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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【占処:高見の塔】運命をどう思う?


ライター:有馬秋人







都市マルクトのジャンクケーブ、雑多な店が並ぶ隙間に地下へと続く階段がある。
一体いつから出来たのか知らないが、階段を下った先には看板のない店が一つだ。
そこいらの女子供に聞けば一発で分かるんだけどな、男じゃ予想も付かない店さ。
占い処だとよ。ちょとした暇つぶしにゃ使えるかもしれないけど信憑性は低いなぁ。
それで、あんたらはどうしたんだ。中に入って冷やかしに行くか?





   ***




意識が鮮明になると同時に動こうとする体を停止させた。記憶のつながりが乏しい。コンマ数秒で自分の記憶がふつりと途切れているのを確認したレオナは瞼を押し上げるのを先延ばしにしてあたりの様子を伺った。
体を拘束するようなものはない。下にあるのは何か、中途半端に柔らかい、長いすのような感触だ。そして定期的に聞こえる掠れるような、何か紙をめくっているような音。壁を隔てた場所からは刃物で物体を刻む音が聞こえていた。危機感を煽るようなものではない。そう判断して、そろりと目を開けた。
「ん。あぁ、気付いたんだ」
レオナの視線より低い位置で少年が本を読んでいた。先から聞こえていた紙をめくる音の正体だ。慌てて上体を起こす。
「えっと……キミだれ? ボクと知り合いだっけ?」
「知り合いじゃないよ。俺は花鶏(カケイ)」
目をぱちくりさせているレオナに少年は立ち上がって見せた。どうやら起きたらすぐ気付けるように、正面の床に座って読書していたらしい。本をテーブルに置いて、にっと笑う。
「ジャクケーブ占処、高見の塔へようこそ、それが不測の事態だったとしても、ここに来たのはあんたの運命だ。歓迎するよ」
「うらないどころ?」
「うん、塔の外って今日は暑いらしいじゃない。試しに夏野が散歩に行って、帰ってきた時の戦利品があんた」
「…へぇ」
花鶏が顎をしゃくるとちょうど長身の男性がトレー片手に入ってきたところだった。そこでレオナの記憶が繋がる。目の前で楽しげに話す少年に見覚えないが、青年の方にはある。うだるような暑さで体内の熱放出が間に合わずに機能が低下してしまった時、倒れかけたレオナを支えてくれたのがこの相手だったはず。
「ボク重かったよねっ。ありがとっ」
「いえ」
苦労したに違いないのに、相手は一言だけ否定を示した相手は淡々としている。その無愛想を補うように花鶏が笑った。肩を竦めて夏野を叩く。
「大丈夫だよ、夏野は女だけど、俺より力あるし」
「あなたが非力すぎるだけでしょう?」
「あっんったっね!」
青年、いや女性の切り替えしに少年が眉を吊り上げるのをレオナは呆然としてみていてた。何か今、聞き捨てならないことを聞いた、と。
「……女?」
「うん」
ぽかんと口を開けたレオナの問いに答えたのは少年の方だ。女性は苦笑気味に口元を歪め、浅く頷くと一礼して出て行った。
「っわ、気悪くしたかもっ。謝った方がいい?」
「いいんじゃない? 慣れているしね」
さばさばとした口調でレオナを宥めた少年は、テーブルにセッティングされたグラスを一個とってレオナに渡す。
「お茶。柑橘類刻んで入れたみたいだから、さっぱりしているよ」
料理とか凄く上手いんだ、と自分のことのように語る少年にレオナのパニックもようようと収まった。椅子に座りなおしてグラスを受けとる。皮膚の感覚に、冷たいという情報が伝わってきた。それを少しずつ飲みながら、あたりをぐるりと見回す。
「占処ってあったんだ」
「少し前に開いたばかりだけどね」
「ふぅん……ボクも占ってもらおうかな」
壁一杯の本に視線をあてたまま呟くと、少年が少し困ったような顔をする。
「あーでも、オールサイバーってどこ見て占うんだい? 持って生まれた生身はほとんどないんだけど」
「そこら辺は関係ないよ。必要なのはそう、あんたがどう生きてきたか、だ」
グラスを置いて、レオナと少し距離のある単座椅子に腰かける。萌黄色の目が狭まっていた。その視線にレオナの喉が知らずなっていてた。
軽い気持ちで言ったわけではなかった。仇を倒すことに失敗した後にどうしたらいいのか分からなくなっていた気持ちが、藁を掴んだだけはあったが、それでも解決策の取っ掛かりでも得られるのではないかという思いがあっただけだ。
少年はレオナの様子を見て、微かに笑うと天井を見上げた。
「ねぇあんたは運命をどう思う?」
「運命?」
「そ、運命。俺にあんたの運命論を教えてよ」
唐突な話題変換に目を丸くしたレオナだが、占いと言い出したのは自分なのだからと口を開いた。常々思っていたことを言葉にする。
「運命なんて分岐点みたいなものだよ。転換点の出来事だけ決まっていてもそこに至る道は一つじゃない。望んで必死になって進めば運命は征することが出来る。予定にない分岐点にも行けるって信じてきた……」
けれど、間違っていたんだろうか?
そう続く言葉を飲み込む。続けてしまえば今までのことが全て陽炎のように消えていくような気がして。
明確に、迷いを目に刷いたレオナが声を止める。すると少年はテーブルの上にケースに手を伸ばした。分厚いケースの蓋を開けて、上から数枚のカードを取り出すとざらりと投げた。カードは落ちずに空に固定される。
図柄はレオナからは見えなかった。
「分岐点……うんきっと多分それは正しいことなんだ」
レオナが固定されたカードに目をとめると、続けて告げられる。
「人はすべからく生まれ出で、死に至る。その途中経過の分岐点が運命なのかもしれない。必ず経過しなければならない人生の焦点だ」
誰でも死ぬ、死ぬより前に生まれてくる。それだけはどんなことをしても覆せない絶対事項。その仮定にある通過点を運命と称するならば。
レオナの目の前で固定されたカードを少年が引き寄せる。そのままするするとテーブルに落としていき、重ねてしまった。
「実はねぇ、このカード今使えないんだ。もしかしたらってやってみたけど全然ダメ」
何かしらの結論を期待していたレオナは無言でよろめいた。
「何だよそれー」
「仕方ないじゃい、この間きた客が乱暴して破損しちゃったんだ。何枚から修理に出しているんだよ。俺だってこんなの本意じゃないんだよ?」
ぷくり、と頬を膨らませた少年は、それでも続ける。レオナの目を真っ直ぐに覗き込んで、笑う。
「運命を束縛とうけとるのも約束とうけとるのも、ぜんぶあんたの自由なんだ。否定するのだって自由だ。否定してもそれはそこにある。あんたがそうだと感じたその瞬間に、それは「運命」って名前を付けられるんだよ」
「そんなの、ただの言葉の違いじゃないか」
「そうだよ?」
レオナの反論に少年はあっさり頷く。
「だったら――」
「意味はあるんだよ」
レオナの言葉は遮られ、判然としない思いは押し込めれた。見るからに年下の子供だが、何だか腹が立つほど達観している。釈然としないと呟くと、花鶏は声を上げて笑い出した。
「何なんだよっ、本当にさっ」
「だってあんた……俺より年上なのになんか可愛い」
「キミに言われたくないねっ」
「俺は子供だからいいんだよ」
大人気ないと笑われて、レオナが本格的にむくれると、少年は肩を竦める。
「俺はあんたが何に迷ってるのなんか知らないけど、言えることはある」
グラスをマドラーでかき混ぜながら、冷たさに空気中の水分が凝結していく様子を見ていた。レオナはふてくされた顔をしていたが、耳までは塞いでいない。それを確認して少年は続きを言った。
「あんたはまだ諦めていないんだろ? だったら足掻けばいいよ。最高の人生なんて、最善を目指した結果だ。悲願の達成なんて、それまで努力の結晶だ。望むことがあって、願うことがあるなんていい事なんじゃない。その壁が高いからってあんたは簡単に諦めるの?」
諦めたらそこで終わりなんじゃないの?
叱咤するでなく、諭すでもなく、ただの言葉としても科白は不思議なほどレオナの中に落ち着いていった。そっぽを向いたまま、それでも反発はしない。
花鶏はそんなレオナに目をやって口元を綻ばせると、放置していた書物にまた手を伸ばした。
「まぁ、どっちにしても決めるのはあんだだから俺は強制なんてしないけどね」
体調が落ち着いて、行く気になったら帰ったらいいよ。
視線はすでに紙面の上だ。しばらくここに居たらいい、考える場所くらいは作れるんじゃないのと付け足されて、レオナは浅く息をつく。
グラスを持ったまま体を丸めるようにして長椅子に転がった。



2005/08/...




■参加人物一覧

0536 / 兵藤 レオナ / 女性 /オールサイバー

■登場NPC一覧

0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野



■ライター雑記

専用オープニングでのご注文ありがとうございました。有馬秋人です。
今回は初めてNPCを出すということでかなり緊張気味なのですが、如何でしたでしょうか。
蛇足となりますが、NPCが語る事柄が書き手自身の考えかと言われれば違います。あくまでもこのNPCの性格から出た言葉であることを踏まえていただければ、と願います。
どうか、この話が少しでも娯楽となりえますように。