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第一階層【居住区】誰もいない街
珠洲
【オープニング】
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
【無人の民家】
踏み込んだ場所から埃が一気に舞い上がった。
タクトニムの存在が無い事を確認してからの侵入とはいえ、単独である以上探索だけに意識を集中するわけにもいかない。足音を殺し、息を潜め、気配を悟られぬよう慎重に進む。
宵待クレタが探索先として選んだのは、中心部へと向かう中にある小造りながらも傷みの少ない家屋だった。材質の良い物で作られたらしいその民家は、あるいは貴重品なりが隠されているかもしれないと踏んだのだ。
「……傷みは……少ないな」
掠れた声で確認して回る。棚は引き出しも全て開け放ち――無論音がしないようにと気を使ってだ――内部の空洞なりがあればそこまでも覗く。大きさと価値は必ずしも一致しないのだから当然の行動だった。
外観から想像出来る居住空間の広さを考えて、クレタはまず二階部分へと向かう。一階部分は共有スペースが多く、全体の視界が通っている為に大体の把握は出来たからだ。タクトニムの気配を探りながら、階段を上る。
左右に一つずつの扉が二階にはあった。
軋みに気を使いながら、ゆっくりと回す。ゆっくりと。
「……ここは、子供部屋とか……そういったものかな……」
声に出すのは、自分自身で再度確かめる意味もある。
見回した室内は、収納場所自体が少ない。天井も動きそうな場所は無く、一応、と触れもしたが変わらなかった。鏡台らしき場所の引き出しに、唯一何か書かれていたらしい、おそらくは日記だと思われる物があったがそれも表紙に鍵がついていたからそう判断しただけで、半ば朽ちており価値は無い。
反対側の部屋も同様だった。こちらは壁にヒビがあり、そこを探ってみたが埃と屑が出てきただけだ。探れる範囲外にあったとしても、音でタクトニムを招く事は避けたかった。
「天井裏、も無し……か」
結局二階部分では収穫は無し。一階の気配を探り、蠢く気配も音も無い事を確認して再び階段を移動する。
クレタの歩いた場所だけが、埃を飛ばし僅かに過去の姿へと近付いていた。
【民家一階部分】
立地、建材まで考え、多少の危険を覚悟して中心部寄りの家を選んだというのに、収穫らしき収穫が無い。
冷静に探索しながらも、流石にクレタも溜息をひとつ零す。だがそれだけだ。希望通りにいかないからといって冷静さを欠いてタクトニムを招くようなへまはしない。幾分豪奢な造りの飾り棚を開いて腕を伸ばした。
「……これもだめか……記憶装置は破損、していたし」
あるいは、一度別のビジターが入ったのかもしれない。
愉快な予想ではないが、有り得ない話でもなかった。
探索をほぼ終えて、クレタの手には破損していなければ、という物品が幾つかある。二階部分には朽ちた日記ひとつだったが、この一階部分では棚や引き出し、あるいはその奥に記録装置の類が隠されていたのだ。
だが、そうなるとやはり他のビジターは来ていないのか。
ぐるりと一階を見回す。
そろそろ時間としては随分かけている筈だ。急いだ方がいいだろうか。
赤い瞳を眇めて壁、床、天井と視線を流す。棚は裏まで確かめた。どこかに見落としはないか。
「……あった……」
何度も往復した視線の半ばでそれを引きとめたのは、潜められた小さな鈍い光。
足早に、しかし足音は確実に殺して近付いたクレタが見たのは細長い箱。歪にひしゃげたそれは、だが頑丈に口を閉じている。わざわざくりぬいて埋め込み隠していたらしいその箱を苦心して手に取れば、なにか細かな軽い音。クレタのマントが靡く音にも似ているそれ。振ってみれば、加えて微かな金属音。細く絡み合うようなそれ。
期待できるだろうか。
懐に収めて、さらに周囲を探りかけ――
瞬間息を抑え、クレタの手が止まった。
重心が移動し、体中の神経が頭上のなにか、違和感へと向かう。
ちりちりと逆立つ産毛。白い肌が引き攣った。
二階部分の更に上……屋根か、天井裏か、そんな事はどうでもいい。
「タクトニム……!」
即座に行動に移る。
懐に収めた細長い箱だけを抱え、破損していた物品は転がしたままに立ち上がるとクレタはそれでも気配を殺して動き出した。タクトニムが一気に向かって来ないという事は、気付いていないという事だ。気付かれれば都市マルクトまでの距離と、クレタが単独行動である点を考えれば危険に過ぎる。
慎重に、気付かれないように。けれど迅速に。
「…………っ」
――駆け出した瞬間の背後を怖れずにはいられなかった。
【箱の中】
結局手に入れたのは、懐の細長い箱ひとつ。
落胆と、箱の中身への期待とを織り交ぜて、箱に手をかける。
固いそれを少しずつ引き上げれば、中からは幾重にも巻かれた艶のある布。状態も良く、それだけでも多少の価値はあるのではないだろうか。だが、その中に何か硬質の物があると判る。
「……何が、隠されていたのかな……」
ゆっくりと、ともすれば手を滑らせそうになる手触りの布を広げてクレタが見たのは、くすんだ銀色のネックレス。
いや、それは繊細な装飾を施された細工物だ。よくよく見れば小さく銘が打たれ、あるいは職人の手作業によるものであるのかも知れない。装飾は少しぶつければ欠けてしまいそうな程のもので、かつての所有者がどのような経緯で厳重に保管するに至ったのかは判らずとも、その作りだけで納得出来ない事もなかった。
まじまじと、そのネックレスを見る。くすみは元からのものではなく、保管していたにも関わらず、年月の為に強いられたもののようだ。
「磨けば……価値も上がりそうだ」
そう判断を下すと、クレタはその細工物を慎重に布の中に戻していった。
ひとつだけとはいえ多少なりとも価値を持つ物を手に入れた事実にふと、満足気な色を赤い瞳に閃かせながら。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0692】 宵待クレタ/16/男性/エスパー
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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・はじめまして。ライター・珠洲です。
・あえて素っ気無くお話を進めさせて頂きました。タクトニムの危険と秤にかけて中心部近くに踏み込んだ甲斐のある流れになっておりますでしょうか。考えておられた探索になっていればいいのですけれど。
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