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<東京怪談ノベル(シングル)>


【Legend――闘技場の切り裂き魔】

 ――森は咽かえるような暑さと湿気に包まれていた。
 広大な森林地帯は様々な生命の息吹を取り戻し、鳥が囀り、平穏なる日々を祝福する中、小動物が爬虫類の巨大な口に呑み込まれる光景が覗える。長く蛇行する河の中でも、きっと同じ事が繰り返されているに違いない。そう――ここは弱肉強食の世界なのだ。
 ――色彩豊かな鳥が羽ばたく。
 豊かな自然を眼下に滑空する中、明らかに自然と不釣合いなモノが見えた。大きな石で造られた遺跡を連想されるソレは、人間が建てた物だ。至る所に亀裂が走っており、かなり痛んでいる。人が住んでいるとは思えない、正に廃墟と呼ぶに相応しいものだ。
 鳥はゆっくりと廃墟に向けて降下してゆく。屋根の上で羽根を休ませようとしているのだろうか。バタバタと羽ばたきながら細い脚を突き出し、着地しようとした時だ。
 ――けたたましい重圧な音が立て続けに響き渡った。
 鳥は甲高く鳴くと、直ちに廃墟から飛び立つ。

●廃墟の中
 ――再び20mmオートライフルが銃声を響き渡らせた。
 薄明かりが照らす中、MS(マスタースレイブ)は腕を左右に振り、ライフルの咆哮を奏で続ける。銃口がマズルフラッシュを放つ先には、コンクリートの床を蹴り、時計周りに逃げ惑う同系のシルエットが浮かぶ。薬莢を吐き出し続ける機体より、シャープな印象を感じさせるMSは、肉迫すると左腕を振り被って飛び込んだ。機械で模られた頭部に鉄拳が炸裂すると同時、火薬の弾ける音が響き、鋼鉄の頭が衝撃で吹き飛び、カメラアイの破片が砕け散った。
 ――おぉーーっ!!
 砕けたレンズの破片に、歓声をあげる幾人もの顔が映り込んだ。

 ――水滴が雨の如く注ぎ、忽ち小さな個室は湯気に包まれた。
 温かい水滴を受ける金髪は長く腰まで届いており、延びた手足のラインは細いものの、湯気に薄っすらと浮かぶ二つの膨らみは豊かに盛り上がり、若い肌を水滴が滴り落ちてゆく。
 瞳を閉じてシャワーを楽しむ女の耳にノックの音が飛び込んだ。
『そろそろ時間です。準備はいいですか?』
 レイカ・久遠はゆっくりと黒い瞳を開き、抑揚に無い声で応える。
「わかった‥‥直ぐ行くからセッティングの頼むわ」
 若い女は湯気の発ち込めるバスルームから出ると、バスタオルで長い髪の毛を拭きながら、粗末な長椅子に置かれていたバトラースーツに手を伸ばした。ブンブンと首を振り、艶やかな金髪を左右に揺らすと、上下が繋ぎになったスーツへと肢体を包み込んでゆく。股下から延びたファスナーを胸元まで引き上げ、神秘的な雰囲気を感じさせる端整な風貌を引き締め、彼女はドアを開いた。

 暫らく薄暗い通路を歩くと、小さな工場のような場所に辿り着く。 数名のメカニック担当者がMSの調整を済ませたばかりで、鋼鉄の機体は胸部ハッチを開け、パイロットを待ち望んでいるかのようだ。レイカはMSを見上げる。赤いペンキをぶちまけたような深紅に彩られた機体は、丸みを帯びたシルエットに包まれており、異常に盛り上がった肩から、長い腕が延び、先には鋭い爪が光り輝いていた。
「行くよ、リッパー」
 ふわりと金髪を舞い躍らせ、レイカがMSの胸部コックピットへと滑り込む。起動スイッチを回すと、背部のセラミックエンジンが低い唸り声を轟かせた。彼女はマッチメーカーに顔を向けると、胸部ハッチを閉じる。丸みを帯びた頭部でカメラアイが輝き、機動音と共にMS『リッパー』はゆっくりと歩き出した。
 メインカメラ越しの風景が動く中、巨大な鋼鉄の扉が鈍く軋みながら左右に開かれてゆく。そのまま前身を続けると、広大な空間に出た。途端に響き渡る歓声の波がレイカへと降り掛かる。
 ここは円形の場内だった。そう、ここはコロシアムなのだ。
 ――遥か前方で、同じように巨大な扉が割れた。
 レイカは素早くカメラをズームさせてゆく。ここから姿を見せるMSこそ、今日の敵なのだ。目的の為に勝たなければならない相手。
「そんな!」
 女は瞳を見開く。視界に映し出された機体は、同じシルエットに包まれていたのである。丸いシルエットも、異常に盛り上がった肩も、長い腕と爪さえも全く同じだ。敢えて違う所をあげれば、相手の『リッパー』は黒く彩られていた。
「マッチメーカー、どういう事なの?」
『知らないな、対戦相手の事は聞かされていないさ。そもそも、商品が手に入ればどんなバトルでもやるって言ったのはアンタだ』
 ――セフィロト内部の詳細データ。
 それがバトルの優勝商品だ。そもそも、マフィアが秘密裏に開催するMS同士の戦闘試合に、そんな謎めいた商品が用意されるかは疑問が残る。しかし、手掛かりがある以上、レイカは行動を起こさずにはいられなかったのだ。
「そうね。観客を楽しませるには面白い施行だわ」
 刹那、通信機がチャンネル変更を知らせる警告音を響かせた。彼女は訝しげに思いながら、通信機のチャンネルを切り換える。飛び込んだのは女の声だ。否、どこか舌足らずな子供のような響きを感じさせる少女の声と思えた。
『どうして、この機体に乗っているの?』
「それはコッチが聞きたいわ! ‥‥誰なの?」
『‥‥私に勝てたら、教えてあげる』
 ――笑った? 今、笑ったの?
 少女の声に笑みを感じた刹那、望遠カメラに映るMSが迫っていた。レイカはマスターアームに包まれた腕をあげると、連動するようにリッパーの赤い腕(スレイブアーム)があがる。掌の前に突き出し、火薬の弾ける音と共に下腕部から鉄の杭を射出した。だが、漆黒のリッパーは機体を低く構え、放たれた鉄槌を躱したのだ。視界に黒い頭部が映り、カメラアイが発光する。
「この距離で避けたの!? いけないッ!」
 五つの閃光が縦に残像を描く。レイカは直ぐにリッパーの腕を交差させ、ブロックの構えを取る。コックピットを僅かに襲う衝撃。漆黒のリッパーが放ったクローが赤い腕の間で火花を迸らせた。
『上手ね‥‥でも、固まるだけじゃ何もできないわ』
 明らかに余裕を感じさせる声だ。事実、レイカは防御姿勢のまま、何度も放たれる鉄の爪を耐えるのみだった。洗礼により、赤い塗装が次々に削られてゆく。
「母さんの形見が‥‥やめて‥‥」
 ――レイカ。
 この機体はね、私が譲り受けた大切なものなのよ――――
「やめろぉッ!」
 クロスした腕のまま、レイカは機体を飛び込ませた。状況は白兵戦。更に距離が縮まった場合、自分も攻撃できないままだが、長い腕の洗礼を避ける事はできる。
 激しい振動が伝わり、重苦しい金属同士が激突した轟音が場内を包み込む。観客の歓声は更にヒートアップしているようだ。
 弾かれた漆黒のリッパーは咄嗟に長い両爪でコンクリートに傷を走らせ、前屈みのまま転倒を堪えた。対するレイカも突進したものの、僅かに弾かれた反動で前のめりに転倒する事を回避する。
 ――動きの遅い方が負ける!
 レイカは素早くマスターアームのコントロール連動を切断、『第2』の腕へと切り換える。直ぐさま盛り上がった肩が展開し、高速で振動するワイヤーが曝け出された。観客の切り裂けコールが広がる中、赤いリッパーはそのまま前進する。漆黒のリッパーは動かない。
「動力でもイカれたか? 悪いけどフェイクはいらないのよ!」
『‥‥無敵のつもり?』
 ――えっ?
 望遠カメラ越しのリッパーは、右掌を突き出し、ニードルガンを射出した。刹那、コックピット上部に伝わる衝撃。続けて左掌が突き出された。
「今の衝撃って‥‥まさか!? クッ!」
 二度目の衝撃がコックピットを襲う。
「横に跳んだ筈なのに、躱せなかった!? きゃうッ!!」
 コックピットが激しい衝撃に揺れた。背中を強打したものの、恐る恐る瞳を開ける。瞳に映ったのは、カメラ越しのリッパーの頭部だ。レイカは状況を把握すると、直ちにマスターアームのコントロールへ移る。
「なに? 動かない?」
『もう、あなたは何もできないわ』
 レイカは悟った。あの長い腕でホールドされている!
『どうしてリッパーの腕が長いか分かる?』
 ――なに? どうしてこの娘は‥‥。
 既にレイカのリッパーはワイヤーカッターの付根部分を破壊され、長い腕と鋭い爪で上腕部分を掴まれていた。盛り上がった漆黒の両肩が開き、レイカが薙ぎ振るう筈だったモノが姿を現わす。
「ワイヤーカッター!? そこまで同じなの? だって私のリッパーが本物の筈よ‥‥」
『リッパーの腕はね、相手の動きを制する為に長いのよ』
 淡々と聞える少女の声に、レイカは戦慄を感じていた。身動きできない自分。自分よりも機体を知り尽くす存在。余裕のある声。
『そして‥‥もがくしかできない相手を』
 ――やられるッ!
 ――切り刻むのよ。
 小さな振動が何度となくレイカを襲う。彼女は恐怖するしかなかった。望遠カメラには、残像を描きながら薙ぎ振るわれる高周波ワイヤーが、のたうつ生物のように映し出されていた。赤い装甲の破片が次々に舞い、コードや金属の部品が肉片の如く飛び散ってゆく。噴き出す潤滑油は、まるで鮮血のようだ。観客の興奮したような歓声が響き渡る。
 ――あぁ、私は殺されている‥‥。
 生きたまま、切り刻まれている‥‥。
 これがリッパーの戦い方。なんて残酷な機体なんだろう。
 気が変になっちゃいそう。まるで――――

 衝撃に耐えるのみの時間は長く続いた。
 レイカは狭いコックピットで身体の丸め、肩を抱いて震えていた。
 機体はゆっくりと膝を曲げて崩れる。
『‥‥大丈夫? 胸部にダメージは与えていない筈だけど』
 不安気な少女の声だった。レイカは瞳を開き、胸部ハッチを跳ね上げる。ゆっくりと周囲を見渡し、言葉を失った。散ばる装甲、部品、ぶちまけられたオイル‥‥。そして塗装の剥がれたリッパーの両腕が転がっていた。
「酷い姿‥‥」
『これがリッパーの戦い方だもの』
 尚も通信機から少女の声は響き渡った。
『あなたはリッパーの長い腕の理由も、ワイヤーカッターのメリットとデメリットも知らないのよ。分かった?』
 腰の力が抜けたようにレイカは膝を折る。少女はまるで、強がっている後輩を諭す為に実力を見せた先輩のようだ。金髪の女は微笑む。
「負けたわ。あなたのリッパーが本物なのね」
『オリジナルじゃないわ。部品を寄せ集めた予備のMSよ。オリジナルの性能より劣るわ』
 ――えっ?
「それじゃ、オリジナルは‥‥」
『あなたの機体よ。どんな人が乗ってるか気になっただけ。それじゃ、私もう行くから』
「待って! 私、失望させたかしら?」
 MSが漆黒の背中を向けると咄嗟にレイカは呼び止めた。
『女の人で安心したわ』
 ――レイカ。
 リッパーはね、女の子が操縦していたのよ――――
「あなたはッ」
 漆黒のリッパーは背中を向けて遠ざかる。
 その後、レイカは反対側のガレージへ行ったり、待機室を覗いたりしたが、少女と出会える事は叶わなかったらしい。
「上手に扱ってみせるから‥‥また、闘ってくれるわよね」
 ノックの音が聞える。次のバトルが始まるのだ。

 ――ボトムラインと呼ばれる競技があったらしい。
 しかし、このセフィロトの塔が見える地で、その名は聞かない。
 だが、確実に同じ競技が繰り広げられていた。
 深い森の中で、静かに、ひっそりと――――。

<ライターより>
 この度は発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 覚えていますよ、懐かしいですね。再びお会いできるとは思っていませんでした。
 さて、いかがだったでしょうか?
 リッパーVSリッパーとは驚きました。尚、これはシチュエーションノベルですので、NPCの名前が出ない事と合わせて、表現にも限界がある事を御了承下さい。
 それと、あくまでシチュエーションノベルですので、セフィロト本編とは関係ありませんので、ご理解お願い致しますね。セフィロトにボトムラインはありません。
 つまり、これはレイカさんの夢かもしれません。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、またレイカさんに出会える事を祈って☆