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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録

間垣久実

【オープニング】
 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

*****

『それじゃ〜次のリクエスト。ラジオネーム・R−KIIさんから、「ヘヴンズ・ドア」〜。これからゲートを潜るそうです。無事な帰還が出来るといいですね♪』
 DJの声が遠ざかると同時に少しずつ音量を上げて音楽と入れ替わり、小気味良いギターの音がラジオから流れ始める。
 時刻は深夜を過ぎて早朝とも取れる微妙な時間帯。外はまだ明るくなってはいないが、ブラインドを下ろした隙間からは遠くのネオンの輝きがちらちらと瞬いている。
「…………」
 ちら、と時計を見て今の時間を確かめた少年、宵待・クレタが曲が終わるのを待ってぱちりと電源をオフにすると、はさりと闇色のマントを羽織り、フードを深々と被って部屋を出て行った。
 朝の光がこの街を支配するまでにはまだ大分時間がある。普通の生活をしている者たちにとっては、今はまだ夜の領分。
「……」
 ほんの少し、フードの中の唇が笑みを浮かべた。
 『普通』の生活をする人々なら、まずこの場所にいる筈が無いと考えたからで。
 ――セフィロトの塔へ潜るためのビジター、そのビジターを管理するギルド、そしてその周辺でビジター相手に商売をする者達…それらの人々でこの街は構成されているからだ。
「…まだ、早い…かな」
 躊躇っているように見えなくも無い足取りで、クレタは何となくひと目を避けるように、心持ち猫背気味の姿勢で歩いて行く。
 目指すは、ビジター登録のギルド前。――と言っても当然まだ受付は始まっていないが、混む時にはその日だけでは登録が済まない事がある。
 それを案じてまだ明るくなる前から並ぼうと思ったのだが、そこには既に何人かのビジター候補達が並んでいた。中にはクレタのように眠らず待っていた者もいるのか、眠そうに欠伸をしながら目を擦っていた。
 その後ろにちょこんと並びながら、クレタはフードを更に目深に被り、腕を組んだ。

*****

 ――指定の時間に扉が開く。
 それに気付いてクレタが顔を上げると、自分の後ろにもビジター候補がずらりと並んでいた事に気付いた。
 中に入ると、受付へ並ぶ前に指定の用紙を取り、空いているテーブルの上で必要事項を書き込んで行く。
 中に入ってすぐに受付へ並ぶ者は、既にその書き込み済みの用紙を手にしていた。恐らく昨日のうちに登録出来なかったか、混み具合にげんなりして早朝に並ぶ事にしたかのどちらかだろう。
 かくして、クレタが自分の用紙に書き終えて並ぶ頃には、扉が開く時よりもずっと大勢の者がクレタの前に並んでいた。
「………」
 ほっそりした手で紙を持ちながら、大人しく待つ。受付も手馴れたもので、事務作業的に用紙に目を通しては、ビジター会員証発行の了承印をぽんぽんと押していた。どう見ても裏づけを取ろうなどとはしていない、または本人確認の必要すら取っていないのを見れば、本名も過去の事も全て嘘で塗り固められてもすんなり塔の奥へ入って行けそうだった。
 彼らにとって必要なものは、文字で埋まったマスだけなのだろう、そう思いながら、ゆっくりと進む列の隙間を空けないよう、ちょこちょこと前へ歩いて行く。
 そうした流れ作業のせいか、思っていたよりもずっと早くクレタの番が来た。
「――――」
 手渡した書類に書かれた内容に目を通したギルドの人間が、ちらとクレタの顔を見て、
「宵待・クレタさん」
「……はい」
「経歴と出身地の欄が空白ですが、これは?」
 感情の篭らない声と目がクレタへと向けられる。
「…経歴は…特に、無いです。――出身地は…覚えて…ません」
「なるほど」
 ぼそぼそと呟くように言うクレタの言葉に受付が応え、そこにさらさらとクレタの言葉と同じ意味の文章を並べ、ぽんと判を押して、
「発行窓口へどうぞ。名前をお呼びしますのでお待ちください」
 これもいつものことなのだろうか、特に何を言う事も無く、書類をクレタへ返して別の窓口を案内した。
 その窓口でビジター登録証が渡されるのだろう、そう思いながら書類を受付の前に置いてある箱へ入れる。
 そして、がやがやと人が溢れている場所から少し離れた位置に移動し、入り口近くで忙しく働いている売り子からフレッシュジュースを買い、それを口に運びながら壁に寄りかかる。
 まだ余裕があると思ってか、ぞろぞろと数人の仲間で来たらしい若者たちが、既に人でごった返しているロビーに目を丸くし、
「お前がこの時間でもがらがらだって言うから…」
「早朝から並ぶのは嫌だって言ってたじゃないか、そっちだって…」
 塔の奥へ行く前から破綻の予感が見え隠れする会話を続けて受付へ消えて行く。そんな様子を見ながら、こくこく、と喉を通る飲み物の冷たさを楽しむ。
 ここは、実に様々な人々の集まる場所だった。
 ビジターと言う共通点のみで集まるのだから当たり前なのかもしれないが、学者然とした者と全身をサイバー化した者がしきりと身振り手振りで議論をたたかわせながらクレタの目の前を通り過ぎて行ったり、登録自体に気後れしているのか、入り口をうろうろと何度も行ったり来たりする少年が居たりする。
 かと思えば、ビジターカードの紛失届を出す、ベテラン臭漂ういかつい男が、書き方を忘れたのか受付とテーブルを往復していたり。
 男女差で言えば男性の方が多いように見えるが、絶対的な差と言うほどでは無かった。
「……ふぅん」
 独特の雰囲気と匂いを漂わせるこのビジターギルドは、ただ眺めているだけでも結構飽きないものだ、とクレタは思いながら、空になった飲み物を捨てる。
 と、丁度その時、
『――さん、宵待・クレタさん、――』
 まとめて発行したのだろうか、数十人の名が一斉に読み上げられた。クレタと同じように発行まで待っていた人々が立ち上がり、ざわざわとした音が部屋一杯に響き渡る。
 それは、嬉しさに打ち震える声だったり、皮算用に勤しむ声だったり、グループで来た者たちの囁きだったりと様々。
 そんな中を、フードを目深に被ったまますいすいとクレタが受付へ歩いて行く。
「はい、お名前を」
「……宵待・クレタ」
「宵待さんですね。――はい、こちらになります。紛失した場合にはゲートを潜れなくなりますので気を付けて下さい」
 手の中に収まる小さなカードがすっと受付の中から差し出された。それを受け取って、ぞろぞろと、クレタと一緒にカードを受け取った人々が外へ出て行くのを見る。
 それらの人々がいなくなった事で少しロビーが空いたかと思ったのだが、すぐに新たな登録申請者が入り口からやって来て、あっという間に先ほどの喧騒へと戻っていった。
「……」
 酸素が足りないのか、少しぼうっとしたクレタが小さく欠伸をする。
 考えて見れば明るくなる前から待っていたうえに、徹夜明け。いつもならとうに寝ている時間なのを思い出し、今のは眠気かと軽く目を擦ると、カードを懐に仕舞って外へ出た。
「……んー…」
 途端、今までの熱気が嘘のようにふわりと空気が軽くなる。意外に外は涼しかったんだな、と思ったクレタがもう一度欠伸をして、のんびりとした足取りで部屋への道を歩き始めた。

*****

 途中、特に寄り道もしなかったせいか、すぐに廃ビルと間違われそうな色のすすけたマンションが見えてくる。
 あまり住む者もいないのだろう。クレタにしても、他の住人と顔をあわせたことは無い。そんな中を、とんとんと軽い足取りで上がり、自分の部屋へと戻って行く。
 そして、ぱちりとラジオのスイッチを入れた。軽快な音楽がそこから浮かび上がって来る。
『――さてそろそろお昼の時間なのでしばらくは連続でリクエストを流しちゃいましょう。えー、ラジオネーム――』
 ボリュームを下げて、ごく静かな声だけの状態にすると、マントを外してハンガーにかけ、髪をくしゃくしゃっと手で梳いてから靴を脱いでベッドに横になった。
 ラジオからは、名前とリクエスト曲を読み終えたのか、聞こえるか聞こえないかの音量で音楽が静かに流れて来る。
 それをBGM代わりに、こてんと横になったまま、シーツを引き寄せてクレタが目を閉じた。今日は少し短いが、いつも起き出す時間まで睡眠を取るつもりで。
 ――すぐに小さな寝息が聞こえて来る。
 それは、低く聞こえるラジオの音を消す事無く。
 音に溢れた外とは別世界の静かな部屋で、クレタはどこかあどけない表情を浮かべて眠り続けた。

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名
【0692】 宵待・クレタ