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<東京怪談ノベル(シングル)>


【Legend――第2章――生き残る為の教訓】

 ――何度シャワーを浴びても暑いわ‥‥。
 茹だるような暑さと湿気の中、レイカ・久遠は気だるそうに椅子に背中を預け、粗末な仕上がりの冊子を眺めていた。黒い瞳に映るのは対戦レポートだ。別に読むほど興味をそそられる記事ではないが、バトラーには無料で配られる冊子であり、彼女には暇つぶしみたいなものである。
『レイカさん』
 ノックの音と共に男の声が飛び込む。レイカは「なに?」とドア越しの相手に抑揚のない声で先を促がした。鈍く軋みながらドアが開く。
「次の対戦エントリーについて‥‥! し、失礼しましたッ!」
 室内に入って来た褐色の青年は、慌てて背中を向けた。レイカはショーツ一枚だけを身に着けた姿でいたのだ。長い金髪で豊かな膨らみは隠れており、僅かに覗くだけだったが、魅惑的な白い肢体を晒されては刺激が強かったらしい。尤も、森の部族などでは当たり前に見る光景だろう。彼が焦った理由は、自分より格上である人物の無防備な姿を見てしまった事だ。機嫌を損ねさせたら次の仕事を探す羽目にも成りかねない。固まった青年の耳に、冷めた響きの声が飛び込む。
「対戦エントリーについて話があるんじゃないの?」
「つ、次の対戦も同じでいいんですよね?」
「そうよ。それだけ?」
 きっと彼女は神秘的な整った風貌で、蔑むような視線を注いでいるに違いない。青年は言葉を捜した。穏便に済ませて貰わなければ――――
「それだけなら分かったわ。時間が来たら呼びに来てくれる?」
 青年は表情に明るさを取り戻し、返事をしながら思わず踵を返してしまう。しかし、彼女は頬杖をついたまま、つまらなそうに冊子のページを捲っていた。
 ――この視線が鋭くコチラに流れない内に!
 青年は深々と頭を下げたまま後退すると部屋から出て行った。レイカは相変わらずページを捲り、ふと手を休める。
「優勝商品はセフィロト1F部分の詳細データか‥‥」

 ――かつてボトムラインと呼ばれる競技があったらしい。
 しかし、このセフィロトの塔が見える地で、その名は聞かない。
 だが、確実に同じような競技が繰り広げられていた。
 深い森の中で、静かに、ひっそりと――――。

●決する天秤
 埋め尽くす観客が歓声を響かせる中、鈍く軋みながら巨大な鋼鉄の扉が左右に割れた。天井から注ぐ照明に姿を浮かばせたのは、レイカの駆る異形の赤いMS『リッパー』である。盛り上がった肩により、首を竦めたような恰好の頭部は、カメラアイを静かな音で伸縮させ、望遠カメラに対戦相手を捉えた。
「騎士のつもりかしら?」
 映し出された対戦相手であるMSは、右手に巨大なブロードソードを握り、左手は盾を構えている。レイカが呟いたように、それは中世に登場した白き騎士を連想させた。ゆっくりと切先を天に向け、頭部の前に持っていく。騎士道を重んじる演出か。
「どうやら格闘専用って感じね。でも、見た目で私は誤魔化されたりしないわ」
 獣の咆哮を連想させるサイレンの音が鳴り響くと共に、レイカはリッパーを走らせた。圧迫するような狭く薄暗いコックピットの中、彼女は機体を旋回させて敵を捉える――筈だった。
「速いッ!」
 望遠カメラに捉え続けていた標的は、瞬時に左右へ流れてゆく。敵を捉えた筈だったリッパーは小刻みに左右に動き回り、まるで翻弄されているようにも窺えた。客席では歓声と罵声が津波のように押し寄せる。
 刹那、レーダーが甲高い警告音を響かせた。カメラがターゲットを捕捉しない内に、獲物が接近した証拠だ。
「どこから!?」
 レイカがカメラの中に敵を捉えた時には、既に上半身まで映し出されていた。甲冑を纏ったようなシルエットのMSが、今まさに長剣を薙ぎ振るう。
 リッパーは長い腕をクロスさせながら、地を蹴って後退した。しかし、敵を捉えるのが困難だった事からも、MSの機動能力はリッパーを凌駕しているのだ。何とか致命傷は避けたものの、執拗に食らいつく長剣の刃に、装甲が悲鳴をあげる。
「くぅッ! 機動力が違い過ぎるわ!」
 放たれる斬撃にコックピットが揺れ、耳障りな警告音が鳴り響く。オマケにマッチメーカーが慌てた様子で通信機から声を荒げていた。
 ――このままでは負ける!
 見開いた瞳の脇で汗が流れ、頬を伝う。
『おいレイカ! このままヤラレルつもりかよ? こんな闘いじゃ客だって飽きちまうぜ! おい、聞いてるのかよ』
「うるさいわね! まだ勝算はあるわよ!」
 激しい衝撃にレイカは長い金髪を躍らせながら、マスターアームに覆われた両腕を前方へと突き出す。同時にリッパーの長い腕(スレイブアーム)が同じ動きを見せた。
「そこよッ!」
 リッパーの手に生えている鋭利な爪が、騎士の両肩を掴もうとしていた。焦りを覚えた表情の中で、レイカは微笑みを浮かべる。
 ――そうよ、これがリッパーの闘い方!
 甲高い音と共に、鋭利な爪は騎士の両肩を掴んだ。白いMSは何とか振り払おうと切先を向けるものの、長い腕に自由を奪われれば容易にダメージは与えられない。
 歓声が一気に『切り裂け』コールへと変容してゆく。
 大逆転劇にコロシアムは一段とヒートアップを見せる中、リッパーの盛り上がった両肩が展開する。中から飛び出したのは高周波ワイヤーだ。
「ハァ、ハァ‥‥これで終わりよ、たっぷり返してあげるから」
 息を乱し、興奮気味にレイカは呟く。普段のレイカからは連想できない変貌振りだ。金髪は乱れ、鋭い眼光で睨み付ける。恐怖と焦りがクールなマスクを剥ぎ取ってしまったのか。それとも――――
「切り裂けリッパーッ!!」
 ――刹那、火薬の弾けるような乾いた音が響き渡った。
「なに? そんなッ!?」
 リッパーが掴んでいる敵の肩はそのままだ。しかし、レイカの瞳に映ったのは――――
 ――甲冑の肩だけだった。
 否、正確に言えば肩部を覆う装甲である。敵はワイヤーが振るわれる前に、装甲と肩部の接続リベットを、予め装備していた火薬で爆発させ弾き飛ばしたのだ。つまり――――
 自由を取り戻した白き騎士は、身を低くして一気に飛び込み、長剣の残像を描きながら刃を振るい捲った。肉迫されればリッパーは弱い。まして一瞬の隙を突いた不意打ちである。剣戟と共に装甲が削られ、赤い塗装は鮮血の如く舞い散った。レイカはコックピットの中で激しく身体を揺さぶられ、何度となく小さくうめき声をあげながら衝撃と軋む機体の中で耐え続けた。彼方此方で火花が散り、装甲に亀裂が疾る。
 ――私、このまま殺されるの!?
 この対戦は文字通り殺し合いだ。バトラーを殺さずに勝利を掴む紳士ばかりではない。中には胸部ごと貫く者もいれば、強引に胸部ハッチを抉じ開けて、直接鉄槌を叩き込み絶命させる者もいると聞く。残虐なバトラーなぞ吐いて捨てる位いるのだ。
 ――次第に脆くなった装甲がコックピットを突き破り、私は逃げる事も出来ないまま、振りわれる刃で切り刻まれる! 激痛にあげる悲鳴なんて歓声に掻き消された聞えはしないわ! 私は歓喜に溢れる中で、殺される――――
「い、いや‥‥こんなとこで、死にたくない‥‥」
 今尚響き渡る剣戟と衝撃。次第にレイカの身体は小刻みに震え、瞳孔を見開いて死の恐怖に慄いた。
 ――<無敵のつもり?>
「いやあぁぁぁッ!!」
 絶叫とガラスの割れるような乾いた音は同時に放たれた。
 後に残ったのは静寂と嗚咽を響かせる小さな自分の声だ。
 ――終わったの‥‥私は生きているの?


 水滴を幾つも弾かせながら、レイカは冷たいシャワーを浴びていた。瞳を閉じて顔をあげると肩が次第に小刻みに震え出す。頬を水滴が流れてゆくが、それはシャワーからの水滴だけか。
 対戦の結果は長剣がカメラアイを砕いた事で決した。
 幸い白き騎士は紳士的だったようだ。
 ――<無敵のつもり?>
 ――リッパーは無敵じゃない‥‥。
 ――<どうしてリッパーの腕が長いか分かる?>
「戦い方は分かったわ‥‥でも‥‥」
『バトラーよ、聞えているなら聞くがいい』
 記憶が対戦終了直後に遡る――――
『貴公が放とうとした攻撃が必殺技なのは分かった。だが、技には総べからず長所と短所があり、戦闘の帰趨を決する瞬間を感じることこそが、戦いを生き残るための一つのコツなのだ』
 学び、そして強くなれ――――

「私は、強くなって見せる!」
 レイカは瞳を開いた。


<ライターより>
 この度は2回目の発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 私信もありがとうございます☆ 喜んで頂ける事が切磋の悦びであり、力でもあります。
 さて、いかがでしたでしょうか?
 勝つ為の知識と経験を積み重ねる女バトラーの物語なのですね?
 続けて読んだ場合に違和感がないように演出させて頂きましたが、やはり冒頭を考えるのは楽しいですが苦労しますね。
 今回はクールを装い、あまり人前で動揺しない雰囲気と、戦闘の中で焦燥感により湧き出した感情を演出させて頂きました。冒頭は、性格が純真なので微妙ですが(きっと、しまった! と思いながら頬を染めつつ、クールに振る舞っていたのですよ(笑))、やはりナイスバディを表現しないのは絵的に勿体無いです(おいおい)。
 戦闘中は、本来の感情的な部分を曝け出した感じでしょうか。素顔の見えない相手による攻撃の怖さを少しでも感じて頂ければ幸いです。
 尚、仕様なので何度も記載させて頂きますが、セフィロトにはボトムラインはありません。セフィロト本編と混同しないようお願い致します。
 また、MSの描写等も切磋オリジナルで演出させて頂いていますので、オフィシャル設定で描かれていない部分も多々あります。誤解や混同はしないように合わせてお願い致します。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 次はどんな負け方をするのか楽しみに‥‥(こらこら)。
 それでは、またレイカさんに出会える事を祈って☆