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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


□loop disharmony□



 リュイ・ユウ蒸し暑い空気の中、微かに汗を浮かべ、綺麗に手入れされた指で眼鏡のブリッジを持ち上げ、位置を直す。
 微かに眼鏡に掛かる程度の漆黒の髪を、掻き上げる。
 雨が止んでから出かけたのは失敗だったかと、幾分後悔していた。
 買い物に傘を差して歩くと、傘を持つ手で片手は塞がってしまうことを考えると、どうにも機能的ではない。
無駄な行動が嫌いなユウとしては、なるべく纏めて買い物を済ますことを考えるのだ。
 黒色のコットンシャツに、黒色のジーンズを身につけ、ポケットからは緑色したシルク製のウォレットチェーンが覗いている。
 手には既に幾つかの買い物袋があった。
 時間を確かめるために、シンプルなデザインの腕時計に目をやる。
 まだ余裕があることを確かめると、ある店へと足を向けた。
 雨に晒されて、随分色の変わったビニール製のストライプ柄の軒先を歩き、何度か利用している店へと足を踏み入れる。
 コーヒー専門店だ。
 合成物で作られている物が多い中、この店は店長が自身で確かめた豆のみを仕入れて、供している拘りの店だ。
 云い方を変えれば、頑固者ともいうが、ユウはこの店長を好ましく思っていた。
 昔懐かしの雰囲気を持つという店内だが、その辺りの記憶も無いユウにとっては、古い物に触れることの出来る貴重な店といえた。
 そのようなことを口に出すことは無いが、数度足を運ぶことで気にいっていることは明らかだった。
 素直にいわないのは、既にデフォルトだ。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 豆に関して詳しい知識はなくとも、そういった事は店長の話に耳を傾けていれば自然と入る。
 初めて来店した時から変わらない席へ座ると、店長に向かっていった。
「今日のおすすめは何です?」
「オススメはアラビカ種の豆なんだが、珍しい豆を手に入れてね。今日は、ティピカ種の豆をローストしてみたんだが、どうかな」
「初めて聞く名前ですね、興味があります。それでお願い出来ますか」
「ありがとうございます」
 コーヒーカップを温め、用意を始める店主にユウは話しかける。
「どんな味なんでしょうね。飲む前に聞く物じゃないと思うんですが、本当に珍しい物みたいですから」
 ドリッパーにフィルターをセットし、粉を入れ、粉の中心へゆっくりと湯を注いでいく。
「さっきいったアラビカ種の最も古い基本原種なんだよ。甘味ときれいな酸味が特徴で、豊かな風味、コクをもつが、生憎と病気には弱くてね。収穫される豆も少なければ、栽培する人間も少なくて、幻の豆と言われていたんだが、最近、少しながら栽培をする業者を見つけてね」
「幻の豆を使ったコーヒーですか」
 初めて嗅ぐ香りに、違いが分かったのか、ユウは満足げに目を細める。
 店主はムース状に盛り上がった粉を確かめると、そのまま続けて湯を注いでいく。
 粉の中央が窪んで仕舞わないうちにドリッパーを引き上げると、カップに満たされた薫り高いコーヒーを差し出した。
「どうぞ」
 緩く刺激する香りに、ユウは目を細めて満足そうに、カップの縁に口をつける。
 予想していた風味とは違い、甘みある味と酸味に、嬉しい意味で驚かされ、思わず口元に笑みを浮かべた。
「甘いと思ったのはこれが初めてですね。砂糖は入れなくとも、この味とは面白い」
 自身で楽しむのに欲しいと思い、じっくりと味を堪能した後、豆を分けて貰い、会計を済ませ店を後にする。
 他にも、幾種類かの豆が診療所にはあったが、気分に合わせて味を変えてみるのも良いだろう。
 買い物袋の中を覗き、入れる余裕のある袋にコーヒー豆の入った紙袋を入れる。
 何となく、楽しみが増えたようで、心なしか唇からフレーズが零れ落ちた。
「………。」
 自分自身、覚えの無いメロディに思わず口を閉ざし、沈黙する。
 記憶を辿り、どうして口をついて出てきたのか、常に理性的に判断する頭脳で考える。
 立ち止まり、彫像のように固まったままだ。

 ra ・ra ra ra ra ・ra ra ra・ra ・ra ra ra ra

 口には自然と乗ってくるメロディであるというのに、歌詞が全く思い出せない。


「あんた、こんな所に突っ立って何してんだ?」
 自然と眉を寄せて、幾分目つきの悪い表情を浮かべているユウに声をかけてきたのは、一人の青年だった。
 腐れ縁とも言うべき存在のケヴィン・フレッチャーだ。
 黒のTシャツに迷彩柄のジャケットを羽織り、髪を高い位置で括っている。
 珍しい物でも見たというふうに、まるで鬼の首を取ったような、得意げな表情を浮かべ指を差す。
「あんた……まさか、迷子かっ!」
 ケヴィンの艶のある黒髪が、言葉と共に跳ねる。
「失敬な、そのようなこと、この私がするわけ無いでしょう」
 む、と口を真横に引き結び、もやもやとした思考に弄ばされているユウは、不届きにも迷子などといってくれた、この青年にどのように苛めて遊ぼうかと考え始める。
 もやもやしたこの気分を晴らすために、犠牲になって頂きましょうと、急に支払い良い患者に接するように、爽やかな笑みを浮かべた。
「うわ、悪人面……」
「清廉潔白なこの顔をして、何を言いますか貴方は」
「で。何。こんな所で突っ立ってるわけ? まぁ、迷子説は横に置いておくとしてだ」
「そんなもの、何処かにやってしまいなさい。……まぁ、気になったことを思い出そうとして、思い出せなかっただけですよ」
「へぇ、あんたでも、そんなことがあるんだな」
「聞きたいですか?」
「んー、そうだなぁ、俺なら分かるかも知れないし?」
 にたりと笑みを浮かべ、挑発的な言葉をはくケヴィンに、
「良いでしょう、貴方なら当てて見せてくれると信じていますから………ただし、分からなかったらどうなるか、分かっているでしょうね?」
 教えて貰う相手に、殊勝な所が全くないのがユウだ。
 むしろ、私にさっさと教えなさい、と無言の脅迫めいた台詞が迫って来るのは何故だろう、と半瞬悩んだケヴィンだが、こんなシチュエーションが来るなど滅多にないことだったから、メロディへと素直に耳を傾けた。
「ん、それ俺もどこかで聞いた、知ってる。……これ、後はこうだろ?」
 ユウの口ずさんだメロディを追うように、続けてケヴィンの声が重なる。

 rara・rarara・rarara・rarara

 綺麗に重なる声に、心地良い一体感を感じたが、知っているメロディが短い物だからすぐにループすることになる。
「貴方も知っているとは意外でした」
「そうか?……って、おい!」
 何げに、期待されてなかったのに気づき、思わず突っ込みを入れるケヴィン。
「分からないのは気になって仕方ありませんね、本当に」
 続きのメロディが自然と出てくるかも知れないと、何度か繰り返す二人。
「………駄目だ、降参だ」
 ギブアップしたのはケヴィンが先だった。
「早いですね」
「思いつかないのは仕方ない、潔く諦めることにする」
「意気地のない人ですね、許してあげましょう」
「なんで、あんたに許して貰わなければいけなんだよ」
「おや? もう忘れたんですか。忘却するのにも程がありますよ。先ほどいいましたよ、分からなければ、分かっているでしょう、とね」
「そりゃ、覚えてるさ。だが、あんたも分からないんだから、無しだろう」
「いいえ? この私が、教えを請うたというのに、このもやもやを解消出来なかったジレンマの代償はキッチリ払って頂きます。私の時間は高くつくんですよ」
「横暴だろ、それは」
 三白眼気味になり、拗ねているケヴィンを見て、気分が晴れたのか内心この辺で勘弁をしてあげましょうかと思う。
「そんな今更なこと」
 スルッと流してあげるには、反応が面白すぎるのですから。
「さて、帰宅するまでに何をして貰うか考えるとします」
「変なこと思いつくなよ、ホント」
 ユウの持っていた買い物袋を半分受け取り、呟く。
 考え疲れてしまったのもあり、二人の足はは自然と診療所へと向かっていた。


 見た目は良くないが、中は綺麗に整えられた診療所は、ユウの仕事場だ。
 外を綺麗にしても、すぐに汚れる。
 ここはそんな所だ。
 危険に対する意識は高く、今もケヴィンが扉に頑丈そうな太さの閂を横に引っ掛けている。
 テーブルへ買い物袋を置き、くん、と匂いに気付いたケヴィンが、紙袋を取り出す。
「なぁ、これ、コーヒーだよな」
 味はどうであれ、普段からコーヒーを良く口にしている。
 ケヴィンは、ユウが本格的なコーヒーを入れて楽しんでいることを知っていた。
 新しい豆を手に入れたということは、それを味わえるわけで。
「それは駄目です。先ほど、店で飲んできましたし。また別の日に楽しみます」
 普段、滅多にお金を出さないユウが、躊躇なく出したそのコーヒー豆の値段は、通常の4倍程で、量も普段購入する半分ほどの量だった。
 さすがに、続けて飲むにはもったいないと思ったのだ。
「まぁ、今度飲ませてあげますよ」
「今度って何時だよ」
 思わずケヴィンが愚痴る。
 ユウはいつものことで慣れているのか、別のコーヒー豆が入った缶を取りだし、用意していく。
 セット完了して、電源を入れる。
「さぁ、私が飲みたいと思った時に貴方が居れば、その時が今度ではないですか。今日買ってきた豆で淹れているとは限らないですがね?」
「ホント、意地悪だよ、あんた」
 その上、今度手伝いに来いってんだもんな。


 ふてくされた猫、もとい、ケヴィンを送り出した後、ユウは片づけを済まし、寝室へ入り、ラジオの電源をオンにして、聞くとも無しに流す。
 灯っている明かりはダウンライトだけだ。
 寝るだけの場所に、余計な照明はいらないというのが理由だ。
 残ったコーヒーに、ミルクを入れて作ったカフェオレが入ったカップを片手に、ベッドへと身体を横たえ、壁に背中を預ける。
 シャツのボタンは全て外し、白い肌が覗いている。
 眼鏡は既に外していた。
 元々、眼鏡が必要な視力でもない。
 医者らしく見せるための商売道具だ。
 それは建前であったが。
 手放せない物というのはあるもので。
「しかし、何で私が知ってたのか……謎です。そのようなこと、ありはしない筈だというのに。自身の事ながら、まだまだ未知の領域があるということですか……面白い」
 いつか思い出すことができたら、ケヴィンに教えてあげてもいいかも知れません。
 本当に、いつか、でしょうけれど。


 飲み干したカップをサイドテーブルに置き、クッションに頭を預け、本来の仕事以外で使った脳に休息を与えることにした。
 夢の中までも、メロディに追いかけられないよう、祈りながら。



<Ende>