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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【都市マナウス】休日はショッピングに
ホリデイ・メーカーズ

千秋志庵

 アマゾン川を下ってはるばると。長い船旅だったが、ようやくついたな。
 ここがブラジルのアマゾナス州の州都だったマナウスだ。
 審判の日の後の一時はかなり荒れたが、今はセフィロトから運び出される部品類の交易で、かつて魔都と呼ばれた時代の様ににぎわっている。
 何せ、ここの支配者のマフィア達は金を持ってるからな。金のある所には、何でも勝手に集まってくるものさ。
 ここで手に入らない物はない。欲望の赴くまま、何だって手に入る。
 もっとも、空の下で思いっきりはしゃげる事の方がありがたいがな。何せ、セフィロトの中じゃあ、空も拝めない。
 お前さんもたっぷり楽しんでくると良いぜ。

 その店を選んだ理由は、ただそこにあったからというだけ以外にはなにもない。置かれているメニューを手に取り内容を見るが、金額は手頃なところだ。出店形式で化学合成容器に何種類もの料理を入れ分け合って食べるスタイルが一般的なその店を選ぶと、脇に幾つか用意された簡易テーブルに付く。明らかに趣味としか思えないどピンクのフリルを着たウエイトレスが注文を受けに来たので、メニューから適当に毛色の違う物を選んだ。
「……勝手に注文したが、良かったか?」
 遅れてやってきた連れ――クリスティーナ・クロスフォードと鄭黒瑶、に声を掛け、席に勧める。二人とも手には何も持っていなかったので、マナウスでの買い物は“窓買い”だけに終わったのだろうか。問うと、一人は財布の中から何かを取り出した。
「こ、れ」
 クリスティーナの取り出したのは、一枚の紙。「ベッド一点購入」と明細に書かれたそれは、括弧付けで「送料込」と手書きで書かれている。金額は安い方ではない。
「自宅まで送ってもらうことにしたの。可愛いベッドを見つけたから丁度いいな、って思って。あと、小さな小物をちょこちょこ」
 淡いピンク色のベッドの写真を別に出すと、領収書の上に置かれる。店主が好意で撮ったものだろう。ベッドと対比するようにクリスティーナの姿も写っている。
「ベッドのサイズが少し大きくないか?」
「まあね。大は小を兼ねるとも言うし、これくらいが丁度いいのよ」
 頬杖を付きながら、クリスティーナは答える。龍堂冬弥はそういうものなのかもしれない、と適当に自身を納得させると、丁度ウエイトレスが持ってきた飲み物に手をやった。
「ところで、これは何?」
 クリスティーナの問いに、冬弥は首を振って答える。
「飲み物、だよね?」
 黒瑶といえば呑気にストローから液体をすすっている。その状況と様子からして身体的には“安全”な飲み物ではあるのだろうが、見た目がどうも怪しげでしかない。美味しいかと試しに黒瑶に聞いてみると、その答えは満面の笑顔。平素どこかまったりとした性格ではあるが、味音痴であるという話は聞いたことはない。第一印象で人を判断してはいけないとは人生で学ぶ教訓の一つであるとも巷では言われているらしいが、この場においてはその教訓が身に染みて思い起こされる。別に飲み物に差別をするというのもどうかとは思うが、アレルギーの問題もあるのだから一概にこうだと言えたものでもない。
 ……それにしても、だ。この色は犯罪だ。有罪確定の執行猶予なし。
 例えるならば、この世のありとあらゆる色を取り敢えず混ぜてみようとして容器にぶち込んだものの、かき混ぜるのを忘れて放置してしまい結果奇妙なマーブル色になってしまった。そんな色。しかも、ストローでかき混ぜようとしても妙な粘着感が纏わり付き、ストローが液体を飲ませるためだけの役割しか果たせなくなっている。故に、なのだろうか。マーブル色は混ざってくれやしない。
「二人とも飲まないんですか? 冷めちゃいますよー?」
 笑顔で言うが、そもそも硝子のグラスに入れられたそれはホットだったのかと改めて思い知らされる。湯気も立たないし、氷も入っている。それなのにホット。
「……冬弥さん。何、注文したの?」
 顔が微妙に引き攣るクリスティーナに、冬弥は置かれていた別のテーブルからメニューを取ってやる。指が指し示すのは赤い字で書かれた「店員一押しドリンク」という文字で、その内容は明らかでない。
「怪しいの頼まないでよ」
「仕方ないだろ。俺、金ないんだから」
 だったら水で充分なのに、と言おうとしたクリスティーナは、自分の懐が殆ど空なことに、同時に冬弥に奢ってもらおうとしていたことに気付き、文句を堪えて立ち上がりかけた腰を落ち着けた。ベッドは意外と値が張る。船賃を除いても余裕でマナウスで遊べると予想していたのだが、一目惚れには適わなかった。先に値を訊ねるべきだったとの後悔は、もはや遅いとしか言いようがない。
「黒瑶さんの方は……?」
「お金はないですよ? さっき盗られちゃいました」
 盗まれたのというのにさして気にした様子もないのは問題だが、それだけ心が広いということだろうか。まあ、そういうことにしておこう。一先ずは。
「つまり、俺に奢ってもらう気だったってことだ」
 呆れつつも冬弥は自身の財布を覗き込み、二人分の船賃を除くと何も残らないことに再び呆れた。欲しいもの――と言っても弾薬だけだが、は一番に購入しといたから良かったものの、他に何か買うということは不可能に思える。通りすがりの財布を失敬するというのも手だが、そこまでして欲しいものも特に思い付かない。
 そして議題は当初のものに戻る。
 この飲み物は一体何だ、と。
 口に含むことを結局は諦めた二人は、実はそれがウエイトレスの気紛れドリンクだということを店長に聞かされ、詫びとして簡易に梱包された弁当を会計時に手渡された。黒瑶はアレを飲めるものだと胸を張って主張したが、誰もが飲まずに捨てる道を選んだ。試しに一口、という思考を持つ人間は彼女以外には誰もいなかった、ということだろう。
 財布の中身は空。
 手の中には足りない昼食。
 後になったらこういうのも懐かしく振り返れるものなのかな、等と柄にもなく考えてみるが、空腹はどうにもしのげたものではない。包みを解いて覗いた簡易食料を口の中に放り込む。あまり美味しくないとの黒瑶の評価をどこまで信じてよいものか。噛み切れない干し肉を口の中で玩びながら、上の空でそんなことを考えていた。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0668】龍堂冬弥
【0656】クリスティーナ・クロスフォード
【0622】鄭黒瑶

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

表面は無色、底には緑色。
そんな液体が机の上に「さあ飲め」と言わんばかりに置かれ、試しに口を付けてみたが撃沈。
小説を書こうとしたときにその内容がふと思い付くきっかけは、実はあまりにもクダラナ経験だったりします。
それをどのような小道具として登場させるかを考えるのは愉しく、同時に話の流れが登場の仕方によっては予期せぬ方向で流れることもあります。
頭で考えていることとキーで叩くこととは違うこともあり、書き手も一種の読み手として愉しむことが出来るので、少しでも伝われば良いなと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝