れば‥‥と、思っていた。だが、実際に敵に使われている状態で遭遇すると、エスパーにとってこれ以上に厄介なものはない。
 攻撃系のPKはほぼ効かない。マシンテレパスでのハッキングも絶対不可能。
 ならば、ボディESPメインで戦うしか無いのだが‥‥より格闘戦能力の高いレオナがやられているのだ。
 負傷して動けないレオナが抱く、彼女の高周波ブレードを見据えて考える。
 ボディESPを使ってから、レオナの高周波ブレードを拾い、テレポートで肉薄して斬るか? しかし、一撃は与えられても、次のテレポートまでの数秒の間が発生する。
 その間、自分は生きていられるか? 一撃で敵を倒せるか?
 その迷いは、ヒカルの声で中断させられた。
「遮蔽を取れ! 姿を晒していたら、やられるぞ!」
 ヒカルは仲間達に向けて叫ぶ。
 射撃武器は、他の何より恐ろしい。
 弾が当たらない事を神様に祈りつつ戦うのでなければ、ちゃんとした遮蔽物に身を隠して戦うのが常道だ。
 しかし、広い地下駐車場に、そうそう遮蔽物があるわけもない。
「下がって、スロープを盾にするしかないか」
 スロープの上、坂が終わって平坦になる場所で伏射すれば、一応の遮蔽は取れる。
 しかし、そこまで退いてる間は、敵の射撃に身を晒すことになるだろう。敵を抑える必要がある‥‥
「撤退を支援する!」
 声を上げたのは白玲。彼女は弓を取り、引き絞って放った。
 矢は、狙った『阿』ではなく、直前で割り込んだ『吽』の装甲に突き立った。
 通常、そんな物はMSには全く有効打たり得ない。しかし、白玲のESPで加速されたその矢は、20mm弾に匹敵する威力をもたらす。
 しかし、損傷を与えるには至らない。
「やっぱり、破壊には至らない」
 白玲も想像していた結果だ。だが、白玲はさらに攻撃を続ける。『阿』を狙って。
 攻撃は全て『吽』に受け止められるが、『吽』の身体が射線を邪魔し、『阿』の攻撃がこちらには向かわない。
「今のうちに!」
 白玲に言われ、皆は後退を開始する。
 ヒカルの射撃が、スコーピオンとソーサーに向けられ、動きを牽制していた。
 レイカは、MSを盾にして仲間を守る。
 その間に、アルベルトは機能停止したレオナを引きずって一足早く、安全な場所へと走る。
「あ‥‥ゴメン。失敗しちゃった」
「しゃべんな。機能停止するぞ」
 レオナが、口を開く。アルベルトは足を止めず、短く返した。
「ボディの慣熟してなかった。ドジったなぁ」
 アルベルトは、とりあえず射線が通らず安全な駐車場地下一階まで駆け上がり、レオナを地面に横たえてから怒鳴った。
「黙れ! お前、体中、穴だらけなんだぞ! どっかショートでもして誘爆したら、死ぬんだからな!」
 アルベルトに出来る応急修理などでは、修理出来る限界を超えている。手の施しようがなかった。
 二人の元に、残りのメンバーが上がってくる。
「逢瀬を邪魔したか?」
 ヒカルの問いに、答えは返らない。
 冗句を外したかと自嘲しながら、皮肉げに笑みを浮かべてヒカルは話を変えた。
「ギルドが、手出し無用と言うはずだ。これほどの敵が相手では、一攫千金どころか死体の山が出来るだけだからな」
 要するに、ビジターを行かせても、それが死体になるだけだから止めていたのだ。
「そんなところに、準備不足のまま突っ込んだのが、私達ってわけさ」
「準備不足?」
 ヒカルの言葉を聞きとがめ、レイカが声に出して聞いた。
 自嘲気味にヒカルは答える。
「敵が機甲兵器並と知っていたら、対戦車ロケットランチャーかミサイルでも持ってきていた。こんな、徹甲弾なんかよりも、よっぽど装甲貫徹力のある武器をな」
 言いながらポケットから取り出した弾を、ヒカルはライフルに込める。そして、無造作にライフルを構えてはなった。
 『阿』の装甲表面で弾丸は爆ぜる。その後には、塗料に傷こそ入っていたが、ほぼ無傷の装甲表面が現れた。
「弾かれるか。特製だが無駄な出費だったな」
 ダイヤの弾芯入りの特別製。研磨硬度は高く、どんな装甲にでも傷を付けられるが、反面、熱に弱く脆いという欠点がある。
 装甲があると、弾芯が砕けて貫通しない。生身のモンスター系タクトニムなら貫けようが、本気で装甲された軍事兵器には力不足な代物だ。
「普通にタングステンの方が良かったな」
 試作品なので、失敗したという事だろう。
 だが、この死闘の最中にそれがわかったのでは、生死に関わる。だからこその、準備不足という発言。
 タンクイエーガーを名乗りながら、戦車に遭遇したら確実に死ねるのが実際の所というのは、いかがなものか。
「まあ、今更の話だ。皆、覚悟だけはしろ。私達は、今確実に窮地にいる」
 そのヒカルの台詞が終わるや‥‥敵は、攻勢に転じた。
 防御に集中していた『吽』が、『阿』とスコーピオンの支援射撃を受けながら、一気に前進する。
 タンクイエーガーに、自分を倒せる射撃兵器が無いと踏んだのだろう。
 そして、それは事実だ。
「これで!」
 白玲は、とっさの思いつきで、続けざまに2本の矢を放った。
 一本の矢を遅く。そしてもう一本を、先の矢を押すように走らせる。
 並んだ矢が、『吽』に向かい‥‥そして、刺さった。だが、それは今までの攻撃と大差ない。
「ダメ!?」
 どうして? と、問うように叫ぶ。
 先の矢を20mm砲の威力並に加速。更に、後の矢で押すことで威力アップをと考えたのだ。
 だが、先の矢と後の矢が同じ速度では、加速などするはずもない。同じ速度で走る機関車を2両繋げても、速度は上がらないのと同じだ。
 白玲は、同じ事をもう一度やって『吽』を止めようとする。しかし、その行為は全くの無意味。
 『吽』は攻撃を物ともせず、タンクイエーガーの面々の中に突っ込んでくる。
「接近戦なら!」
 レイカは、乗機のマスタースレイブ、リッパーを『吽』の前に立たせる。
 射撃戦でなく格闘戦なら、リッパーは『吽』を圧倒出来るはずなのだ。
「無茶だ、下がれ!」
 ヒカルの声が聞こえる。
 だが、ここで下がってしまえば、動けないレオナを巻き込んでの格闘戦になる。それは避けなければならない。
 レイカのリッパーは、長い腕のクローを振り立て、『吽』に殴りかかった。しかし、その攻撃は『吽』の高周波ブレードに弾かれる。
 しかし、この攻撃は誘い。
 クローを捌き、リッパーを倒そうと敵が踏み込んでくるところが狙い。
 もう一歩、『吽』が踏み込んでくれば、高周波ワイヤーで切り裂ける。
 果たして、『吽』はレイカの狙い通りに踏み込んできた。
「これが私の‥‥ジョーカーだっ!!」
 放たれる高周波ワイヤー。全てを断ち切る、必殺の武器。
 だが‥‥『吽』の踏み込みが、予想よりも浅い。
 高周波ワイヤーが、『吽』の持つMS用高周波ブレードの一閃に弾かれる。
 間合いの遠さ故に、『吽』は武器受けを行う事が出来た。
 だが、その間合いではリッパーをMS用高周波ブレードに捕らえる事は出来ないはずなのだ。
 一瞬の混乱の後に、レイカは思いついた。
 敵は、必ずしもMS用高周波ブレードでこちらを攻撃する必要はないのだ。
 一瞬でも、気を引ければそれで良い。ヒカルの警告は、そういった意味だったか。
 直後、レーザーの猛雨が、リッパーを襲った。
 後方に陣取る、『阿』。その手のレーザー砲が、リッパーに向けられている。
 レーザーは、装甲をものともせずに貫き、内部を焼き切った。
 たちまち、コックピット内は警告音に満ちる。
「動作不良!? 戦闘継続不能!」
 動きが鈍ったリッパーに、適当な斬撃を一度加えて確実に行動不能にし、『吽』はついに駐車場第1階に上がった。
「ちぃ!」
 ボディESPで肉体を強化したアルベルトが、レオナの高周波ブレードを持ってテレポートし、『吽』の前に飛び出して止めに入る。
 もっと至近に入れば不意も打てるのだろうが、MS用高周波ブレードはある程度の間合いがなければ扱えない。
 振り抜くブレードは、『吽』の持つ盾に受け止められた。
 激しく散る火花。そして‥‥『吽』はそのパワーで盾を押す。アルベルトを押し潰すように。
 マスタースレイブのパワーは、ボディESPで強化できる限界の更に上にある。単純な力比べで、アルベルトは負けた。
 高周波ブレードごと押し倒されたアルベルト。
 『吽』は、使い物にならなくなった盾でアルベルトを床に押しつけ、そして足を上げて踏んだ。
 音は聞こえなかったが。ややあった後に、盾の下から血が流れ出す。
「アルベルト!」
 ヒカルが名を呼びながら銃を撃つ。しかし、その攻撃は、『吽』には通用しない。
「‥‥っ! こんな! アルベルトを!」
 白玲の矢が放たれる。しかし、その攻撃は、『吽』には通用しない。
「まだ死んでねぇ! その足をどけやがれ!」
 伊達は、アルベルトが死んではいないと、その能力で悟っていた。
 それでも、念入りに踏まれれば死んでしまう。一刻も早く、どかさなければならない。
 燃えさかる剣を手に、伊達は『吽』に斬りかかった。が‥‥抗ESP装甲によって、その炎を無効化されては、ただの鉄棒で鋼を殴るに等しい。
 無情にも伊達の手が痺れただけで、『吽』は動くことはなかった。
 『吽』は、盾を放して空いた手で、横殴りに伊達を殴って吹っ飛ばす。
 そして、両手でMS用高周波ブレードを構えなおし、ヒカルと白玲を見た。と‥‥その時、
「どけよぉおおおおおおおっ! アルベルトが、死んじゃうでしょおおおっ!」
 怒りの声と共に、何かが『吽』に体当たりした。それは、数トンの重量を持つマスタースレイブを動かし、数歩、後ろにたたらを踏ませる。
「レオナ!?」
 ヒカルが声を上げた。
 『吽』にしがみつくようにして立っていたのはレオナ。彼女の身体からは黒煙が上がり、バチバチと火花の散る音が聞こえていた。
 そして、その身体は頽れる。直後、『吽』はレオナを無造作に斬って捨てた。
 胴を分かたれた彼女は、完全に機能停止する。
 『吽』は健在。
 見れば、もはや脅威はないと判断したのか、『阿』と残りのシンクタンク共が駐車場1階に上がってくる。
 『阿』が上がって来て、レーザーで掃射を始めれば、全滅は必須。いや、その前に『吽』に斬り殺されて果てるか‥‥
 ヒカルは諦めては居なかったが、それでも絶望的な状況であることは否定できない。ならば。
「撤退する!」
 勝てない。
 仲間は救えない。
 今は、一人でも生き残る。リーダーとして、全滅は絶対に避けなければならない。
 仲間と一緒に心中というのも、魅力的ではあるが、それでも‥‥リーダーの責任としては、それは避けなければならない。
 ヒカルは判断を下した。
「な!? 見捨てるのか!?」
 白玲の怒声にも似た困惑の声を無視し、ヒカルはとりあえず、床の上で呻いている伊達に駆け寄ってその身体を抱え上げた。
 パワードプロテクターの装着状態なら、彼を運ぶことは出来る。しかし、他の仲間は無理だ。
 ヒカルは走り出した。外へ向かって。
「私は、仲間を見捨てたりしない!」
 背後から白玲の声が聞こえた。
 しかし、戻って白玲を引っ張ってくるような余裕はない。
 全てを捨てて、ヒカルは外の光を目指す。
 背後に脚部モーターの音が迫ってくる。どうやら、『吽』は白玲を殺すよりも先に、逃げ出したヒカルを追う事を選んだのだろう。
 白玲一人なら、『阿』とスコーピオンで十分、殺す事が出来る。
 冷静にそんなことを考えながら、ヒカルは走った。
「‥‥捨てて行け」
 背で、伊達が呻きながら呟く。
「馬鹿を言うな」
 ヒカルはそれだけを返す。一人なら逃げられるというわけでもない。
 脚部モーターの音が迫る‥‥背後に、『吽』の高周波ブレードの唸りを聞いた。

●天国のドアをくぐって
 ヘブンズドア。
 ヒカルは、伊達と二人で飲んでいた。
 あの時、死は‥‥訪れなかった。
 『吽』が背後に迫ったその時、猛射撃が『吽』を襲った。
 それを行ったのは、地下駐車場入口に陣取っていたビジター達。既にギルドの精鋭メンバーの攻撃が始まっていたのだ。
 彼らは、『吽』に対する牽制を行い、ヒカルと伊達が逃れる時間を稼いでくれた。
 その後、圧倒的火力で『吽』を追い込み、地下駐車場1階へと踏み込んだ。
 孤立して最後まで戦い、重傷を負いながら弓を放さずにいた白玲。盾の下敷きで瀕死の状態にあったアルベルト。破壊されたリッパーの中で身動きできずにいたレイカ。そして完全に機能停止していたレオナを、ギルドの部隊は回収。
 そして、駐車場2階に達したが、その時には既にプラントは逃げてしまっていた。
 また、『阿』と『吽』の2機のMSも、プラントの後を追って逃げてしまったという。
 襲撃は事実上の失敗に終わった。
 ヒカル達は、一応の叱責は受けたが、貴重な情報をもたらしたと言う事もあり、罰を与えられる事はなかった。
 何せ、何の情報も無しに攻めていたら、ギルドの精鋭達も死傷者無しには終わらなかったろう。それほどの敵だったのだ。
 無論、ヒカル達、タンクイエーガーの損失も、ほぼ壊滅と言えるような状態だ。
「どうだった?」
 伊達が、ヒカルに問う。
 負傷の程度が軽い‥‥とは言え、肋骨の骨折ぐらいはあったのだが、それでも伊達は動けている。
 残りのメンバーは酷い。
「アルベルトは意識不明の重体だ。意識が戻れば、自分のESPで治療もできるのだがな」
 ヒカルが重い口を開く。
 意識が戻れば‥‥戻らなければ‥‥
「白玲は、集中治療室を出て、一般病棟に移った。近く、見舞いにもいける」
 一人取り残され、スコーピオンと『阿』になぶり殺しにされかけていた白玲の傷は重い。治療には、しばらくかかるだろう。
「あわせる顔もないのかもしれんがな」
 全滅の寸前にあったとは言え、仲間を捨てて逃げる所だったのだ。
 その判断は、冷徹に見れば正しいと胸を張れるが、感情的には許せる物ではないだろう。
「俺も同じだ。だが、わかってくれるさ」
 伊達はヒカルに言って、無表情のままグラスの酒を飲んだ。今日は、苦みしか感じない。
 ヒカルは、伊達の言葉には返さず、話を続ける。
「レオナは、ボディの修理中。オーバーホールどころか、1から造った方が早いそうだ。特殊な身体だから、数千万レアルだそうだよ」
 サイバーのレオナは、あまり生命の心配はない。だが、激しく高い部品の代金と修理費用‥‥日本円にして数十億円をどうするかという話になる。
 標準のボディなら100万レアル程度だから、乗り換えた方が早いかも知れない。
「レイカも同じ。リッパーの部品なんて何処にもないから、部品から削り出しだ。こっちは、少し安いがそれでも数百万レアルだと」
 こちらは、数億円。大事な機体だから、今回の事で乗り捨てはしないだろうが‥‥ビジターに出せる額ではない。
「レイカも入院してしまったしな。これからが大変だ」
 MSの中に居たのだが、レイカも多少は負傷している。伊達よりも程度は軽いので、すぐに出てくるだろうが。
「今日の酒は、不味いね」
 ヒカルは言う。敗北の酒は不味い。
「ああ‥‥だが、生き延びることは出来た」
 伊達はそう言って酒を飲む。

 やはり、その味は不味かった。

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【0536】兵藤・レオナ
【0351】伊達・剣人
【0529】呂・白玲
【0541】ヒカル・スローター
【0552】アルベルト・ルール
【0657】レイカ・久遠