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リアリティ
「よしっ!」
ゲーム画面に現れた『YOU WIN!』の文字に嬢は拳を握った。
「あんた強いねぇ」
エンディングに切り替わったところで後ろから声を掛けられた。振り返ると自分と同じ年ぐらいの男が感心したように腕を組んでこちらを見ていた。
「あ、代わる?」
順番待ちをしていたのだろうかと訊いてみると、男は顔の前で手を振って苦笑した。
「いや、俺は見てただけだから。そういうの得意じゃないし」
男はゲーム台を指差して、首を横に振った。そう、と軽い返事をして、嬢はもう1度マシンにコインを入れる。
――嬢が今ハマっているゲーム――『ヴァーチャル・ファイト』は、赤外線センサや各種計器を導入した新感覚の格闘ゲームだ。このゲームは頭と手足に専用のギアとグローブを嵌め、マシンの中で実際に手足を動かすことによって相手を攻撃する。例えばパンチの場合、その速度とグローブの握り込み具合で計測される握力とを総合して算出されたダメージを与えらることができる。その上相手からのダメージをギアを通して微弱な電流と強い振動とで体感出来る事から、1人でも出来るリアルな喧嘩だと、一部の層からの絶大な人気を経ていた。但し対戦中に脳震盪を起こして倒れた人間が出たことから、表だって置かれているゲームセンターはほとんどなく、入り口から死角になる店の奥まったところに1、2台、あるかないかが普通だ。
嬢は少し痺れた手を振って画面に向かった。このゲームにおいてのキャラクターはまさしく自分の分身に近い存在だ。各キャラクターごとに特性を持っており、攻撃力やすばやさなどの限界値も設定されている。つまり例え自分がそのキャラクターの能力を上回っても、限界値以上の効果を上げることはできない。
そんな中で嬢がよく使うのは、ポニーテールの女性キャラクターだった。このキャラクターは全キャラクター中最も素早いという特徴を持っており、逆に攻撃・防御共にさほど高くはない。従ってパワー重視の他のキャラクターとは違い、長期戦になりやすいのだが、上手く戦えば1度もダメージを喰らうことなく勝利することができる。嬢にはそれが魅力だった。ギリギリのスリル、それは養父が言っていた、「死の恐怖」に近いものがあるんじゃないかと嬢は思う。
いざ、もう1戦! と嬢が決定ボタンを押そうとした時に、音楽がなって乱入者が現れたことを知らせた。対戦は久し振りだ。ここによく通うようになって、前にいたいかにもなチンピラ崩れ共を倒して以来、自分の相手をしてくれる者はほとんどいなくなった。元より人を選ぶゲーム、仕方がないとは思っていても、やはり生身の人間と対戦してみたくなる。パターンの決まったコンピュータでは物足りない。
相手が選んだのは攻守のバランスの優れた、肌の浅黒い男性キャラクターだった。画面が切り替わり、砂嵐の吹く荒野で2人のキャラクターが対峙する。試合開始のカウントが始まって、嬢は画面の向こうで同じように構えているであろう相手に、心中で声をかけた。さあ、やろうか。一か八かの勝負を。――覚悟するんだね!
まずは互いに一気に間合いを詰めて拳を繰り出した。上手く避けたが相手にも交わされて、嬢はすかさず相手の懐に入り込み、下から拳を突き上げる。見越していたらしい相手は腕を交差させて拳を受け、後方へ飛び退ることでダメージを逃がした。まず一撃、と嬢は口角を上げる。最小限に抑えられてしまったが、ゲージはしっかり減っている。プレイヤーもダメージを受けるこのゲームでは、普通の格闘ゲーム以上にダメージの蓄積が重いものなのだ。
続けざまに蹴りを繰り出したが、これは体を捻って避けられて、カウンターで鋭い突きをくらってしまった。ぎりぎり掠めるだけに留めたとは言え、相手は相当な力自慢らしく、恐らくキャラクターの限界値で繰り出されたのだろう攻撃は、嬢の右足に強い衝撃を与えた。じんと痺れた右足に、なかなかやるねと嬢は眉を顰める。久々に本気で楽しめそうだ。
その後しばらくは一進一退の攻防が続いた。攻撃を決めた回数は嬢の方が遥かに多かったが、向こうは常にダメージを最小限に留め、こちらの隙を見計らって確実にダメージを与えてくる。お互いのゲージがほとんど赤で埋まった頃には、嬢の息も若干上がっていた。けれどそれは向こうも同じだろう。嬢は最後の一撃を決めるために、もう1度相手の懐に飛び込んだ。向こうももう待ってはいない。次にダメージを受けたほうがやられるのだ。真っ直ぐに拳を突き出されて、嬢は今だと体を反転させた。その勢いを使って後ろ回し蹴りを繰り出す。
鈍い効果音が鳴って、試合はとうとう終わった。辛くも勝利した嬢は、付けていたギアを全て外してマシンの隅に掛ける。今日はもう十分だ、と思った。いい試合ができて満足だった。
「何だ、女だったのか。すげぇ強かったからどんなゴリラかと思ったんだけど」
嬢が振り返るとそこには自分よりかは幾らかは年上に見える青年が、参ったな、という感じで頭を掻いていた。口振りからして、彼が嬢の対戦相手だったのだろう。
「失礼な。あたしのどこがゴリラよ?」
「うん。全くゴリラには見えない。だからあんたに負けたって誰にも言えないし」
青年は肩を竦めて、それからにかっと爽やかに笑った。
「あんたよくここに来んの?」
「暇なときは大抵来てるけど」
「マジ? よし! じゃあまた会ったら対戦しようぜ! 負けたまんまじゃ悔しいからな」
約束だぞ〜と一方的に言って去って行った男を見送り、さて、と嬢は荷物を持ち上げた。家に向かう足取りは自然軽くなる。こんな風に突然強い奴に会ったりするから、あのゲームは止められない。
「今度会っても返り討ちだ!」と拳を突き上げたところで、偶然こちらも帰り道だったらしい養父と出会い、物騒な奴だな、とからかわれたが、嬢の機嫌はちっとも悪くなりはしなかった。
また、あのスリルが自分を待っているのだから。
>>END
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