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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【廃棄物一次処理プラント】ゴミ山の守衛隊
 Oh My God!

 ライター:斎藤晃


 【Opening】

 ダークゾーンを抜けた場所がここか。
 都市区画‥‥都市マルクトも含んだそこで使われた水が、ここに集まっているようだな。まあ、下水道の行く末がここなのは当然なんだろうが。
 こんなゴミ溜めでも、何か拾い物があるかもしれねぇ。ちょっと、探してみるか。
 しかし、酷い臭いだな。鼻が曲がりそうだ。
 ん‥‥おい、待て。何か聞こえないか?
 何か‥‥囲まれているような‥‥





 【1】

 神とは果たして何であるのか。
 その正体は誰も知りえず、あまたの宗教があり、あまたの神が存在する中には唯一神もある。神と称する者は時に他の神を否定し合う。故にどちらも神ではないともいえる。
 いや、そんな事は今はどうだっていい。
 誰かがそれを神と呼べば、少なくとも呼んだ者にとってそれは神となりえるのだ。他の誰にとっても、それが神ではなかったとしても――――。



 鼻を捻じ曲げるほどの悪臭が漂うその場所で、らびー・スケールは一人途方に暮れていた。とても哀しい事があった。彼、いや、彼女、いや、らびーちゃんにとって。
 ピンクのフリルの付いた愛らしいメイド服は、らびーの仕事着だ。しかしらびーは仕事でここへ来たわけでも、仕事中に何かあってここへ訪れたわけでもなかった。
 ただ、らびーは何かを振り払うようにその豊かな長いピンク色の髪を振った。
「汚いところね……」
 らびーは辺りを見回して呟いた。確かに辺りは汚かった。既にそれが何であるのかすら判然としない有象無象が堆く盛られているかと思えば、どぶ川も裸足で逃げ出すような汚水の池がいくつもあるのだ。
 らびーはそれに、明るい顔で続けた。
「お掃除しましょう」
 これは現実逃避である。
 嫌な事があったのだ。
 確かにらびーは綺麗好きであった。メイドとしての誇りもある。たとえそこがゴミ処理場であったとしても綺麗にせねばならない。――というのは、言い訳だ。
 だからこれは現実逃避なのである。
 らびーはうさぎ印の箒を構えた。
 ここが綺麗になれば、自分の荒んだ胸の内も潤いを取り戻すに違いない。
 とはいえそこは広かった。
 さすがにこの広さを一人で掃除するのは難だろう。
 しかもダストシュートからはひっきりなしにゴミが垂れ流されてくるのである。
 そこでらびーはふと、何かに囲まれている事に気づいた。
 巨大なアリのようなモンスターが二足歩行でじわりじわりとらびーの包囲を狭めるように近づいてくるのである。このゴミ処理場を更に食い散らかすこの汚れの諸悪の根源。イーターバグの群れだった。
 奴らと目が合った。
「…………」


 5分後――。
「さぁ! みんな、お掃除よ!!」
 らびーは意気揚々とみんなに号令した。
 イーターバグの群れは何やら皆一様に疲れたようなどろりとした目をしてる。らびーを襲う気配すらみせずそこに佇んでいた。知能は低く、時にタクトニムさえ襲う事もある奴らが、食欲だけならセフィロトきっての食欲魔人、かのゼクス・エーレンベルクをも凌いだであろう奴らが、その食料を前にまごついているのだ。ありえない。果たして両者の間で一体何があったのか皆目検討もつかなかった。推して知りようもない。
 とはいえ、らびーに襲いかからない連中は、かといってらびーの言う通り掃除を始めるでもなかった。もしかしたら奴らにもう少し知能があったなら掃除をしたのかもしれない。しかし残念ながら、というべきか、奴らは『掃除』という言葉の意味を知らなかったのだ。たぶん。
 だから手伝わない。いや、むしろ手伝えない。たぶん
 しかしそんな事は気にした風もなく、らびーがお掃除を始めようとした時だった。
「あら、あなたは」
 聞き知った声にらびーが振り返る。
 そこに立っていたのは豊満な美女、ジェミリアス・ボナパルトであった。
「あら、ジェミリアスちゃんじゃない」
 らびーが笑顔を向ける。
「何をしているの?」
 ジェミリアスが怪訝に尋ねた。
「お掃除よ」
 らびーが箒を振りかざして答えた。
「お掃除……?」
 しばし考える風に首を傾げたジェミリアスだったが、すぐに賛同した。
「あら、それは名案ね」
 ここが綺麗になれば捜しものも見つけ易くなるというものだろう。自分は特に欲しいものがあってここへ来たわけではなかったが、掘り出し物が見つかるかもしれない。それに息子の探しものも見つけ易くなるだろうし、ダークゾーンではぐれた息子も見つけ易くなるかもしれないのだ。
 地球に優しく資源ゴミはリサイクルへ。ゴミの分別は大切なのである。
「彼らにも手伝ってもらおうと思って」
 らびーは、イーターバグを振り返った。
 しかし相変わらずイーターバグは虚ろな目をしているだけで、ちっとも手伝う気配はない。それを見たジェミリアスが申し出た。
「それなら、是非私にも手伝わせてちょうだい」
 彼女にはいろいろ試してみたい事があったのだ。
「まぁ、本当?」
「えぇ、勿論よ」
 微笑んだジェミリアスの額から一瞬赤い電気のような火花が迸る。行動操作ESPだ。彼女の銀色だった筈の目が今は赤色に淡く輝いていた。
 イーターバグが2人の前に整列する。
 行動操作され、そもそも感情を一切持たない筈の奴らだが、心なしか怯えているように見えるのは気のせいだろうか。
 イーターバグ、総勢17体。
 ジェミリアスは満足げに頷いて、奴らにお掃除を手伝わせた。
「でも、どうしてお掃除なんて。あなたも探し物を?」
 イーターバグがお掃除を始めた傍らで、ふとジェミリアスがらびーに尋ねた。
「違うの。らびーちゃん、おうちでとっても悲しい事があったの。聞いてくれる?」
 そうしてらびーは、その哀しい出来事を話始めた。


 それは少し時間を遡る。
 らびーはメイドという自分の仕事に大層誇りを持っていた。その素晴らしさを是非にも我が子――ももも・スケールに見せてやりたいとらびーは思ったのである。
 お仕事姿を見せてあげようと思ったらびーは、さっそくいそいそメイド服に着替えたのだ。
 それを見たもももは、あからさまに誤字で父の事を罵った。
「肝っ! 肝っ! 肝っ!!」
 顔が驚愕に歪む。不幸にも、もももは普段のダンディーな父の姿しか知らなかったのだ。全身で拒絶を表して、もももは叫んだ。
「気持ち悪い化け物め!」
 銀髪をオールバックにし紳士の装いでバリトンを響かせる、もももご自慢のお父様。そのダンディーなお父様のお仕事姿を見られるというので、もももは大層期待していた。
 だからだろう、そのギャップにどうやら親子でも耐え切れなかったらしい。
 いやむしろ、親子だから、なのかもしれない。
「抹殺してやる」
 もももは低くそう呟いて、持っていた細身の刀を静かに抜き放ったのだった。
 目が本気だった。
 らびーはそんな次第でプチ家出を敢行したのである。正確にはもももから逃げてきたわけだが。


「酷いでしょう!」
 らびーは顔を両手で覆って泣き崩れた。その肩をジェミリアスが元気付けるように叩く。
「子育てって難しいわね」
 突っ込むべきところは、そこなのか?
 だが、さすがは天然女王様。初対面でも全くらびーのお仕事姿に動じなかった彼女である。
「あら、ジェミリアスちゃん、わかってくれるの?」
「勿論よ」
「ありがとう」
「なら、ぱーっと景気よくいきましょう!」
 彼女はそう言って片手をあげた。
 それまで掃除をしてい筈のイーターバグがそこに整列する。
「さぁ、あなたも一緒に」
 ジェミリアスはらびーを促した。
 ゴミ処理場の片隅で、気晴らしという名の怪しげなダンスが始まる。

 ――――さぁ、皆さんもご一緒に。

 それは、ジャパニーズ盆ダンスの始まりだった。





 【2】

「まぁ、凄いところですのね」
 くぐもった声でシヴ・アストールは慎ましやかにその場所の感想を述べた。
 下水道から流れてきた汚水は川を作り、ゴミを沈殿させる為の貯水槽に注いでいる。それと平行してダストシュートから排出されたゴミが、ゴミを一時的に溜めておく為のゴミ貯蔵槽に山を築いていた。
 しかし明らかに何者かが散らかしたようで、ゴミは貯蔵槽から零れ落ち、一面を雪原ならぬゴミ原に変えていた。ゴミはベルトコンベアで上のフロアに運ばれているようだが、ゴミがきちんとゴミ貯蔵槽に収まっていないので、あまり機能しているようには見えない。
 そして辺りはゴミと汚水が放つ強烈な悪臭に覆われていた。ダークゾーンを抜けてくる少し前から漂っていた悪臭に、シヴは軍仕様の防毒マスクを付けている。
 そんな彼女は相変わらず大きなバスケットをかかえていたが、中身が何であるのかは謎に包まれていた。とにかくいろいろ入っているらしい。ただ、やはりと言うべきか武器は持っていないようである。一般人の彼女が持っているのはあくまで人よりちょっぴり旺盛な好奇心くらいなものか。そして面白そうだからと、こんな危険なところまで付いて来てしまう無謀さである。
「このどこかにお宝が眠っている」
 傍らでゼクス・エーレンベルクが高らかに宣言した。
 何の根拠もないくせに、本気でそう信じて疑わない。
 こちらは悪臭をものともせず、バンダナをマスク代わりに巻いている。とてもそんなもので防げるような悪臭ではないのだが、彼に嗅覚は存在しないのか、はたまた心頭滅却すれば悪臭もまた美臭なのか、ちっとも気にした風もない。
「必ず見つけましょう」
 ゼクスの隣でシオン・レ・ハイが握り拳を握った。一攫千金という四字熟語につられてきたのである。実は密かにゼクスからボディーガード料までいただく算段をしていたぐらいには金欠な彼であった。地道にアルバイトをしても何故か借金がかさむ一方なので、ここは一攫千金しかないと思ったのである。今となっては入手困難なレーザーガンでも見つければ、溜まった修理代=借金も笑顔で完済出来るというものだろう。
 彼の気合も並々ならぬものがあった。
「…………」
 シヴの傍らに立っていた女――ディー・Dが無表情と無言で広大なゴミ処理場を見渡している。
 褐色の肌に筋肉質の女であった。
 悪臭を前に眉一つ動かさないのは、彼女がシオン同様オールサイバーだからであろう。
 その視線の端に黒い影が映った。黒い蟻のようだが手足は両方とも2本づつ持っているから、蜘蛛のように見えなくもない。
 どうやらゼクスらを見つけてイーターバグが一匹で、新鮮な餌を求めてやってきたようである。
 気付いたシオンが身構えた。
 イーターバグの巣があるという情報は既に入手していたので、それに対抗するための武器も用意してきている。
 彼はバルカン砲を肩に担いだ。
 一方、ゼクスは自他共に認める戦力外の男であったから、身構えるとか迎撃するとかは彼自身にはない。彼の貧弱さは一般人のシヴすら遥かに凌駕するのだ。
「ものども! 俺を守れ!」
 などと何の恥じらいもなく命令できる、そんな男であった。
「まぁ、守って欲しいだなんて、普通は殿方がレディーを守るものではなくて?」
 言葉とは裏腹にどこか楽しそうな笑顔でシヴが言った。ゼクスの言動の規範は清々しいほどにわかりやすい。
「まぁ、よろしいんですけどね。私たちの事は彼女が守ってくださいますから。ね、ディーさん」
 シヴの言葉にディーが小さく頷いた。
「おまえがシヴの友人なら、私にとっても同じ。守ってやる。安心しろ」
「うむ」
 偉そうにゼクスが頷いた。潜在的に偉そうな奴である。戦力外のくせに。
「さぁ、あのイーターバグを倒してしまってください」
 シヴの指示にディーが動き出した。しかしそれがすぐに止まる。
「イーターバグ?」
 残念ながらディーは、その名前を聞いたことがなかった。しかし少し考えればすぐにわかりそうなものである。そんな彼女にはちょっぴり迂闊なところがあった。
「あの黒いのです」
 シヴがイーターバグを指差して言った。
 ディーが指の先を追いかける。
 シヴとイーターバグの間にシオンが片膝を付いてバルカンを構えていた。
 シオンは黒いレーザーのロングコートを着ていた。
 ディーはシヴの指示をかっちり遂行する。
 すなわち黒いものを倒す。
 彼女に力の加減などという器用な真似は出来ない。どんな時でもフルパワー。手加減などありえない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 という悲鳴は、シオンが発したものだった。
「あぁ、ディーさん! それは違います!!」



 遠くから聞こえてくる絶叫に、アルベルト・ルールはふと顔をあげた。防毒マスクを付けてはいるが嗅覚のいい彼にはあまり役に立っているとはいえなかった。
 眉間に皺を寄せ、顰め面をしている。
「誰かイーターバグにでも襲われたのかな」
 彼はボソリと呟いて、そちらの方に歩き出した。別に助けてやる義理はないが、ほっておくのも寝覚めが悪い。それに、もしかしたら女の子達が困っているかもしれないではないか。
 そんな彼は無類のフェミニストであった。
 それに、運がよければダークゾーンではぐれたおふくろと合流できるかもしれない。
 そうして彼が歩き出した時、そこに一人の女の子が立っていた。
 ピンクがかった銀色の髪に透きとおるような白い肌の美少女である。掃き溜めに鶴とは正しく、ゴミ処理場には不釣合いなほどの綺麗な女の子だった。
 その青い瞳が今にも泣き出しそうに潤んでいる。彼を上目遣いに見上げる長い睫毛が怯えたように震えていた。
 どこかで見た覚えがある。だがこれほどの美女なら一度会っていれば忘れる事などありえないだろう。そんな彼が、以前見たのがファッション誌だったと気付くのはもう少し後の事であった。
 不安と、彼を見つけてホッとしたようなそんな安堵とを綯い交ぜにしたような曖昧な笑顔で彼女はアルベルトに声をかけた。
「あ…あの……」
「どうしたんだい?」
 アルベルトが優しく尋ねる。
「助けて下さい!」
 そう言って彼女は突然アルベルトに抱き付いた。
 美少女に抱きつかれて悪い気のしないアルベルトは、彼女の背中に手を回すと安堵させるように優しく撫でてやる。
「もう大丈夫だよ」
「はい」
「俺はアルベルト・ルール。君は?」
「もももと言います」





 【3】

 それは不幸な事故であった。
「どおりでおかしいと思った。一緒に来た者なのに」
 と、ディーが言った。相変わらずの無表情だ。顔色一つ変わっていない。口も動いていない。一体どうやって喋っているのか。表情筋が全く作用していないのだ。だが、一応、申し訳ないとは思っている。……と思う。たぶん。
 シオンはそこにぐったり倒れていた。
 フルパワーで叩きのめされたのだ。そこここの人工皮膚は剥がれ落ち、機械部をのぞかせていた。自慢の黒のレザーコートも勿論ズタボロである。彼がオールサイバーでなかったら今頃彼は原形を留めていなかったに違いない。
 伝達ミスとは恐ろしいものである。
「ゼクスさん、そろそろお茶にしませんか?」
 シヴが相変わらずのんびりとした口調で尋ねた。
 ゴミの上にビニールシートを敷き、そこに腰を下ろしてバスケットを広げている。
「うむ」
 ゼクスは心なしか疲労の陰りを浮かべながら頷いた。
 それも致し方のない事だろう。一攫千金を夢見てここまできたが、掘り出し物の発掘作業がうまく進んでいないからだ。ちなみに遅々として進まないのは、彼が単純に貧弱だからである。大きなゴミを右から左へ移すのにも一苦労。その度に肩で息をしているのだから当たり前だ。
 頼みの綱のシオンがそこで伸びているのも要因の一つではある。
 ゼクスはシヴの淹れてくれたお茶を飲みながら手近のゴミを漁り始めた。
 それを横目にシヴは予感めいたものを感じてふと立ち上がる。何か楽しそうな事が起こる気配がしたのだ。勿論、これはESP予知とかそういった類のものではない。何しろ彼女は一般人である。いわゆる女の勘というやつであった。
 遠くの方から御囃子の音が聞こえているような気がする。
 と、彼らの周りをイーターバグの群れが取り囲もうとしていた。先ほど倒したイーターバグの仲間達が怒って駆けつけたのだろうか。奴らに仲間意識というものがあるのかは、少々疑問だが。
 ディーが身構える。
 シオンは倒れたままだ。
 ゼクスは何事か夢中になっているらしく気付いた風もない。とはいえ意識がこちらにあっても役に立たない事は誰もが知っているから声をかける者もなかった。
 多勢に無勢ね、なんてシヴは楽しげに目を細めた。
 と、その時。
「大丈夫! あなた達!」
 後方から声がして振り返ったシヴは一瞬、呆気にとられたようにそれを見返していた。
 ピンクの兎の耳。黒のリボンで飾られた我が目を疑いたくなるような鮮やかなピンクの髪。そしてふわふわのレースに彩られた分厚い胸板。愛らしいメイド服から生えた逞しい上腕二等筋。フリルのスカートからは筋肉質の足が二本生えていた。
 どこから見ても人ならざるものだろう。
 彼女がそれを新種のタクトニムと思うのも無理からぬ話であった。
 羊型の二足歩行するタクトニムがいたのだ。兎型の二足歩行するおやじでマッチョなタクトニムがいたって全然問題ではないだろう。
「まぁ、面白いタクトニムも大勢いらっしゃるのね」
 シヴは楽しげに目を輝かせて言った。
 駆け寄って来るそれに、ディーがシヴを庇うように立ちはだかる。
「まぁ、シオンちゃん!? 誰にやられたの!?」
 それが、倒れているシオンに気付いて声をあらげた。
 どうやらこの新種のタクトニムは人語を話すらしい。いや、それ以前である。シオンちゃん? とシヴは首を傾げた。
「あら、シオンさんのご親友でしたのね」
 刹那、今の今までのびていた筈のシオンがむくりと起き上がった。一体どちらに反応したのだろう。シオンちゃん、にか、はたまた、ご親友、にか。
 シオンはらびーに向かって持っていた砂糖や黒蜜を投げつけると、そのまま高機動運動にスイッチしてらびーに突進し彼を担ぎ上げた。
 それからおもむろにイーターバグの群れに投げこむ。
 食欲旺盛なイーターバグは、鮮度も高くかつ甘い香りを迸らせるらびーに一斉に群がった。
 そこへシオンは更にC4爆弾を叩き込む。
 派手な爆音が当たり一面に轟き、やがて爆煙が晴れたそこに、立っているものが何もない事を確認すると彼は、清々しい笑顔で薄暗いセフィロトの天井を見上げながら、一仕事終えたような満足感と共に額の汗を手の甲で拭ったのである。
「ふっ……」
 誰にも見えなかったが今、彼には自分に降り注ぐ太陽の光が見えていたに違いない。
 それから彼は力尽きたように倒れたのだった。
「まぁ、本当に仲がおよろしいのね」
 シヴが微笑ましげに呟いた。



「なんて事してくれるのかしら」
 木っ端微塵になったイーターバグを残念そうに見下ろしながらジェミリアスが呟いた。
 そんな彼女の後ろには20体ものイーターバグが、ジャパニーズ盆ダンスを踊りながら付き従っている。せっかく新しいイーターバグの群れを見つけたから、更に増やそうと思っていた彼女は腰に手をあて溜息を一つ。
「どこまで奴らを行動操作出来るか実験中だったのに」
 それからジェミリアスはそこに倒れているらびーを覗き込んだ。
「大丈夫?」
 どうやらイーターバグに群がられたおかげで、奴らのその堅い体が盾となり、かすり傷で済んだらしい。
 らびーはイーターバグの残骸を掃いながら上体を起こすと、よよと泣き崩れた。
「酷いわ、シオンちゃん。まだサイバーアイが治ってないのかしら……」





【4】

「何だ、あんたらだったのか」
 アルベルトは彼らを見つけて拍子抜けたように言った。その腕にはもももが怯えたようにしがみついていたが、人が更に増えた事で、安堵の色を濃くもしていた。
 ちなみに彼は防毒マスクを付けてはいなかった。
 もももがエキスパートとわかった時点で彼はマスクをやめて、エアーPKで空気を浄化したのだ。これにより2人の周囲は悪臭を完全シャットアウトしている。
「なんだ、お前か」
 ゼクスはチラとアルベルトを見やったが、気のない風で一生懸命リモコンを操作している。そのリモコンによって遠隔操作されているのは、彼がその場のゴミで寄せ集めて作ったガラクタロボ――RT28号であった。何故28号なのかというと、それが28体目だからではなく、単に語呂が良かったからである。ちなみにロボットと呼んではいるが、見た目は掘削機に似ていた。しかも、リモコンで動いているように見えるが、見えるだけでどうやら実際には違うようだった。なにしろレバーが一本ついてるだけのリモコンなのだ。それでどうやって細かい動きをさせるというのだろう。彼はそれをESPとは呼ばず、気合と呼んでいた。
「ふっ……ここのお宝は全部俺のものだからな」
 ゼクスが邪魔をするなよと言わんばかりのふてぶてしさで言う。アルベルトはわずかに肩を竦めた。
「いや、俺は抗ESP素材を捜してるだけなんだが」
 と、RT28号が何やら発掘した。ピンクのフリルの付いたゴスロリのワンピースだ。
「ふん、何だコレは」
 ぽいっ。興味もなさそうにゼクスが投げ捨てる。
 それを拾ってアルベルトは広げてみた。ヒラヒラの服なのに見た目よりはるかに重い。ベルトにバッテリーを入れるポーチが付いている。どうやら抗ESPスーツのようだ。しかしゴスロリである。
「……これは……俺が着るには辛いな」
 呟いた先でもももが目を輝かせていた。
「まぁ、可愛いお洋服ですわ」
「うん。君には似合いそうだね。でも抗ESPは外部電力が必要だから普段着にするには向かないと思うよ。サイバーならともかく……」
 サイバーという言葉にピクリと反応したシオンが視線だけワンピースに向けて言った。
「私は着ませんよ」
「いや、着られても困るけど……」
 ディーも無表情に言った。
「私も着ない」
「…………」
「抗ESP樹脂とやらは、金になるのか?」
 それまで全く気のない風だったゼクスが尋ねた。
「そりゃ、今じゃ入手困難だからな」
「そうか。なら、それは俺が貰おう。俺が見つけたんだからな」
「あんたが一番いらなそうに捨てたんじゃん」
「うるさい。黙れ」
 そう言ってゼクスはアルベルトの手からワンピースをもぎ取った。
 それを微笑ましげに見ていたシヴが、ふと思い出したようにゼクスに声をかける。
「そういえばゼクスさんはエビがお好きなんでしたよね。今日は私、えびバーガーとフライ、それにテンプーラとシューマイを作ってきましたのよ」
 そう言ってバスケットの中を広げてみせたシヴにゼクスが無表情で「うむ」と頷いた。顔は無表情だったが内心は満面の笑顔であろう。
 えびが大好物の彼は敢え無くシヴの手にかかった。
「やる」
 ゼクスはゴスロリ型の抗ESPスーツをシヴに差し出した。
「まぁ、ありがとうございます。別に食べ物でつろうなどと思ってたわけではありませんのよ」
 シヴはスーツを受け取りながら笑顔で言った。屈託ない笑顔だ。気立てのよさを感じる笑顔だ。本気で言ってるようにすら見える。
 なのに何故だろう、女の子には無条件で優しいはずのアルベルトだったが、その脳裏には『いけしゃぁしゃぁ』という言葉が過ぎっていった。
 だがそんな事は全く意に介した風もなくゼクスは美味しそうにえびバーガーを頬張っている。
「…………」
 この悪臭漂い汚水の川が流れているゴミ処理場で、よくもまぁ食えたものであった。
「よく、この状況下で食欲がわくよな……」
 アルベルトがしみじみ言うと、ゼクスが不思議そうに尋ねる。
「何故だ?」
 どうやら彼には、食欲がわかないという事が理解出来ないらしい。
 アルベルトは説明するのも面倒で溜息を吐く。
 そんな彼に、傍らにいたもももが、もう一着同じスーツを見つけて差し出した。
「どうぞ、アルベルト様も欲しかったのでしょう?」
「え? 俺に? ありがとう」
 アルベルトがもももの頭を撫でてやる。
「じゃぁ、俺もお礼になんかしないとな」

 刹那、奴が現れた。

 誰がそんなものを作ったのだろう。
 しかしそれは確かに大きな効力を孕んでいた。
 その視覚的嫌悪感は半端ではない。
 地球上最も強い生命力を持っているだろう、奴。
 それをモンスターにしたのだから。
 奴らは台所に多く生息している。汚いところが大好きだった。カサカサと物音をたて、時に生ゴミを漁る。勿論、生ゴミより鮮度の高いものは好きに違いない。
 黒光りした茶色の羽で突然飛び上がっては人を襲う。
 そう。忌々しき奴。
 ゴキブリをベースにしたモンスター、通称ボキちゃん。
 平均体長1m60cm。2本の触覚は高周波ウィップで鋼もバターのように切り裂く。
 しかし奴の恐ろしさはそんなものではない。小さくたって悲鳴をあげたくなるような嫌悪感の固まりみたいな外見であるのに、それが更に巨大化しているのだ。
 それが彼らの前に立ちはだかった。
「む、貴様は……」
 何とも感慨深げにゼクスが呟いた。
 時に同じ生ゴミを漁った同士でもある。どちらかといえば好敵手かもしれない。
 もももは半分気を失いかけていた。普通サイズでさえ耐えられない彼女なのだ。
 そんなもももを抱き支えながらアルベルトは片手を奴の方へ突き出した。その指先に光が凝縮される。
 シヴもさすがに顔を蒼褪めさせていた。今までいろんなタクトニムに出会ってきたが、ここまでの恐怖を感じた事はない。いつも、のんびりとお茶を啜る心のゆとりくらいはあったのに。
 嫌悪感に全身が総毛立つ。
「ディーさん! あれを!!」
 彼女は張り詰めた糸が切れたように叫んだ。
 ディーがそれに反応する。
 シヴはその名を口にするのもおぞましげに言った。
「あの黒いのを!!」
 シヴが指差した先にボキちゃんがいる。
 ディーはシヴの指示通りにかっちり遂行だ。
 ただ、不幸にもこの時、やっぱりシヴとボキちゃんを結ぶ直線上にシオンがいた。
「ぎゃぁ!!」
 シオンの悲鳴は今回は意外に短かった。
 何故なら、ディーにとってシヴの友人は自分の友人である。友人の友人は友人なのだ。彼はゼクスの友人らしい。だから彼女は今回は、間違えてシオンを襲ったりはしなかったからである。
 ただ、そこで倒れているシオンがちょっと視界に入らなかったばっかりに、ついうっかりその背中を踏んづけてしまったのだった。
「…………」
 半ば呆気にとられつつアルベルトがPKフォースを放った。
 刹那、ボキちゃんが飛翔する。
「キャーーーーーーーーー!?」
 シヴがこの上ない悲鳴をあげた。
 飛翔したボキちゃんを追うようにディーが飛ぶ。
 ボキちゃんの後ろ足をしっかと握って引き摺り下ろした。
 勿論、フルパワーである。
 彼女は持っていたランチャーでボキちゃんを叩き潰しにかかった。
「あぁ、違うわディーさん! それは撃つ道具よ!」
 と、シヴが止めに入った時には既にボキちゃんは放送コードにひっかかりモザイク処理が必要なほど、原形を留めてはいなかった。
 ちょっとモンスターがカワイソウかもしれない。しかし驚異的な生命力を誇る奴である。このくらいしなければ、息の根を止められないだろう。
 その瞬間、憤然と立ち上がったゼクスが怒声を放ったのは言うまでもない。
「なんて事をするんだ! 大事な食料だぞ!!」
 誰もが複雑な顔で彼を見返していた。

 ――――やっぱり、食うんだ……。





 【5】

「私、思うのですけど、シオンさんには神様が憑いているんじゃないかしら」
 シヴがなんとも唐突にそう言った。
 先ほどから不幸な事故が相次いでいる彼を見ながら。
 悪運がいいのか、どうなのか、かろうじて動く彼は、先ほどからぎしぎしと嫌な音をたてている。
「神様?」
 シオンは怪訝に首を傾げた。
 この科学の時代において神様とはまた不可思議な響きがあった。何ともノスタルジックな感じがする。
 しかしシヴは自信満々に「えぇ」と頷いた。
「ふん。この世に神など存在するものか」
 ゼクスは何とも忌々しげに言った。これまで何度も神様とやらに祈っては裏切られてきた口なのだろう。信じる者は我が身のみ。ならばシオンも同様だ。
 神など信じない。このご時世に於いては尚更だ。
「まさか、神が見えるとか言い出すんじゃないだろうな」
 ゼクスが胡散臭げにシヴを見た。
「いいえ、私も神様を見た事はありません。でも、シオンさんに憑いている神様の名前だけははっきりわかりますわ」
「何ですか?」
 尋ねたシオンにシヴは満面の笑みで答えた。
「貧・乏・神」
 ガーーーーーーーーーーーーン。
 神など信じていなくとも、彼にはそれに多少の心当たりがあった。――――貧乏神。
「ま、まさか俺にも憑いているのではないだろうな!?」
 ゼクスが慌てたように尋ねた。
 心当たりがないわけではない。彼のこれまでの人生は、貧乏とは切っても切り離せないものだったのだ。
「大丈夫ですわ。ゼクスさんにはきっと、勝利の女神がついてますもの」
「勝利の女神…?」
 ゼクスはぼんやり記憶を辿った。どうやら自分の周りの女性を思い浮かべているようである。その中に何か引っかかるものがあったのか。彼は真顔で言った。
「あれは勝利の女神ではなく、豪腕の女神じゃないのか?」
「……まぁ、ゼクスさんには、既にそういう女性がいらっしゃったんですのね」
 気のせいだろうか、笑顔で話すシヴの目が笑っていない。
 しかし女性の機微に疎いゼクスがそんな事に気づくわけがなかった。
「いや、あれはボケの女神かもしれん」
 アルベルトは内心でもう止めた方が、と思ったが、それはゼクスに届かなかった。
「ディーさん……」
 シヴがディーを振り返ってにっこり微笑んだ。
「ぎゃぁ!」
 貧弱ゼクスの絶叫はほぼ瞬殺的な短かさだった。



 1匹見たら30匹。
 それがゴキブリというものである。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 ゼクスの絶叫をかき消すような野太い悲鳴がゴミ処理場に響き渡った。
 らびーである。
 らびーはメイドである。
 綺麗好きなメイドである。
 だからゴキブリが大嫌いなのであった。
 らびーは壊れたようにボキちゃんに突進していくと、ディーにも負けないくらいのフルパワーで一心不乱に攻撃を加えた。
 それをジェミリアスが半ば呆気にとられたような顔で見つめている。さすがに女王様な彼女でも、それは生理的に受け付けなかったらしい。行動操作どころ、奴にテレパスを送るのもおぞましげな顔つきだ。
 出来るなら触れたくない。
 見たくもない。
 しかし軍仕様の火炎放射器は持って来てはいたが、残念ながらゴキブリ専用の殺虫剤は持ってきていなかったのである。何とも迂闊であった。


 らびーの悲鳴に、ショックに打ちひしがれていたシオンがふらりと立ち上がった。
「貧乏神、捕捉……」
 彼は淡々とした口調でそう呟くと、片膝を付きバルカンを肩にのせた。
 そうだ。そうなのだ。あの時も、あの時も、あの時も、奴がいたせいだ。
 自分にとって貧乏神は奴しかありえない。
「ターゲット・ロックオン」
 彼の指が引鉄にさしかかる。
 その時だった。
 ボキちゃんに半分気を失っていた筈のもももがゆらりと起き上がった。
「もももちゃん?」
 アルベルトが怪訝に声をかけたが耳にも入っていない様子で彼女はそこにあったバルカンを肩に担いでいた。
「ぐえっ……」
 もももに踏み潰されたシオンが蛙が潰れたみたいな声をあげたが、もももは意に介した風もない。
 普段は虫も殺せない彼女がシオンを踏みつけたまま無言でバルカンの照準を合わせている。
「生ゴミにしてやる!」
 言うが早いか彼女はバルカンの引鉄を引いた。
 もももの中に存在するもう一つの人格、紗紅羅が目覚めたのだ。
 秒間100発を誇るバルカン砲は全弾8000発を撃ち込むのに2分とかからない。
 もももは全弾撃ち切って肩で大きく息を吐いた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「も……もももちゃん?」
「あの化け物と同じDNAが入ってるなんて考えるのもおぞましい……」
 もももは吐き捨てるように言って、ペッと唾を吐いた。バルカンを投げ捨てシオンからC4爆弾を奪うと更に止めをさすように投げつける。
 さっきまでのもももとはまるで別人のようであった。
 いや、それよりも。
「同じDNA?」
 アルベルトは派手な爆音を轟かせてる方を見やりながら言った。
 確かにそこにはあのうさ耳メイドおやじがいたような……。出来れば、あんまりお近づきになりたくないタイプのやつ。
 ――まさか、彼女は奴の娘なのか!?
 似ても似つかない。
 フェミニストな彼ですら無意識に半歩退いた。
 心の中では既に100歩くらい引いている。
「突然変異ってやつか?」
 ならば突然変異バンザイ。
 あんな親父じゃこうなってしまうのも仕方がないような気がした。グレたくなる気持ちもわかる。自分だってアレが親だったら自分の血液を全部他人と入れ替えようとしていたかもしれない。
 99%は無類のフェミニストの血が、残りの1%は同情が彼を突き動かしていた。
 女の子には無条件で優しいアルベルトはもももを背中からそっと抱きしめた。
「……もう、大丈夫だよ」
 だから落ち着いて。元に戻って。
 それにもももが我に返ったようにきょとんとした顔でアルベルトを振り返る。
「あら、もももったら……?」
 まるで今までの事は綺麗さっぱり忘れてしまったかのような顔付きであった。
 それから下敷きにしているシオンに気付いて慌てて、その上からどいた。
「きゃぁ、ごめんなさい、シオン様。もももったら、何をしているのかしら。大丈夫ですか?」
「は…はい……」
 シオンが何とか顔だけ振り返って笑顔を作った。
 それを見ていたシヴがポットのお茶をコップに注ぎながら呟いた。
「やっぱり貧乏神に憑かれていらっしゃるのね」
 くすり、と笑う。



「大丈夫?」
 ジェミリアスがボロボロになっているらびーに駆け寄った。
「え…えぇ……。もう、酷いんだから、もももちゃんたら」
「あら、あの子があなたの息子さんだったのね」



 距離にして10m。彼が聞いたのは音声というよりは彼女のテレパスの方だったのかもしれない。
「……今、おふくろ、なんつった?」
 ――息子?
「どうしました、アルベルト様?」
 腕の中の美少女が怪訝にアルベルトを見上げていた。

「おとこーーーーーーー!!??」

 無類のフェミニスト、アルベルト・ルールはあんぐり口を開けたまま固まった。ガクガクガク。プルプルプル。ワナワナワナ。


「まぁ……うちの息子もまだまだね」
 ジェミリアスが、くすり、と笑った。



 ――Oh My God!



【大団円】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0641】ゼクス・エーレンベルク
【0294】ももも・スケール
【0295】らびー・スケール
【0375】シオン・レ・ハイ
【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0552】アルベルト・ルール
【0648】シヴ・アストール
【0649】ディー・D

【NPC0250】ボキちゃん

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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