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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【ダークゾーン】闇の中を抜けて
夏だ!納涼肝試し
間垣久実

【オープニング】
 ダークゾーン‥‥暗黒地帯って奴だな。全行程の半分を、下水道が占めている。
 何が怖いって、ここには光って物がない。つまり、何にも見えないって訳だ。
 IRカメラじゃあ、空気との温度差がはっきりしている物しか見えない。
 スターライトカメラは、光を増幅して物を見る以上、全く光のない所じゃあ役立たずだ。
 音波カメラ‥‥無いよりはましだが、視界が荒いのは否めない。見えない訳じゃないんだが、とっさの時に後れを取るのは必須だ。
 懐中電灯? 良い考えだな。相手は懐中電灯の光に向けてぶっ放すだけで、お前を蜂の巣に出来るって訳だ。
 ここを抜ければ、未探索地帯に行けるとは思うんだが‥‥生きて抜けれればな。

*****

「くっくっくっ」
 一枚の紙に向かってちょっと不気味に笑い声を上げる少女がいる。
 そこにあるのは、一枚の地図。と言っても目的地はかのダークゾーンであり、この手に入れた地図が正しい道を刻んでいるのかは不明である。
「さあてと…ちゃあんと集まったんかな。2人がおらんと始まらんけど」
 自分の目論見が上手く行けば、楽しい事になりそうだ…くるくると紙を丸めてポケットに突っ込みながら、アマネ・ヨシノがにやりと笑った。
「細工は隆々、後は仕上げをごろうじろやで」
 本日のイベント――ダークゾーンでの肝試し退会の結果を思ってにやにやと口に浮かんで来る笑みを手で押さえて我慢しつつ、小柄な身体で跳ねるように待ち合わせへと向かって行く。
 そこに待っていたのは、3人の女性達。
「お待たせー。じゃあいこかー」
「うぅ…本当に、行くんですか?わざわざこんな所を選ばなくても〜…も、もっと、明るくて広い場所でやりませんか〜…?」
「いやな、黒瑶ちゃん。それじゃ肝試しにならんやんか」
 行く前から既にふるふると怖いオーラ全開にしているのは、小柄な少女、鄭・黒瑶。一緒に来た呂・白玲の腕にしがみ付いて、何かを期待するようにアマネを見ているが、
「肝試しとは!脅かす者と脅かされる者との全てをかけた戦いなのだ!手加減無用!!…と、私の師匠も言っていた!」
 暗闇の恐怖と戦う気まんまんの白玲に気おされて、結局強く主張出来ないままに俯いた。
「後は何人ですか?」
「ええとな…結局3人みたいやな。ああ、彼らとは現地集合って事になってる」
 瑠璃垣和陰がひとり、ふたり、と数を数えて、
「男性が2人ですか…バランスが崩れていて残念ですね。私は脅かす側ですから、数に入れなくて結構ですけど…」
「んー。まあええわ。現地でうまい事分けてみよか。じゃ行くでー」
 和陰の言う通り、男女ペアで遊ぶにはちょいとバランスが悪いかな、と思いながらも、ヘルズ・ゲートへと向かうアマネたち。
 ダークゾーンの入り口で待つ彼らと合流するために。

*****

「ダークゾーンの奥にある祠に義体の制御システムの設計図が隠されていると言う噂を聞いたので、守久と調べに行こうと思うが、レオナも行くか?」
 兵藤・レオナが、そうアルベルト・ルールに話し掛けられたのは、つい昨日の事。
「義体の制御システムかぁ」
 自分の身体のように扱っているとは言え、義体は義体。時々メンテナンスをしていても、暴走や制御不良になってしまう可能性は十分あるだけに、こう言う話には弱い。
「…ってわけで、どうだ、行くか?」
 龍樹に、2人で行かないかと誘われたなら、それでも義体の話なだけに最後には乗っていただろうが、
「うん、いいよ」
 幼馴染みの彼の隣にいるのは、最近恋人になったばかりのアルベルト。彼の誘いを断わるのは、心苦しい――と言うより断わりたくは無い。
 行き先がダークゾーンと言うのもしり込みしたい場所ではあったが、1人寂しく成果を待つ、なんて事がレオナに出来る筈もなかった。
「…そろそろ本格的なダークゾーンだな」
「下手に明りも使えねえ場所か。抜けてしまえば楽なんだろうが、目的地が違うしな」
 きょときょとと、何かを探すように周囲を見渡す龍樹とアルベルト。
 ヘルズ・ゲートを抜けて中に入ってから、今日は運がいいのか、まだ『敵』には出くわしていない。他のビジターもいないのか、何だか静かだな、と思いながらレオナも2人に釣られて周囲を見渡す。
「おー、いたいた」
「……?」
 龍樹が誰かを見つけたらしく手を振って近寄って行くのを、不審そうに見るレオナ。顔を上げてアルベルトへ首を傾げながら目で訪ねると、
「まあまあ。行きゃあ分かるさ」
 どこか悪戯っ子のような目で、アルベルトがにこりと笑いかけてきた。

 ――そして。

「ええええええ!!肝試し!?」
 目の前に広がる黒々とした闇。そこを通って、一番奥にある謎の祠からお札を回収する事。
 そう、先に待っていたアマネに実に楽しそうに説明を受けながら、レオナがただ1人困りに困った顔でおろおろと辺りを見回している。
「…龍樹…騙したね?」
「おう。楽しそうだからな。言っておくが先に乗ったのはアルベルトだぞ」
「何言ってやがる。ほとんど同時だったじゃねえか」
 男2人は楽しそうにお互いに責任をなすりつけながら、レオナへ顔を向ける。
「騙したのは悪かった。でも、楽しそうじゃねえか?行こうぜ、レオナ」
「う〜…」
 騙された悔しさもあったが、アルベルトから言われてしまうと、暗闇の中でペアを組むのが彼なら悪くない、と思ってしまうレオナがいる。
「…分かった。ボク1人が嫌がっても雰囲気悪くなりそうだし、いいよ」
 やがてレオナがこくりと頷く。
 黒瑶の、ほんのちょっぴり何かを期待するような目には気付かないままで。
「決まりやね。じゃ、くじ引いてー」
 やっぱり男が少ないなぁ、そう言ってアマネが男女別のくじをまわす。
「書いてある数字が順番や。同じ数字を引いた2人がペアになるから、発表してもらうで。まず1番は?」
「お。俺か」
 龍樹がくじに書かれていた数字を見て、うん、と頷く。
「ほんなら、1番の女性は誰や?」
「………ボク……」
 がっかり、を絵に書いたような顔で、レオナが手を上げた。
「残念だったなレオナ。くじ運がよけりゃ、あっちだったのに」
「気を付けて行って来いよ?」
「うん…」
 やっぱりがっかりと肩を落とすレオナの頭を、アルベルトがぽんぽんと叩く。
「2番は、そうするとアルベルトやね。女性は?」
「私だな。よろしく頼む」
 ずい、ときりりと表情を引き締めた白玲がくじを手に前へ進み出て――そして、あれ?と言うような顔をする。
「私たちはいいとして――鄭と、彼女は?」
 振り返った白玲に、黒瑶は、
「ペアがいないのなら〜、私は行かなくても良いんですよね〜?」
 にこにこと笑い、
「私には必要無いと思いますけど」
 和陰は和陰で、最初から肝試しをする側には参加するつもりは無いようで。
「大丈夫、ちゃんと考えてあるで。ほら、あんたら自分のくじ見てみい」
 ん?と差されて不思議そうな顔をする男2人。引いた自分のくじを良く見ると、慌てて書き足したのか、1のずっと下には『3』、2の下には『4』と刻まれている。
「という事は?――えーと…3は?」
「……はぁぁい……」
 黒瑶が、小さな声でおずおずと手を上げる。
「うむ、良かったな!これで心身を鍛える事が出来るぞ!」
 白玲がその様子を見て、大きくこくこくと頷いた。
「呂ちゃぁん……うぅっ」
 対して黒瑶は暗闇を見て既にふるふると小さく震えている。それでもここに来たのだから、と奮い立たせようとしているのは見て分かるのだが、その必死さが却って気の毒な程だった。
「そういえば私もくじを引いてしまいましたけど、どうしましょう?脅かす側がいなくては、詰まらないでしょう?」
 和陰が手に4番のくじを持ってひらひらと振るのを見て、アマネがう〜ん、と腕を組む。
「いちお、うちもいくつか仕掛けはしてあるから、あんたが出たいんやったら出てもええで?」
「そうですね…少し興味はありますけど、私にはあまり肝試しになりそうにはありませんし。今回はパスさせてもらいます。――そういうわけで、3組の方が通ったら戻ってきますので、先に行きますね」
 にこりと微笑んで和陰が闇に消え、楽しそうに自分専用のマップを覗いて書き込みを確認しながら、くふふふ、とアマネが笑う。
「――そろそろやね。じゃあ、はじめよかー」
 和陰が消えた時間を計り、うぅ、と誰かが…複数かもしれないが、小さくうめく声が聞こえた。

*****

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫に決まってるだろ!」
 暗闇の中。
 レオナと龍樹が、距離感のつかめない空間をゆっくりと進んでいる。地下道の空気もさることながら、このじわじわと迫って来るような閉塞感が、少しずつ神経を削って行くような気さえする。
「さ、さあ、さっさと進むぞー」
 がつがつとぎこちない足音を立てつつ、レオナが急ぎ足で先に進む気配がし、龍樹がやれやれと見えない中で肩を竦めて付いて行った。彼女の足音を辿ればそれは容易い事で。
 その少し後で、
「うあっ」
 つんっ、と何かに躓いたらしく、声が上下する。
「――全く。気を付けろよ。ほら」
 しゃがみこんだらしいレオナを立たせ、彼女の手を軽く掴んだ。その、思いがけず柔らかな、自分よりも小さな手にどきりとしつつ、平静を装って今度は龍樹が前に立つ。
「よ、余計な事しなくってもいいのに」
「暗いからしょうがないだろ。離して今度は壁にでもぶつかられたら、俺があいつに怒られちまう」
 傷を負わせたなんて知れたら、どうなる事かと呟きながら、慎重に先へ進む2人。
「うー。でもこう言うのは苦手だ」
「アルベルトにだったら、抱きついてたかもな。…おまえ苦手だもんなー、お化け屋敷とか怖いの」
「なっ!?ななにを今更。あれは子どもの頃の話だろ!?」
「子どもって言ったって10年も経ってないだろうに。ほら、森で肝試しやった時には怖がりすぎて逃げて迷子になって一晩泣いてたり、お化け屋敷だと暴れてお化けを壊してまわってたじゃないか」
「うーっ!も、もう、いいっっ!」
 ばしっ、とレオナが龍樹の手を振り解いて、
「ボクはもう大人なんだから怖がるわけないだろーーーーっ!うわああん、龍樹の馬鹿ーーっ!」
 ばたばたばたばた。
 怖がっていないという割には半泣きっぽい声で、レオナが駆け出して行く。
「あ、おいおい、待てってレオナ!」
 流石に驚いた龍樹も慌てて後を追う。その目の前で、ふわり、ふわり――と、人型をした発光体が2人の目の前をよぎって行った。
「うああああああ!!!いやだあああああああ!!!?!?!」
 そして――龍樹が懸念していた通り、レオナが暴走した。ぶんぶんと剣を振り回す音が聞こえたり、風切り音が聞こえてきたりして肝を冷やしつつも、レオナが狙っているのがふわふわと浮いている発光体だと気付き、後ろからそぉっと近寄って行き、一瞬の隙を突いてがしぃっと羽交い絞めにする。
「っ、捕まえたぞ。レオナ、少し落ち着け!」
「うあ、うああ、だってこいつら、ふわーって飛んだんだぞ!お化けなんていないのに!」
「ああ、分かったから。いないのは分かってるから、ほら、先に行こう」
 恐らく、怖がらせるための幻覚だろうと思いながら、言葉をかける。

 ――ぱたぱたぱた…。
 くす、くすくすくす。

 そんな龍樹の背中から、小さな足音と微かな笑い声が聞こえて、思わずびくりと身じろぎしかける身体を何とか建て直し。
「さ、さあ行こう!なっ」
「ううぅっ」
 まだその発光体に剣を振り回したそうなレオナを何とか宥め、その辺りに僅かに感じる人の気配に目を配りつつ、先へと促す。
「――気付かれたみたいですね。それじゃあもう少し先に行きましょうか。それにしても、私が脅かす前に、一体何に驚いていたのでしょうか…」
 2人が祠の方へ向かったのを確認して、和陰も首を傾げながらこっそり呟くとするすると音も無く進んで行き。
 …誰も居なくなったその後を、しゃかしゃかと言う小さないくつもの音が、壁を伝い、天井を逆さになって3人の後に付いて行った。
 その後も、今度は闇色の猫、つまりは全く見えない猫っぽいものがレオナと龍樹の足元に身体を擦りつけて消えて行ったり、天井からぶら下っているぺたぺたと顔に触れる冷たくて弾力のあるこんにゃくに脅かされたりしながら、とうとう薄らと明りの付いている祠へとたどり着く。
「な、なかなか、ヘヴィだったな」
 仕掛けよりもレオナが何かしやしないかとひやひやして疲れた龍樹が言い、ぜはーぜはーと肩で息をしているレオナが、歯を食いしばりながらお札を一枚手に取った。
 そして、それが最後の仕掛けのスイッチになっていて――。
 ぉぉおおぉぉおおん…!
 おぉぉいてけぇぇぇえええ!!!
「う、あああああああ…………っっっ!!!」
「お――驚いたな、ここにまで仕掛けが、―――ってレオナ待てぇぇ!そっちは逆方向だっっ!」
 ダークゾーンの向こう側へダッシュで行こうとしたレオナを追いかけて、龍樹もまた走り出していた。

*****

「お帰りー。どうやった?」
 にこにこと笑うアマネの前に、心身ともにぼろぼろになった2人が戻ってきて、無言で札を一枚手渡した。
「あー…見りゃ分かるだろ」
「それもそうやな。おつかれさん、そっちの隅っこに椅子を用意してあるから座っとって」
「うん…」
 こくり、と頷いて、助けを求めるようにアルベルトを見るものの、申し訳無さそうな目がレオナを見るばかりで。これから白玲と共に行く準備をしているだけに、その場を離れられずにいるアルベルト。
「そうだ。これを、2人に渡そうと思って用意してたんだが。お揃いのカエルだ」
 そうしているうちに、心配そうに白玲を見る黒瑶…というかぴたりと白玲にくっ付いたままの黒瑶に、アルベルトがポケットから小さな、ヒスイを削って作られたカエルを取り出して手渡した。
「これ――いいのか?」
 白玲がそれを受け取って、驚いたように目を見開き。
「あ…ありがとうございますぅ〜…」
 黒瑶も、嬉しそうに白玲とお揃いの、淡い緑色に輝く小さなカエルを手にきゅっと握り締めた。
「確かヒスイとカエルはそれぞれの土地のお守りだっただろ?それに合わせてみたんだが。2人は仲いいしな、丁度いいと思って」
「――何よりのお守りだ。感謝する」
 ぎゅう、と力いっぱいそれを握り締めた白玲の手がふるっと震える。
 ――アマネの話に興味を持ってここまで来たのだから、負けずに行こう、と考えているらしい。レオナの時と違い、こちらは武者震いのようで、ぴたりとくっ付いたままの黒瑶をそおっと離して、
「レオナの隣に付いていてやるといい。疲れきっているだろうからな」
 そう言って、
「行こう!負けないぞ私は!」
「お、おう」
 肝試しに行くのか戦いに行くのか分からない、そんな勢いですたすたと闇の中へ消えて行った。

*****

「――そこッ!」
 がつっ、と鈍い音がして、打ち込んだ矢が壁に当たる。続けてぱちんと言う音と共に、糸がその動きで切れたか、ぽとぽとと何かが落ちる音がし、それを拾って白玲がふん、と息を吐いた。手の中でぐにぐにと柔らかなゴムの感触、それに細長いこの形状は…と暗闇の中でその正体を探ってぽいと脇に放る。
「吊り下げタイプの蛇の玩具か。こんなもので私を脅かそうと思っても無駄だぞ!」
「威勢いいなぁ…と言うか、次の黒瑶たちの事もあるんだから、今から壊したら拙いんじゃないのか?」
 ぴたりと、アルベルトの言葉で白玲の動きが止んだ。
「確かにそれは一理あるな。とは言え、挑まれたら最後まで正々堂々と相手をしなければ、相手に対して失礼にあたるのではないか?」
「失礼、というか…驚いてやればそれでいいと思うが」
「いや!そう言う考えは相手を下手に見ると言う事だろう。それでは駄目だ。驚くならこちらも本気で驚かなければ」
「そんなもんかね」
 順調にすたすたと進む白玲とアルベルト。その自信ありげな足取りにアルベルトが感心しつつ、
「先が見えないのは怖くないのか?自信まんまんで歩いているように見えるが」
 後ろから声をかけると、
「――直線なのはアマネから確認済みだ。それなら迷う事もない」
 ぶっきらぼうな言葉がすぐに戻って来た。
 常々、自分の行く先が一直線であれば何も問題が無いのに、と思うくらい白玲は方向音痴で、だからこそこうした直線だと教えられた場所は自信たっぷりに進む事が出来る。
 だが、それとは別に苦手なものが、こうした時の会話だった。ついぶっきらぼうになってしまうのを悪いとは思っていても、自分から気の利いた話題など振れるわけもなく、かえってきゅっと口を結んでずんずん進んで行ってしまう。
 そこへ、
「そんなに緊張しなくてもいいんじゃないか?自分ひとりでここに居る訳じゃないんだし」
 思いがけない言葉が耳に飛び込んで来た。
「自分ひとりでここにいる訳では無いぞ?」
「ああ、言葉が悪かったか。ええとだ。要するに、白玲が1人でトラップを撃退する必要が無いって事だ。何だか随分気負ってるみたいだからな。あんまり緊張し過ぎもとっさの対応に困るぞ、って言いたかったんだ」
「あ――ああ、そうか」
 こほ、と咳払いを1つして、白玲がすうはあと1回呼吸を立て直す。
「――本当だな。随分、固くなっていたらしい」
 息を整えてから、そう言ってふっと小さく笑い、
「すまない。何も、私1人で戦いの中にいるつもりではないのだが」
「いやだから戦ってるわけじゃないと思うんだが――」
 アルベルトが苦笑しつつ、先程よりはぴりぴりした感覚が随分減った白玲を促し、先へ進もうとする。
 その時、通路先の隅に何かの気配が生まれ、それは青白い輝きを放つ馬の姿となって2人の前に現れた。――足音も無く、ゆっくりと近づいて来るそれは、ぼんやりとした人の形をした何かを裸の背に乗せ、歩いてくる。
「どこだ」
 この馬を幻と見てとった白玲が鋭い声を上げるも、当然の事ながらなんの反応も戻っては来ず、馬はすぅ…っと2人をすり抜けて、後ろへと消えて行った。来た時と同じように、いつの間にか姿を消して。
「この辺りにいるんだろうが――」
 たたたっ、と白玲が弓を携えたまま足早に移動する。その後を、同じく周囲の気配を探りつつアルベルトが移動し、
 ――ひゅんひゅんひゅん!
 風を切る音と共に、いくつかの矢が抜き放たれた音がした。カカカッ、とどこかの壁に当たって落ちる音がし、それと同時にささっと誰かが走り抜ける音が聞こえて来る。そして、恐らくは脅かし用の道具なのだろう、彼女が去った後に竿のようなものが残されていた。その先に付いた糸には何か付いていたのだろうが、今は何も無く。
「隠れての攻撃とは卑怯だぞ!正々堂々姿を現せ!」
「…白玲。今のは多分、脅かし役を買って出た和陰だぞ」
「それは分かっている!分かっているから、言っているのではないか」
「――――先行こうか」
「あっ!こら、袖を引張るな!」
 ずるずると引きずられる白玲を連れて先に行く2人。
「…ふぅ…全く。信じられませんね」
 自分を完全に狙っていたわけではなく、いぶりだすために矢を射って来た白玲の行動に、ちょっとどきどきしながらも綺麗に避けた和陰が、
「…それならこちらも手加減はしませんよ」
 手に、先程外したモノとその他の道具を手に、にっこりと暗闇の中で笑って、すぅと姿を消した。
 それから少し経って、小さな風切り音と共に、白玲の頭上からぽと、ぽと、と断続的に何かが落ちてくる。
 それら全てを避けはしたものの、何だろうと手に取って見ると、ぺとぺとと手に引っ付く、ナメクジに模したゼリー状の塊で、ごく微かに発光しているのが見える。
「――ふんっ」
 白玲はそれをぐしゃりと手で握り潰してから、それくらいじゃ驚かないと言うように辺りを強い視線で見渡した。――と言っても暗闇の中。何が見えるわけではないのだが。
 その後も、白玲が何故か集中的に首筋に冷風を当てられたり、壁に設置された義手のハリボテのようなものに掴まれそうになったりしながら、それらをひとつひとつクリアしていく。
「…なんで白玲ばかり?」
 義手のハリボテが、指先のセンサーが触れた時に、触れたものを握るように設定されているのを見てなるほど、と思いながらアルベルトが呟き、先程の白玲の『誰か』への攻撃を思い出して何となく納得する。
「さあ!このまま行こう!」
 最後の人間をぷしゅうう、とかき消した白玲が、勢い良く宣言してすたすたと先へ進んだ。

 ――の、だが。

「とっ、取ってぇぇ!!うわああ、何だこれは、うああああっっ」
 珍しく少しだけ女の子らしい声を上げた白玲が、震えながらその場にしゃがみこんでいる。何かと思って駆け寄ったアルベルトの顔に、
 ――ぶにょん。
 冷たくてやわらかくてぺたぺたするものが、どこからか吊り下げられた状態で顔にぶつかって来た。
「おっ!?何だこれ――は、って…コンニャクじゃないか」
 ぷにぷにとするそれの弾力を確かめてから、ちょっと引張ってみる。
 くいっと、アルベルトの力に合わせるように、向こうからもコンニャクを引張る力が感じられる。
 レオナや龍樹と知り合ってから、何かの機会にこう言う面白い食べ物を教えてもらったアルベルトが、顔に張り付いたそれを難なく離しながら、その下にしゃがみこんでいる白玲に、
「大丈夫か?」
 と声を掛ける。
「だい、大丈夫も何も!何だあれは!私は知らないぞ、あんなものっっ!!」
 声が裏返りそうな、悲鳴じみた声を上げつつ、がたがたとその場で震える白玲。
 ――生まれてこの方、こんにゃくというモノを見た事も聞いたことも、ましてや触ったことも無い彼女が初めて触れたのが、この暗闇の中。
 しかも、両頬をぺたぺたと舐めるようにいきなり降って来たのだから、その驚きは並大抵のものでは無かったはずだ。
「こ、この先にもあるのか?これは――ッッ!?」
 ぺたぺたぺたぺた。
「いやああああっっ!?!?」
 アルベルトに聞こうとして、無意識に暗闇の中人差し指を上に上げてしまった彼女の手のひらと甲、そして手首…それから下がって腕を狙うようにぺたぺたと触れてきたこんにゃくたちに最後は悲鳴を上げて身体を縮めた。
「…暗いからな…この先にもあるかどうかは、ちょっと分からないが」
 自分も顔に当たっていい気持ちはしなかったアルベルトが、自信無さ気に言うと、
「わ――私、駄目だ…負けた……っ!」
 悔しそうに、でもこんにゃくには触れないようにじりじりと下がりながら白玲が言い。
「じゃあどうする?白玲がここで待っていてくれるなら、俺がひとっ走り行って取って来るが。それならほら、札は手に入るんだし」
「――いや、私はリタイアしたのだ。自分をそこで偽っても何もならない。…アルベルトは行って取ってくればいいぞ?私はここで――待ってるから」
 この先は一歩も進みたくないと宣言した白玲が、にじりながら後ろへ下がって行くのを、
「だったら俺もいいや。白玲が怖い思いをしているのに1人残すわけにもな」
 そう言ってあっさりと踵を返した。
「あ――あ、ありが…とう」
 最初の威勢はどこへやら、しょぼんとした白玲が、素直にそこで礼を言って、大丈夫とアルベルトに教えてもらってからようやく立ち上がった。
 もう2度とあんな変に柔らくて弾力があってぺたぺたしたモノには触れないしあれが食べ物だと言っても絶対食べないぞ、と思いながら。
 ほとんど生まれて初めてのパニックになりそうな恐怖は、不本意ながらもしっかりと白玲の身体に刻まれてしまったのだった。

*****

『――ちょっとトラブルがあって引き返す。ああ大丈夫、襲撃じゃない』
「了解。急いで帰るなよ。支度しておく」
『ああ』
「アルベルトから連絡だ。相当怖い目に遭ったらしい、ゴール間際だったが引き返すとさ」
 そんなに引き返す程怖いものはあったかな?と龍樹が呟きながら、アルベルトの能力のひとつである遠距離会話を受けて、龍樹が皆へ告げる。
「ええっ、リタイアかいな。うーん。まあ驚いてくれたっちゅうことで良しとするか。じゃあお2人さん、支度してや」
「分かってるって。アルベルト達が戻ったらすぐ行けるさ。…なあ、黒瑶?」
「は…はいぃ〜…」
 本当に大丈夫なのかと言いたい程行く前で既にふらふらしている黒瑶は、椅子に座って呼吸を整えているレオナの手をぎゅーと握り続けている。それは、慰めているのか、それとも自分が怖いのを我慢しているのか、傍目には区別が付かなかった。
 やがて、2人が――特に白玲が驚いた事にかたかたと震えながら戻って来るのを見て、慌てて黒瑶が駆け寄って行く。
「呂ちゃん〜、そんなに怖かったですか…?」
「い、いや、未知なモノに引っかかってな…悔しいぞ」
「ああう…あちらの椅子に座っていて下さい〜…」
 そして行って来ます、と力なく呟いた黒瑶が、用意してあった椅子にとすんと腰を降ろす白玲と、レオナの側に座って、さっきまで自分がしていたようにレオナの手をきゅっと握るアルベルトを見、
「ほな、行ってらっしゃい♪」
 にーんまりと笑うアマネが手を振る様子に、かっくんと頷いて、龍樹と一緒におずおずと闇の中へ入って行ったのだった。
「――怖いか?俺はさっき行って来たから、脅かしポイントは教えてやれるが」
 少し進んで、皆に声が聞こえなくなっただろうという辺りで、龍樹が言う。そしてまた、レオナの時と同じく手を取ろうかどうしようか迷っていると、
「あうぅ…ごめんなさいぃ〜…」
 がし、と手ではなく腕にしっかりとしがみ付かれて、レオナとはまた違う、女の子女の子した感触に再びどきどきする龍樹。
「い、いや…怖いなら、そのまましがみ付いてていいからな」
「うう」
 小さく震えながら、かくかくと人形のように首を振る黒瑶。ちらちらと後ろを振り返って、通路出口に見える明りを何度も確認してから、ぎゅうと龍樹にしがみ付いて前を向く。
 そんな事を繰り返していたのだが、とうとう通路のどこを向いても真っ暗闇になってしまった時、ぴたりと黒瑶が足を止めてしまった。
「…大丈夫か?」
 まださっきの感覚から言うと、半分にも達していない。そんな場所で、かたかたと震え始める黒瑶に、心配になった龍樹が声をかける。
「あ…あああ、暗い、暗いよぉぅぅ……」
 暗い。どこまで言っても暗い。しかも暗闇の中、両脇から、上から、闇が自分を押し潰そうと迫って来るように感じ――足が進まない。
 行こうとしても、どうしても怖くて。
 怖くて怖くて、堪らなくて。
「だ…だめ、やっぱり怖いよおおおっっっっ!!!!」
「うわっ!?」
 腕にしがみ付いていた黒瑶が、怖さのあまりか龍樹の背に飛びついてがっしりとしがみ付いた、と思ったら―――。

 ―――ずううん―――

「こっ、黒瑶っ、何をした!?」
 背中でぶるぶる震えながら、急にその身体が重みを増して行く。
 『沈墜勁』。
 本来は自分の攻撃力を増すために、身体そのものの重さを変える技で、最高ではトン単位までその重さを変動出来るのだが、
「おっ、重っっ!?黒瑶、黒瑶っっっ!?」
「はひぃぃ、暗いよう、狭いようぅぅ」
 ――龍樹の声も聞こえないらしく、背中にしがみ付いたままぶるぶるぶるぶると震え続ける。
 そうしている間にも、ずん、ずん、と背中の重みが増して来て、
「く―――っ!?!?」
 膝を付きそうな重さに、龍樹が歯を食いしばった。そのまま、ぎりぎりと歯を鳴らしながら方向転換し、皆の元へ戻ろうと、足を踏み出す。
「暗いのはいやぁぁぁ〜〜〜〜……」
 ずぅん。
「ぐわっっ!?」
 嘆くたびに重みが増すのはどうしたらいいんだろうと思うのだが、ここで彼女を投げ出すわけにもいかないし、また、自分が倒れてしまったらそのまま押し潰されるのは簡単に想像が付く。
 ゆっくりでいい。一歩でも進んで、明りさえ見えれば――。
 そう思った龍樹の背が、
 ――ふっ、と、ほんの少しだけ軽くなった。
「大丈夫、ですか?」
 それは、龍樹の様子に気付いたか、脅かすのをやめて駆け寄ってきた和陰で。
「様子がおかしかったので来たのですが――…これは…駄目、ですね。戻った方が…、良さそうです」
 龍樹の背を支えようと手伝っているのだが、和陰の力だけではどうにもならないのを感じ取った龍樹が、ぐっと奥歯に力を込めて、
「そうだな、急ごう。どうやら闇が駄目だったらしい。…来てくれて助かった」
「いいえ――ほら、私、裏方ですから…、こういうサポートもしなくては、ね」
 そう言って、軽く呼吸を乱しながらにこりと笑う和陰の気配を感じると、まだ十分重い彼女を背負ったまま、歯を食いしばってずんずんと戻って行った。これ以上ここに立ち止まっていると、また重みが増してしまうだろうから。和陰の手助けがある今のうちに、と必死で一歩一歩足を進めて行く。
「――どうした!?」
 ようやく明りが見えた時、黒瑶がそれに気付いたのか、技を解きながら半泣きで龍樹にしがみ付く。
 そして和陰も一緒に戻って来たのと、随分早くに引き返してきたのに気付いて、戻って来るのを待っていた皆が驚きながら近寄って来た。
「す、すみません〜……」
 目も顔も真赤になりながら、龍樹の背から降りてぺこぺこと謝る黒瑶。
「いや、無事なら何よりだ」
 龍樹は背中を押さえながら、そして何故女の子をおんぶして戻って来たのかとレオナのちょっぴり冷たい視線に晒されながら、にこりと黒瑶へ笑いかけた。

 そうして、大騒動になったにも関わらず、逆に騒がしい所へ顔を出すのが嫌だったのか、タクトニムに遭遇する事もなく、無事にイベントは終わった。
 アマネとアルベルト以外はぐったりした様子だったのだが。
 ――アルベルトは終わってもまだ元気が無いレオナを気遣ってか、ゲートの外で解散してもずっと寄り添って一緒に帰っていった。
「寂しいんとちゃう?」
「何がだよ」
「いやほら。幼馴染みやし。ずっと一緒やったんやろ?」
 気を利かせて2人きりにした龍樹へ、にやにやとアマネが肘で小突きながら言い。
「そりゃそうだけど。いいんじゃないか?あいつら、意外に似合いだしな」
 それにー、と龍樹が、もう一組、寄り添ってぐったりしている黒瑶と白玲の2人を見て、
「こっちも心配だから送って行くさ」
 と、自分も疲れているだろうに軽く笑って、和陰とアマネへ手を上げて去り。
「お人好しやなぁ」
「そうですね。でも、悪いことじゃないですよ」
「そやな」
 そんな彼を、ほのぼのとした顔で2人が見送っていた。

*****

「うふふ、ふふっ」
 納涼と言う意味ではこれ以上無いというように肝を冷やした人が多かったから大成功やー、と満足していたアマネが、自室でプリントアウトが済んだ映像を見ながら不気味な笑みを零している。
 レオナに翻弄されながら彼女を羽交い絞めにしている龍樹の映像や、ぶらさがったこんにゃくの真下で悲鳴を上げている白玲、その白玲にこんにゃくが有効と気付いて実に嬉しそうに仇を取っているコンニャクを持った竿をにこにこしながら振り回している和陰――それに、妖怪のように目に見えない素早さで龍樹の背に飛び乗り、そのまま激しい勢いでしがみ付いている黒瑶。
 こんにゃくに顔面ぴったり張り付かれて、次の瞬間酷く驚いた顔をしながら振り払うアルベルトの顔もしっかり映っているし、暗闇の中では表情が分からないと思っているのか、心底怯えた顔をしているレオナの百面相もばっちり記録に残っている。
「どーれを見せようかなぁ〜」
 今回参加してもらった皆に見せる物と、こっそり裏で横流ししようとするものを分けながら、アマネは楽しげに、
「大成功やったなー♪」
 そう言って含み笑いをする。
 誰1人知らないように、脅かし用の道具を設置しながら、ついでにいくつものカメラを設置した事を思い出してくすくす笑い。また、最近仲の良い『トリックアンドトリートメン』に、和陰とは別に後を付けて貰い、通路のあちこちに時々幻影が見えるように頼んでいたのだった。
 一緒に脅かしていた和陰には幻覚が気付かれなかったのは、トリックアンドトリートメンの能力である幻覚が、直接ターゲットの脳に作用するものだったからに他ならない。
 その効果はばっちりだったらしいし、また、誰にも見つからずにいたらしい。
 画像として幻覚が残らないのはちょっと残念だったが、何も無い所で飛び上がったり踊ったりしている様子をリアルタイムで捉える事が出来たのは大収穫といって良かった。
「ありがとうなー」
 ここにはいない『彼ら』へ声をかけると、今度は何しようかなぁ、とごろりとベッドに横になって、考え始めた。

 イベントの種はどこにでもある。それを悪戯に結び付けられれば、アマネは大満足なのだった。


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名
【0637】 アマネ・ヨシノ
【0529】 呂・白玲
【0535】 守久・龍樹
【0536】 兵藤・レオナ
【0540】 瑠璃垣・和陰
【0552】 アルベルト・ルール
【0662】 鄭・黒瑶

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせいたしました。パーティノベルをお届けします。
細かなミスばかりで御手元へ届く時間を延ばしてしまいまして、本当に申し訳ありません(汗)。

今回は肝試しとの事で、驚いてくれるキャラクターが多かったので少し弾けながら楽しんで書かせていただきました。喜んでいただければ幸いです。

それから、今回はプレイングのいくつかで、描写しきれない部分がありましたのでその辺りは改変させていただいております。ご了承くださいませ。

それでは、発注ありがとうございました。
またの機会を楽しみにしています。

間垣久実