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ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに
真冬の闇鍋会
千秋志庵
アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。
きっかけはマナウス内で見つけた鍋料理屋だった。雰囲気も悪くない。価格も手頃で、希望とあらば一室と鍋一式を貸し出して鍋パーティをやらせてくれるという気前の良さに満足し、二つ返事で北村ノエルは夕食の場をそこに決めた。誰かの家に集まってやる方が安く収まるだろうが、旅先でこういうのも悪くない。一緒にマナウスに来ている仲間には事後承諾でいいかなと思いながら店主と交渉や予約を済まし、時間から少し遅れて集合場所に着いた。不平不満を言われるよりも先にそのことを話す。折角だから闇鍋にしようと誰が言い出したのかは定かではないが、ただの鍋会には終わりそうもない。ルールを知らない人向けに、それと念のための確認も込めて闇鍋の仕組みを説明する。そのルールに多少顔を顰めた者はいたが、それでも事態を愉しんでのものらしい。軽い挨拶を交わして、時間になったらここで会おうと約束して別れる。
そして今、数時間の後となった今、ようやく闇鍋会の時間に至る。
鍋の中から発せられる異様な臭気に、その場にいる全員は顔を思わず歪めた。薄暗い闇のせいで表情は窺えないが大体の雰囲気は察することは容易であったし、次々と放りこまれる物体の音が世界の全てにも思われるのが酷く口惜しい。
それよりもまず後悔すべきなのは、闇鍋会に誘う面子だったかもしれないと今になって思う。昆布と鰹節で取った折角のダシも、よく分からないモノらによって全く無駄になっていることに流石に気付かないノエルではない。それでもただ眉間に小さくシワを寄せるだけでそれ以上に何か追求しようとすることはなかったが。
「食べれる……よな?」
最初に辛うじて疑問を口にしたのは、門屋嬢だった。料理に自信があると自負はして包丁を威勢良く振るってはいたものの、鍋の中に入っているモノが本当に自分が手を加えたものか自信がなくなってきたらしい。周囲に漂うのは異臭と、先程は聞こえなかったのに今になって鍋の中で生命体が生まれる、或いは死者が生き返ったかのような水のはねるような音。躍り食いは厭だな、と思いながら、だがそれが一体どこから湧いて出てきたかが疑問だった。
それに心当たりを持つ人物、兵藤レオナは傍らにいる恋人がそのせいで“何か”の躍り食いを仕出かしそうなあまり微笑ましくない予感を胸に感じる。
「……レオナ、平気か?」
アルベルト・ルールが愉しそうな笑顔でレオナを覗き込む。どう答えたら良いものか迷って、
「うーん、多分」
とどうとでもとれる答えを返した。
「この異臭だもんな、しゃーねーよ。食いたくなかったら、細切れにして食べた方がいいぜ」
その笑顔は悪くない光景なんだけど、「食べなくていい」とは言わないんだ、とどこかで切なくなりながら、レオナは箸を取った。
……何て書いてあるか分からない瓶の中身入れちゃったけど、この様子からしてアレだよな。「何とかパウダー」っつーからシナモンとかそういうお菓子を作るものの類かと思ってたけど、なあ。
ゾンビパウダー。
鍋の中では生存競争が繰り広げられているような音がする。ゲコゲコという鳴き声までしてきそうだ。あくまでも想像の中で、というのが逆に怖い。
去れるものなら今すぐここから去りたいし消えてしまいたい、と切に思う。
「それじゃあ皆さん、お箸を鍋の中に入れてモノを摘まんでください」
“モノ”とノエルが表現してしまっていることからして、誰も既に鍋の中身が尋常ではないと把握しているようだ。それなら闇鍋会の中止を宣言しても良さそうなものだが、下手に言うことで自分のチキンを露呈するのも厭なようで。結局は皆が皆、誰かが言い出すのを待ち、だからと言って何かを誰かが言う訳でもなく、自然とことは進むだけに終わる。
「ねえ、この鍋……止めといた方が良くないか? ヤだぞ、あたし。少なくともさ、人間の食えるものが入ってるかどうか確認してからでも遅くないんじゃないか?」
嬢の言葉にどこからともなく安堵の息が漏れる。
「どういう意味だ、それ?」
箸をカチカチと玩びながらアルベルトは言う。
「食えるものしか持ってきてなかったぞ、全員」
「アル、何で“全員が食べれるものを持ってきた”知ってるんだ?」
「見たからに決まってんじゃんか、当然」
レオナの問いに、アルベルトは当然のように答える。呆れたような吐息が漏れ、既に意を決したような雰囲気が漂い始めた。
丁度その時遅れてその場へとやってきたエリア・スチールの見た光景は、一部が地獄絵図と化したものだった。一部というか、主に鍋の中。暗くては足場も見えないと思って電気を考えなしに点けたのだが、だからといって二度と電気を消そうとは思えなかった。
「……うどん、入る?」
取り敢えず、聞いておく。聞いて、どうやらそういう雰囲気でもないことを悟って、
「…………」
困って首を小さく一つ捻った。
鍋の中はアルベルト持参のハバネロが奇妙な赤を彩り、その下ではよく童話にあるような魔女が毒薬を作っているようにボコボコと泡が幾つも浮いている。食べれるかどうか聞こうとして、エリアの目にはその答えを体現していようとしている人間が入る。
それぞれの箸は宙に浮いているが、と思いきや、一人だけ、不幸にも蛙とピラニアをダブルで食べるチャンスを得ている者がいた。どちらかの体を付き抜けることなく器用に箸に挟まったそれは、箸を持つ者を硬直状態にさせている。
「……食わなきゃ、駄目?」
アルベルト・ルール、20歳。闇鍋会にて、妙な液体に浸かった蛙とピラニアを一緒に食べるという経験を果たす。
「アルベルトさん、ハーレム状態ですね」
というエリアのずれた発言がどこか遠くで聞こえる。
音が全て消えるような感覚がした。意識が遠のく感覚と相成って、先程の無理矢理闇鍋会を続行した発言を憎んだ。
憎むことで全てがちゃらになればいいなという希望を抱きつつ、故に前のめりに倒れることしか彼には出来なかった。
【END】
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0687】北村ノエル
【0517】門屋嬢
【0536】兵藤レオナ
【0552】アルベルト・ルール
【0592】エリア・スチール
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
闇鍋会です。
捻りのない副題ですが、一番適していたのがこれでしたので。
薄い暗闇の中では想像が現実以上にはたらき、電気が点いたときには軽い失望をおぼえたりするものですが、やはりというか今回もあまり裏切らない結果です。
紅い色をした鍋の中で暴れる蛙とピラニアの図は想像していて気持ちの良いものではありませんが、そういう見えない中で感じた厭な感だけに限って当たるものです。
何が悪いという訳でもなく、偶然が重なって起こったものですが、あまりにも不運というべきか。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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