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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【ダークゾーン】闇の中を抜けて

ライター:有馬秋人





ダークゾーン‥‥暗黒地帯って奴だな。全行程の半分を、下水道が占めている。
何が怖いって、ここには光って物がない。つまり、何にも見えないって訳だ。
IRカメラじゃあ、空気との温度差がはっきりしている物しか見えない。
スターライトカメラは、光を増幅して物を見る以上、全く光のない所じゃあ役立たずだ。
音波カメラ‥‥無いよりはましだが、視界が荒いのは否めない。見えない訳じゃないんだが、とっさの時に後れを取るのは必須だ。
懐中電灯? 良い考えだな。相手は懐中電灯の光に向けてぶっ放すだけで、お前を蜂の巣に出来るって訳だ。
ここを抜ければ、未探索地帯に行けるとは思うんだが‥‥生きて抜けれればな。






  ***





滴るような闇だった。

何だというのだろう。伸ばしているはずの自分の腕が見えず、背後にいるはずの仲間の姿も見えない。ただ、聞こえる音だけを頼りに走る。
踏み込むたびに跳ね上がるのは飛沫だ。頬にまで飛んだそれを軽く拭い、くんと匂いを嗅ぐが幸い不快なものではなく、下水ではないと理解した。
足元を流れる水はささやかで、それゆえに流れる動きを明確に伝えてくる。かすかな音として。
蟠るように広がっている水に不利を感じたわけではなかった。不利だと感じたのは、この場所の範囲だ。徐々に狭まっていく通路は、すでにレオナがしかと握るMS用の高周波ブレードではろくに振り回せるものではなくなっている。腕の一振り、そのあとの引き戻しが難しい場所では、うまく戦えないだろうと酷く冷静な部分が警鐘を鳴らしていた。
それでも、引けない理由がある。
「アールっアイツは!?」
一番後ろで殿を務めているだろう相手の名を呼ぶ。万が一、背後から急襲されても持ちこたえられる人物で、かつ前衛に向かないと自ら回ったアルベルトは先頭のレオナに問われて耳を澄ます。視界は意味をなしていない。視神経に頼る情報は全て漆黒の大気に阻まれていた。構成する分子、それ自体が闇色に染まってしまったかのような。
「前方、けっこう距離があるところを疾走している。どこかを曲がった様子はない」
「白玲、行けないか? お前の遠隔視なら見えるだろ」
「任せろ。レオナ、守久、鄭、上体をかがめてくれ」
「わかった」
「ああ」
「呂ちゃん、頑張ってね」
「ええい気の抜ける声援をするなっ」
自分の後ろで暗い狭い怖いと震えている鄭に対し、叱咤をこめて怒鳴り、素早く弓手を引く。ピンと張った弓弦から、矢が駆けるように飛び出した。その周囲の外観が明確になる。白玲の脳裏に一つの映像が浮かび、鏃の向けられた方向にレオナとよく似た形の義体が見えた。
「ああ、一直線だ。曲がり角はない……しかし」
「ありがとっ」
言葉を途切れさせた白玲に構わず、レオナは走り出す。守久もそれにピタリと付いていく。残された白玲は唇を噛み、残りの言葉を飲み込み駆け出した。
「白玲、何かあったのか?」
「気にするな、アルベルト。私の思い違いかもしれん」
「…りょ、呂ちゃん」
「鄭っ、怯えるな!」
周りの暗闇に加え、見えずとも押し寄せてくる密閉の圧力に震える鄭を叱咤した呂は、仕方ないと後ろに手を伸ばした。戦いの最中、片手を塞ぐのはばかげている。けれど、敵は前方にあり、頼もしい二人が前を塞いでいる。横から襲われる心配もなく、背後もきちんと固められているのだ。少しくらいは許されるだろう。そんな考えで幼馴染の腕を勘だけで掴んだ。
「いくぞ」
「はいです」
繋がった手のひらから相手がいることを確認できたのか、鄭はしかと頷き走り出す。前方で何やら微笑ましい光景が繰り広げられていると悟ったアルベルトは、こんな時だけと、と少しだけ笑った。
「……本当は俺が斬り込みしたかったんだけだなぁ」
前方四人の気配が遠ざからないうちに、と自身も走りながらぼやく。相手からレオナに影響を与える者として目の仇にされている自覚があった。精神に安定を与える要素をことごとく省くかのように、だ。
それを考えれば自分を先頭に置き、まとめて吹っ飛ばしてもらうほうが確実に決まっているのだが、ふっ飛ばしてくれるだろう二人が難を示した。協力が得られないのならば意味はない。
「アール!?」
前方からレオナの声がする。いつの間にかある程度以上の距離が開いていると気付き、アルベルトはなんでもないと返して歩調を速めた。
「おいおい、しっかりしろよ」
「悪いっと、……行き止まりか? 足音が止まった」
呆れた口調の守久に軽く返し、強化してある聴力で自分達以外のものの音を感知する。それが、不意に消えたのを聞き取ってレオナに注意を促した。それと平行するように、鄭の手を離した白玲が、目を眇めるように意識を凝らした。
「行き止まりだな。やつは……―――っ、不味いレオナっ守久っ」
下がれと叫ぶより先に、轟音が響きわたった。
白玲の緊迫した叫びを受けたときには皮膚がびりびりする空気の振動が到達していた。レオナは表層を覆っている液体金属の硬度をなるだけ上げ、少しでもと強化する。轟音に続く突風に、首元の鈴がちりちり震えていた。
風に押されはしたが、踏みとどまれる。けれどそれは自分がオールサイバーだからで、背後にいる者たちはどうなっただろうと思考の隅で心配するが、今は、前方にこそ意識を振分けるべきだった。
この爆発めいた轟音が、アイツのせいじゃないわけがない。
「………っ」
息が跳ねた。それでも構わないと、何も見えない前方を睨みつける。ここまで距離が縮まれば、レオナにも相手の動きが聞こえていた。すり足で移動しても足元には水があり、どうやったって聞こえてくる。その音が思ったよりも近くて、とっさにブレードを引き上げるが、衝撃がくるのが先だった。吹き飛ばされる。腹部にめり込んだはたしかに拳で、レオナの体が浮いた瞬間に二撃目が。その勢いでサイドの壁に叩きつけられたレオナは立ち上がることもできずにブレードの柄を握った。近づいたら、突き刺してやろうとタウンター狙いの意識だが、小柄な体躯が駆け、距離を詰めるのが先立った。
「レオナに何をするっ、この木偶が!」
爆風で離れた仲間の様子を確認しようと天井に向かって矢を放ち、遠隔視を作動させた白玲が見たものは、壁を背にぐったりしているレオナと、レオナそっくりのTTだった。距離を詰め、外さない気迫で一度に数本抜いた矢を次々と放つ。数本が相手に叩き落され、残りはかわされた。レオナにあたらないようある程度範囲を限定して打っているとはいえ、音速に迫る矢を軽々といなされ唇を噛む。
矢が途切れたと見て取った相手はレオナから白玲に意識を切り替え、前傾姿勢をとった。それに危機感を覚え、両腕に鳥肌が立った白玲は、僅かに体を斜めにする。それで十分だいうように、風が通り抜けた。
前に出たのは鄭だ。細い肢体を捻るように撓め、蹴りを放つが相手にあっさり受け止めれる。けれどそのまま上体を戻し、渾身の力をこめて拳を叩き込んだ。軸は相手の掴む手。オールサイバーのそれならば不足は無い。
「あは…自重四トンの重り…お気に召しましたか〜…?」
「あまり…我々を甘くみないことだ…木偶人形!」
沈墜勁を発動させ、綺麗にきまった打撃に満足した鄭は、相手の手がまだ自分を掴んでいる事実に気付き、すぐに表情を改めた。鄭の様子に気付いた白玲が牽制の弓を引こうとするが、それより先にレオナのブレードが飛ぶのが早かった。MSのそれは巨大な仕切りとなって相手と鄭の間に刺さる。鄭の体が離された。
「ありがとうございます〜」
「こっちこそ、ありがと。お陰で少しは回復できたよ」
中の回路のいくつかが切れているかもしれない、と腹部を押さえながら立ち上がったレオナは、一端距離をとられ、舌打ちした。そこに刺さっている自分の武器を取らなかったのは、それがこの場所では不利にしかならないと知っているからだろう。思っていたよりも相手の戦闘センスは高かった。
自分たちは相手を追い詰めたと思っていたが、もしかしたら、それは自分たちの方だったのかもしれないと気付いてしまった。
「そう、か。そうだね。自分に絶対の自信があるなら…ここはいい場所だ」
一対一で負けないと踏んでいるのなら、このダークゾーンはうってつけ。複数の敵も一つずつしか仕掛けられない上、視界に頼ることになりた相手ならば、手玉に取るのは容易い。
直線に伸びた敵を初手でばらばらにし、各個撃破を狙うのは有効な手だった。
著しく不利な状況に変貌したと、歯噛みすると背後からいつもどおりの幼馴染の声が聞こえた。
「そうだとしても、何も変わらないだろーが」
麒麟を身につけ、片手には抜き身の明鏡止水を下げている。レオナの武器よりは小さいそれは、比較的この場所でも有利に動ける道具だった。
「白玲たちを飛び越してこいつが突っ込んできたのには参ったね」
うっかり受け止めてしまって自分まで吹っ飛んだ、とげんなりした口調のアルベルトもいる。自分の最大威力の技が少しも通じていなかった事実に愕然とした鄭を引きずり距離をとっていた白玲は、邪魔にならないよう三人の後方にまわった。近距離では自分の力は役に立たない。鄭も今はもう戦えないだろう。そんな判断だ。
「…そうだね」
レオナも守久の科白に頷いて、下げかけていた視線を上げる。
空手の自分と相手は互角だろうかと迷うが、振り回せない得物を抱えていてもハンデになるだけだ。拳を握り、姿勢を低くする。その後ろで相手の出方を伺っていたアルベルトがそっとレオナを抑えた。
「アールっ」
「ここで二人同時に仕掛けるのは無理だって、だから…」
言葉の途中で守久が打ちかかる。葬兵術を発動させている五感は音を頼りに動くことを可能としていた。バックステップしてさらに距離をとった相手が何かをする前に、伸ばした腕で刃を届かせる。ぎりぎりで回避されるがお返しのように迫った蹴りを麒麟で受け止め、受け流す。受ける角度さえ間違えなければできる芸当だ。押されるように後方にとび、開いた距離に目を眇めることなく詰めてくる相手に緩く反った刀を当てた。
冷静な動きだ。それゆえに何とか、抗することが出来ている。
「明鏡止水も、麒麟も万全で牽制がやっと、か」
二人の様子を伺っていたアルベルトは苦虫を噛み潰した顔になる。
「奴が触れた時が狙い目だろうな………ウィルスを投入、ついでに物質変質で腕の1本でも取れれば」
その際に受けるだろう反撃を綺麗に無視した作戦だ。レオナは耳にした言葉にぐっと歯を噛み、立ち上がった。庇うように前に出ていたアルベルトを押しのる。
「撤退しよう」
「レオナ!?」
「ボクたちが甘かったんだ」
本当は、このまま突っ込んでしまいたい。周りの制止も何もかもを振り切って、家族の仇を滅ぼしてやりたい。けれど、それでは駄目だ。
この優しい仲間までを脅威に晒すことは本意ではない。自分の仇だからと、手を貸してくれる人たちをむざと危険な目にあわせるわけにはいかない。
レオナの決意を知って、アルベルトは口元を引き締めた。
「白玲、元の場所に……って鄭は閉所恐怖か。仕方ない」
狭くて乗り入れができなかったバイクが置かれた場所にまで戻れば、撤退は容易、そう考えての科白だったが白玲は迷い癖があり、鄭は戦闘を達すればパニック状態に陥るだろう。
「アール、ボクが出る。だから二人を連れて」
「いやそれよりも…」
壁に刺さったままのブレードを手探りで探し、抜き取るとレオナは特攻の体勢になる。けれどアルベルトは不敵な笑みを浮かべて、むき出しの壁に埋まっていた、補強用と思しきパイプを強引に引き抜いた。
「守久っ」
掛け声は一つ。それだけを配慮にパイプを飛ばした。強力なPKを用いて飛ばされたパイプは、咄嗟に身を逸らした守久の脇を抜け、運よく相手の腹部に突き刺さった。
「撤退するぞっ」
「わかった」
すでに回復し始めている相手は、刺さったパイプを抜こうとしている。動きを止めた相手から遠ざかると、守久は持参していた爆薬を懐から取り出した。
「龍樹っ」
いつまでもこない守久に焦れたレオナが叫ぶ。
「大丈夫だ、先に行ってろ」
「ばかーっ、その科白は一度実証してから言うんだよっ」
「そうだぞっ」
古来より、こういう場面で平気だと言って無事だったものはいない。そうがなったレオナに守久は苦笑して、頷いた。
「実証するとするか」
パイプを片手に詰め寄ってきた相手に気付くが、明鏡止水を構えずに拳を固めた。そのまま足元を殴りつけ、盛大にコンクリ辺を生み出した。無明の闇からの小さな衝撃に相手が警戒したのを機会とし、爆弾のスイッチを入れる。そして走る。
「おらっ、とっとと撤退するぞ!」
「それはボクの科白だいっ」
「って突き飛ばすなっ。レオナの手を引くなっ」
「ああもうボクは一人でも走れるから、白玲と鄭を頼むよ」
「はいよ。じゃ俺は白玲もつからお前は鄭頼む」
「私も走るっ」
「あは…ちょっと楽です〜」
振動で舌を噛みながら感想を零す二人に構わず、守久は白玲を小脇に抱え、アルベルトは鄭を抱き上げる。レオナが先行する形で走り、数秒した直後に最初に聞いた轟音が比でないほど大きな音が空気を突き抜けた。
耳を劈くような、激しい振動。
全員が咄嗟に地面に伏せた。ガラガラと崩れる音が収まると、アルベルトが神妙な顔で音に集中する。何かが動く音はいつまでたっても聞こえなかった。
「上手く分断できた、みたいだ」
「ああ」
「龍樹があんな強い爆弾持ってきてるなんて思わなかったよ」
いつもはそんなものに見向きもしない癖に、と呟いたレオナに守久はぐっと息を飲んだ。
「はは、備えあれば憂いなしって言うからな」
「まぁ……。自滅覚悟で持ってきたはずないよな」
「アール?」
何か相手の思考を読んだのか意味深な科白を投げたアルベルトに、守久はさらに息を詰まらせ、レオナは首を傾げた。その横で相変わらずの闇の深さをようようと思い出して震える鄭を、白玲がしかりつけていた。



2005/07/...




■参加人物一覧


0536 / 兵藤 レオナ / 女性 /オールサイバー
0529 / 呂 白玲 / 女性 / エスパー
0535 / 守久 龍樹 / 男性 / エキスパート
0552 / アルベルト・ルール / 男性 / エスパー
0662 / 鄭 黒瑶 / 女性 / エスパー


■ライター雑記


ご注文ありがとうございました。有馬秋人です。
ダークゾーンという初めて描く舞台でどきどきでした。小心です(汗)。
視界が一切利かないため、描写は主に音声と各自の動き方になりましたが、楽しんでいただけたでしょうか。
どうか、この話が少しでも娯楽となりえるよう願っています。