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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


フェイクド ノスタルジア

 恐らくこれは、「嫉妬」と呼ばれるものなのかもしれない。
 例えば、だ。昔好きな女の姿は時を止め、自身だけが老いていく。そして女の隣には、自分に似た若い男が立っている。
 その光景を見たときに、胸に沸き起こるもの。
 余りにも醜悪な人間の感情が、知れず、生まれていたことに正直驚いている自分がいた。
 加えてこれも最近漸く実感したのは、「信念」として貫いていたことを意固地に、そして固執しているだけの存在となっていたことに軽く失望していたのだということ。技術的には自身も可能な行為を敢えて避け、生涯変化ある姿を保とうと思ってはいたのだが、それも今になって崩れた諸刃のものであったらしい。そもそも、「変化」を「保つ」とは言葉の選択がいささか奇異な組み合わせであると自覚はしているのだが、この場ではさしたるものではないだろう。
 それにしても、これは何に対する「嫉妬」なのだろうか。
 出来れば、口に出来るような単純なものではあって欲しくない。かと言って、青春を謳歌している青いガキ臭い人間しか言わない詩歌的なものも避けたいところだ。結論として愛とか恋とか、どうも根本的にらしくない場所への帰結が避けられそうもないことを感じ得ない。
 それはクラウス・ローゼンドルフにとって、久しく思い起こすことのないものであった。
 ……下らない、感情ですね。
 試しに口に出してみるも、一層悲壮感を増させるだけになる。
 やはり単なる下らない意地だったのかもしれない、と今更になって思うことがある。偽の感情であるかもしれないが、時折そう思うことがあるのは事実でしかない。原因を探って堂々巡りに陥る行為に飽き、今では追求をしないことにはしていたが、この状況ではどうにも余計で無駄なことばかり考えてしまう。
 視界に写るのは、求めていた存在。
 物質的に、同時に精神的に。
 歓楽街を指定して呼び出したのだが、彼女に取っては大した障害ではないようだ。寄ってくる男らを丁寧にあしらい、周囲へ周到に視線を巡らせていた。呼び出したのは、こちらだ。本来ならすぐにでも出向くべきなのだが、少々このまま愉しませてもらっても損はない。
「……やはり、綺麗な方が男らは寄り付くのですね。あと、あの体型、か」
 呼び出した相手は、既に自分にとっては形容出来ない存在になっていた。
 愛した女?
 ……愛す、の定義が広すぎますね。友達として、という下らない言葉遊びもあるくらいですし。
 単なる興味対象?
 ……確かに、興味の対象であることは否定しません。ですが、それだけではわざわざ俺がこんな姿になることもないでしょうし、成分であってもそのものではないのが正しい言い分なのでしょうね。
 そこまで思考を終えると、クラウスは席を立った。歓楽街の一角で、娼婦らが待合場としている酒場故か、やはり臭いがキツイ。酒の臭いは四方から漂い、埃の臭いも混じって鼻に酷く付く。ここに訪れるのは臭覚の機能を失っている存在か、或いはそんなことすらどうでも良い程の用事か任務を有している存在か、それとも、だ。
 その最後の可能性をジェミリアス・ボナパルトに対して多少抱きつつあることに、クラウスは苦笑を漏らした。その顔を見て幾人かの女が近付いてきたが、幾言かの罵声を吐いて手っ取り早く追い返す。他にも方法はあったのだが、甘くあしらう程度で下がる存在らではない。立ち直れない程の言葉を吐かなかったのは辛うじてある幾許かの慈悲からなのだが、今となって思えば単に面倒であったからかもしれない。
 全てが可能性論で語られるのは、やはり問題なのだろうか。
 可能性は零のものは確かに存在する。
 だが反対に、可能性が一のものは一つを除いて存在しない。
 窓から見えるジェミリアスはこちらに気付く様子はない。というよりもむしろ、彼女に気付けるような場所でこうして待機をしているつもりもない。
 観察も、そろそろ飽きた。
 クラウスは小銭を席へと置いて立ち上がる。
 今のクラウスの姿を見たら、ジェミリアスはどう思うのだろうか。
 年齢に不相応の若い姿を取るクラウス・ローゼンドルフを、どう思うのだろうか。
 興味は、恐らく持つだろう。それがどこへ繋がるかは、全く予想だに出来るものではない。

 正面に立つジェミリアスは酷く驚いたように、ただ立ち尽くしているクラウスを見つめた。

「……ここまでは想像通り、か」
 クラウスは小さく口に出した。
 背を向けると、彼女の追ってくる気配を感じる。それはあまりにも無防備で、あまりにも不可思議な行動に思えた。
 どこまで、付いてくるだろうか。クラウスは考えながらも、足を速める。
 ……どこか二人で、ゆっくり話を出来る場所がいいですね。誰にも聞かれない場所、とか。
 例えそれが罠だとしても、ジェミリアスは付いてくるだろう。その感覚は、例えば幼少時に兄の背を追う妹のようなものに、どこか似ていた。懐かしく、同時に、苦しい感覚。
 喉元に込み上げる不快感を押し止めるようにクラウスは細い路地へ進み、暗闇の中に姿を落とした。或いは必死にそうすることで、何かを紛らわそうとしていたのかもしれない。





【END】