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受難と災難、当然の罰。
「まあ暇だし、子供は好きだからお手伝いしますけど」
そう言って難しい表情を浮かべる少女に、男二人はあからさまにほっとした顔をした。
彼らは、FLEERSという派遣会社の職員達である。
成り行きで…というか半ば以上人災気味に一日、託児所の子供達の面倒を見るハメになったのだ。
まあ、要するに、一人の社員が、依頼者が女性だという理由だけで引き受けてしまったのだが。
とはいえ、彼らの会社の職員はたったの6名。
それも、皆男性と言う事もあり、途方に暮れていたのだ。
そんななか、依頼を受ける発端となった社員の男…フェルナンドが連れてきた少女のその言葉は、一筋の希望とも呼べる物だったのだ。
フェルナンドと、もう一人の青年に連れられてきた少女に、青い髪の青年が軽く会釈して問いかける。
「はじめまして、俺はルーファスと言います。この馬鹿が、何か失礼な事をしませんでしたか」
今回の前例も有るとおり、フェルナンドの女癖の悪さは、誰もが認める物だ。
まだ幼いとはいえ、もしかしたらと疑ったらしい。
「……おい、ルーファス。……てめぇ…」
フェルナンドが低く唸った。それでもそれ以上何も言わない辺りが、自覚が有るのかそれとも否定できないのか。
「…そうか、常々男の風上にも置けない奴だとは思っていたが、……まさかそこまでとは…」
サイズの合わない眼鏡がずり下がるのを押し上げて、フェルナンドの隣に立っていた青年が唸った。
「オイ、てめえ、スウェン。お前俺とずっと一緒にいただろうが。第一、俺は…」
「フェルナンド、少し黙れ。ルーファスも、スウェンも。気持ちは分かるがフェルナンドをからかうのはそれくらいにしておきなさい」
自分と一緒に少女を誘ったスウェンにまで言われてさすがに彼が文句を言おうとすると、それを静かな声が遮る。
静かな声であるにもかかわらず、全員の注目を集めたのは一人の老紳士。
床にあぐらをかいて座り、膝の上に絵本を乗せている。数人の子供が彼の側により、きょとんとした表情でフェルナンド達を眺めていた。
彼自身の持つ、年齢相応の風格というか、そう言った物がぶちこわしになる絵柄ではある。
「私は、エーベルハルトだ。協力、感謝する……いや、これでは失礼かね。ご協力、感謝します。お名前を伺っても?」
普段あまり敬語を使う事が無い老人はわざわざ言葉を改める。
やっと名乗る機会を与えられた少女が頷いた。
「はじめまして。メイ・フォルチェと言います。宜しくお願いします。………あの」
「気にしないでください。うちの長老組です」
メイの視線の先。エーベルハルトの膝の上、絵本の下で器用に丸まって眠る、猫耳付きの青年をちらりと一瞥して、ルーファスが彼女の問いを遮る。
「エーベルハルトはそのままガキ共と本でも読んでてくれよ」
「ああ、そのつもりだ」
フェルナンドの言葉に、彼は頷いた。
「じゃ、俺とスウェンで、鬼ごっこでもやっとくかーっ」
レオンハルトがカラカラと笑い、スウェンが複雑そうな顔をする。
「……僕に肉体労働させる気ですか」
「まあ、そう言わないでくれ、スウェン。俺も手伝おう」
ルーファスがそんな彼に苦笑して、じゃあ、とフェルナンドが片手を上げた。
「皆、頑張ってくれよなっ」
逃げるつもりだ。
しかしその彼の手を、メイが取った。がっちりと。
「あなたは多少、疲れる位には働くべきみたい」
笑顔で告げたメイに、ルーファスが良い笑顔を浮かべた。
「その馬鹿のことは、任せても良いかな?煮るなり焼くなりすり下ろすなり、好きにしてくれてかまわない」
「…お。おい…?」
「はい、分かりました。任せてください」
まるで何年来かの友人に出会ったかのように話すルーファスとメイ。会話に言葉を挟む事すらできずに彼女に連れて行かれるフェルナンドの後ろ姿に、レオンハルトはそっと両手を合わせた。
「おい、嬢ちゃん、おーい」
「メイです。で、何?」
「はいはい、で、メイよ。俺は一体何をさせられるのかね?」
メイに言われるままにしゃがんだフェルナンドはげんなりと呟いた。赤い派手なシャツに、白いエプロンが眩しい。
しゃがんだ彼の頭に、ご丁寧に白い三角巾を結んでやってから、メイは満足げに頷いた。
「おやつ作りよ」
「……何で俺が」
「少しは反省したらどう?話も聞かないで、軽々しくお仕事受けちゃ駄目でしょ、もー!」
同じようにエプロンを付けるメイに、フェルナンドは溜息をついた。
そもそもこの少女は何の義務もないのにつきあってくれているのだ。まあ、発端は自分だし、罪悪感を感じないこともないこともない。
「……わぁったよ。働きゃ良いんだろ、働きゃあ」
メイはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
大きな体を情けなく丸める男の頭をよしよしと撫でる。
「……あのなあ…。まあ、いいか。で、俺ぁ何すれば良いんだ?」
言っとくが、俺は料理なんてできねえぞ。
そう苦笑する彼にメイは頷いた。
お菓子作りは結構体力がいる物なのだ。して貰う事ならそれなりにある。
「じゃあ、まずそっちの小麦粉を…」
菓子を作るなどフェルナンドも初めての経験だったらしく、存外神妙にメイの言う事を聞いて働きだした。
焼き菓子をオーブンに入れ、一段落したため、彼らは子供達と遊ぶ事にした。
室内に戻ると、未だに絵本を持ったエーベルハルトに群がる子供達の姿が有る。
しかし中には、絵本に飽きたらしくぬいぐるみやらおもちゃを取り合っている子供達の姿も見えた。
「ね、君たち、一緒に遊ばない?」
喧嘩に発展する前に、メイが子供達を誘う。
一様に目を輝かせた子供達に一瞬フェルナンドは怯んだが、メイは頓着しなかった。
「良かったな、フェルナンド。皆に遊んで貰いなさい」
笑顔でエーベルハルトが言った瞬間、フェルナンドは人間ジャングルジムと化す。
「ぐあ、こら、よじ登るのは良いが顔を蹴るな!俺様の端正な顔に痣でも残ったらどうしやがる!」
数人の子供をぶら下げたまま、フェルナンドが怒鳴った。図体が大きいだけ有って、力は有るようだ。
「すごーい、高ーい、おじちゃーん!」
「あたしも肩が良いのー!」
「誰がおじちゃんだとこらーっ」
フェルナンドが子供に文句を言って、その場でぐるぐると回り出した。振り回された子供達が、きゃー、と歓声を上げる。
「なじんでるわ…精神年齢かな…」
ぼそりと呟いたメイの言葉が届いたらしい。フェルナンドは軽く彼女を睨むと、肩に乗った少年を下ろして代わりにひょい、と彼女を担ぎ上げた。
「…きゃ…?!」
「お前、見かけより軽いなー」
エーベルハルトの膝にほおづえを付いて、さっきまで寝ていた烟月がふああ、とあくびをして呟く。
「セクハラ」
「やかましい」
フェルナンドはそれを一蹴して、再びぐるぐると回り始めた。腕にぶら下がった子供達が再び歓声を上げる。
メイは文句を言おうと口を開いて、ふと肩越しに楽しそうなフェルナンドの笑顔を見た。
(お子様だわ…)
ぐるぐると回されながら、メイは苦笑する。文句を言う気も失せて、ただ彼女はぽすぽすとフェルナンドの頭を撫でた。
どうやら自分は子供達とひとくくりにされているらしい、と何とも言えない曖昧な表情を浮かべた彼がさすがに疲れて止まって、メイはその肩から降りた。
「お前なあ…」
自分の扱いに苦笑するフェルナンドの方を見て、メイはにこりと笑った。
「お菓子。そろそろ焼き上がるから、運ぶの手伝ってね」
「……はいよ、仰せのままに」
メイの笑顔に文句を言う気を無くしたらしく、あっさりとフェルナンドが折れる。
「おやつか…。さすが女性は気の配り方が違うな…。……烟、外にいる皆を呼んで来てくれるか」
こくりと頷いて立ち上がり、外へと出ていく烟月と、いそいそと台所に向かうメイを見送って、フェルナンドが呟いた。
「…御大、ずっとアレ膝の上に乗せてたから、足痺れたんだろ」
「うるさい。とっとと働いてこい」
ひらひらとエーベルハルトに手を振られ、へいへい、と苦笑してフェルナンドはメイの後を追った。
メイの作った菓子は子供達に好評だった。
すぐにできる、簡単な焼き菓子ばかりだったが、味は申し分無い。
子供達はあっというまにそれらを片付けてしまい、腹が満たされたからだろう、どこかほんわりした表情をしていた。
「そろそろお昼寝の時間かな」
メイが言って、手早く男共に指示を出した。
昼寝用のマットを敷き詰めて、子供達を寝かせていく。全員をマットに並べて、ブランケットを掛け終わった頃には、皆よほど遊び疲れたのだろう、静かな寝息があちこちから響いていた。
子供のバイタリティに疲れ果てた派遣会社の社員達は、子供達が寝付くと早々に隣の部屋で一服をし出した。
「………お」
その中で妙にまめまめしく、子供達のブランケットをかけ直してまわっていたフェルナンドが苦笑する。
眠れないとぐずる子供の横について絵本を読み聞かせていた筈のメイが、静かに眠る子供の横で寝息を立てていた。
フェルナンドは、静かにつま先だけで踵を返すと、部屋を出ていく。
すぐに戻ってきた彼の手には、余分のブランケットがあった。
並んで眠る子供達を踏まないよう、起こさないように細心の注意を払って進んでから、彼はそれをメイの上に広げる。
「お疲れさん。今日は助かったよ。さんきゅな」
起こさないように静かに少女に囁いて、彼はその部屋を後にした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0712/メイ・フォルチェ/女性/11歳/エスパー】
【NPC/フェルナンド/男性/32歳/エキスパート】
【NPC/スウェン/男性/18歳/エスパー】
【NPC/エーベルハルト/男性/57歳/ハーフサイバー】
【NPC/ルーファス/男性/21歳/エスパー】
【NPC/レオンハルト/男性/16歳/エキスパート】
【NPC/烟月/男性/57歳/オールサイバー】
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■ ライター通信 ■
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メイ・フォルチェ様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は駄目な男共をまとめて頂き、誠に有り難うございました。
特にフェルナンドですが。
人間的にもう駄目な奴ですので、カツを入れて頂き、感謝いたします。
口調等の不備が無ければいいのですが〜。
ではでは、依頼にご反応、有り難うございました。
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