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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Blue chaser and resolution

 整然と仕切られた区画に、同じ方向を向いたビルが隙間なく立ち並んでいる。
 セフィロト建設当初からオフィス街として設計されたこの区画は、かつてブラジル内外の大手企業が競って事務所を構えていた。
 しかし審判の日以来、住人の消えたオフィス街はタクトニムが徘徊し、荒れるに任せられている。
 瓦礫の散乱するビル群の合間を神代秀流と高桐璃菜は進んでいた。
 マスタースレイブ護竜が、少し離れて後を付いてくるアリオトを振り返った。
「璃菜、足元気を付けろよ」
「ん、大丈夫」
 全て金属で出来ているとはいえ、スタビライザーの尾でバランスを取りながら歩む護竜の動きは生物的ななめらかさだ。
 頭部のバイトファングと腕に装備されたランスシューターベイルが、古代の暴君恐竜を思わせる。
 それを追うアリオトはシンクタンクを改造したもので、サソリ型のフォルムを生かした機動性が戦闘にまだ不慣れな璃菜を上手くカバーしている。
「ねえ、戻った方が良いんじゃないかな」
 ためらいがちな璃菜の声が、護竜の中で眉を寄せている秀流の耳に届く。
 無用な戦闘は誰でも避けたい所だ。
 どこからモンスターやシンクタンクが現われるかわからない、セフィロト内部を探索するなら尚の事。
 二人は索敵範囲を大きく取ったレーダーに不審な反応を見つける度、回避を繰り返していた。
 その結果、比較的視界の広い通路を探索ルートに選んで進んでいた二人だったが、入り組んだ小路にはまってしまっていたのだ。
 璃菜を不安にさせているのが自分の判断ミスだと思うと、秀流の心に言いようのない悔しさがこみ上げる。
「そうだな。一旦4ブロック前まで戻って、ルートを取り直そう」
 護竜の向きをめぐらせた秀流の視界、狭い通路の先に突然ケイブマンが数体現われた。
「な……ッ!?」
 たった今までレーダーにケイブマンの反応は無かったのだが、数秒のうちにケイブマンの群れが完全に二人を囲んでいた。
「秀流! 上から!!」
 璃菜の悲鳴で反射的に上げた視線を、護竜のカメラ・アイがトレースする。 
 窓ガラスが割れて暗く翳ったオフィス内部から、通路にめがけケイブマンが次々と折り重なるように着地する様子がモニターに映る。
 オフィス街のビルの中には、炭素繊維で電磁波を遮蔽した外装を取り入れている物がある。
 炭素繊維補強セメントは高強度が得られるため、超高層建築の外装に用いられる事も多い。
 それがレーダーの電磁波を遮り、オフィス内部に巣食うケイブマンの発見を遅らせたのだ。
「戻るぞ!」
 バイトファングでケイブマンの喉笛を噛み千切りながら、護竜がケイブマンの包囲を崩す。
 追いすがるケイブマンたちをアリオトのマシンガンが牽制し、二機は通路の先を目指した。
 しかし仲間を呼んでいるのか、ケイブマンの数は一向に減らない。
 緊張と焦りで早くなる鼓動のまま、秀流は護竜を動かしていた。
 慎重に動いた結果がこれか……!
 どうしたらいい!?
 数メートル先、隣のビルにまたがったオフィス同士を繋ぐ通路が見える。
「璃菜、離れてろ!」
 アリオトを先に進ませ、秀流はランスシューターを中空にまたがる通路に向けて撃った。
 ランスを撃ち出す反動と、ついで落下する瓦礫の震動が護竜の中の秀流にも伝わってくる。
 立ち込める埃の中、下敷きになったケイブマンの身体がかすかに動いていた。
「……時間稼ぎにはなるだろ」
 は、と肩の力を抜いて息を吐き出す秀流に、璃菜の声が届く。
「秀流……」
 通路を先に進ませていたアリオトが護竜の側に戻ってきていた。
 か細く震える声に、直接璃菜の肩を抱いてやりたいと秀流は思う。
 声だけが聞こえても、その姿や温もりが感じられなければ安心できない。
 養父が亡くなった今、秀流の孤独を埋める相手は璃菜だけだった。
「俺は大丈夫だ……璃菜?」
 アリオトが佇む通路の先には、スコーピオンがひしめいていた。
「璃菜! ゲートまで最短距離を設定して走れ!」
 探索の及ばない不透明な部分も多いが、第一階層でビジターが訪れた区域はギルドの有志でマップデータ化されていた。
 二人のいる場所はオフィス街でもマルクトの中心に近いため、大通りに出れば比較的すぐヘルズゲートまでたどり着けるはずだ。
アリオトのモニターにマップを表示させ、璃菜はスコーピオンたちの横をすり抜ける。
 音も無く敵スコーピオンはアリオトを追って移動していった。
 護竜には最初から反応していないようだ。
 しかし秀流に疑問に思っている時間はない。
「……追わせるかよ!」
 秀流は護竜の姿勢を前傾させ、走行スピードを上げる。
 追い抜いたスコーピオンをスタビライザーで打ちつけながら、護竜は先を行くアリオトを追った。
 疾走する二機がマルクトの中央、都市中央警察署の前に差し掛かった時。
 追走するスコーピオンが銃撃を止め、その場で静止した。
「アリオトか?」
 全体にマットな青のカラーリングが施された一体のスコーピオンが、二機と他のスコーピオンの間に姿を見せていた。
 青いスコーピオンから何らかの合図が出されたのか、他のスコーピオンたちは護竜とアリオトから離れ、オフィス街へと戻って行く。
「似てるな……けど、初めて見た」
 そのフォルムはアリオトと似た流れのデザインを組み、大きさは他のスコーピオンより一回り大きい。
 この青いスコーピオンが他と一線を画すのは大きさだけではない。
 行動に明確な意志力が感じられる事だ。
向けられたカメラ・アイの動きもどこか人間らしい。
 戦闘に特化した人工知能はもちろん他のスコーピオンにも組み込まれている。
 しかしこの青いスコーピオンは、敵の排除をプログラムではなく……自立した意志で行っているように振舞っている。
 そうでなければ、他のスコーピオンを退かせた理由が説明できない。
 璃菜が戸惑いと不安の混じった声で秀流に話しかけた。
「あのスコーピオン、私を……ううん。アリオトを壊したいって考えてる」
 璃菜のESP能力が、青いスコーピオンの意志に感応したようだった。 
「感情があるのか?」
「すごく漠然としてるけど……自分と同じ機体が存在してるのが、許せないみたい」
 同型機に対するライバル心か?
「来る!」
 璃菜の叫びと同時に青いスコーピオンが一気に間合いを詰めてきた。
 アリオトの脚部に長い尾で一撃を加え、バランスを崩した所にマシンガンの銃撃を重ねる。
 青いスコーピオンは確実に、アリオトに搭乗した璃菜の位置を狙っていた。
 璃菜の悲鳴と内部の衝撃が秀流にも届く。
「璃菜、少しでもゲートを目指せ!」
 八つの足でアリオトを押さえ付けた青いスコーピオンを、護竜が体当たりで弾いた。
「秀流を置いて行けないよ!」
「少しでも助かる可能性のために、ゲートを目指すんだ!」
 一瞬迷ったように動きを止めたアリオトが、再び走り出す。
 それを追う青いスコーピオンの尾を護竜が捉え、バイトファングを深く装甲に食い込ませた。
「俺が相手だ!」
 尾の先のバルカンが無差別に護竜の機体を撃つが、護竜はその顎を離さない。
 青いスコーピオンの装甲がめくれ、尾の内部ケーブルがむき出しになっていく。
 護竜はスコーピオンの機体を脚部で踏みつけ、大きく顎を振り回して尾を噛み千切った。
 よろめいた隙を逃さず、そこへアリオトの格闘用クローが一閃する。
 スコーピオンの青い脚部が跳ね飛んで落ちる。
「私も戦うよ、秀流」
 ビジターの父に男手一つで育てられた璃菜だ。ただ、か弱く守られているだけの娘ではない。 
 大切な相手を守るためには、力と、その原動力となる思いが必要なのだと璃菜の父は無言で教えていた。
 まだ震えが残っていたが、璃菜の声には強い決意が秘められている。
「二人で助からなきゃ、だめだよね」
「……そうだな」
 尾と脚部を損傷したスコーピオンが我を忘れたように腕を振り回し、護竜の脚部にクローを突き立てた。
「秀流!!」
「まだ、動けるさ」
 クローごとスコーピオンを抱え込み、護竜は至近距離からランスを撃ち込んだ。
 制御の中枢になる人工知能が集まった頭部を連続で撃つ。
 青いスコーピオンはその間も突き立てたクローを深く刺していったが、ついに一際大きく機体を震わせ、動かなくなった。
「どこか怪我してない? 簡単にだけど手当て、私するよ」
 スコーピオンのクローが刺さった部分はコクピットにも近い部分で、璃菜は秀流の身体にも怪我が無いか心配だった。
「心配ないさ。またタクトニムが現われたら厄介だ、ゲートへ急ごう」
 秀流は膝下の痛みを堪えながら、意識して明るい声を出した。
 ようやく恐怖から解放された璃菜に、また心配をかけたくなかった。
「あ、ゲートが見えてきたよ……秀流?」
 ヘルズゲートの頑強な姿が見えてきたというのに、立ち止まっている護竜を璃菜は不思議に思った。
 それに、秀流の声もしばらく聞いていない。
「どうしたの?」
 アリオトを護竜の側まで寄せると、スコーピオンのクローを抜いた穴から血が伝い落ちている。
 赤い点が、二機の足取りに重なっていた。
 母を亡くした時はまだ父が側にいた。
 父が母と同じ場所へ旅立っても、秀流がいてくれたから哀しさも受け入れられた。
 でも、秀流がいなくなってしまったら?
「秀流!? 秀流、返事して!」
 璃菜は護竜の中の秀流に何度も叫んだ。
「私を一人にしないで……」
 枯れた喉の痛みを覚える頃、かすかに秀流の反応が返ってきた。
「ん……璃、菜……」
 璃菜はほっと息をついて、手の甲で両目を拭った。
「二人で助かろうって、決めたら……泣いてちゃ、だめだよね」
 自分にそう言い聞かせ、璃菜はアリオトに護竜を載せてゲートまで歩いた。
「神代秀流、高桐璃菜のパーティーです! ゲートを開けて下さい!」
 すぐにゲートの内部から声が返ってくる。
「ずいぶん予定より早かったな? どうした?」
「怪我人がいるの!」
 璃菜の声音に緊迫したものを感じたのか、ゲートの向こうも慌ただしい雰囲気に変わった。 
「悪い、すぐ開ける! おい、救護班待機!」 
 ゲートの重い扉が引かれ、担架を用意した救急隊員が待ち構えているのが見えた。
 外部から手動で開けられた護竜の中、秀流は血の失せた顔で瞳を閉じている。
「秀流!!」
 再び恐慌状態陥った璃菜が担架にすがって何度も叫ぶ。
 このままでは搬送もままならないと判断した救急隊員が、璃菜の腕をとって鎮静剤を打った。
「キミも休んだ方がいい」
「やだ、一人になるの、は……」
 ぐったりと身体から力を抜いた璃菜は、秀流と共に病院へと運ばれていった。


 白い天井を見上げて、秀流は自分がどこにいるのか一瞬判断できなかった。
 身体は熱を持ったようなだるさに支配され、頭を上げようとしたら右足とわき腹が痛んだ。
 その痛みに、秀流はヘルズゲートの向こう側で起きた戦闘を思い出す。
 傍らでは璃菜が秀流のベッドに頭を預け、静かに寝息を立てている。
 普段は明るい笑顔を絶やさない璃菜だが、青ざめた目の下に疲労の濃さがうかがえた。
「そうか……負けたんだな……」
 渇いた喉がひび割れた声を出す。
 秀流の味わった敗北の苦さが、声にも現われたようだった。
 慎重にルートを取って探索していたはずなのに。
 それでも、負けてしまった。
 ゲートの前で璃菜が泣き叫んでいたのをうっすらと覚えている。
 恐怖に打ち勝つだけの力が欲しい。
 この手の温もりを守るだけの、力が。
 二度と璃菜にあんな思いをさせないように。
 そっと璃菜の手を取った秀流は、その温もりに誓いながら再び眠りに落ちていった。
 
(終)