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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】ヘブンズドア
酔っ払い達の賛歌
間垣久実
【オープニング】
 いらっしゃいませ。ヘブンズドアへようこそ。
 まずは一杯。貴方の生還を祝って、これはこの店のバーテンの私がおごりましょう。
 貴方の心を潤す一杯になったなら何よりです。
 さて、今日は誰かと待ち合わせですか? 愛する人と二人きりも良し、テーブルに行って仲間と語り合うのも良いものです。
 それとも、今日はお一人がよろしいでしょうか? そうとなれば、貴方の大切な時間を私が汚してしまった事を許してください。
 さて、それとも‥‥今日は何かを抱えて店にやってきた。辛く苦しい事。重苦しく、押しつぶされそうで‥‥
 そんな時は、誰かに話してみてはどうでしょう? こんな私にでも話してみれば、少しは心が晴れるかも知れません。
 夜の時間は長い様で短い。せめて、その一杯を飲み干すまでは、軽やかな心で居られますよう。心より願っておりますよ。

*****

 ドアをくぐる瞬間は、いつも綺麗に飲むつもりでいる。
 粋な言葉のやり取り、ゲーム、陽気な賑わい。酒よりもむしろそちらに酔いたくて。

 ああ、それなのに。

*****

「久しぶりだ…」
 ちょっとしたきまぐれから、いつもの帰り道を大幅に迂回して、ヘヴンズドアの扉を潜った青年、彩月が酒とその他色々と混ざった空気の匂いをくん、と嗅いで目を細める。
 くるりと辺りを見渡しても、賑わっている店内には特に知った顔は見られない。それをほんの少し残念に思いつつ、空いたカウンターにするりと腰掛けて、まずはおしめりにと一杯を頼んだ。
 すぐにカウンターの奥から現れるグラスの中を見れば、透明な色付きの液体に氷がいくつか浮かんでいる。そこから立ち昇るのは、果汁…と言っても香料だが、その爽やかなフレーバー。
 ゆっくりと口に含んで、こくりと飲み下した。
 月は毎日飲まずにはいられない程酒に惹かれているわけではない。が、こうしてたまに嗜む程度には好きだった。
 今日はそんな日。
 ふわりと喉元を通るアルコールをゆっくりと味わい、クラッカーをつまみに頼むと、辺りの喧騒に耳を寄せながら再びグラスを口に運ぼうとした。

 ――ぐいっっ。

「!?」
 突如その口はグラスから離れ、後ろ髪を思い切り引張られて首がぐきりと鳴る。一体何事かと思いながら後ろを振り返れば、
「や」
 ひらっ、と自分の髪を握っていた筈の手をぱっと離してにっこりと笑う青年がそこに立っていた。以前ビジター登録を一緒にした縁があった人物だと思いながら、名前を思い浮かべる。
「キミは――ラーフ、でしたか」
「何だ、やっぱり月か。見た事ある尻尾が見えたんで引張って見たら大当たりだったな。んで、何?1人で飲んでんの?」
 飄々とした青い瞳の青年、ラーフ・ナヴァグラハがにぃと笑って月のすぐ近くのカウンターに手を付く。
「知り合いがいればと思ったんですが、特に見当たりませんでしたのでね。キミが一緒に飲むならテーブルの方が良さそうですけど、移動しますか?」
「おぅ、それで問題ねーぞ。んーっと…そこが空いてんな。…お。ユウじゃねえか。隣いいか?」
 店の騒がしい所を避けて隅を見ていたラーフが、すぐ隣に1人座っているのを見て声をかけ、こくりと無言で相手が頷いたのを確認するとどっかりと隣に座る。
 そこへ飲みかけのグラスを手にした月が移動し、そこであらためて2人分の酒を注文した。

 さて、一方。
 隅っこで静かに飲んでいた男が、ラーフが声をかけて来て、隣のテーブルに着いたのをちらりと見る。今は白衣姿ではなく彼にしては比較的ラフな格好で、誰かの輪の中に入る事も無くちびちびと酒を口に運んでいる。
 ――この辺りを根城にし、裏で医者を営んでいるリュイ・ユウだった。
「登録以来ですね。私は今日はちょっとゲートの向こうに言っていたのですが、キミの方は?」
「あー俺?さっき喧嘩して来た帰りー」
 1人は以前に面識があった男、確かラーフと言った、と思い出しながら、ユウがほんの少し耳を傍立てる。もう1人はよく覚えていないが、会話の調子では2人もビジターなのだろうと思い。と言っても未だ2人の会話に割り込む気は無いようで、ただくいくいとグラスを口に運ぶばかり。
「喧嘩…怪我は?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。そこらのチンピラにやられるわきゃねえさ。でもなぁ、こうしていても探してる奴は見つからねぇし、見の振り様もまだ決まってねぇしどうしたもんかとねえ」
 月はその言葉に、半ば安心したような、ラーフと喧嘩した相手が気の毒なような、そんなちょっと複雑な表情を浮かべて、新しく来た酒を飲もうと残っていた酒をくういっと飲み干した。
「お。いい飲みっぷりじゃねえか。結構強い方?」
「どうでしょうね。でも強いと言っても二日酔いになる程度ですから、普通じゃないですか」
 新たなグラスに口を付けつつ月が微笑み、
「そうそう。今度あの辺に潜ってみようと思うんですが…」
 ゲートの向こうの、まだ自分が行った事のない箇所を見て回ろうと思っている、と月が告げて、テーブルの上につうっと結露した水で円を描き、そこから見えるセフィロトの塔内部の地図らしきものを大まかに描き始めた。
「その辺は俺もまだ行った事ないな」
 ここもここも、と指でテーブルを押さえながらラーフが言う。ユウも、あの辺なら過去の遺物が出て来てもおかしくないな、とちらとその地図らしきものを眺めながら内心で呟いた。
「すみません。これをお願いします。あ、あとつまみにこれも」
 側を通り抜ける店員にメニューを見せて、
「ラーフは?」
 にこやかに聞くが、「いや、今の所はまだいいよ」とひらひら手を振る。
「せっかくだから飲みませんか?人がいると楽しく飲めるじゃないですか」
 にこにこ。
 笑っているのにどこか強引さを感じる月の誘いに、
「――じゃあ、これ」
 ラーフが別の飲み物を頼み、頷く店員へ、
「すみません。こちらも、これと同じものを」
 ユウがついでと、ほぼ空になったグラスを軽く振った。
「――」
 そこで、ユウが隣にいる事を改めて認識したらしい。月がユウをちらっと見て、どうやら『同業者』らしいなと見定めてから、改めてまた2人で話し出した。

*****

「だからっ、聞いてますっ!?」
「あー聞いてるって。さっきから何度確認してんだよ」
 とろんと目の据わった月が、ラーフの顔へずいと顔を寄せる。
「だってラーフは私の顔をきちんと見てません!さっきからずうううううっと横を向いてるじゃないですか!」
「あーあーあ、分かったよ分かった。これでいいんだろ?」
 はふっ、と酒の匂いのする月へ、ぐいと顔を近づけるラーフ。その、まるでこれから喧嘩でもしそうな2人の様子に、先程からちらちらと向けられる目が多くなって来ていた。
 テーブルの上にはまだ片付けられていないグラスがいくつか。その半分以上は月の頼んだもので、ラーフはセーブしているのか、舐めるようにしか頼んだ酒は口にしていない。
「そうっ。それでいいんです!あー、気持ちの良い夜ですねえ〜」
 それで満足したのか、ぐいと胸を張って背もたれに寄りかかった月がにぃっこりと笑って天井を仰いだ。そこに、星が見えそうな遠い目で。
「…ったく。酔っ払いはしょうがねえな。…なあ?」
「――誰が酔っ払いですか?」
 ふと、隣のテーブルで静かに飲んでいるユウの事を思い出したラーフが、やれやれと肩を竦めて味方を得るように声を掛ける――が。
「あなたはまさか私が酔っているとでも言い張るつもりですか!」
 先程から豪快にかぱかぱ飲み続けている月や、この酒場の雰囲気に触発されたものらしい。
 ユウの目の前には、決して数は多くないが、アルコールが強めの酒を注ぐグラスがいくつも転がっていた。

 しまった。

 よりにもよって困ったのに声を掛けてしまった、と思ったラーフが、はあああっ、と溜息を付き。
「ええいくそ乾杯っっ!」
「かあんぱーいっ!」
「むぅ、まだ飲むのですか。いいでしょう付き合いましょう」
 抑えて飲んでいたグラスを、くーーーーっと一気に空けた。…それに釣られて、月とユウの2人も手に持っていたグラスを飲み干す。

 そして。

「だからですね、私が言いたいのはっ、こう言う事ですっ!」
「わーははは、何言ってやがんだ、酔っ払いのたわ言じゃねえかよそんなのっ!」
「…なんて騒がしい。これだからっ、酔っている者は手に終えないと言うんですよぅっ」
 べろべろに酔った見事な酔いどれが3体出来上がっていた。
 いつの間にかテーブルも1つ所に集まり、どう言う訳か意気投合して。
「ああっ、そこ行く素敵なお姉さん。どうですか私とどこかで愛を語らいませんか」
「ごめんねぇ、仕事中なのぉ」
「そうですかそれは仕方ないですね。ではお代わりをお願いします」
「わは、わはは……っ、な、何振られてんだよ、その上何注文してんだよっ!お、おま、おまえ可笑しいぞっっ!!う、くっくっくくく」
「私もその方と同じものをお願いします。えーと、こっちで笑ってるひとの分も」
 ばんばんとテーブルを叩いて身体を震わせるラーフの背をぽおんぽおんと不思議な手つきで叩きながら、ユウも再び注文した。
 白い顔をますます白くして、一見酔っているようには見えないのだが、目がしっかりと据わっている事、そして何をするでもなくゆーらゆーらと振り子のように揺れているのを見れば、誰が見ても酔っ払いと分かる。
「ああっそうだ!ユウさん!私と一緒に是非セフィロトの未知なる空間へ行ってみませんか!」
「ふ。2人でですか?」
「勿論です!」
 顔を真赤にした月が、がしい!とユウの手を掴む。
「おお、それは凄い、素晴らしい!そんな事を言い出すのはあなたくらいなものですよ!その勇気を讃えて――乾杯っ!」
「乾杯っっ!」
「……、ひ、ひあっははははっはっ、お、俺、も、駄目……っっ」
 けたけたとけたたましく笑っているラーフの肘が、揺れながら酒をあおるユウの脇腹に触れる。――と、だん!と勢い良くグラスをテーブルに置いたユウが、じろりとラーフを見た。
「――あなた今喧嘩売りましたね?」
「お、俺が?っくく、な、なんで?」
「攻撃をしかけたではないですか!――むぅっ、それは受けて立たねばなりません、外に出なさい!」
「わははは、なーに言ってんだよこぉのよっぱーが!」
 立ち上がろうとして立つ事も出来ないでいるユウに、ラーフがけたけた笑いながらしなだれかかる。
 そして、ぱたん、とユウがテーブルに突っ伏した。
「ユウさんどうなさったんですかぁぁ??」
「っさあ、なあっ、よっぱーのするこった、わかんねえよー。わは、ははははっ」
 ばしばしとテーブルを叩き、そしてまたくどくどと何か語ろうとする月もばしばしと遠慮なしに叩く。――すると、不思議な事に月もぐらりとその身体を揺らすと、ぱたん、とあっけなくテーブルに顔を埋めた。
「っ、―――あーあ。ったぁく。酔っ払い共が」
 その瞬間、ラーフがふっと顔を元に戻すと、ぱさりと髪を掻き上げて2人を眺める。そして手持ちのグラスが空と知ると、
「もう一杯。店で1番キツイの頼むわ」
 しれっとした顔で、そう言った。

*****

「――――――………」
「――――――………」
「お。目が覚めたな2人とも」
 安宿の一室で、シングルベッドからはみ出しそうになっている月とユウの2人が、重い頭を抱えて、同じベッドの中にいる互いを見て暫く無言で向き合う。
 部屋はアルコールの匂いが充満していて、ラーフは顔をしかめながら窓を空けて外の空気を入れた。そして、
「ほら飲め飲め」
 見詰め合っている2人の目の前に、縁の欠けた大振りのコップに水をなみなみと注いだものを2つずいと差し出す。
「…ありがとう、ラーフ」
「すまない」
 受け取ってこくこくと大人しく水を飲んだ2人が、ほとんど同時に「ぐぅっ」と、頭を押さえて呻いた。
「…ところでなんで私はここにいるんでしょうか。それに、この人は?」
 月の言葉にラーフがやーれやれと溜息を付き、
「覚えてないのか?店で酔って騒いで潰れた事。そっちのユウも同じだ」
 まーとにかく水飲め2人とも、と言われ、ユウは医者だから余計その事が分かっていたのか、ぐっぐっと勢い良く水を体内に流し込んで行く。
「…やっぱり…酒は控えよう…」
 うぷ、と口元を押さえつつ、月が小さな小さな声で呟き。
「………」
 ユウも何となく呆然と小さな窓から見える外を眺めて、月の言葉に同意するようにこくりと頷いた。
 聞けば、あの後潰れたまま意識が戻って来なかった2人を、店から程近いこの安宿へとラーフが押し込んだのだと言う。受付で男3人にシングル一部屋だけを頼まれて胡散臭そうな顔もされたけどな、とにんまり笑いながらラーフが言い。
「それは…すみませんでした」
 寝起き、しかも二日酔いでくらくらしつつ、ユウがラーフに礼を言い、
「こんな姿で恐縮ですが、改めて、リュイ・ユウと言います。この度は大変迷惑をお掛けしました。――そちらの名前を伺っても?」
 ぴしり、と姿勢を正しかけて頭痛に思わず頭を押さえたりしながらのユウの言葉に、
「私は彩月。ツァイでもユエでも好きな名で呼んで下さい。で、こちらは」
「俺?俺はラーフ。ラーフ・ナヴァグラハ…って釣られて言ったが知ってるじゃねえか。俺は前から面識があるんだ。ちょっとした知り合いでな」
「そうだったんですか。それでは私達がこれでお知り合いになれたんですね」
「そうですね。宜しく」
 ようやく素面での自己紹介を終えると、夏場であり、酒気ぷんぷんの身体であり、寝汗も十分かいていた3人が、部屋の隅にある洗面所で代わる代わる顔や頭を洗い、身体の汗を拭く。
 こうして、軽くだがさっぱりした3人は、服を着直して宿を出た。
「そう言えば昨夜の酒代や宿代はどうすんだ?」
「…途中から、私も混ざって飲んでいたようですね。私は問題が無ければ割り勘で良いですが」
 ユウが言って、どのくらい飲んだのか全く覚えていない頭で悩む。
「私もです。自分の分を請求しようにも、何をどのくらい飲んだのか全く…」
「そんなこったろうと思ったよ。んじゃあ、これだけな。あ、宿代もちゃんと払えよ?あんたら2人を店に放っとくわけにゃいかなかったんだからな」
「分かってますよ」
 示された金額は、妥当なものだった。これがちょっと悪心を起こせば、月もユウも全く覚えていないのだから、店の高額品…混ざり物無しのワインや、合成ではない蒸留酒をたくさん飲んだと言い張って請求しそうなものだったが、そう言う事にはあまり関心も無いらしく、月もユウも納得してその場で立て替え分を支払う。
「それにしても飲みすぎましたね」
「本当です。しかもまた記憶が飛んでしまうなんて…反省しなければ」
 しょぼんとした月とユウ。そんな2人は、ラーフに酒が全く残っている様子が無い事の不自然さには全く気付いていなかった。
 尤も、昨夜の記憶が無いのだから仕方ない。一緒になって騒いでいた筈のラーフが実は酒豪だったとか、騒いでいるふりをして2人それぞれの急所を突いて失神させたのだって知らないのだから、ただラーフにとても親切にされたとしか思えないだろう。
 そんな妙に素直な2人に、ラーフはちょっぴりくすぐったそうな顔をして笑って見せたのだった。


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0576】 彩・月
【0487】 リュイ・ユウ
【0610】 ラーフ・ナヴァグラハ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました。パーティノベルをお届けします。酔っ払い3人衆…というか、1人は振りだったわけですが、そんな3人の騒動を楽しみながら書かせていただきました。
ちょっぴり?ハジけています(笑)
楽しんでいただければ幸いです。

発注ありがとうございました。またの機会を楽しみにしています。

間垣久実