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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】マフィアの裁き
リブラ―Libra―

千秋志庵

 おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ。敵じゃないってんだ。
 言うだろう? 「マフィアは信用出来るが、信用し過ぎるな」って。ありゃ、こう言う時に役に立つ格言だと思うぜ。
 何、他でもない。仕事を頼みたいのさ。
 うちの構成員が勝手をやらかしてな。
 組織は、構成員が勝手をするのを許さない。
 ここまで言えばわかるだろう? 他の組織との間も焦臭いってのに、馬鹿を始末するのに組織ごと動いてなんかいられないって訳だ。
 報酬は金か? それとも、上物のコカインか? 酒に女でも構わない。
 受けるか受けないか、今すぐ俺に言ってくれ。

 「ああやっぱり」と心のどこかで納得していた。
 彼女の存在は踏み入れてはいけない足を切断するためか、足ごと自身を真っ二つにするためか。
「……愚かよな」
 ……ああ、確かに。それでも、進むぜ。助けたい人がいるから殺さないといけない。厭な仕事だ、全く。
 銃口はしっかりと“敵”の眉間を狙う。震える上半身を唇を噛み切って堪えるのが精一杯で、引き金を引くには一度何もかもブチキレル必要があるかもしれない。
 ……俺は何を恐れてるんだ。
 自身の死への恐怖ではないとしたら、残るは一つしかない。

 命の天秤。
 自身の母親の命か、眼前の敵と幼い少女の命か。

 采配者になるとは、思わなかった。
 それでも、天秤はどちらか一方にしか傾くことが出来ない。
 だから、殺さないといけない。

 どちらを選択しても、自分のココロが殺されてしまうことを知っていたとしても。
 選ばないといけない。

 視界の端では殺すように言われている少女が逃げていくのが見える。追いかければ敵に背を取られるのは確かで、結果として誰も助けられない。自分は死に、助けたい人も死ぬ。
 少女を殺すことで得られるのは、薬だった。軍の強いテレパシーを持つ超能力者用に支給する精神安定薬で、裏で出回っている麻薬より数段ヤバいものがある。表で買えるようなものではなく、だからといって金さえ払えば簡単に買えるものでもない。キリル・アブラハムの手引きで所有しているマフィアと引き合わせてもらえたものの、条件として出されたのは足抜けをしようとしている男の娘を見せしめに殺すことだった。
 断ることは、出来なかった。薬で助けたいと思っていたのは、アルベルト・ルールの母親自身だったのだから。
「どいてくれないかな、ヒカル? 俺も暇じゃないんでさ」
「ああ、こちらとて同意見だ。私も暇ではないのでな、引く気なぞ毛頭ない」
 対峙するのはヒカル・スローター。こちらも見知った顔だ。聞けば足抜けをしようとした男サイドから、少女を護衛するように依頼されたという。アルベルトが相手だとは思っていなかったらしく驚いた表情を見せてはいたものの、だからといって道を譲る気はないらしい。
 構えには微塵の隙もなく、容赦のない視線が刺さる。
「狙撃手たる私に対してのその武器とは、大した莫迦度胸だな。その点では感服するそ」
 銃を武器として扱うことを得手としているヒカルにとって、アルベルトが他の武器ではなく敢えて銃を選んだことはあまりにも不可思議でしかない。死ぬつもりなのかとも思ったか、その意は解せたものではない。
 ただただアルベルトは銃口を無防備のヒカルに向ける。
 冷めた目でヒカルはアルベルトを見つめる。
 マフィアのアジトが多い繁華街であるにも関わらず、奇妙なまでの静寂が辺りを支配していた。銃を構える青年と女性の図は、決して一方が臆している訳ではない。どちらかが動けば、もう一方も動く。故に、下手に行動を起こすのは愚かな行為であることが多い。先手必勝とは良く言うが、例えば互いが顔見知りであれば自ずとその手は知れている。後手に出ても、充分負けはしない。逆に先に相手に手の内をさらすことが、自然と悪い方向へと風を向かせることになる。
 それでも、引き金を引けない理由は別にあった。
「……あなたには、無理だ」
 アルベルトの銃身を、誰かの手が上から覆う。
「誰かの死を背負えるほど、壊れていないでしょう? 彼女と殺り合うなら、俺の方が適任でしょうね」
「だろうな。しかしそれならば何故にアルベルトが動いた?」
「それは――」
「キリル、邪魔するな。これは、俺の問題だ」
 キリルと呼ばれた男は銃身に添える手を離し、小さく溜息をつく。
「しかし、そうでもなくなったんですよ。ターゲットの少女とその父親の焼死体が発見。既にこの件は解決済みとなったみたいですので。こちらも早く離脱しないと厄介なことになります。失敗したということになりますので、今度はこちらが狙われることになります」
「でも、そうだと薬、が……」
「あきらめましょう。今回はどうしようもないです」
 滑るようにアルベルトの手の中から拳銃が落ちていく。土の上に鈍い鉄の音が響く。キリルは片足を付いて拾った銃を腰へと収めると、アルベルトの背を押した。
「行きますよ」
 無言のまま、キリルはアルベルトを従えて行く。ふいに振り返った視線がヒカルのと合うが、
「…………」
 彼女は何も言わずに、静かに目を伏せていた。
「人を殺るのに、あやつはまだ覚悟が足りぬのだよ。それが良い所でもあるのだから、捨てるべきではない。要は采配者にはなれぬということだ。彼はそういう器だ」
『……そういうモン?』
 ヒカルの耳元に付いていたカフスの型をしていたものから、少女と思しき声が聞こえる。
『それと、こちらの手配は完了したで。後は例の親子次第やね』
 そう言って、アマネ・ヨシノは自身の“後片付け”について口にした。
 高度な電子の魔術を駆使して映像と記録を改竄して二人を死んだことにして、新しい身分も用意したこと。
 記録改竄だけでは無理があるので死体安置所から似たような死体を調達し、身体部位の一部のみを使って二人の死に信憑性を持たせたこと。
「非の打ち所がないな。感服する」
 アマネに今回の依頼の片棒を頼んだのは、殆ど気の進まないことではあったが、それでも最悪の事態に対しての対処策を得られたことに心なしは安堵していた。壁に寄り掛かってアマネと今後の予定について二三の打ち合わせを終えると、通信を終了する。念のためにと複雑に構成していた通信網を廃棄すると、そのまま地面へとへたり込む。
「アマネ、それでも私はお主のためならばアルベルトと同じことをしたであろうな」
 手段が一つ。
 助けられる命は一つ。
 リブラになれるのは人殺しだけ。
 生かされたものは、そのために知らない命が一つ失われたことをどう思うのだろうか。
 でもそれでも、だ。
「知らない人間数千よりも、我らは大事な人間一人を選ぶのだろうな」

「お疲れ様」
 キリルと別れてから、アルベルトはクラウス・ローゼンドルフに呼び止められた。闇の中からふいに現れたような出で立ちに小さく眉間にシワを寄せたものの、アルベルトはさしたる興味を示さなかった。
「全く、無視を決め込んでも構いませんが、一応これだけは受け取っておいてくださいね」
 押し付けられたのは、手の平大の茶色の紙袋だった。中には固い小瓶と思しき物質が幾つか包まれていた。クラウスが現れたことと併せて、その中身は容易に想像に難くない。
「“彼女”の薬です。俺が調合したので副作用も殆どありません。初めから俺に相談すれば良かったものの、ね」
「それは性に合わない」
「確かに。しかしいつか本当に手遅れになる前に俺の前へ現れないと、後悔しますよ」
 クラウスはそれだけ言って、その場を後にした。
 残されたのは薬と厭な予言。
 手の中で弄りながら、静かにポケットの中へと滑らせていく。

 厭な運命が不快な音を出して回っていく。
 止めるためには、壊すしかない。
 壊して、自らも壊れるしか方法がなかった。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0552】アルベルト・ルール
【0541】ヒカル・スローター
【0627】クラウス・ローゼンドルフ
【0634】キリル・アブラハム
【0637】アマネ・ヨシノ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

銃撃戦を、とも考えたのですが、登場人物の描写を幾度か書かせて頂いている内に「それでは違うな」と思い、一度書き直させていただきました。
互いが互いの立つ理由は知らなくとも、そこに存在する充分たる理由があることを知っている。
故に引き金を引くことによって、安易に壊すことが出来ない。
きっとそう考えるのではないか、そう思いました。
全力で相手をするのも一つの方法ですが、敢えて彼らには別のアプローチをさせてみたく、このような結果になりました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝