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【絶食の中での探求】
「…――うーん…」
ここ最近読み出した心理学書のお陰なのか、それとも養父が話し聞かせてくれた恐怖心理の研究を兼ねた兵士時代の話しに、前々から抱えていた疑問がまた芽を出してきたのか。門屋 嬢はこの所、意図せずと思考に耽入る事が多くなっていた。
「恐怖か…。死と隣り合わせの、極限の恐怖…なんて言われても考えても、やっぱり理解なんて出来るものじゃないわよね」
此れまで嬢は自分なりに“死の恐怖”と言うものを模索し、理解しようと養父が経験した兵士時代の様子と似た物かと考え、実戦さながらのサバイバルゲームに参加し、やるかやられるかのギリギリのスリルを味わう事の出きるリアルな体験の出来る格闘ゲームへとのめり込んだ。
しかしそれはあくまでも安全の保障された恐怖であったり、現実ではないヴァーチャルであり本当の意味での死の恐怖、本当の意味での“極限”と言うものを嬢に伝えられるものではなかったのだ。
「普通に暮らしてるんじゃ、極限なんて体感出来ないのかね…。この際、死って意味での極限じゃなくてもいいんだけど何か……」
其処までボンヤリと呟いたあと、嬢は悩みながら意味なく捲っていた雑誌のページをまた一ページ捲る。
フルカラーで甘いデザート類が紹介されるページに、溜息を落としながら何処かすっきりしない視線でカラーページを眺めたが、そこで嬢の赤い瞳にすっと意思の光が籠もった。
「食…? そうだ! 絶食だ! 極限体験は何も戦場とかそう言うトコでしか出来ないわけじゃないんだ! 決めた『食の極限』から始めてみよう!」
バシンと大きな音を立て雑誌を閉じたかと思えば、嬢は拳を握り締めて椅子を蹴り上げ立ち上がっていた。
そもそも、養父の言う“極限”を体感して理解してみようと思う事こそ無謀なのかもしれない。彼の言う極限は命を賭けねば体感できるものではなかったが、嬢がそれに思い入れる感情は半端なものではなかった。
かくして食の極限、何処まで渇きと空腹に耐え抜けるかと言う一見無謀にも思える嬢の極限へ挑戦が開始した。
思い立ったら吉日と言うのはいつもの事。今回は思い立ったその次の日からの開始となったが、食糧豊かな場所での絶食は苦労を要する事間違いなかった。
初日、開始日は朝食を避けるためわざと寝坊をし、飛び出すようにして大学へ。昼食はダイエットをしているのだと心配する周りを余所に食事を取らず。夕飯は友達と外で食べるから、と嘘まで付いて我慢した。
「あー…、食べないって事には苦は無いんだけど…。食べない様にする。って言う事が大変だ、今の所」
幾分か空腹を訴え出すお腹を擦りながら、嬢は一日目の夜ベッドの上で溜息を落とす。
「ま、でも。一日目は難なく成功ね。この調子で明日も頑張らないと!」
多少なりと空腹と喉の渇きを覚えつつも一日は苦も無く成功した。
二日目も食事を取らぬ理由は一日目と殆ど同じ理由で。大学の授業の最中も空腹のためなのかいつもの様に集中力が続かず、帰宅をする頃には意識が朦朧とした状態になっている。
「う…これは、ちょっと…。で、でもこれも極限状態を知るため。まだまだ…我慢だ、我慢っ」
思わずキッチンへと向かい水をコップに注ぎかけるもそこをぐっと堪える。
二日目の夜は気分が優れぬと言い、今にも飛びそうな意識下のもと何とか二日目の身体の状態や意識の変化をまとめ、空腹と渇きを強く訴える身体を騙す様にして眠りへ付いた。
三日目。
目覚めた瞬間、身体中に殆どと力が入らず起き上がるのにも普段の倍程の時間を要していた。
カーテンの隙間から漏れる朝日が、たっぷり睡眠を取ったのにも関わらず視界に強烈な刺激を与え、ベッドへと再び沈みかけたが、そこは持ち前の気力でグッと嬢は耐えた。
「……眩暈が、やっぱり…。っていうか…枕が、パンに見える…」
終に幻覚まで?と目元を押さえて首を横に振った嬢は、数分間そうすると気力を振り絞って顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えたが何をする事一つとっても身体に力は入らず、空っぽの胃が痛みを覚えて仕方ない。
「駄目だ…このままじゃ、今日一日耐えられないよ、絶対。…大学で倒れるなんて嫌だし…」
フラフラの身体を支え、靴まで履きかけたがそこで終に上は音を上げてしまった。
如何にか根性振り絞って大学までは辿り着けるかもしれないが、余りにも空腹と渇きで目に映るものが食べ物に見える所か、なぜか物凄くモヤモヤした様な苛々した様な状態が身体の中を渦巻いている気がする。
きっと食べる行為を行えないせいで、身体がストレスを感じているのかもしれなかった。
「はあ…やっぱり、無理だったな。極限…か」
時計は既に本日最初の抗議が開始した時間を示している。
玄関からキッチンへ引っ込んだ嬢は、まず冷やしてあったミネラルウオーターを口にすると、その後お腹に優しそうだと思い、コーンスープを作っていた。
「あたしが今さっきまで感じてたのは…違うな。あんなの、まだまだ極限なんて言えるもんじゃぁ…ないな」
マグカップにスープを注ぎ入れ、テーブルに腰掛けた嬢はこの二日とほんの少しの間に体験した絶食の記録を広げて眺めたが、溜息とともに呟くと片手でレポートを視界の隅に追いやっていた。
義父が話してくれた極限は、今の様な安定した生活の中では体験出来ないんだろうか。それとも…体験し、極限と言うものが如何なるものなのかは、知るべきでは無いのだろうか。
「あたしが親父の言ってた極限、知る事が出来るのは…いつになるやら」
盛大な溜息をもう一度。その後、カップの中身を飲むと空腹を満たして行くその感覚に思わず安堵と笑顔が零れ落ちる。抱えていたモヤモヤ感も次第に晴れて行き、持ち前の元気と明るさも復活してくる。
「よっし、諦めないぞ! あたしは絶対に『極限』を見つけてやるんだ!! 待ってろよっ、極限!!」
コーンスープを全て腹へと仕舞うと、勢い良くカップをテーブルへ置くと嬢は拳と共に立ち上がる。
極限への挑戦状を叩きつけると、両手で頬を叩いて嬢は新たな極限へ挑戦するべく今日一日を改めて開始したのだった。
END.
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++ライター通信
はじめまして、神楽月アイラと申します。
この度は、シュチュノベご依頼有り難う御座いました!!
細かなシュチュ設定大変書きやすかったです。そして楽しかったです。
食の極限。と言う事でしたが、ご希望に添えていると大変嬉しいです。
それでは短いですがこのあたりで失礼いたします。
今回は本当に有り難う御座いました(一礼
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