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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Iron steps and recovery

 片足を引きながらも歩行に問題なしと判断された神代秀流は、晴れて都市マルクトの総合病院から退院する事になった。
 ヘルズゲートから病院に担ぎ込まれた時の出血はひどかったものの、内臓に損傷が無かったのが幸いし、思ったよりも早く秀流は退院できた。
「秀流は座っててね。すぐ戻ってくるから」
 受付に向かう高桐璃菜が、待合室の椅子に秀流を座らせて念を押した。
 入院中ずっと傍で周りで世話をしてくれていた璃菜の疲労も、秀流の回復と共に薄らいでいる。
 セフィロトでの戦闘が堪えたのか、璃菜のいない間に検査で部屋を空けたりすると、不安げに秀流を探して涙を滲ませていたのだ。
「どこにも行かないよ」
 ぽん、と秀流に肩を叩かれて璃菜は眉間に寄せた皺を和らげ、微笑んだ。
「そうだよね」
 受付で書類を書き込んでいる璃菜の後姿は華奢で、とても戦車アリオトを駆るようには見えない。
 けれど璃菜がいなければ、セフィロトから生還する事は出来なかった。
「お待たせ。どうかした?」
 まじまじと秀流が見つめるので、璃菜は首を傾げる。
「いや、璃菜は頼りになるなと思って」
「な、何言ってるの、やだなっ!」
 聞きなれない言葉を真顔の秀流から聞いたものだから、璃菜は真っ赤になって言い返した。
 そのままバッグを秀流にぶつけようとして、相手は病み上がりなのだと思いとどまる。
 それから赤い顔のまま左手にそっと腕を絡ませた。
「久しぶりに腕、組んでもいい? 身体、痛くなかったらでいいけど……」
 秀流は遠慮がちに身体を預ける璃菜の手を取って応えた。
「お祝いしようね、退院祝い!」 
 弾んだ声ではしゃぐ璃菜に笑いながら、秀流は言った。
「その前に護竜とアリオトを迎えに行こう」

 
 ジャンクケーブに開かれた整備工場の主人は、久しぶりに姿を見せた二人に向かって、すっかり隙間の空いた歯を見せた。
「おお、護竜の装甲錆びる前に退院できたか」
 人生の殆どをセフィロト内部よりも外で過ごしてきた彼は、今日も日に焼けた肌を作業服で包んで持ち込まれたマスタースレイブの整備をしていた。
 秀流たちがまだ幼い頃から、マスタースレイブの修理といえば世話になっている男だった。
「そっちこそ、俺が退院するまでにくたばったかと思ったよ」
 小柄な体躯は年齢と共に縮んでしまったものらしかったが、その筋肉と軽口は衰えていない。
「こう始終修理し甲斐のある物持ち込まれたんじゃ、おちおち死んでもいられねェや」
 秀流と老主人のやり取りを璃菜はクスクスと笑いながら見守っている。
 璃菜の父親も、この整備工場を訪ねた時は決まって軽口を叩き合っていた。
「爺さんの所以外には任せたくないんだよ、皆」
 幾分しんみりした口調の秀流を笑い飛ばして、老主人は整頓された部品の山を抜けて二人を奥へと促した。
「褒められんのには慣れてるぜ。来な、護竜とアリオトの調整は済んでる」
 護竜とアリオトはヘルズゲートをくぐる前の姿で二人を待っていた。
 その側には『いつまで経っても半人前』と父親に称される老主人の息子が立っている。
 彼も腕の良い整備士だが、頑固な父親はそれを認めようとしないのだ。
「身体の方はもう良いんですか?」
 バイトファングの最終調整のため前傾させた護竜から離れ、親しげに男も秀流の声を掛けてきた。
「ああ、大丈夫。すまなかったな、急に二機も頼んで」
 璃菜はアリオトの側に寄り、ごめんね、と装甲に指を滑らせている。
 秀流も無理をさせてしまった護竜には申し訳ない気持ちだった。
 養父から受け継いだ護竜には、どことなく彼の面影がある。
「いいマスタースレイブを整備するのは楽しいんですよ」
 つい徹夜する位にね、と男は首筋をほぐしながら秀流に笑いかけた。
「その気持ちはわかるな」
 幼い頃から機械に慣れ親しんだ秀流だ。
 無駄の無い動きが生み出される機械そのものに触れた時の楽しさは、一言では言い表せない。
「今まで通り、基本的に装甲や駆動系に手は加えてねェ。
ただ、操作から動作に移る反応は出来るだけ軽くした。
慣れりゃ今まで以上に戦えるはずだ」
「ありがとう」
 二機に乗り込み礼を言う二人を、老主人が見上げてニヤリと口元をゆがめた。
「礼ならセフィロトから生きて帰って来な! 大事な金蔓だからな」


 久しぶりに戻った秀流をまだ忘れていなかったらしく、猫二匹が玄関先で愛想良く鳴いた。
 が、秀流がその毛並みに手を触れようとすると、するりと身体を翻して出て行ってしまった。
「秀流はご主人じゃないからって」
 後から入ってきた璃菜がそう悪戯っぽく猫の気持ちを代弁した。
「何だよそれ」
「そのまんまの意味じゃない?」
 むっとした秀流をリビングに残し、璃菜はキッチンから答える。
 その夜、璃菜の手料理が並べられたテーブルに着き、思い出したように秀流は言った。
「病院食のまずさ、あれ何とかならないもんかな」
 塩分を控えめにした病院食は、秀流の身体が回復するにつれてどんどんまずく感じられたのだ。
「もう退院したんだから、いいじゃない」
 退院祝いと言っても世界的に食糧事情の厳しい現在、テーブルに璃菜の育てた花が添えられただけだった。
 太陽光の射さない都市マルクトでも良く育つという品種で、小さな薄紫の花が手の平ほどの鉢からこぼれるように咲いている。
 そんなささやかな物が貴重な世界なのだ。
「あ、二度と入院したくないって患者さんに思わせるために美味しくないのかも!」
「そうかぁ?」
 食事が済んだところで秀流は切り出した。
「なあ、璃菜」
「うん?」
 璃菜は雌猫を膝に乗せて、その手で丸い背中を撫でている。
「怖いか、セフィロトに入るの」
 怖がるなと言う方が無理なのは秀流にもわかっている。
 けれど、セフィロトの上階を目指すのは、ビジターだった二人の父親の背中を追う事に繋がる。
 たとえ血の繋がりは無くても、秀流にとっても父と呼べる人はたった一人だ。
 その背中を一緒に追いたいと思いながら、どこか一方で秀流は、璃菜には危険から遠い所で暮らして欲しいとも思う。
 だから改めて秀流は璃菜に聞いてみたのだ。
「怖いよ、今でも」
 璃菜は顔を上げ、揺れる赤い瞳をそれでも真っ直ぐ秀流に向けた。
「でも今は、怖くても一人じゃないってわかってるから、平気」
 何度もうなされて目覚めた、病院での看護の日々を璃菜も忘れていない。
 大切な相手が、目覚めた時には冷たくなっているかもしれないという恐怖。
 それが繰り返しヘルズゲートの向こうで怪我をした秀流に重なってしまう。
 それでも璃菜は、自分にも言い聞かせるように秀流に言った。
「私ね、秀流がいてくれるから頑張れるんだよ。二人なら頑張れるって」
 そしてはにかんだように肩をすくめ、
「ちょっと、照れるね。こういう話。……コーヒー持ってくるね!」
椅子から立ち上がった。
 驚いた猫が抗議の声を上げながら床に降りる。
「俺も同じ事考えてた」
 秀流は璃菜の手を掴んで抱き寄せ、その長い髪に唇を埋めた。
 二人はお互いの鼓動と温もりを感じながら、しばらくの間抱き締め合っていた。
 

 ――それから十数日が過ぎた。
 二人はビジターズギルドが解放しているマスタースレイブ用の訓練所にいた。
 訓練所といっても、無関係な人間が入り込まないように囲っただけの更地なのだが、マスタースレイブ同士がぶつかり合うため危険な事には変わり無い。 
 ほぼ毎日訓練所に顔を出す秀流と璃菜は、その使用マスタースレイブの特徴からも他のマスタースレイブ乗りから注目されていた。
 幼い時から互いに知った相手だけに、無意識にテレパシーや連携に頼っていた自分たち。
 それを見直すため、二人は訓練所に通っていたのだ。
 その日も二人は模擬戦を終えた二人は、訓練所の休憩室で話し合っていた。
「璃菜は守りにまわる事が多いな」
「そうだね……さっきは思いきって、前に出た方が良かったかな」
 お互いを支えるために、まず一人でも立っていられる強さが欲しい。
 護竜とアリオトに乗った二人は相手が恋人でも――いや、恋人だからこそ全力で戦っていた。
 その甲斐もあってか、アリオトも護竜から三本に一本は勝利を勝ち取れるようになった。
 ひとしきり反省点を挙げて話し合った二人に、マスタースレイブ用のスーツに身を包んだ男が三人声をかけてきた。
 年齢は秀流たちよりも上といったところで、使い込まれたスーツにペイントされたビジター登録ナンバーもかなり若い。
「よう、いい動きしてるじゃないかアンタらのマスタースレイブ」
「いつ来てもいるよなぁ」
「整備も自分らでやってるのか?」
 話好きな男たちなのか、陽気に秀流たちにコーヒーを勧めながら空いた椅子に座った。
 三人に含むところは全く無いらしく、秀流たちもすぐに打ち解けた。
「あの、お願いがあるんですが」
 会話は璃菜に任せ、あまり口を開かなかった秀流が言った。
「良かったら、俺たちとチーム戦をしてもらえませんか?」
「お願いします」
 璃菜も言葉を添えた。
 マスタースレイブ同士の戦いを続けているうちに、もう少しで何かがつかめそうな予感がしていたのだ。
「俺らと?」
 驚く男に、他の一人が身体を乗り出す。
「お、いいねぇ。俺がジャッジしてやるよ」
「いいのか?」
 もう一人も頷きながら答える。
「この二人、見てりゃ真剣にやってんのわかるぜ」
「じゃあ決まりだな!」
 明るく判定役の男がそう言って、全員が席を立った。
 訓練場に出されたマスタースレイブは標準的な兵装のディスタン二機で、二体ともマスタースレイブ用のブレードを装備している。
「使うのは近接兵装だけの方がいいのかい?」
 判定役の男が秀流に聞いた。
「いえ、できれば実戦を想定して戦いたいんです」
 既にディスタンに乗り込んだ男が中から苦笑する声が聞こえた。
「直したばっかりじゃないのか? この前爺さんのドックで見たぜ、アンタらのマスタースレイブ」
 それをたしなめるように、もう一機のディスタンから声がする。
「訓練といっても真剣にやるから意味があるんだろ?」
 三人のチームも組まれてから長いのか、軽口の中にも息の合った所が見て取れる。
 判定役の男がやれやれ、といった風に肩をすくめた。
「わかったよ。じゃ、時間制限だけはアリな。こっちもまた爺さんを儲けさせちまう」
 秀流はアリオトに乗り込んだ璃菜に声をかけた。
「璃菜、やろうか」
「うん」
 二人が呼吸を合わせるのと同時に、戦闘が始まった。
 ディスタン二機はまずオートライフルで牽制しながら間合いを取ってくる。
 護竜とアリオトの戦いを見ていただけあって、スタビライザーやマシンガンの攻撃範囲にはギリギリ踏み込まない。
 が、護竜とアリオトは巧みにディスタン二機の隙を突いて懐に入る。
 整備し直された護竜とアリオトは、以前よりも細やかな動きが可能になっていた。
 より早く、より正確に秀流と璃菜の動きを追う。
「へぇ、すげぇな……」
 判定役の男は自分の役目も忘れて戦闘に見入っていた。
 もちろんディスタン二機も負けてはいない。
 ああ見えてセフィロトから生きて帰るビジターのはしくれなのだから。
 けれど護竜とアリオトの動きはどうだ。まるで――。
「踊ってるみてェじゃねえかよ」
 不意に男は、子供の頃入り浸っていた工場の整備工が言った言葉を思い出した。
 ――たとえ機械でも、無駄の無え動きしてる奴は、生きてるみてェに見えんのさ。
 護竜のサポートにまわったアリオトが、一瞬後には大胆に攻撃に転じる。
 そこには互いの弱点も理解しあった、新たな二人の到達した動きがあった。
 男は試合時間が終るまで、護竜とアリオトの動きから目が離せなかった。
 強いものはある種の美しさも持ちうるのだと、男は思った。
 訓練場では、正確無比な機械の女神に捧げられる舞踏が続いている。

(終)