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<東京怪談ノベル(シングル)>


問い
 白い湯気に包まれ、やや熱めの湯に胸まで浸かりながら風呂場の天井を見上げた門屋嬢は一つ大きく息を吐き出した。
 ゆっくり手足を伸ばし嬢は、父親から聞いた『死の恐怖』の事を考えていた。『死の恐怖』という曖昧模糊としたものを知る為に、嬢はあらゆる方法を使ってきた。実戦さながらのサバイバルにも参加したし、ヴァーチャルリアリティーの格闘ゲームにものめり込んだが、やはりサバイバルも格闘ゲームもリアルではない。ゲームオーバーの合図があるのだ。自分が死んだと告げられ、それを確認しても呼吸をしている自分は仮想に『死』という印を付けられただけ。しかもその印はすぐに消せる。
「死の、恐怖、か……」
 小さく呟き、湯で顔を拭った。首筋に汗が流れる。随分と長い間バスタブに浸かり今まで試してきた事を思い出し、嬢は目を閉じた。
「大抵の事はやったつもりなんだけどなぁ……やっぱ、大学辞めて傭兵になるしかないのかねぇ……」
 ふぅ、と溜息をついた嬢は顔にざばざばと湯を掛け、頬を一回軽く叩くと立ち上がる。
「やめやめっ! 長時間考えてるとのぼせちまう」
 シャワーの蛇口を最大まで開き、シャワーヘッドから勢い良く出る冷水を頭から被った嬢はバスタブから出ると、肌を滑り落ちる水滴を拭き取りタンクトップと下着だけ身につけ風呂場を出た。
 いつもならはしたないと父親が怒鳴るのだが、今日はその父がおらず堂々と家の中を嬢は歩く。キッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、そのままボトルに口をつけ飲むと零れた雫を手の甲で拭った。
「ふぅ……」
 体内に染み込むように広がる水の感覚に、嬢は漠然と生きている事を実感する。
 ボトルのキャップを閉め、キッチンのシンクに置き部屋へと入る。そして、体をベッドの上に投げ出すともう一度風呂場での続きを考え始めた。
「死の恐怖……ってそもそもなんだ?」
 ふっと思いついた疑問。
「死……死ぬ事。生物の生命活動が停止する事。恐怖……恐れる事」
 まずはそれぞれの単語の意味を考えてみる嬢。
「死の恐怖……死を恐れる事……ってなるわな。でも、死ぬ事って怖いことなのか?」
 またも湧き出る疑問。
(全ての人が死を恐れるのか?死ぬ……生きる者は皆死ぬ運命だけど、年寄りも死ぬのが怖いんだろうか)
 今までの嬢の日常には死はなかった。勿論、葬式に参列した事もない。
(もしかしたら、死の恐怖を感じるのは若い人だけ?そりゃ、まだ先が長い人間はいきなり人生絶たれるのを恐れるだろうな……)
 ごろり、と寝返りをうち仰向けになった嬢は目を瞑る。
(あーでも、最近の若い奴は何かとすぐに死にたがるなぁ)
 昨日見たニュースを思い出し、小さく嬢は眉を寄せる。
(……死が全ての人にとって同じ意味を持つとは、限らない……?)
「死も人生と同じ……いや、人生の一部」
 目を開けた嬢は、小さく唸りながら頭を掻いた。
「んー……あたしにとっての死の恐怖ってなんだ?」
 自らに問いかける嬢は天井を睨み考える。
 もし、今凶器を持った不審者がこの部屋に飛び込んできて嬢を刺したなら?
 もし、道を歩いている時に頭上から何かが落ちてきて直撃したら?
 もし、明日死ぬとしたら?
 いろいろなシーンを想像してみるが、どれも想像の域を出ず差し迫るような恐怖を感じる事が出来ない。
(そもそもあたし、恐怖感じた事ってあるか?)
 嬢は『恐怖』だと思う体験を思い出してみるが……どうしても思い出せない。もしかしたら、無いのかもしれない。
「あーわからん!なーんか頭の中までのぼせてきた感じだ」
 ごろりとうつ伏せに寝返った嬢は枕に顎を乗せ、クーラーのスイッチを入れた。
 ムリに慌てて答えを出す必要はない。嬢自身いつ死ぬか分からないのだが、急いては事を仕損じる。今現在の嬢の生命を脅かすものは何もないのだから考える時間は、ある。
「答えを導き出すのに制限時間なんてないよな……少なくとも、あたしが死なない限りは」
 ひとつ大きく欠伸をした嬢は目を瞑る。
「ふぁあ……ねむっ。とりあえず、今は……寝よう」
 静かな寝息をたて、夢の世界へ落ちていった嬢はこれからも考え、求め続けるのだろう……