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□ 因果応報は人によりけり □
帆布製の丈夫な紺色の鞄を両手に持ち、みっちりと詰まっているのは、食材だ。
こまめに買いに行くのが面倒だと思い、一週間くらいもつだろうと予想をつけ、適当に買ってきた物ばかりだ。
ほとんどの食材は長期保存に耐えられるものばかりで、生鮮野菜類は僅か。
本当は野菜類も買おうとは思っていたのだが、予想外に高くなっていたので、倹約家のリュイ・ユウとしては即座に購入リストから消しただけだ。
交代制で買い物に出かけるルールが暗黙の内に出来上がっていたのだが、ユウは患者の治療にかこつけて、さり気なく食材の買い物に関しては上手く言い逃れることが出来ていたのだが、ここ最近は引っ越してきて間もないということもあるのか、以前の場所で開業していたときよりは、いまだお客、基、患者の来訪が少なく、何かにつけて逃れてきた役がまわってきたというわけだった。
経費節減を由とするユウが移転連絡を個別にするわけもなく、患者には元の場所の扉に今の場所までの道順をアバウトな手書きで記してあるのが貼り付けてあるだけだ。
最初はそれさえも無かったのだが、同居しているケヴィン・フレッチャーが「あんた、不親切にも程があるぜ!?」と元々お節介な気質である彼が放っておけるはずもなく、ケヴィン自ら現住所までの道程を至極丁寧に描く羽目になったのはお約束か、それともそれさえもユウの予想通りなのかは謎だったのだが、どちらにせよ得をしているのはユウだ。
買い残しの無いことを確認し、人混みの多い表通りを避けるようにして裏路地へと足を向けた。
裏路地へと入り込んで、すぐにユウは気付いた。
後をつける足音が複数であることを。
あこぎな商売であると頭の片隅にはいつも置いておくくらいには自覚のあるユウだ。
恨みの一つや二つや三つや四つや五つ……まぁ、数え切れないという程には未だ到達していないはずだと、半ば自身を納得させつつも、後をつける者達の動きに注意をしながら、最近の五月蠅いお客は誰だったかと考えて、思い出すのも億劫だとすぐに辞めた。
「無駄な時間を使う所でした」
と、ユウは呟き、立ち止まり後ろを振り返った。
「俺に何か用があるようだが」
つけていた事がばれたのを機に、大人しくしていた者達がユウの元へとやって来ると、バラバラと統制されては居ない動きで周囲を取り囲む。
取り囲んだ男達の顔を見、何人かは記憶していたが、覚えていた理由が治療をしたときに、主に治療をしたのが顔面であったという理由だ。
誰が好きこのんで好みでもない男の顔を覚えていなければならないのか、記憶容量の無駄だと、この場面での出来事を片づけたらさっさと消し去ることに決めた。
最初に口を開けたのはユウの前にいる男だった。元は未だマシといえる服装だったのだろう、落ちぶれた雰囲気を漂わせているだけになった白いジャケットは随分とすり切れていた。
「ありも有りで大有りだっ! あんたに関わったお陰でろくなことに遭わなくなったんだ!」
自分の不幸具合を思い出し、悲しくなったのか最後はくぐもっていた。
「記憶にないですね」
きっぱりといい切ったユウに男は声を更に張り上げた。
「あんたが覚えて無くても、俺が覚えてるんだ! 恨みはキッチリ晴らしてやるっ」
男のいい分は見事に八つ当たりで、以前ユウに突っかかって逆に返り討ちにあった不幸な男なのだが、受け答えするのは必要ないと判断して、別の男へと目を向けた。
「で、あなたは?」
「あんたの所で治療したら金額がぼったくりで、むかつくんだよ、金返せっ!」
「治療に対する正当報酬ですから、何も問題ないですね。綺麗に治療しましたし、後遺症も無かったでしょう、腕が良いですからね俺は」
男のいい分を認める余地もないと、言い捨てると、引き下がるどころか逆にキレだした。
ふう、どうしてそんなに怒るのか分からないですね、とまるで他人事のように接しているユウの姿を、ちょうど一つ通りを挟んだ裏路地の影からケヴィンが遭遇し、立ち止まって様子を見ていた。
(あいつ、何やってんだ? あんなに簡単に取り囲まれて。さっさとやっちまえよ)
大人しく男達のいい分を聞いているように見えるユウに、ケヴィンは幾分苛立たしく見つめている。
が、聞いているとどうやらユウの日頃の行いの賜物なのか、逆恨み万歳というにはちょっとあんたそれはやりすぎだろう、という数々の所業で。
(これは助ける方がいいのか……?)
と、しばし悩むケヴィンだった。
男達のいい分はまだまだあるらしく、ユウにいわせると、いいがかり絶賛続行中だった。
「あんたが治療代に俺の家を没収しただろうっ! お陰で女房に逃げられたんだっ!」
「おや、それは大変ですねぇ。ですがあの時は、治療費が現金で払えないとのことでしたから、代用に家を快く譲って下さったではないですか。良い物件でしたから治療費と同じ金額ですぐに売れましたよ」
(それはぼったくりすぎ)
「あんたのせいだっ!」
「奥さんに逃げられたのは甲斐性なしなあなたのせいでしょう」
いわなくても良いことを、サクッと大ダメージで男へと返すと、にやりと笑った。
(性格悪いなぁ、相変わらず)
「治療費払えないなら、ある所から持ってくればいいといったあんたのせいだ!」
「あぁ、あのはた迷惑な。誰もボスの隠し金を持ってこいとはいわなかったですよ。もっと頭を使わないとねぇ」
マフィアだと薬草系で麻酔用に十分役立つのだが、生憎とこの男は金だとすぐに短絡思考へと走り、ボスの隠し金を持ち出そうとして、結局組織を追い出されたあげく、有り金をユウに巻き上げられたのだ。
(おいおいおい)
ケヴィンは段々と溜息が出てくる状況で頭を押さえていると、視界の端にキラリと光るのを見た。
(あれは……、スナイパーライフルのスコープじゃないか。不味いな)
ユウはまだあの光には気付いては居ないようだ。
きっと今、因縁をつけているのは、囮で動きを制限して居るうちに狙うのが、本当の目的なのだと気付くと、ケヴィンの身体は自然と動いていた。
「ケヴィンどうしました?」
ユウの目の前にいる男を一撃で地面に転がして現れたケヴィンに、何事もないような口調でいうユウに思わず突っ込んだ。
「何暢気にしてんだよ! あれ見ろよ」
目線で知らせるとユウはすぐに気付き、にこりと笑った。
「あぁ、そういうことですか」
「あんたみたいな奴でもこのまま見捨てるのは寝覚めも悪いし、しょうがない……っとに」
誰ともなく、いい聞かせるふうにいうケヴィンに、
「助けてくれるんですよね?」
ほら、俺は両手に食材を持って両手が塞がってますし、と示して。
「んなもん、置いておけっ!」
ケヴィンに駄目出しをされて、渋々地面に置き体勢を整えた。
何故、地面に置きたくなかったのかというと、衛生的にちょっと嫌だっただけである。
「卑怯じゃねぇかっ、仲間呼びやがって!」
数人でユウを取り囲んでいた男達の台詞に、
「あんたがいうんじゃねぇよ! ……っと」
顔面に見事な蹴りを入れて、一撃必殺で沈めて、振り返りざまにそのままの勢いでなぎ倒して背中を踏みつけ首筋に手刀を落とす。
ユウは手で触れるのも嫌なのか、その長いリーチで足払いをして、首筋を踏みつけ、
「二度目はないと思ってくださいね?」
と、優しげな口調とは裏腹に瞳は笑って居なかった。
忠告というより恐喝だろうと思いつつも、ケヴィンは最後の仕事をする。
先ほどのライフルを構えている人物をPKで武器だけを破壊すると、男は恐怖におののいたのかそのまま後ろを見せて去っていった。
「殺らなかったけど、いいんだろ?」
最終的にはユウに確認しつつ。
何だったら、殺して来るけど、という無言の意志表示に、
「ええ、構いません。流石に医者が無闇に殺すのは躊躇われますしね」
医者じゃなければ遠慮無く殺しています、と聞こえるいい方に、ん? とユウはケヴィンを見る。
「そうですよ?」
「………」
「何です?」
「何でもない」
「あぁ、大丈夫です。あなたにはしませんよ、特別ですからね」
「ふーん」
ここは素直に喜ぶべきなのかどうかは微妙な所だ。
「まぁ、あんたも結構抜けてるんだな」
「助けて頂きましたからね、今日は素直に聞きましょう」
地面に置いていた食材の入った鞄を手にすると、もう一つの鞄をケヴィンに手渡す。
「しょうがないな」
同居人としての手伝いだと思い、素直に受け取り、二人並んで歩き出す。
「報酬として、前に手にれてきた珈琲豆であんたが淹れて飲ませてくれよ。正当報酬だと思うぜ?」
正ににたーり、といった風の笑みを浮かべてケヴィンはユウの前に出て要求する。
くすり、と口元に笑みを浮かべて、
「ふむ、良いでしょう。幾らでも飲ませてあげましょう。また次も宜しくお願いしますね」
(頼りにしてますよ、相棒さん)
「あ、そうだ、今日の夕飯はあんたが作ってくれよな」
「それとこれは別です」
「ケチっ」
「ケチで結構」
「手伝ってくれたっていいじゃん」
「それくらいなら手伝いましょうか」
「偉そうだよな、作ってもらう癖に」
「ええ、偉そうなのが俺ですから」
辿り着いた二人の家にユウは扉を開けた。
「んー、旨いっ! 当分これでいこう」
「駄目です」
二人は食事を終えて、シャワーも浴びてキングサイズのベッドがある寝室でくつろいでいる最中だった。
ケヴィンは器用に寝ころび、両手にはカップを持ち、味を堪能している。
その隣でユウは書物を手にし、そばにあるサイドテーブルの上に置いてあるカップを時折手に取り、飲んでいる。
「ちっ、今なら間違って、うんといいそうだと思ったのに」
「甘いですね。まぁ、美味しいものが手に入ればいつでも飲みたい所ですが、生憎とそう易々と手には入りませんからね。たまの贅沢品ということで」
ケヴィンは名残惜しそうに飲み干すと、カップをテーブルに置き静かにユウの読書姿を見る。
会話が無くとも満たされた時間というものは存在する。
やがて睡魔が襲ってきたのか、ケヴィンはユウの膝を指で叩き、本をもう少し上に持つように仕草で示すと、ユウは柔らかな笑みを浮かべた。
膝の上ではケヴィンが満足そうに眠っていた。
Ende
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