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多事多難 −Dress-Up Doll.
何で俺は、こんな処に居るんだろう……と、現実逃避をした処で事実が変わる訳でも無く。
其れでも俺は、クラスメィトに半ば引きずられる様に連れて来られたショッピングセンターの水着売り場で途方に暮れた。
* * *
「ねぇねぇ、夏休み入ったら海行こうよっ。」
そろそろ一学期も終わろうかと云う日の昼休み。弁当を広げている時に、グループの一人が声を上げた。
「お、良いねぇ。」
「でしょでしょ、やっぱ夏って云ったら海よねぇ。」
愉しそうにきゃっきゃと騒ぐクラスメィト達を横目で見乍ぼんやりと考えた。
海なぁ……そう云えば純粋に遊びに行った事無いよな。武術の練習合宿で行ったりはしたけど。 ――そう云えば何でああ云う練習って海で遣るんだろうな。
「で、勇ちゃんももちろん行くよねっ。」
「ぇ、えっと……、」
「やだぁ、聞いて無かったのー。」
変な方向に思考を飛ばしていたらすっかり話題から一歩遅れて仕舞っている。
態と怒った様な格好をした友人――顔は笑っているのだが――に、御免、と手を合わせて可愛らしく謝っておく。
嗚呼、こんな仕草も板に附いちまったなぁ……。
心の中だけで溜息を吐いて、記憶を呼び戻す。
「え、と……海に行くとか、どうとかだっけ。」
「そうそう、何だちゃんと聞いてるんじゃん。」
「で、勇も行くでしょってハナシ。」
海……なぁ。
「うぅん、御免。私パス。」
なぁんか、亦面倒な事に為りそうだから。
「えぇっ、何でよ。」
「夏よ、海よ、出逢いよっ。」
ぐわっと乗り出して来たクラスメィト達に三方を囲まれる。嗚呼、本当に束に為った女は怖い。
勢いに押され乍も必死で理由を考える。何で、何……理由……。――良いか、無難な手で行っておこう。
「私水着持って無いからさぁ。」
へらりと笑って躱した積もり、だった。なのに、彼女達は俺の思っても見なかった方向へ暴走し始めた。
「持って無いって……持って無い、」
「え、泳ぎに行った事、無い、とか……、」
彼女達の驚愕の表情に、寧ろ俺が驚きつつも控えめに頷く。
「ああ……うん、まぁ。」
其の一言が決定打だった様で、彼女達の間で空気が揺れた……気がした。何となく。
――泳ぎに行った事が無いって今迄どんな……ほら勇ちゃんてサイバーじゃない、小さい頃は病弱だったんじゃ……そうそう、病室から出して貰えなかったり……入退院の繰り返しでそんな暇も無かったのかも……一寸、其れって可哀想だわってか勿体無いッ……。
当人を差し置いてと云うより口も挟ませない程矢継ぎ早に交わされる会話に、そして其の流れに厭なモノを感じつつ、俺は選択を間違えたのだと悟った。
そして、やっと視線が俺に戻ってきた頃には……彼女達の目は爛々と輝いていた。
「駄っ目よー勇、このままじゃっ。」
「そうそう、こうなったら今までの分取り戻す位の気合いを入れて行かなきゃ。」
「いや……でも水着……。」
「もっちろん。」
「おねーさん達が選んで上げるから心配無用よっ。」
「って事で、今日の放課後はショッピングに決定ー。」
* * *
あれよあれよと本人不在――否、居たけど。気分的にはそんな感じ――で決められた、思い出したくもない経緯に思いを馳せていたが、名前を呼ばれて我に返る。
彼女達の呼ぶ方へと向かいつつ、実際の処、色の洪水の様な売り場に一寸目がちかちかしていた。
女性が自分自身を美しく見せようと云うのは解るし悪い事だとは思わない、けど。男性水着に比べて此の種類の豊富さは何なんだ……売り場面積も多分数倍は有る。
「ぁ、来た来た。」
「主役が居ないと意味無いでしょー。」
「皆、其れ……。」
呼ばれた先は試着室前。然も彼女達は既に其れ其れが思い思いの水着を持って待っていた。
其れを、俺に着ろと云うのか。……其れ以外に何が有る。
「はいはい、じゃ、先ずはコレねー。」
固まる俺にはお構いなしに、彼女達は手早く俺から上着を脱がせると真っ赤な水着と共に俺を試着室へと突っ込んだ。
其のパワァは何処から出て来るのか教えて欲しい。
溜息を吐きつつ、諦めて着替えようと水着を改めて見て俺は亦固まった。
「こ……こんな超ビキニ私には似合わな……っ、」
試着室のドアを半分程開けて、助けを求める様に顔だけ出す。
然し、何と云うか、当たり前の様に助けなんぞ貰えなかった。
「まぁまぁ、着てみるだけ着てみなよ。」
「そぉよ、私の選んだ水着が着られないってぇの、」
明らかに愉しんでるだろ……っ。
「てか、時間も無限じゃないんだからちゃっちゃと着るっ。」
無情な一言と共に、亦押し込める様にドアを閉められた。
「…………。」
暫く真っ赤なビキニと睨めっこをして仕舞う。
――えぇい、侭よっ。
「……何か物足りないわね。」
「やっぱ勇ちゃんにビキニは早かったか。」
うんうんと頷くクラスメィト達。
恥を承知で何とか勢いを附けて着てみたものの、評価は散々だった。
否、俺自身鏡見乍「此はどうなんだ……、」と内心で呟いては居たが。
「うーん、じゃぁ、次行ってみようか。」
「……え、」
今度は白い水着を渡されて押し込まれる。
「ぁー……、精一杯背伸びしてお姉ちゃんの水着を着てみました、みたいな。」
「言い得て妙ね。」
正直、反応は先程と変わらない。
今度は渡された白いハイレグを着て出ては見たが。
御前等絶対選択間違えてるよ……と。思っても口に出せない哀しさ。
「ま、良いか。ヘコまず次々。」
良くないっ。
「……うん、御免。やっぱり私達が間違ってたわ。」
「そうね……勇をオトナの女っぽくしようとしたのが間違いだわ。」
微妙な間の後、しみじみと呟かれる。
気附くのが遅い。遅過ぎる。
俺は派手な花柄のVバックを着て、ドアに隠れ乍震えていた。
……羞恥か怒りか、将亦哀しみか、もう俺自身良く解らないけれど。
「よっし、じゃぁ、今度はあえてコレでっ。」
今度はピンクのフリフリしたのと一緒に閉じ込められた。
「こ、コレは……。」
「冗談のつもりだったのに……冗談にならないわね。」
段々俺も判断能力が低下してきている。改めて思うと何でこんなモン着ちまったんだろう。
胸元には可愛らしいウサギのプリント、腰辺りには自棄にふわふわしたスカートみたいなのが附いている。
明らかに小学生女子児童向けだ。そして何より、サイズが合って仕舞う此の躯が忌々しい。
「さすがに同い年に見えないのは駄目ね。」
「ふ……こうなったら徹底的に似合うのを探し出してやるんだから……っ。」
ふふふふふ、と笑う彼女達の後ろには変なオーラが出ていて、非常に怖かった。
「おおっ。」
「コレよコレ……、さすが私っ。」
もう何着目か解らない水着を着てふらふらと試着室のドアを開けると、本日初めて歓声が上がった。
此の水着を選んで来た友人はガッツポーズ迄している。
まぁ、確かに此は既に感覚が麻痺していた俺から見ても悪くないんじゃ無いかと思う。
白と空色の爽やかな配色で、セパレートだが逆に其れが動き易いし、セットでデニム地のホットパンツが附いている。
俺としても彼のパレオだとか云うスカートみたいなのよりは此方の方が断然良い。
「うん、私もこれが一番良いと思うな。……わざわざありがとうね、私のために。」
控えめに頷いて、一応御礼を云っておく。遊ばれた感は有るが俺の為を思って呉れてるのは事実だろうし。
「……ぁーっ、もう、可愛いなぁっ。」
「良いの良いの、私達が勝手にした事なんだし。」
友人の一人に抱き締められつつ、あはは……と苦笑を浮かべる。
……正直な処、一寸有難迷惑だとは思うけどな。
* * *
結局其の水着を購入して、やっとこさ自分の部屋に帰り着いた頃にはもう辺りは薄暗くなっていた。
何時間着せ替えされてたんだ俺……。
着替えも其処其処にベッドへと倒れ込むと、途端に疲れがどっと押し寄せて来た。
何方かと云うと、精神的なモノだが。
――もう、今から、海の事を考えると気分が憂鬱だ。
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