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無理難題 −Not Like a Mermaid.
「ね、あの……やっぱり恥ずかしいんだけど……。」
「何云ってンのよ、ここまで来ておいてっ。」
「だって……。」
「えぇい、往生際の悪いっ、行くぞ野郎共ッ。」
「おうっ。」
「え、きゃ……きゃぁぁぁあああッ。」
* * *
海だ。
学校が夏期休暇に入り、予てからの約束通り俺はクラスメィト達と共に海にやって来た。
とは云っても其処は学生、普段の生活圏から程近い海水浴場に日帰りで、の事だ。
其れでも手軽に来られると云うのが良いのか、北海道の短い夏を満喫しようと俺達の様な学生から社会人迄様々な人で溢れ返っていた。
「ね、場処取っとくから飲み物買って来てくれるー、」
「うん、分かった。」
俺は頷いて買い出し組に混じった。何となく海岸を眺め乍附いて行く。
色取り取りのバラソルが咲き、亦其れ以上に……色の洪水とでも云うべきか、カラフルな水着を身に纏った女性達が居る。
そして其の間を縫う様に歩き廻るナンパ目的の男達。
何と云うか、典型だなぁ……。
そんな事に軽く感心やら感動やらを覚える。
すると、露天のクーラボックスを漁っていた友人に呼び止められた。
「ねぇ、勇は何が良い、」
「ぇ、ああ。何でも良いよー。」
「私はウーロンが良いな。」
「あっちの分は適当に見繕って行けばいっか。」
そんな言葉を交わしつつ、人数分の飲み物を選び代金を払う。
「ぁ、私持つよ。」
「ホントに、助かるわー。結構重いのよ。」
荷物持ちを申し出て、ビニル袋を受け取る。
「勇ちゃん力持ちだもんね。」
「まぁねぇ。」
まぁ、こんなナリでもオールサイバーですから。
苦笑しつつ、先程場処取り組と別れた辺りまで行く。
「しっかし、本当こう云う処の露天ってぼったくりよねぇ。」
先頭で何処に場処を取ったのか探して居た友人が呟く。
「ま、稼ぎ時だからねー。仕方ないわ。」
「でもさ、やっぱこう云うのって雰囲気も買うモンなのよ。」
「へー……、あ、居たよ。」
視線の先に、手を振るクラスメィトを見附けて其方を指差す。
軽く手を振り返して、其方へ向かう。
「なーにー、良い場処とってんじゃん……って。」
「げ。」
近附いてみると、隣のシートには見知った顔が。
「何で居るのよあんた達ーっ、」
「やー、奇遇奇遇。ぁ、勇ちゃんも居る、やっほー。」
「やった、飲み物じゃん。」
「残念乍あんた等の分は有りませーん。」
「えー。」
そんな軽口が交わされる中、俺はビニル袋を持った侭固まった。
見知った顔――同クラスの男子が笑顔で手を振っている。
何で居るんだ、御前等……っ。
其処で、不図思い出し慌ててパーカの前を掻き合わせる。
「どしたの、勇、」
「えっ、や……何でもないよっ。」
其の仔に飲み物を押し附けると、こそこそと目立たない様に隅の方へと移動した。
くそう……唯でさえ恥ずかしいのに……。
内心で毒突き乍様子を伺う。
「いただきっ。」
「ぁ、それ私のジュースッ、」
「もう、何やってんのよー。」
「あははははっ。」
……何だ此の雰囲気……。合コン、合コンか、グループディトか。何方にしても居心地悪ぃ……。
ぅー、と小さく唸り乍隅っこでじっとしている俺。
非常に、何だか、アレな感じだが仕方ない。だって恥ずかしいんだよッ。
「あれ、勇ちゃん遊ばないのー、」
「うーん、もうちょっと休んでからにする、ね。」
ビーチボール片手に海へ出ようとしていた友人に、苦笑して手を振る。
「そっか。じゃぁ先に行ってるね。」
ぱたぱたと駆けて行く其の後ろ姿を見送って、小さく溜息を吐いた。
一本残っていたジュースを取って蓋を開ける。
でも折角海まで来たんだしな……此の侭日光浴してるのも勿体無い、か……、
そんな事を思いつつ、ペットボトルに口を附ける。咽の奥で炭酸が弾けた。
「……ん、」
何やら視線を感じる。
其れと無く辺りを見回すと二人組の野郎……中学生位か、が此方を見ているのに気附いた。
……何だ、彼の餓鬼等。俺に何か用でも有るのか、
「…………よな、可愛くねぇ、」
「…………声掛けてみるか、」
今一寸会話聞こえたぞ、ってか冗談じゃねぇ。
何で歴……としてないけども男の俺が、男に、然も中坊の餓鬼にナンパされにゃならんのだ……っ。
憮然として立ち上がる。
「ねぇ……あれっ、」
俺は手早くパーカとホットパンツを脱ぎ捨てると、其の声を無視して逃げる様に海へと入った。ばしゃばしゃと水と人とを掻き分けて進む。
水は多少温かったが、其れでも気持ち良かった。
よっし、斯う為ったら憂さ晴らしに一泳ぎするか。
久し振りの感覚にワクワクしつつ、俺は水底を蹴った。
* * *
「……あれ。ねー、勇ちゃんどこ行ったの、」
浜辺で遊んでいたクラスメィト達の一人が、荷物の処に勇の姿が無いのに気附いて周りに声を掛ける。
「ぇ、そこに坐ってたじゃん。」
「居ないんだよ。」
「えー。」
暫く辺りを見廻す。
「パーカとパンツがそこ置いてあるから、海入ったのかな。」
「嗚呼……そういや俺、見たかも。」
――人に紛れちまったから直ぐ見失ったんだけど。
そう云い乍、男子の一人が見掛けた方を指差す。
「ねぇ、勇ちゃんて海初めてじゃなかったっけ……。」
「え、泳げないって事っ、」
「やだ、可能性よ。」
「でもオールサイバーだろ。……浮くのか、」
「…………。」
「ちょ、こんな事してないで探すわよっ、」
「お、おう。」
* * *
――何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ――。
取り敢えず頭の中を其の単語だけがぐるぐる廻る。
水底を蹴って、浮く筈だった躯は俺の予想に反して沈み始めた。抵抗するも虚しく、緩やかな水流に押され、其の侭どんどん深い処へと落ちていく。
……そうか、此の躯は比重が重いのか……っ。
気附いた時にはもう遅く、ゆっくりと海底に着いて仕舞った。
……俺、此の侭溺れ死ぬのかなぁ……。
きらきら光る水面を見上げ、一瞬そんな事を思う。が、直ぐに気附いて思い直す。
否、息苦しくないぞ。と云うか普通に息出来てる様な感覚が……。
其処で漸く酸素タンクの存在に思い当たる。
そういや、そんなモンも附いてたなぁ……って事は、此の侭海岸に向かって歩いて行けば助かるんじゃねぇか。
自分の来た方に振り向いて。目の前の岩場に手を掛けた。
* * *
「あーっ、アレ、アレ、勇じゃないっ、」
浅瀬の人混みの中を掻き分け探していた友人が俺の方を見、慌てて叫ぶ。
「何っ、あっ、本当だ、おい、居たぞーっ。」
其の声を聞いて、クラスメィト達が俺の方へ集まって来る。
「良かった……無事だったんだね。」
「もうっ、ホンット、マジで心配したんだからっ。」
女の子達に抱き附かれ、少し申し訳無い気分になる。
「うん……御免ね、一寸油断しちゃって……。」
「あわやレスキュー呼ぶ処だったしな。」
「え。」
そんな大事に為ってたのか。
否、本当御免なさい……。
「でもまぁ、其の躯じゃ浮かないわな。」
誰かが云った其の一言で、俺は改めて理解した。
……嗚呼、そうか。
「もう一生泳げないんだ……。」
寂寥感と共に呟いた言葉。
然し、其の小さな呟きも確りと聞き取られていた様で。
「うん、勇、あんた海来るの初めてでしょ、」
「あー……っと、ほら、元気になったら泳ぎたかったから。」
ね、と笑って誤魔化しておく。
すると、其れを見ていた男子が今時古い仕草でぽんと手を叩く。
「ああ、なら俺に良い考えがあるぜ。」
「え、」
「な、此で勇ちゃんも泳げるだろっ。」
「う、うん……でも此、恥ずかしい、よ……っ。」
彼の後、其の男子が巨大な貸し浮き輪を持って帰ってきた。
彼曰く良い考えとは此の事らしい。
否、気持ちは嬉しいし、ちゃんと浮くんだけども……。
此は、俺の望んでいた“泳ぐ”のと違うってか、恥ずかしいんだってっ。
他の客から微笑ましい眼で見られ乍、俺は顔を赤くしていた。
* * *
帰りの電車は、はしゃぎ疲れた奴等の良い揺り籠に為っていた。
俺に凭れて眠るクラスメィトを苦笑して見る。
視線を車窓に映し、後ろに飛んでいく風景を眺めつつ今日の事を思い返す。
自然と、口が笑みの表情を作った。
――まぁ、色々……有ったけど、偶にはこんな日も良いんじゃないか。
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