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都市マルクト【繁華街】マフィアの裁き
サブタイトル:緋色の掟
ライター:深紅蒼
おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ。敵じゃないってんだ。
言うだろう? 「マフィアは信用出来るが、信用し過ぎるな」って。ありゃ、こう言う時に役に立つ格言だと思うぜ。
何、他でもない。仕事を頼みたいのさ。
うちの構成員が勝手をやらかしてな。
組織は、構成員が勝手をするのを許さない。
ここまで言えばわかるだろう? 他の組織との間も焦臭いってのに、馬鹿を始末するのに組織ごと動いてなんかいられないって訳だ。
報酬は金か? それとも、上物のコカインか? 酒に女でも構わない。
受けるか受けないか、今すぐ俺に言ってくれ。
◆◇◆◇
例え不愉快極まりない事だとしても、時には我慢しなくてはならない事もある。この私でさえ多少の譲歩は余儀なくされるとは‥‥なんとも不愉快な話であるが仕方ない。世の中は何時の世も常に、不愉快な出来事に満ちあふれている。それらは大概、虫けらにも劣る凡庸なる人間達によってもたらされる。この私‥‥クラウス・ローゼンドルフの高邁なる人生の例え1秒たりとも無駄に浪費させるなど、本来ならば万死に値する程の恐るべき罪。しかし、正しき行為が必ずしも実行されないのがこの世の不条理というものだ。このマルクトで生きてゆくための拠点を得る。ただ居るだけではない私に相応しい施設を持つこと。その為に節を曲げ、不承不承私はその下卑た仕事を請け負った。請け負ったからには最大限、私の利となるように行動するしかない。
私は意を決して動き始めた。
女が毒づいた。
「いやよ! なんで今更逃げるなんて‥‥」
「逃げなきゃヤられるに決まってるだろう!」
男は‥‥もう初老の男は声を荒げた。女はしどけない下着姿のままベッドに座っている。泣いている様だ。不意に部屋の扉が開いた。女も男も息さえ忘れて扉を振り返る。けれど、飛び込んできたのは男の助手であった。
「先生! 車を廻してきました。急いでください」
ここは助手が住む家であった。男と愛人の女が転がり込んできたのは昨夜の事だ。
「ここを出てどこで生きていくって言うの? 外はジャングルじゃない。虎や象に喰われてしまうのがオチよ! それより‥‥組織に戻りましょう。まだバレたわけじゃないんだもの。平気よ、きっと」
女は狂おしいく楽観的な事を言い募る。そもそも虎や象が南米の密林にいるかいないか、男にはそんなツッコミさえ口にするゆとりがなかった。長年に渡り組織を欺き私財を蓄えきた。貴重な物資は男の生活を豊かに潤した。反面、いつかはこんな日が来るのではないかと覚悟していた筈だが、実際のところ本当にこんな羽目になるとは思っていなかった。どこかで組織を甘く見ていたのだろう。
「行こう」
短く男は助手に言った。男は身の危険を確信していた。実際に何かあってからでは遅い。動物的な勘が男をこれまで生かしてきたのだ。小さなカバン1つを持って扉へと歩く男に女がベッドから飛び降りてすがりついた。
「待ってよ! ねぇ私の話も聞いてよ!」
「うるさい!」
男は女を強い力で突き放した。女の身体がベッドの上に投げ出される。今まで乱暴に扱われた事のない女は目を丸くしたまま呆然と男を見上げる。
「‥‥なによぉ。なんなのよぉお」
声には苛立ちと不安と、そして媚びがにじむ。しかし男の返事はなかった。何かにせき立てられるように、あわただしく振り向きもせずに部屋を出ていった。戻ってくる気配は‥‥ない。さすがに女も慌て始めた。空き巣にあったかのように散らかった部屋を見回した後、声もなく脱ぎ捨てられた服を拾って下着姿のまま部屋を飛び出した。
空はうっすらと明るくなってきていた。もう数時間あればまたあのまぶしい圧倒的な光が地上の全てに容赦なく降りそそぐだろう。助手は屋根のないオンボロ車の運転席に乗り込み、男は助手席に飛び込んだ。
「行け!」
「‥‥はい」
助手は車を始動させようとする。しかし‥‥動かない。そんな筈はないのだが、車が動かないのだ。
「どうした? あの女を待つ必要などないのだぞ」
「わかってます‥‥動かないんです!」
「何?!」
2人とも動揺を隠せない。
「こんな時に故障か?」
「いえ、そんなはずは‥‥」
その時女がビルから出てきて嬉しそうに後部シートに乗り込んできた。
「待っててくれたのね。やっぱり‥‥」
「黙ってろ!」
男が女の言葉を遮る。
そう。もう視界に捉えたからには逃がさない。クラウス・ローゼンドルフの碧の目に魅入られて生き延びた者は‥‥未だいない。薄暮からわき出たようなその姿は暁に現れる死天使の様に美しく禍々しく、そして圧倒的であった。3人の男女は動くことも出来ずにただ、その不吉な白い姿がゆっくりと近づいて来るのを眺めている。声を出すことも、クラクションを鳴らす事も出来ない。そもそも、そのもっと前から彼らの行動の自由はクラウスに握られていた。車が故障したわけではない。操作する人間が、更に操作されていたのだ。ただ、気が付いていないだけであった。
「‥‥やっと見つけました。少々手間取ってしまいましたが、それが無駄に希望を抱かせる結果となったことに対しては深くお詫びしましょう」
整いすぎた美しい顔がほんの僅か笑みを浮かべる。それは自嘲の様でもあった。クラウスの言う言葉の意味を理解出来ないのか、3人はただ呆けたように動かない。魅入られた者はみな同じ反応をするので、クラウスにとってそれは見慣れた光景であった。ゆっくりと車に近寄り手をかざす。
「心配はいりません。もうこれからは恐怖と戦う必要はないのです。私がもたらす安寧の日々に身も心も委ねなさい。よろしいですね」
厳かに聞こえるクラウスの声に、ゆっくりと3人はうなづいた。クラウスも満足げにうなづくとオンボロ車の後部シートに座る。
「出しなさい」
何事も無かったかのように車はゆっくりと動き出す。そして、すぐに闇の中に消えてしまった。
後日、クラウスは依頼者に対して『仕事を完了した証』を提出した。死体ではなく、数枚のスライド標本が届けられたのだ。小さなガラス板の上に鮮やかに染色された極薄い組織は、彼ら3人の行く末を能弁に物語り、仕事の完了が認められたのだった。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0627】 クラウス・ローゼンドルフ
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変お待たせ致しました。『PCパーティノベル・セフィロトの塔』のノベルをお届けいたします。意に添わないお仕事の様でしたが、お疲れさまでした。また機会がありましたら是非クラウス様の記録を描かせて頂きたいと思います。ご依頼ありがとうございました。
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