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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


零れそうな光


ライター:有馬秋人






新しくした義体のメンテナンスと、接続のチェックを兼ねた一日だけの入院に付き合って病室につめていたヒカルは真夜中の部屋で目を開けていた。微かな呼吸音は相棒とも頼むレオナから聞こえていて、微かに認識できる程度の緊張がほどけていくのがわかった。
この白い病室とレオナの組み合わせは知らず過去を刺激する。何もないと分かっている時でさえ、意識の裏側が警報のならすのだ。
「正直……途方にくれたものだった」
くすりと笑いながら簡易ベッドから起き上がる。薄く空いていたカーテンから夜特有の光が忍び寄り、空気に冷やかさを加算していた。その明かりがベッドに横たわるレオナに白々と伸び、浮き上がらせている。
「この光だと、少々顔色が悪く見えるな」
初めてこの相手と会ったときから成長していない手を伸ばし、頬に滑らせる。するりと撫でていく感触は伝わっただろうに、警戒する必要はないと言わんばかりに寝こけている姿が微笑ましかった。保育室で見たときとはだいぶ面差しが変わったが、むずがるといった表現がしっくりくる寝顔は変わっていない。
光はヒカルの指先に集うようにも見え、けれどレオナの頬から離れず照らし続けている。頑迷に、しつように。
儚い現象のようにも見えるのに、まるであの時のレオナのように儚さを裏切ってあり続ける。
「零れていきそうだと言うに……強い」
あの、今にも儚く消えていきそうだった命の灯火は目の前で強く燃え上がっている。それが嬉しいし、愛しい。日ごろ口にするつもりはないが、目の前で笑って怒って騒ぐ姿を見ていると胸の奥が温かくなるのだ。それが意気消沈している姿であってさえ、生きている証拠だと思えば喜びだった。
忘れらない。
今でも、思い出そうと意図すれば容易に記憶は蘇る。
20年ほど付き合い、その生まれたすぐ後から知っている者の運命の転換期。
その場に立ち会うことすら出来なかった過去の焦燥。





   ***





異変を知ってその場で手に出来る銃器を引っつかみ駆け込んだ家屋は猛々しい炎を噴き上げていた。崩れ落ちかけた屋根にぞっとして外観から割り出した柱部位に視線を投げる。幸い、まだ柱はしっかりと立っていて未だ燃え尽きる気配もなければ倒れるようにも見えなかった。
それがわかればもう躊躇う要因はないと、炎の中に駆け込み火の粉を被りながら目を開く。吸い込む空気ですら凶器となりうる空間で叫べば喉が焼けてしまう。含有している熱量が半端でないのだ。
瞼を見開くことすら、眼球の水分が瞬時に枯渇し痛みを覚える。けれどヒカルは瞬きする暇すら惜しんであたりを見回した。
赤というより鮮やかな橙の炎だ。黄味の強い朱色とでも言えばよいのだろうか。
大気が赤かった。
覚えていた間取りを頼りに走りこむと、生活に使っていた、家族が集っていた住居部分は完全に火の手が回り、ヒカルだけでは突入することはかなわない。自然と比較的火の手の周りが遅い部分に行くことになり、たどり着いた先は夫婦が自立思考進化型のシンクタンクの製作していたルームだった。
「なっ―――、これは!?」
橙の空間の中でさえ、色鮮やかな緋色の血溜り。血に塗れた肉塊と化した親しかった者たち。
近づいて、その生前の面影を探すように覗き込めば人間の稼動域を遥かに超えた角度で曲がっている首が確認できた。これで生きているはずかない。絶望を目に刷き、死んでいっただろう女性の面に手を伸ばし、その瞼を閉じてやる。それより離れた箇所に倒れている男性は遠目にも死亡していることが理解できる形だった。ぐっと唇を噛む。
死体を確認しに来たのではなかった。生きていると信じて飛び込んだのだ。
女性の後ろに伏して命を失っている子どもを視界に収めて、やるせない息を零したヒカルはあと一人、確認できていないと自らを叱咤した。
住居部分にいたのならば確認は無理だろう。けれどこの一箇所に集中している死体の在り方わ考えれば、この付近に彼女がいる可能性は高かった。
死んでいる可能性を意識的に思考から切り離して、立ち上がる。炎はまだ遠い。炎を避ける設計でもされていたのか熱気は届くが致命的な炎上のエネルギーは手を伸ばしてこない。
ならばあと一人、せめてその影を確認する程度のことが出来なくては。
焦げて異臭を放つ髪にも構わず意識を集中する。何か物音はないか、視界に何かかからないかとざっと見回して走り出した。
弟は同じような体勢で伏せている体がある。駆け寄ってその場所に火の手が回っていないのを確かめると体を抱き上げる。ぐたりと力が抜けぞっとするほど低い体温は失血の危険を物語っていた。
喉元が切り裂かれすでに吹き出る血もないのか衣服の胸部は真っ赤に染まっている。それが一番大きな外傷。その他にも抉られた腹部、逆に折り曲げられた関節など見ているだけで痛みを覚えるような状態で。
それでも。
生きていた。
「レオナっ、レオナ!!」
浅く早く繰り返される呼吸のいくらかは喉の傷から漏れているらしく、かふ、かふ、と空気漏れの音がする。心音は弱い。脈も今にも止まりそうで。
それなのに手はきつく握られていた。床につき立てたのは爪は剥がれかけ血が出た痕がある。その伸びた先には母親と弟の躯。
名を呼び、その生存を確認した直後は分からなかったが、後になってヒカルは気付いた。レオナは見ていたのだろう、と。
見ていて、動かない体をそれでも必死に近づけようと這いずった。この殺戮の元凶をどうにかしようと全てに抗い拳を握ったのだ。
「レオナっ、しっかりせい!!」
ヒカルの怒声に気付いたのか、それても体が揺さぶられたのに気付いたのか、レオナの瞼が震えた。痙攣するように動き、緩慢に持ち上げられた瞼の下には、爛と輝く目が潜んでいた。
歯を食いしばる。
ヒカルの抱える体からはすでに命の色が薄く、今にも消えてしまいそうなのにこの相手はまだ諦めていない。儚く消えてしまいそうな生命を燃やして、それでも尚生きようとしている。
抱き上げる腕に力が篭った。聞こえているかどうか分からないが、なるだけ明瞭な発音で、相手に問いかける。
「―――っ、生きたいか?」
もしかしたらまだ手遅れではないかもしれない。ここで、彼女の家族の躯を見捨てて、この火の海に放置して医療施設に駆け込めば、助かるかもしれない。だけど助からないかもしれない。
助かってもこの傷だらけの体が元のように戻るはわからない。死んだほうがましだという状況になるかもしれない。それでも、生きたいだろうか。楽にしてやった方がよいのではないかと、悩む。
問いかけに対して、明確に返答はなかった。ただひたすらに視線が注がれる。ぼけていた焦点を合わせるように、ひたと当てられた眼差しは、弱まることなくヒカルに注がれていた。





   ***





「途方にくれたよ……」
一命を取り留めるにはサイバー化する必要があると告げられて、突きつけられた諸費用。その額の大きさに今の自分に支払うことができないと知ったあの瞬間。
無力だった。
武力の問題でも知力の問題でもない。今まで大して重視していなかったお金。必要な量さえあればいいと高をくくっていた、そのせいで助けられる命を失うのかと。
一時的な処置で持ち直し、機械につながれた状態の体のレオナに全てを話してしまったのは、罪悪感からだっただろう。
なじられるなり、憎まれるなり、相応の態度で接せられるかと思うと、情けなさに居たたまれないこの身も少しは役に立つと半ば自嘲気味に話した自分に、レオナはあっけらかんと解決案を提示してみせた。
「思い切りのよさは……母親ゆずりか?」
それとも父親の方だろうか。撫ぜる指先を止めて光を遮るように翳す。翳った外界に反応したのか寝返りをうったレオナは未だすやすやと夢の中だ。悪夢ではない、心地よい夢。
無事だった臓器を売り払ったら、戦闘用サイバー化資金にならないかと気軽く、けれど真剣に提案してきた表情とはかけ離れた幸せそうな寝顔だ。
「のぅ、レオナ………私は見守ることしかできぬよ」
どんなになっても生き抜こうとするその姿勢に、曲がらない意志を宿した眼差しに、快活な在り方に魅せられた。長く生き、目的を見失っていた自己というものに息吹をこめられたように見ているだけで背筋が伸びた。
この傍らにありたいと、久しぶりに何かに願い、祈り、誓ったのだ。
五年前、一つの転換期に立ち会うこともできず過ぎ去った場所に立ち尽くした。けれど、今回は違う。見守ることしか出来ぬかもしれない。だが、その選択の先を見届けることはできる。
「どちらを選んだとしても、傍に居よう。自身が定めたその在り方であるが為の手助けをしようぞ」
仇敵を取るか、すぐ目の前に現れた幸せを掴むか。運命は極端な分岐点を用意していた。
それでも彼女が選び貫くと決めたのなら、何を構う必要があろう。
翳していた手を下ろし、再びレオナにかかる光を見つめた。
引き寄せた手のひらには光の欠けらも残っておらず、ただただ代わり映えのしない自身の皮膚があるばかりだ。掬い上げていたというのはただの錯覚。零れそうだと見えていたのですら、視覚の嘘だ。光は光でしかなく、ただ降りてくるだけ。どれほどの思いで触れようとも、光であることを変えようとしない。零れることなく、ただただ静かに降り注ぐ。
「そっくりだな」
どのように見えたとしても頓着せず、頑強に自己で在り続けるあたりはこの零れそうな光のようだと、相棒の髪を撫ぜたヒカルは柔らかな笑みを浮かべた。





2005/07...


■参加人物一覧


0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0536 / 兵藤レオナ / 女性 /オールサイバー


■ライター雑記


ご依頼ありがとうございました。有馬秋人です。
文字数ギリギリなので簡潔に一言ですっ。
この話が少しでも楽しんでいただけることを強く願っています!